「灯村ー、ニコー、見て見てー!!」

それは珍しく灯村とニコが、喧嘩もせずのんびりと静かに十六夜物屋の店番をしていた時だった。この店では滅多に聞くことのないはしゃいだようなかわいらしい声が急に聞こえてきたと思ったら、出かけていた麗李とロアンが瞳をきらきらと輝かせて店の中に飛び込んできたのだ。いつもなら笑顔で出迎える灯村とニコだが、今回はただ死んだような目をふたりに向けるだけ。まあふたりが静かだったのは、この暑さに完全に負けているからなのだが。
そしてふたりは、何か大きな長方形のものを持っていた。

「………はなびー?」
「そう、花火! 今日ちょっとお店見てみたら安かったの!」
「……あー麗李かわいいなー」
「ニコ、暑いのはわかるから頭の中で吟味してから口に出そうね」
「ロアンー、花火買ってきたのは褒めるから冷たいものも買ってこいよー」
「ごめんね。………そういえば、灯村は?」

そう言えば部屋の隅から声のような音が聞こえた気がして、ロアンと麗李はその方向を見た。そこにはもはや巨大な芋虫のように、うつぶせに横たわる少女。

「きゃあああ灯村ー! だだだだ大丈夫、どうしたの!?」
「も、むり、暑すぎこの店……」
「そういえばこの店ってこのご時世にクーラーないよね、どうして?」

店の中にあるうちわをありったけ持ち出し、麗李と一緒に瀕死の灯村を仰ぐロアンは、冷蔵庫から引っ張り出してきた青汁の瓶を灯村の頬に押しつけながら代理とはいえ現店主の彼女に聞いた。灯村は掠れた声で、うつぶせのままそれに答える。

「だって……この店にクーラーなんてさあ……ロマンが、ないじゃん……ロアンはいるけど」
「…………へえ………」

つまり彼女は、ロマンのせいで死にかけているというわけで。まあ確かにこの店にクーラーは似合わないかな、なんて、ちらりと店を見渡して別に灯村を殺そうなんて思っていないロアン自身もそう思った。






そしてそれから4時間後、彼らは河川敷にいた。日はとっくに暮れ、辺りはすっかり闇に包まれている。夏の夜らしい弱く涼しい風が吹いて彼らの頬を撫ぜ、空には夏の明るい星が何者にも邪魔されることなく瞬いている。その中に蝋燭とライターを持ち、花火と少しの水が入ったバケツを抱えて、そんな荷物持ちのニコ。彼はぶつくさ文句を垂れていたが、少し前を歩く灯村もロアンも完全に右から左へと受け流しているし、麗李がちらちらと向ける心配そうな視線だけがニコの癒しだった。彼女の輝く瞳が少しでも向けられると、それだけで幸せになる、なんていったら灯村とロアンにぶっ飛ばされるだろうけど。

「つーか、なんで河川敷……?」
「どうせなら広いところでやるべきでしょ、花火は! うちの敷地内だと狭いしさー」

で、なんでオレが荷物持ち? とニコが聞く前に、灯村がこの辺でいいかなーと言って立ち止まった。ニコがその場にどさりと荷物を下ろすと、灯村はどこからともなくペンライトを持ち出して花火を照らした。その灯りを頼りに、4人で花火をばらしてゆく。特に買ってきた本人達であるロアンと麗李は花火をあまり見慣れていないのかだいぶはしゃいでいて、まあふたりとも感情をめいっぱい露わにするタイプではないからわかりにくいが、その瞳の輝きを見ればわかる。灯村とニコは一瞬だけ視線を交わして、少しだけ苦笑して、またがさがさと花火をばらす作業に入った。

そしてようやく全ての花火をばらし終わると、ニコが適当な大きな石を拾ってきて蝋燭に火をつけ、蝋を垂らしそこに蝋燭を立てた。

「よしみんな、一回一本なんてけち臭いことやるなよ」
「え、どうして?」
「花火のときの蝋燭ってのは消えやすい。だから花火から花火へ火を繋げてけ! そしてどうせなら花火は派手にだ!」
「んじゃ私トップバッター!」
「灯村てめー!」

灯村はばっと大量の花火を掴み、そのうち一本の先端より少しばかり手元に近い場所、つまり火薬が詰まったところに火を近づける。少しするとそこから橙色の火花が散り始めて夜闇を華やかに彩り、そんな灯村の元にニコ、麗李、ロアンが我先にと花火を近づける。灯村自身も持った他の花火に火をつけようとするしで相当危ないことになっているが、そんなこと構っていられない。そのうち4人全員の花火に火が行き渡り、藍に染まった世界に眩い光が煌いては消えてゆく。初心者の麗李とロアンは同時に1本が限界だったが、ニコや灯村は既に4本ほど同時に火をつけていた。注意書きなど無視だ。そんな灯村とニコはお互いに花火を近づけあったりそのまま追いかけたり追いかけられたりを繰り返す。注意書きなど丸無視だ。ロアンと麗李はそれを笑い、同時にこの季節しかできない花火を楽しんでいる。時折お互いの花火の華やかさに感嘆の声を上げ、どの花火が綺麗か、なんてほのぼのとした会話を繰り広げてみたり。

そして異常なまでの早さで華やかな花火がなくなり(主に灯村とニコのせいなのだが)残るは線香花火、となると、自然に4人が集まって円になった。予想通り消えていた蝋燭の炎をニコがもう一度つけて、今度は大人しく、一人一本ずつ火をつける。

「……なんていうか、すごく空気読んでないけど」

4人の線香花火の球が大きくなり始めた頃、ロアンが不意に呟いた。3人はそれぞれに応えたが、顔は上げない。線香花火が落ちるか落ちないかは一瞬の気の緩みで決まるのだ。言い出したロアンも自分の線香花火から目を離さないまま、呟くようにいう。

「だいぶ二酸化炭素つくったねえ、これでまた温暖化が進む」
「ぎゃーロアンほんとに空気読んでないよ! でも大丈夫、ここ緑いっぱい葉緑素いっぱい! あ、おちちゃったー……」
「灯村落ち着いて、夜は植物光合成してない」
「おっきな白くまが死んじゃう!」
「でもいーじゃん、ここには生物、特に植物の天才麗李がいるしさー」
「……確かに生物は得意だけど、今あんまり関係ないよね。でもこの程度の二酸化炭素なら大丈夫でしょ、それより都会の方の電力の無駄遣いのほうが甚大」
「チームマイナス6%なんて名ばかりだよねー、うちなんてクーラー無しで生きてるのにー」
「死にかけてたでしょ灯村」

ぱちぱちと軽やかな音を立てて、線香花火が花を散らす。先ほど落ちた灯村の二本目は今やっと大きな球を作り始めたばかりで、そのとき麗李の球が落ちた。麗李は落ち込んだような声を出して、もう一本線香花火を拾い上げ蝋燭の火に触れさせる。

「それにしても、線香花火ってなんか切なくなるよねぇ」
「あああ、夏休みが終わってゆく……」
「ニコ、まだ8月6日」
「灯村とニコは宿題どんな感じ? 進んでる?」
「あーあーあーなーにーもーきーこーえーなーいー」
「ニコあんた読書感想文くらいはやっときなよ、得意分野でしょうが」
「じゃー七戦黙示録で感想文書くから貸して、もしくはセイレンの福音書の原本」
「最長でも一週間後には必ず返すって誓うなら貸してもいいけど。査定もちゃんとやるからね」
「………灯村にはなーんも通じないんだよなあ」

ニコはそういって恨めしそうに灯村を見る。その視線を灯村は当たり前でしょと撥ねつけるが、落ちずに消えていった線香花火を見てぱっと表情を明るくした。
気を良くした灯村は今度は二本同時に火をつけ、巨大な球を作り出す。少し経つとそれは激しく火花を散らし始め、ロアンと麗李は慌てて飛びのいてその時にふたりの線香花火が落ちた。ニコはやたらと対抗したがり、またふたりで花火を大量消費し始める。その様子を見て、ロアンと麗李はまた新たな線香花火を取るまでもなく、ただふたりが線香花火の巨大さで争うのを笑いながら見ていた。しばらくすると灯村とニコは争いからより大きな球を長時間保たせることに集中し始め、ふたりで数本の線香花火を持って共同作業を始める。そしてその日、落ちずに消えていった連結線香花火最高記録は7本だった。



「……線香花火でしんみり終わるはずが、最後まで騒いだな」
「ニコのせいでしょ」
「責任転嫁すんな」
「それにしても、ロアン、麗李ごめんねー、私とニコでほとんど花火やっちゃった!」
「ううん、気にしなくていいよ。灯村とニコのやりとりおもしろいもんね、麗李」
「うん、十分楽しめた」
「………喜んでいいのやら哀しむべきなのやら」

ニコが苦笑いしながらゴミを全部つめたバケツを手に持って立ち上がる、その拍子に灯村の手と空いた手がぶつかった。

20センチ以上ある身長差、見下ろせばつむじが見える。彼女は年の割りには少し小さいと思う、言わないけれど。そして彼女の手もやはり小さくて、そして、闇の中には不釣合いなほど白い。

無意識に、自分の手をぐっと握り締めた。そして拳を解いてその手に触れようとするが、やはりまた拳を握ってしまう。灯村はのんきに空を見上げて、星が綺麗だねえ、なんて呟いている。少しばかりつられて空を見れば、大きな明るい三角形が天の川を跨いで輝いていた。一ヶ月ほど前の七夕を思い出し、そんな自分がなんとなくかゆくてかりかりと何気ない振りをして腕を掻く。そういえば虫除けを忘れていたからどこか刺されてるかもしれない。爪を立てていた手をわきに戻して、またぐっと拳を握り、開いて、また握る。
そんなニコの怪しい手の動きを見ていたロアンと麗李は、お互いに顔を見合わせた。そしてふたりして悪戯な笑みを浮かべてから、隣に並ぶ灯村とニコの元へ走り出す。

「ひーむらっ」
「ニコっ」
「おおう?」

麗李が灯村の手を握り、ロアンがニコのバケツを持ってるほうの腕に自らの腕を絡めた。

「かえろ、本当に遅くなっちゃう」
「そういえばまだご飯食べてないよね、僕たち」
「おーそうじゃん! ロアン頑張って早く作ってね!」
「任せて!」
「ロアンシェフ、オレ今日のメニューは焼肉がいーなー」
「それはちょっと無理だけどね」

そしてそのままニコが灯村の手に自らの空いた手を伸ばすと、思ったよりも自然に重なり、どちらからともなく握り合った。少ない外灯に照らされた道に繋がった4つの影が並び、仄かに火薬の匂いを纏った彼らは笑いあいながらともに夏をすぎてゆく。
いちばんながく、一緒にいられる季節。



























(08.08.06)
(Happy birthday Dear なっちょん!)
(なっちょんの創作であるイチセカを二次創作させていただきました)