「獄寺!」

後ろから呼びかけられて、反射的に振り向く前に軽く背中をどつかれた。衝撃で前のめりになりながらもすぐにバランスを立て直して、犯人をその鋭い瞳で睨みつける。獄寺の斜め上にある楽しげな笑顔は黄昏の闇の中でも光を失わない山本のもの。ジャージ姿、部活帰りだろう。

「よ、お前がこの時間に帰るなんてめずらしーな! お前部活やってないだろ?」
「ただの補習だ」
「補習? どうしてまた獄寺が。必要ないだろ?」
「10代目が補習に引っかかったというからな、一緒に受けてた」

そう言えば山本は楽しそうな笑い声を上げた。獄寺は笑いもせず、ただ白いマフラーにますます深く顎を埋める。2月の上旬、最も寒い時期だ。昨日降った雪がまだ道路脇に積もったままで、小さな雪だるまが置いてあったりもしている。はあと息を吐けば隙間から白い息が立ち上って、灰空に消えてゆく。また雪でも振り出しそうな空だ。

「お前本当ツナにべったりだな。で、その肝心のツナはどうしたんだ?」
「リボーンさんに連れられて帰られたんだよ」
「ああ、あの小僧か」

ツナも大変だなー、と山本が言った瞬間突然吹いた一陣の冷たい風に山本はぶるっと身体を震わせ、身を縮こまらせた。さみーな、という何気ない言葉に、たりめーだろ冬なんだから、とぶっきらぼうに返せば、山本はまた声をあげて笑う。

「そうだ獄寺、今日何日だ」
「2月7日だろ」
「あたり。今日技術の時間パソコン使っただろ? そんで適当に遊んでたらさ、今日の誕生花とかのコンテンツを設置してるサイトを見つけたのな。で、今日の誕生花の一つはウメなんだって」
「それがどうしたんだよ」
「んー? そしたらウメの花言葉って、忠義とか忠実とかそういう意味があんだって。獄寺っぽいなーと思ってさ」

思わず山本の方を見れば、視界の片隅にひらりと何かが降ってきた。見上げると闇に覆われ始めている鉛色の空からひらひらと白い粒が舞い落ちてきている。隣の山本は小さく感嘆の息を吐いて掌を上に向け、それにその冷たい結晶が落ちてくる感覚を楽しんでいるようだ。先日降った雪のせいで少しだけ濡れている道に落ちた結晶は一瞬で儚く融けていき、道端の残雪のところに落ちた結晶は融けずにまた雪の塊を大きくする。雪がまつげに降りてきて視界の一部が白に覆われ、獄寺はポケットに突っ込んでいた手で目をこすり視界をクリアに戻した。その拍子に目に入った自分の手と、横目で盗み見、山本の手。照れくさくて手を合わせてみようなんてこと言い出したくないけれど、遠近法なども考えて山本の方が大分大きいだろう。その掌のことも、目を合わせて話すとなると見上げなければならない身長差も悔しい。

「でもまぁ、違うほうの花言葉の意味は少し似合わねーかな?」
「違うほうの?」
「澄んだ心、だってさ。獄寺は相当ひねくれてるからな! まあ獄寺のかわいーところはそこだけど」
「なっ!? てめえ………ぶっ」

かっとなって獄寺が思わず腰からダイナマイトを取り出したその瞬間、山本はしゃがんで雪をすくいとり、適当にそれを一度固めそうしてできあがった乱雑な雪玉を獄寺の顔めがけて投げた。それは的確に命中し、濡れた煙草の先から火が消える。痛いほどの冷たさが顔全体を支配して、全身にも寒気が走った。いつも煙草の火からダイナマイトに着火している獄寺はうろたえ山本はまた楽しげな笑い声をあげる。そして山本は笑いながら逃げるように駆け出した。

「てめっ、この野球バカ! 何しやがる!!」
「煙草は身体に悪いからやめといたほうが良いぜー!」

じゃーなー、と大きく手を振りながら山本は去ってゆく。獄寺は使えなくなった煙草を携帯灰皿に押し込んでから、小さく舌打ちをした。まだ顔がひりひりと痛む。




ウメが澄んだ心という言葉を持つのなら、その花は自分よりも彼に似合う。穢れなんてあるように見えない普通の少年、でもだからといって何か裏があるようにも見えない。あの小さな白い可憐な華に似てるとは、とてもとても言えないけれど。
いつまでも彼には変わらずにいてほしいと、思う。マフィアに関わった以上変わらずにいることが不可能だなんて、いつまでも“ごっこ”を貫き通せるわけがないなんて彼にも十分わかっている。いつかあの鈍い彼も、この若いメンバーで構成されるボンゴレファミリーがただの“ごっこ”ではなく本物のマフィアだと気付く日がくるだろう。それがいつになるのかは見当もつかないけれど、それでも、いつまでも純粋な彼のままで、






(………女々しい)







今度は自分自身に舌打ちをしながら、獄寺は家路を急ぐ。
2月7日、誕生花、ウメ。ウメの花言葉の中にはもうひとつ獄寺には似合わない言葉があるなんて、正確に言えば“今の”獄寺には似合わない言葉があるなんて、欠片も知らないまま。













7

(“独立”   きみが、きみたちがいてくれたから、おれはもうひとりじゃない)

















(08.02.07)
(Happy birthday Dear 橘亜依さん!)