青春のきらめきとか、残滓とか、そういうのはきっとこういうものを言うのだろう。 未だ記憶に新しい、洗練された生活への期待に彩られた生徒の背中を見ながら、そう思った。 若者が、一部屋に篭ってさざめいて、動き回って。 それぞれ放っている微かな汗の混じり合った匂いは、まるで麻薬のようだ。 風に乗せられて、ふわりと香るそれに、鼻をすん、と動めかす。 脳に直接流れ込んでくる、微かに青臭くて、柔らかくて、甘い、小さな匂い。 逃したくなくて手で鼻を覆えば、自分の掌も同じ匂いがするのに気がついて、少し気恥ずかしくなった。 目を細めて窓の外を見遣る。成長していろいろ考えられるようになることは、やれやれ、どうにも背中がむずがゆくなるほど照れ臭い。 「自習って暇だな、アレン。皆好き勝手してるしさ。しかし、今更お喋りの輪に入る気もしねえし」 隣の席で、僕と同じようにぼけっとしていた男の子が呟いた。 「そうですね。…ね、こっち向いて」 「ん?」 小さく微笑みながらこちらを向いた彼。その目の中に隠しようのない煌めきを見て取った。 ああ、この子も、だ。 「何?アレン。…なんか、改めて見られるとこういうのってなんか恥ずかしいよな」 「え、あ、ごめん。この時間の自習って全校ですよね?」 「うん。なんか、先生が一人倒れたらしいぜ。先生総動員で緊急会議だと」 「そうなんだ…じゃあ、ちょっと僕抜けますね」 かたん、席を立って教室を後にする。 だって、会いたくなってしまったんだ。彼の瞳を見ていたら。 昇降口を下りて、中庭の木陰に足を向ける。そこには、彼等がいるはずだ。 「よう、アレン」 「アレンくん」 「チッ、モヤシかよ」 ほらね。 目を上げれば、3人ともと目が合った。途端、沸き上がる、この愛しさ。 そして、彼等の目に宿る生命の、魂の輝き。 教室の彼や目の前の彼等の目に見えたのは、子供のような煌めきだ。 それは、自分、アイデンティティってやつ?を見失わない人しか持たない、心のいのち。 たいていの人はどこかで取りこぼしてしまう。それは、辛いことだったり、悲しいことだったり。 本当に自分を持っている人は、目を見て、一言交わせば分かるのだ。 「…どうも。ね、今幸せですか?」 「あたぼうよ」 「もちろん」 「チッ、今更かよ」 嬉しい。 だって、そんな輝きを持った、素敵な人達は、僕と一緒に居てくれる。 僕の突然の質問にも、動じる事なく、ふわりと大切そうに答えてくれて。 「僕も、幸せです」 とすん、とリナリーとラビの間に腰を下ろしながら呟く。 反対側のラビの隣に陣取っている神田がフン、と鼻を鳴らした。 膝を抱えて、真上の木漏れ日を見上げた。きらきらと、それは綺麗な。 「うん。アレンがいなきゃ、寂しいしな。前も言ったけど、みんな待ってたんさ。 アレンがここ来てくれて、俺は幸せ。照れやさんだから言えないけど、勿論ユウもーっ」 「てめえ、は、余計、な、こと、言わなくて、いいん、だよ」 「幸せだよ。とっても幸せ。ありがとう、アレンくん」 「ありがとう、こちらこそ」 目線を下ろして、抱えた膝に片頬を乗せたリナリーの頭をゆっくり撫でた。 くすぐったそうに笑う彼女に、目を細めて笑う。ああ、今自分はとても優しい顔をしているんだろう。 「ずるいさアレン、俺も撫でるー!」 「うるさいの、今は、私はアレンくんだけのなのー」 「えー!ぶーぶー!」 「あはは、神田だけのものの時はあるんですか」 「無きにしもあらず、って感じかな」 「チッ」 4人で交わす一言一言が僕にはとても嬉しくて、美しくて、愛おしかった。 「リナリー」 「ん?」 「ありがとう」 「えへ。でもね、さっき言ったことは本当なの」 真っ直ぐに、視線を合わせてどちらからともなく微笑んだ。 本当に幸せそうに薄く上気した、彼女の頬は綺麗だった。 2人で手を握り合って、ころりと木漏れ日の光の中に横になる。 「さっきは、私はアレンくんだけのものだったのよ」 「えー、じゃあ俺だけのものの時もあんのー?」 「あるよ。ラビのことで頭が一杯になっちゃうこともある。友達でしょ?」 そっか、にかっと顔中で笑って、ラビも草の上に横になった。 ぱふっ、と空気の抜ける音と共に芝生が舞い上がった。 彼の鮮やかな赤髪に、細い緑の線の草の色彩、強く網膜に焼き付いた。 やはり強い光をたたえた緑の瞳は、とても優しく細められていた。 「ほーら、ユウちゃん腕まくらしたげるから一緒に寝ーましょ」 「誰がお前の腕なんぞ借りるか、気持ち悪い」 「何それ、ひでえ!」 ああ、愛しい、愛しい、みんな体中でそう言っているみたいだ。 |
「寝ましょうか、どうせあと一、二時間は自習だろうから」 「うん、寝ようか」 思わず心がさざめくような温かい笑みを浮かべたリナリーに笑いかけて、その美しい景色を最後に目を閉じた。 |