「毎年ながら大量ですねーユウさん」
「うっせ名前で呼ぶな。俺としてはモヤシが大量にもらってんのが納得いかねぇ」
「アレンです。ていうかなんだかんだでラビが一番もらってんじゃないですか、その大きな袋」
「え? マジ? やっぱそう見える??」
「「ウザイ。」」
「こういうときだけ息合わせなくても」

普段仲の悪い神田とアレンの同時攻撃に、ラビは肩を落とした。
街はピンクと黒で彩られ、大きな百貨店などにはバレンタインの宣伝の垂れ幕が下がっている。一ヶ月近く前からの装飾、全ては本番の今日、2月14日のために。
銀髪、銀灰色の瞳、頬の傷跡、目を引く容姿で紳士の性格であるアレンと、流れるような黒く長い髪、誰も寄せ付けないような切れ長の瞳、それなのに何故かアレンとラビには弄られていて怖がるに怖がれない神田、そして珍しい赤毛と謎の眼帯、明るく社交的な性格のラビ。この3人は毎年義理でも本命でも大量にチョコレートをもらっていた。最も彼らは男子にも人気があるから一人でいる時間は少ない故に、実際に想いを伝えようとする女子生徒は本当に少ないのだけれど。中学時代からそんなことがあったために3人は既に学習して大きいチョコレート用袋を持ってきている。ちなみに神田のチョコレートは毎年8割がアレンの、2割がラビの元へ行く運命だ。地元の目立たない場所でその分割をやる辺りに神田の隠れた優しさが見える。
それくらい甘いものが苦手な神田も、ひとつだけ、意地でも食べるチョコレートがある。

「アレンくーん、ラビー、神田ーっ!」

遠くから微かに声が聞こえてきた。校庭の片隅にある木の下で待っていた彼らは思わず顔をそちらへ向けた。校舎のほうからひとつの影がこちらへ向かって走ってくる。風になびくツインテール、すらりと高い背丈、通学用の鞄と教科書を入れるためのキャリーケース、あともう一つ小さな袋をもったその影は、見間違えることなんてありえない、リナリーだ。アレンとラビはぱあっと顔を輝かせ、リナリーに向かって手を振る。神田はただ鼻を鳴らしただけだがどこか嬉しそうだ。彼が素直じゃないことは今に始まったことじゃないけれど。
足の速いリナリーはすぐにその木の下に辿り着いて、浅い呼吸を肩で繰り返す。恐らく校舎から全力疾走してきたのだろう、そんな彼女の背中をラビはぽんぽんと優しくたたいてやった。リナリーは苦しそうに歪んだ表情のままそれでもラビにありがと、と笑顔でいった。ラビもそれに笑顔を返す、先を越されたアレンは不機嫌そうだ。

「ごめんね、先生に捕まっちゃって」
「しょうがないさ、リナリーはクラス代表だし」
「でもこんな寒空の中待たせちゃって……」
「大丈夫ですよ、どうせ風邪なんかひきませんもん僕たち」
「馬鹿は風邪ひかないって言うからな」
「ユウちゃんそれはユウちゃんが一番言っちゃいけない言葉」

そのまま喧嘩が始まりそうになった3人の頭を、リナリーはキャリーケースから素早く取り出した世界史の資料集(大きい)で軽く叩いた。アレン、ラビ、神田、その痛みを声にすることができないまま各々叩かれた部分を抑えて喧嘩は収まる。恐る恐る3人がリナリーを見ると、リナリーはただにこにこと笑っていた。こんなことがあった後は大抵リナリーは頬を膨らませているか黒い笑顔を浮かべているかだが、今回の笑顔は黒くなんかない。

「り、リナリ?」
「どうしたの、ラビ?」
「いや、なんか、いつもと違うなあって」
「今日は特別。でもあんまりにも喧嘩するようならチョコ私が自分で食べちゃうよ?」
「すみませんでした」

まずその言葉に反応して謝り、頭を下げたのはアレンだった。先を越されたラビと神田はどうしていいのかわからずうろたえ、リナリーも目をぱちぱちと瞬かせる。だがすぐに笑って、手に持ったペーパーバッグのなかに手を差し入れた。透明でピンクのハートが幾つか描かれ袋口をモールで閉じられているそれに入っていたのは、ハートの形のブラウニー。それをリナリーに手渡された3人は心底嬉しそうな表情を浮かべ、早速その場で開封して口に含んだ。神田が甘いものが苦手でラビとアレンは苦めのチョコも好きなため、リナリーからのチョコは毎年甘さ控えめだ。口の前で指を組んで、リナリーは不安げな表情を浮かべていた。だがラビとアレンがすぐにぱあっとまた顔を輝かせ、リナリーに笑顔を向ける。

「すっげーうまい! やっぱりリナリーが作るお菓子は最高さね!」
「あー僕の台詞を全部とってった! でもやっぱりリナリーのチョコが毎年一番美味しいですよ!」
「ありがとう、そういってもらえるとなんだか照れるな」

リナリーは頬を朱色に染めて、嬉しそうにふふと笑った。神田は何も言わずにブラウニーを食べているが、おいしくなかったら彼は一口で捨ててしまうはずなのだ。それを普通に食べているということはおいしいということだろう、彼に感想を強要する必要は無い。
そしてリナリーちらりとその細い手首にした腕時計を見て、わたわたと慌てたように鞄を背負いなおした。

「ご、ごめん、今日兄さんから早く帰ってくるように言われてるの。だから先に帰るね、ごめんね……」
「大丈夫ですよ、また一緒に帰りましょう」
「うん! じゃ、また明日ね!」

リナリーは最後にまた笑って、軽快に駆けて行った。


その後姿が曲がり角に消えるまで無言で見送っていた彼らは、ちょうどリナリーが消えたところでようやくゆっくりと視線を交わす。

「………こうやってリナリーからチョコをもらうと、何を思い出しますか」
「やっぱり同じこと考えてたさ」
「あれだろ、6日後」
「リナリーにそんな気はなくても、僕らは毎年最低2倍はお返ししなきゃならないんですよねえ」

毎年彼女はチョコレートを作ってくれるけれど、その嬉しさに慣れることはなくて、その喜びを当然だと思えることもなくて。毎年毎年飛び上がりたくなるくらいの歓びにかられる。だからそのお返しを全力でしたいと思っても、そのお返しをするのはホワイトデー、だけじゃなく。

「誕生日……。今年何すっかなー。平日だし」
「時間とか場所も限られますからね」
「おい、さっさと帰るぞ。早く帰ってラビの家で作戦会議だ、あと帰り道」


神田はそういってさっさと歩き出した。ラビとアレンは思わずぱちぱちと瞬きをして、顔を見合わせて、それから慌てたようにその後を追いかける。





毎年彼女はチョコレートを作ってくれるけれど、その嬉しさに慣れることはなくて、その喜びを当然だと思えることもなくて。毎年毎年飛び上がりたくなるくらいの歓びにかられる。だからそのお返しを全力でしたいと思っても、そのお返しをするのはホワイトデー、だけじゃなく、彼女の誕生日も。ううんこれは正確に言うとお返しじゃない、だって僕らは彼女が生まれてきたことを本当に幸福に思っているから、だからありったけの想いを込めて祝福したいんだ。毎年最低2倍はお返ししなきゃならない、だけどそんなの全然苦痛にならないよ。きみがいつも僕らにくれるものを思えば。






「リナリーがこうやって毎年手作りなんだから、オレらも手作りすっか。リナリーはチョコレートケーキが好きだろ?」
「野郎3人の手作りケーキですか……」
「……やるだけやってやるよ、おいモヤシ、途中でつまみ食いとかすんなよな」
「…………………」
「お、アレンが珍しく言葉に詰まってる」
「うっさいですよラビ」
「つーかさっきの台詞はお前にも言えるしな、ラビ」
「…………お前ら仲が良いんだか悪いんだかはっきりしろさ」






































(08.02.14)