霞のかかった蒼は地平の果てまで空気を染め上げ、僅かにある柔らかな白はゆるりとその蒼の中を形を変えながら漂う。夏のものとは違うやさしい光を放つ太陽は、ぽっかりと蒼天の中に存在感を示しながらその光で世界を照らす。 その春空の下で、太陽に照らされながら凛と咲く薄紅の小さな花。時折風に揺らされて儚くも優雅に花びらを散らし、その地を薄紅の絨毯へと変えてゆく。 白い校舎は春の陽射しの中に佇み、心なしか浮き立っているようにも見えた。昇降口周辺では休みのはずの上級生が十数人ほど大量の紙を持ち、話しながらいったりきたりしている。彼らもどこか楽しげで、そのはしゃいだような笑顔には幼さが微かに滲んでいた。 そんな校舎の中を、高校生活最初のHRを終え、あとは帰宅するだけのアレンがのんびりと歩く。 他の生徒は徐々に親と合流をしてお互いにもらった資料などを見合っているが、親はいない、養父もどこかへ行ったっきり帰ってきていないという状態であるアレンは、高校の入学式であるというのに合流する人などいなかった。そんなことを気にするキャラでもないし、別にいいのだけれど。こんなに人が多いと一人でいる自分が浮くわけでもないし。 階段を1階まで下りたところで、廊下の端によって上を見上げる。そこにあるのは何の模様もない白い天井だけだが、“高校”の天井、という言葉はアレンの胸を高揚させるには十分すぎた。 やっと、高校生になったのだ。 つらい入試をどうにかパスして、この場所を夢見て。 この、愛すべき人たちとともに通える、学校を夢見て。 アレンはこっそり自分の掌を強く握り、そしてまた昇降口に向かって歩き出した。駅までの道はまだ怪しいが、人の波に乗れば大丈夫だろう、そんなに遠くもないし。 そして自分と同じ色の上履きを履いた人ごみの中をかいくぐって靴箱に到達し、窮屈な中やっとスニーカーに履き替えてその流れのままに昇降口を出る。 そのときアレンは、彼らしくなく、完全に油断していた。 「あれェェエエェエェェェェエんんんんん!!」 「うわっ!?」 外に出た瞬間に見慣れた2つの影が飛び出してきて、アレンは思わず大声を上げた。待ち構えていたかのようにラビとリナリーがアレンに抱きつかんばかりに駆け寄ってきたのだ。その後ろから神田が面倒くさそうな表情でのろのろと出てくる。 「アレンくん、入学おめでとう! この日を待ってたんだよラビと神田も一緒にー!!」 「俺を一緒にすんな!」 「喜んでたくせにー、赤飯炊いてたじゃん」 「してねえ!!」 「なんだ神田、嬉しいことしてくれるじゃないですかそしてその赤飯分けてくださいね」 「てめーは黙れッ!!」 中学時代いつも見ていたような会話が本当に目の前で展開され、学校という場所での彼らの会話に自分がさりげなく加わることができて、全身が懐かしさと歓びで満たされてゆく。嗚呼自分は、ここへ来たのだ。愛すべき彼らがいるこの場所へ。やさしい一陣の春の風が4人の間を吹き抜け、蒼の中へと吸いこまれていく。 「とにもかくにも、アレン、入学おめでとうさ!」 「また毎日一緒に通おう、一緒にお昼ご飯食べよう、一緒に帰ろう、ねっ!」 「……またさらにうるさくなるな……」 「神田ちょっと空気読んでください」 なにはともあれ、また戻ってきたのだ。学校という無条件で友人と会える場所で、このメンバーで過ごせる日常が。仄かに香る花の匂いがすっと全身に浸透していく。 |
風が花の匂いを運ぶ、しあわせに満ちた春の日。 そして物語の新章が、幕を開けた、日。 |