「……あー」 ラビとアレンと並んで昇降口を出たリナリーは、戸惑ったような落ち込んだような憂鬱な声をあげた。あまりにも静かで弱かったせいで中にいたときは気付かなかったのだが、鈍色の空から柔らかな雨がしとしとと降りそそいで、世界を淡い蒼に染め上げていた。同じように昇降口を出て校門を出ようとする生徒達は何の躊躇いもなく傘を差し、昇降口から校門までの道がカラフルで歪な円に彩られる。 ラビも隣にいるアレンや他の生徒達と同様に傘を取り出しながら、リナリーに何気なく声をかけた。 「どうしたリナリー、傘忘れた?」 「昨日も雨だったから……乾かそうと思って、そのまま置いてきちゃった」 「6月に入ってから雨多いですよね。じゃ、リナリー、僕の傘入ります?」 「あっアレンてめー何抜け駆けしようとしてんさ! リナリー、オレの傘の方がでかいから余裕で入れるぜ?」 「ラビとリナリーは身長差があるから入りにくいで」 「ごめんねふたりとも、私ちょっと生徒会室に置き傘とってくる!」 そう言ってリナリーはぱっと身を翻して昇降口に戻り、靴を脱いで上靴は履かずに靴下のまま生徒会室の方へ向かって全力疾走する。ついさっき鼻先を掠めたツインテールがすぐに遠くなり、完全に消えたところでアレンとラビは顔を見合わせた。 二人の手にある傘は、よく描かれる頂点にハートのついた傘になることは、叶わず。 そしてアレンのビニール傘とラビの黒い傘、リナリーのピンクの傘が一列に並んで大通りを駅に向かって進んでいく。その傘に雨が跳ねてぱたぱたと軽やかなリズムと旋律を作り出すが、どうしても心地良い旋律だと思えないのは制服が雨に濡れて重く歩きにくくなっているせいもあるだろう。心なしかその足取りもいつもより重い。隣を走る車に乗っている人が羨ましくなった。 「梅雨ですね」 「そうさねー、6月入って早速」 「あ、6月で思い出したけどラビ、神田は? 今朝は来てたよね」 「3限で帰った」 「……そう。でもいいか、逆に好都合」 リナリーの言葉にラビとアレンは疑問符を浮かべ、リナリーの方に視線を注ぐ。その視線に気付いたリナリーは一瞬きょとんとした表情になったがすぐに柔らかな微笑を浮かべ、片手を開いてもう片手の人差し指を突き出し、それを重ね合わせた。それをもう一度、6と6。そこで事情を察したラビとアレンはそのことか、とふたりして笑みを浮かべた。 「あー、6月になった……梅雨入りってこととイコールで繋がりますもんね、嫌でも思い出す」 「そう。ちゃんと話し合いしてびっくりさせなきゃ! ね!」 「おう! ………って、あー……」 ラビは大きく腕を突き出したが、その直後額に手をおいて妙な表情になる。ラビよりも大分背の低いアレンとリナリーがラビを見上げると、ラビはそのふたりに向かって、唇をう、い、い、の形につくった。読唇術を習得してるわけでもないのにそれだけで理解したアレンとリナリーは頷きながらも苦い顔を浮かべる。アレンは少しばかり青い顔をしていたが。 植え込みに咲くそれぞれに色の違う紫陽花が、雨露に濡れてきらきらと輝いて美しい。雨の降る時期、紫陽花の咲く季節、雨と紫陽花の似合う、冷たくて優しい人。6月6日は神田の誕生日。 神田は人付き合いが本当に苦手、むしろ嫌いだから、誕生日を知っているのも全校でこの“いつものメンバー”くらいなのだ。だからきっとあまり祝ってもらえないだろうから、その分このメンバーで盛大に祝わなければならないのだ。最もそんな使命感がなくたって、盛大に祝うつもりだが。 彼らは毎年神田の“笑顔”を目標としているが、案外彼の喜びのポーカーフェイスは崩れにくい。限度は頬を染める程度で、緩めるところは決して見せないのだ。楽しい時には緩める時もあるが、喜びという感情は絶対に見せない。だから毎年の目標になるのだ。 「……ま、追試なら追試で、それも考慮してサプライズ計画立ててこう!」 「ていうか神田が追試なんて最初から想像できてましたけどね」 「そゆこと言わないのアレン」 もうすぐ駅につく。駅についたらまず3人分の席を確保して、それからゆっくり話し合うんだ。いつも彼のことをいじくっているから、今回は純粋に祝福したいね、しなきゃね、なんて話しつつ。それでも、水も滴るいい男だから、梅雨だし雨降ってる外に呼び出して、なんて意見が出てきて慌てて軌道を修正したり。 まるで雨に愛されてるみたいに、冷たくて綺麗で優しいひと。 それでも雨より彼を愛しているということは胸を張っていえるよ、この気持ちだけは誰にも負けられない。 「知ってるさ?」 「なにをですか」 「6月6日って、恐怖の日なんだって」 「………恐怖の日にならないようにしよう、ね……」 (08.06.05) |