瞳を開けると、ただそこには荒野が広がっていた。何もない空間の中、真紅の薔薇だけが大きく彼女を取り囲むように咲いている。むせ返るような花の匂い、何者もを寄せ付けない棘、あまりにも深く全てを魅せる紅。 そしてその薔薇の中心にいつの間にか一人で立っていたリナリーの耳に、優しい声が遠くから聞こえた。その声が紡ぐのはアルファベット7文字の名前、リナリー。聞き覚えのある声、いつもいつも焦がれている声。ゆっくり、ゆっくりと振り向くと、そこにいるのは予想通りアレン、神田、ラビの3人。アレンとラビは眩しいくらいの笑顔でこちらに向かって手を振っている、神田はいつものように仏頂面だ。孤独という不安に駆られかけていたリナリーは安堵し、彼らに駆け寄ろうとするが背丈の高い薔薇に邪魔される、棘が足に食い込み鋭い痛みが走った。 その代わりに彼らが駆け寄ってきてくれて、3人が、あの神田でさえも手を差し伸べてくれた。3人3様の掌、リナリーも思わず頬を緩めて手を伸ばす。もうすぐ、もうすぐ、優しい手に届く。そして4つの手が触れ合おうとした、その瞬間。 ずきり、と伸ばした腕に痛みが走った。見るとその腕には茨が巻きつき締め上げ、棘が皮膚を引き裂いて血が噴き出る。深い緑の茎さえもリナリーの血で赤く染まり、彼女の掌では大きな薔薇の花が愛する彼らを拒絶するかのように咲き誇る。触れたいのに、助けてほしいのに、触れられない。ともにいたいのに、いられない。血が滲む、肌が紅に染まる、皮膚が切り裂かれる、痛い。彼らは優しい表情のまま、くぱりと彼方に開いた闇の中へと吸い込まれてゆく、空気越しに感じていた体温さえも掻き消えて。頬に涙が伝い、視界が滲み、それきり彼らは闇の彼方に、 「リナリー!」 先ほどの優しい声とは違う焦ったような声音で名前を呼ばれて、リナリーはぱっと目を開けた。そこは何も無い荒野などではなく、見覚えのある風景、教団の談話室。心配そうな表情で覗きこんでくる、闇の中に消えたはずの3人。途端に先ほどの残酷な幻像は夢だったことに気付き、リナリーは大きな安堵の息をついた。ゆめ、とその唇から息が零れ落ちる。殆ど無意識に指が動いて、一番近くにあった神田の掌に触れる、神田の動揺が伝わってきたが彼は嫌がる素振りは見せない。 「よか、っ、た」 「……怖い夢でも、見たのかよ」 「うん、でも、大丈夫。すごく怖かったけど、すごく綺麗な薔薇の夢だった」 ちゃんと彼らに触れることができるということがわかった今、その深紅は素晴らしく美しいものだったように思う。変色した部分も萎びた部分もなく、凛と荒野の中に咲き誇っていた、大きな薔薇。あれはリナリー自身の深層心理の世界でしかないけれど、あんな何も無い空間の中にぽつんと咲く孤独の花にも見えて。あの薔薇の行動は、そんな自分をおいて孤独から逃れようとするリナリーへの嫉妬にも思えた。 「薔薇、か。そういや薔薇は、今日の誕生花さねぇ」 それも関係あるのかな、と小さく笑うラビの言葉に、リナリーは反射的にカレンダーを見た。今日は、7月15日。毎日の誕生花は覚えていないけれど、ラビが言うならそうなのだろう。 「そっか、薔薇が、今日の誕生花……」 それを思って、そしてまた夢の中身を思って、リナリーは思わず笑みを浮かべた。 あの夢が何を指しているのか、なんて、占い師でもないから知らないし知りたいとも思わないけれど、 ただ夢の中では触れられなかったこの手があたたかくて、それだけで良いと思った。 (08.07.21) (Happy birthday dear 倶亜さん!) (薔薇の花言葉 * 愛、嫉妬etc...) |