「昔はね、私、今のラビや神田ぐらいには大きくなれると思ってたの」 夕暮れが照らす道を彼らは歩いていた。周りには黄金色の草原、そしてずっと先には小さな街が見える。任務が終わって、教団に帰る途中なのだ。身体は所々傷を負っていて、歩く度に小さく痛む。リナリーの左隣に神田、そして右隣にラビ、アレンが歩いていた。 「今はもう無理だってちゃんとわかってるよ? でも、教団にいるのは男の人ばっかりだったから、いつか私もあんな風に身体が大きくなって、もっとがっしりすると思ってたのよ」 リナリーの独り言に近い言葉を、三人は黙って聞いていた。聞き方は、ラビは頭の後ろで腕を組んだり、神田はそっぽを向いていたり、アレンはラビを挟みながらリナリーの方を見ていたりとそれぞれであったけれど。 「身長はどんどん追い抜かされていくし、身体つきも、声の高さも、何もかもが私と変わっていく。男の人と女の人じゃ力だって全然違うし、自分一人が置いていかれているみたいに思えた。だからね、たまに、女の子に生まれてきたくなかったなぁ、て思うの」 リナリーの視線は下へと向けられた。地面には四つの影が伸びていて、アレンとは同じぐらいの身長であるのだけれど、自分のものよりちょっと長くて、ラビと神田にいたっては一目瞭然だ。 小さな頃、教団に帰る時に通るこの道を、神田と二人で何度も一緒に通った。その頃は影の長さは同じぐらいだったのに、今はまるで違う様子に、リナリーは寂しさを感じていた。 「オレは、リナリーが女の子でよかったなーって思うけど?」 ラビの言葉に、リナリーは目を見開いた。 「多分、リナリーが女の子じゃなきゃ嫌だって、教団の誰もが言うと思うさ」 「どうして?」 「だって、リナリーだから」 「え?」 「リナリーがリナリーだからさ」 誤摩化すラビにリナリーは首を傾げてしまう。ラビはそんなリナリーに、にこりと笑む。 教団にいる皆を慈しみ、愛する少女。彼女はいつも、仲間のために戦って、強くならなきゃ、もっと、たくさんの人を守れるように、強くならなきゃ。そうやってエクソシストであることに常にひたむきだった(それは本当の意味でエクソシストであることに反しているとは思いもするのだけれど)。だが、彼女は、人のために泣いてくれて、想ってくれるだけで、どれほどそれが皆の救いになっているかわかっていないのだ。 リナリーって、器用そうに見えて本当にそういう面で不器用だから、多分言ってもわからないだろうな、と思ってラビは言わない。いつかわかる日がくればいい。ただ、抽象的だけれど的を射た言葉を言う。端にいる二人には、きっと何のことだか、これだけでわかっているのだと思う。 だって、そういう風に慈しむように人を愛するなんて、男にはどう考えたってできないじゃないか。 「ま、アレンにとっては、ぜーったいに男であっちゃ困ったと思うけどな!」 「な、なに言ってんですか、ラビ!」 にやにやと笑むラビに、アレンは思わず声を荒げてしまった。ラビの言葉に珍しく彼の顔は赤く染まっている。リナリーは何のことだかさっぱりわからず、首を傾げるばかりだった。 「それに、さ。えい」 「うあっ!」 「あ?」 「きゃっ!」 ラビはアレンの首に腕を回して引き寄せ、そして神田を引っ張った。自然とリナリーの身体もラビの方に引き寄せられる。 「こうすりゃ、影の長さなんて一緒だろ?」 前方の道に広がっている影は一つに溶け合って、もうどこが誰の部分なのかわからなくなってしまっている。リナリーは驚いた表情でラビを見上げてしまう。ラビはそんなリナリーに、にこりと笑い返した。 「ずっと、皆いっしょさ。誰もリナリーを置いていったりなんてしないって。な?」 「はい、もちろんですよ」 「ユウは?」 そっぽを向いて何も答えはしなかったが、きっと彼にとってはこれが肯定の意なのだろう。 「……うん、ありがとう」 リナリーはとても嬉しそうに微笑んだ。 不思議だ。こうやって四人でいるだけで、自分が今まで抱えていた不安とか、わだかまりとかが、溶けていくような感覚がする。それは仲間であるから、というのもあるけれど、もしかしたら、とリナリーは思う。それは、戦争の中に身を置く彼らにはとても遠くて、けれど焦がれてしまうものだった。 「よっしゃ、それじゃあ!」 ラビは三人から離れると、個になってしまったアレンの影を踏んだ。 「はい、アレンが鬼な」 「は?」 「だから、影鬼だっての。知らねェ? 人の影踏んで鬼交代していくんさ。つーわけでまずアレンが鬼」 アレンが呆気にとられているのも気にせず、ラビは一人だけ走り出しながら続ける。 「終わりは街に着くまで! ちなみに、最後まで鬼だった奴への罰ゲームはオレの部屋にある鼻メガネ一日装着だかんなー!」 『はぁ!?』 三人の声がぴったりと重なった様子に、ラビはとても楽しそうに笑んだ。 「んじゃ、今から開始な!」 そう言うとラビはぐんぐん街の方に向かっていく。アレンは神田が呆然とラビの後ろ姿を見ていたのをいいことに、思い切り神田の影をぐりぐりと踏みしめてからラビの方へと駆け出した。 「次、神田が鬼ですからね! むしろ、もう一生そのまま鬼のままでいろ」 「テメェ……、モヤシッ!」 神田はそう言ったかと思ったら、隣にいたリナリーの影をさり気なく踏んでからアレンの方へと走り出した。 「あ、神田、いま私の影踏んだでしょ!」 「知るかっ!」 振り向きながら神田は言う。どうやら神田でも鼻眼鏡の刑は恐ろしいらしい。その時に遠くにいるラビから「リナリーは黒い靴使うの禁止なー」という声が小さく聞こえてきた。リナリーはもう、と一言呟くと、前方にいる三人を思い切り睨んでから走り出した。一方前方にいる三人はといえば、ラビが「やっべー、リナリーなら黒い靴使わなくても追いつかれちまうさ!」「ちょ、リナリー足速すぎです!」「こっち来んな!」と三者三様の反応を見せていた。 目指す街まではまだまだ遠い。鮮やかな夕日の光が包む中を、四人は全力疾走しながら、けれどとても楽しそうに笑っていた。 本当は、ずっとずっと一緒にいられないことをみんなわかってる。いつ命を落としてしまうかわからない不安にいつも怯えるし、戦争が終わってしまったらもう一緒にいる理由がなくなってしまうこともわかっている。 けれど、だからこそ、 キラメキデイズ (限りある、「友達」のような彼らと紡いでいくこの一時が、とても愛おしいんだ) ------------------------------------------------ 沖里飛沫さんから誕生祝としていただきました……! ちょ、待、ティッシュティッシュ(主に鼻血用)ななななんてかわいいティーンズ……! しかもアレリナ要素があるとか理想的すぎてどうしようです。お、おまえらは仲が良すぎ、だ………!(息も絶え絶えに さすが飛沫さん私の理想を心得ていらっしゃる(?)も、本当にこういうティーンズ大好きなんです……! ラビがみんなを抱き寄せた瞬間とか本当に、涙出るかと思いました。ときめきで。 煌華といえばティーンズ、と素敵な連想をしてくださってありがとうございました(笑) 飛沫さんの優しい作風でティーンズが読めて幸せでした。 本当にありがとうございました! |