がたがたと不安定なラビの自転車の荷台の上、リナリーはラビに背中を預けて晴れた夜空を見上げていた。鞄を神田の自転車の篭に預けた彼女の手には、あたたかい缶コーヒーが3本握られている。危険な二人乗りなのに運転手に背中を預け捕まっているものもない、彼女はよほどのバランス感覚の持ち主でさらに運転手であるラビを信頼しきっているのだろう。 「もうすっかりクリスマス一色だね」 リナリーとラビ、そして神田、幼馴染である3人が今自転車を走らせている町の大通りは様々な電飾が施され、青や白、赤や緑のクリスマスカラーで煌いている。トナカイ、サンタ、ツリー、リース、星、プレゼント……見るだけで胸が躍るようなクリスマスのシンボルが、もう数日後に迫ったクリスマスを盛り上げようと張り切っている。もっともそれらは本物ではないから、そう見えるだけ、のことなのだけれど。 夜空を見上げれば、その街の明るさのせいで星はよく見えない。冬は一番星が綺麗な季節なのに。少し寂しい気もするが、どうせ電車に乗って都会とはとてもいえない地元に帰ればたくさんの星が見えるだろう。それまで少しの我慢。 「何を今更。12月入った頃からこんな感じだっただろ」 「だって3人で帰るの、12月入ってから今日が初めてじゃない。ラビと神田が午後の授業サボって帰ったり夜遅くまで説教だったり最後までいてもラビは部活サボるし逆に神田は先生に怒られるまでいたりして。今日たまたま2人が反省文書き終えるのが私の部活が終わる時間と一緒だったから一緒に帰れてるんでしょ」 ぎくり、と前方のふたりが焦りを感じたのを、リナリーは背中と空気越しに感じ取った。その反応に思わず笑みがこぼれる。 手袋をしない手、手の平には缶コーヒーの温もりがあるけれど、手の甲には冷たい冬の空気が針のように突き刺さる。学校を出てきた時間と途中でコンビニに寄ってしまったことを考えると18時58分の電車にぎりぎり乗れるか、という感じだろう。それを逃せば大体30分後、別に本数が少ないわけではないしラビと神田といられれば暇はないのだけれど、部活終了後でお腹も減っているからなるべく早く帰りたいというのが本音だ。もうすぐ駅に着く、着いたらホームに向かってダッシュしなければならないだろう。だから無事電車に乗れたらコーヒーを渡そう、早くしないと冷めてしまうから、なるべく早く。 「こういう電飾とか見ると、毎日毎日思い出すのよね。だから絶対に忘れないの、電飾なんてなくたって忘れない自信はあるけど」 「何がさ、クリスマス? それとも、」 「それともの方。クリスマスイコール、アレンくんの誕生日でしょ」 正確な誕生日はわからないんですけどね、誕生日を訊けばそういって捨て子である彼は笑っていた。正確な日付がわからなくったっていい、12月25日、彼が“アレン”になった日をみんなで祝いたい。 「そういや、そのモヤシはどうしたんだよ」 「今日はバイトなんだって」 「なー、一応訊くけどさー、ユウもリナリーも25日暇? 暇だよな」 「失礼な訊き方」 そういいながらリナリーはくすくすと笑う。当然空いてるよ、と返事を返せば、神田もその後に暇だ、と呟くような小さな声で言った。 「べ、別にあいつのために空けてるんじゃねえからな、たまたまだからな、たまたま!」 「わかってるさー」 ムキになって否定する神田。リナリーには彼の姿は見えないが、きっと頬をこれでもかというほどに赤く染めているのだろう。ラビとリナリーは思わずくすくすと小さな笑いを零した。基本的に他人嫌いの神田は、確かに女子生徒に人気があるといっても遊びなどの誘いは12月25日じゃなくとも毎回断っている。そんな神田とは違いラビやリナリーはいろいろな人から誘いを受けているが、12月25日のぶんは全て断ってきた。理由は、ふたりとも一緒。 「じゃあ25日誕生会やろうな! 電車の中で計画立てようぜ。あ、リナリー、アレンのバイト終了時間知ってる?」 「今日は遅いんだって、9時くらいまでかかるって言ってた」 「それなら心配ないさ」 25日に誕生会をやるって誰かが(もしくは自分が)言い出すことを、知っていたから。 ちらりと横目で風景を見れば、小さな文房具屋が駅前の駐輪場まであと少しであることを教えてくれた。冷えた手で包んでいたコーヒー缶を鞄の中に滑らせ、ちょうど信号待ちをしていたラビに預けていた背中を離す。力強いぬくもりが背中から消えるが、その一瞬後にリナリーは体勢を変え荷台に横座りになった。一番早く、スタートダッシュができる体勢。 それに気付いたラビは、お、と言葉を漏らす。 「リナリー本気モード?」 「えへへ。座れる可能性は低いけど、3人分のスペースは確保しとくね。任せて!」 「おい、58分の電車は後ろから5両目の一番後ろのドアから入ると着いた時階段に近いから、そこ狙ってけ」 「了解」 信号を渡ってすぐにある駐輪場に自転車に乗ったまま降りてゆくラビの背中で、リナリーはぴ、と神田に向かって笑いながら敬礼をして見せた。 自転車が止まったらすぐに降りて、駅までダッシュ。空いてたら3人分の席を確保して、できなかったらスペースだけでも確保して、発車ベルがなっている最中に駆け込んできたふたりにコーヒーを渡そう。それからさんにんでゆっくり、電車に揺られながら、いつものメンバーの中で一番年少の白い少年の誕生会の話をして。25日、彼は一体どんな反応を見せてくれるだろう。驚いた顔、嬉しそうな笑顔、真っ赤に照れた顔、様々な顔が目に浮かぶ。 でもとりあえず彼には、期待を裏切ってもらいたいね、って。 明るくて暖かい電車の中、3人で馬鹿みたいに騒ぎながらも頭の中心にいるのは白の少年。紅一点の姫に聞けば彼はしばらくバイトで忙しいようだから、25日まで「いつものメンバー」はこの3人だろう。だから25日まで、ほんの少しの、辛抱。やっぱり一番楽しいのは「いつもの4人」でいるときだから。 (街の明かりが君が生まれた日を祝っているんじゃないかと錯覚してしまう辺り僕達は本当に、) (07.12.23) |