天の真ん中には大きな六角形と三角形が形作られている。それを見上げながら、神田は前ラビに教えてもらったことを思い返しながら星の名前を頭の中に浮かべていった。一番明るいのは大犬座のシリウス、砂時計のような形のがオリオン座、青い一等星がリゲルで赤い一等星がベテルギウス、だったような。そしてふたつ並んだ明るい星が、双子座のカストルとポルックス。双子座は何故か鮮明に覚えている、自分の星座だからだろうか。 はあと息を吐けばそれは白い水蒸気となって天に昇って行き、一瞬だけ夜空を白くふわふわと染めて、消える。静かな道、車も人通りも全くない。そのためにかつかつとブーツを履いた自分の足音が奇妙なほど強調されて聞こえる。手首にした銀細工の時計を見る、現在23時51分。 なんでこんな時間にこんな場所を歩いているのだろう。 理由を挙げろといわれれば出来るけど、きっと自分はやらないだろう。だってそんな、約束も何もしてないのに、“いつものよにん”の“いつもの場所”に向かってるなんて。 かたかたと寒さに耐え切れなくなっている歯が耳障りな音を立てる。一軒の小さな駄菓子屋、このカーブを曲がればいつもの場所が見えてくる。神田は思わず口元を緩めた。こんな姿は誰にも、あのメンバーにも見せられない。それでもあいつらには全てお見通しなのが少し癪なのだけれど。 ぼうっとそんなことを考えながらカーブを曲がる。電灯すらない田舎道、頼れるのは闇に慣れた自分の視界だけ。そして焦点をいつもの場所に合わせて、また、思わず、頬を緩めた。そこに向かう人影がみっつほど見える。そのみっつの影もそれに気付いたのだろう、彼らは嬉しそうに軽やかに走り出した。神田の足もうっかりつられて駆け出しそうになるが、高鳴る胸と一緒に押しとどめる。みっつの影はすぐに合流して、こちらに向かって手を振っていた。それでもただ歩みを進めるだけで、決して走りはしない。輪郭、髪の色、ファッション、表情、近づくにつれて段々と鮮明に見えてくる。みっつの影は予想通りのメンバー、アレンとリナリーとラビ。暖かそうなコートを羽織り、口元からは白い息が立ちのぼる。心底嬉しそうな幸せな表情でこちらを見つめる彼らにいつもの仏頂面をはりつけて、いつものように毒づいた。 「暇人だな、こんな深夜に」 「ふふ、それは神田もでしょ」 「じゃあ全員揃ったことだし行こうさ初詣」 ラビの声と共に、4人でゆっくりと近くの神社へと向かう。いつものように他愛もない話をし始める、前に、神田を除くさんにんは一斉に携帯を開いた。神田は無関心そうにつんと前方を無気力に見つめている。この4人には珍しい沈黙の空間が訪れる。神田の腕時計が秒を刻む音が、微かに耳に届く。かち、かち、かち、かち、静寂、沈黙、奇妙な共鳴。照明が消えないように電源ボタンを時折押しながら、待ち受け画面をずっと見つめて。そして神田の腕時計が、一際大きな音をたてた時だった。 「あけましておめでとうございます!」 「あけましておめでとう!」 「おめでとうさー」 「はっ、めでてぇ奴らだなテメェらは」 「せめて最初の鼻での笑いと後半を削ってほしいよね」 そう言ってリナリーは苦笑し、ラビも苦笑いを浮かべアレンは神田を小突く。白と黒の眼光が絡み合い、不吉な予感を感じたラビとリナリーが間に割って入った。新年明けてもいつもの日常が繰り返される。 寒いね、寒いな、とまた他愛もない話をしながら、寒空の中を歩いていく。 「今年の初詣は合格祈願さねー、センター思うと憂鬱さ……」 「……思い出させんじゃねえよバカうさぎ」 「大丈夫大丈夫、ラビと神田なら受かるよ」 「そうですよー、っうわ」 ラビと神田を励ますリナリーの言葉に素直に倣った(いつもはリナリーの言葉といえどラビと神田のことを励ますなんて滅多にしないのに)アレンは、ちょうど凍っていたところで足を滑らせた。間一髪でバランスを立て直して転ばずにはすんだが、その銀灰色の瞳を見開いて近所迷惑にならない程度の声で、それを言葉にした。 「滑った!!」 「……アレンさんそれは素? わざと?」 「こいつの場合わざとに決まってんだろ」 竹刀でも持っていればひどい喧嘩になったのだろうが、今回の場合は神田が恐ろしい眼光でアレンを睨みアレンはそれをスルーする、と一番安全な形で終わった。ラビとアレンに挟まれたリナリーは、ただくすくすと笑っている。 空白のスケジュール帳、埋め尽くされる日記帳。予定とか約束なんて必要ない、一緒にいたい時っていうのは、僕らにとって常に重なるものだから。 (今年もよろしくなんて言葉はいらない、だってそんなこと、当然なことでしょう?) (08.01.01) |