肌に突き刺さるくらい静かな空気が、辺りに漂っている。細かな瓦礫、鼻をつく血の匂い、全身に鈍く伝わる痛み。胸に込み上げる愛しさ、柔らかな花の匂い、掌から優しく伝わる熱。全身泥と血に汚れた格好で、二人並んで仰向けに倒れている。空は厚い雲を流しているが、その僅かな隙間から柔らかな陽光が降り注ぐ。時間が経つにつれてその光の柱は大きくなっていき、上空では鳥が鳴きながらその小さな翼を羽ばたかせている。もうすぐ蒼空も見ることが出来るだろう。
アレンとリナリーは、痛む首をゆっくりと愛しい人の方へ向けた。白い頬は血に濡れて、唯一二人を繋ぐ手にも強く握る力は残っていない。それでも彼らは、ゆっくりと笑みを浮かべた。パリパリ、と乾きかけた血が割れる音が微かに聞こえる。

「あ、れん、くん」
「なん、ですか、リナリー」

特に面白いことなんて何もないのに、二人してへらっと頬を緩ませた。






01.星月夜に願いを
        ―星月夜に願いを捧げて、あなたの帰りを待っていたあの日々。




「終わった、ね」

きゅ、とリナリーがアレンの手を握る手に精一杯力を込めた。あまりにも優しすぎるその笑顔にアレンも頷いて、リナリーと繋いでいない左手の発動をようやく解いた。リナリーの対アクマ武器は既に限界を迎えていて、普通の黒い靴へ戻っている。




13.紅に濡れた掌さえも、
        ―その血の紅に濡れた掌さえも、全てが愛しくて。




「そうです、ね」

もう発動することは永遠にないだろう左手をリナリーの手に重ねようとしたが、長時間の発動のせいで疲れ果てた左半身には不可能だった。結局左手はぴくりと動いただけで、その場所にとどまったまま。リナリーは一層笑みを浮かべて、ゆっくりと瞳を閉じた。




10.君と繋ぐ手
        ―その左手を見せるのを嫌がっていたけれど、君と繋ぐ手はいつでも優しくて。




「長かった」

目を閉じたまま、リナリーは言葉を紡いだ。積年の悲願を達成しても、中にあるのは歓喜とは少し違う感覚。これで戦うことも、戦争の中で大切な人を失うことも、人を疑うこともないという安心。この世界にはもう人間しかいないのだ。アクマもノアも千年伯爵も、いない。任務のたびに死の恐怖に脅かされることも、アクマか人間かわからないヒトの手を根拠も無く振り払うことも、ない。




15.この世界にあなたがいるなら
        ―この世界にあなたがいるなら、それだけで僕の世界は輝いていた。




「……これで、もう貴女を失うことの恐怖に怯える心配はないんですよね」

これで誰かが任務に行くたび、無事に戻ってくることをひたすら祈ることはもう二度とないのだ。同時におかえり、と笑顔で迎えることも、迎えてもらうことも、その度にホームに帰って来れたんだと実感することも。だが、ホームはホームなのことに変わりはない。




14.蝶が舞う理由
        ―私が舞う理由は、あなたのいるホームに帰るためだったのよ。




「胸が締め付けられるような思いでアレンくんたちを待つことも、もうない」

今までどれだけ狂ってしまいそうなほどになったか。大怪我をしたという報告、途絶えた連絡、消息不明―――。信じているといっても不安で不安でしょうがなくて押し潰されそうになって、涙をこぼした事だって数え切れない。




17.マイ・スウィート・ホーム
        ―君がいて待っていてくれるあの教団は、いつだって僕の本当の家だった。




「もう、遠くに離れることもない」

遠い任務地に行くたびに、今何をしているのだろうか、なんて不毛なこと考えて。彼女が任務地に行く時だって然り。だがこれからは違う、いつも一緒に、隣にいられる。





07.あの虹の向こう側
        ―あの虹の向こう側にあなたがいると信じてた。




「それに、もうクロス元帥の借金稼ぎをしなくてもいいんじゃない? 教団に戻るみたいだし、そのとき教団に生活費出してもらうみたいだし」

ふふ、と冗談交じりに笑って言えば、アレンはあーと呻いて遠い眼をする。恐らく今まで送ったギャンブルずくしの生活を思い出しているのだろう。何度か神田やラビが相手のポーカーを見たことがある。いつもリナリーはアレンの後ろで見ていたからイカサマをしていることはわかったが、その器用な手つきとカード裁きに感心したものだ。たまに肩越しに贈られる悪戯そうな笑顔もとても好きだった。ポーカーするアレンくんも好きだけど、と紡ぐと、もう神田やラビ相手じゃないポーカーはやりたくないです、といって笑った。




12.ハートのクイーン
        ―僕にとってのハートのクイーンは、君だから。




「もうこの左眼を使うこともないですよね」

アクマを感知する、義父の呪いを受けた左眼。もうアクマはこの世界に存在しないのだから。父の存在を身近に感じることももうないだろう。呪いについて詳しいことはわかっていないが、呪いは、消えるのだろうか。それを寂しく思う自分がどこかにいた。これは、義父と、自分を、繋ぐ唯一の糸だったから。そんなことを考えていると、リナリーは痛むはずの右手を動かしそっとアレンの左瞼に指を添えた。その指があまりにも優しすぎて、暖かすぎて、瞳の奥の奥にある何かが揺らぐ。




18.この眼があなたを傷つけるなら
―この眼があなたを傷つけるなら、それすらも愛で包み込むよ。もうあなたが傷つかないように。




「それでも、きっとお義父さんはここにいてアレンくんを見守ってくれてるよ」

リナリーが出来る限りの優しい声音で言えば、彼の瞳は大きく見開かれ、そして閉じられる。先ほど動かそうとして失敗した左手を時間をかけて動かして(嗚呼、無理をしなくても良いのに)リナリーの手をそっと握った。紅くごつごつした左手に安堵を感じる。あたたかい。




19.君の痛みも哀しみも苦しみも、全て。
        ―どうか君の痛みも悲しみも苦しみも、全て包み込める日が来ますように。




「ありがとうございます、リナリー…」

何度彼女の言葉に励まされてきただろう。何度彼女に支えてもらっただろう。彼女には何も与えていないのに、彼女には数え切れないくらい、むしろ数えるのも彼女に失礼なくらいのものを与えてもらってきた。リナリーと出会ってからの時間はひどく短いものだったのに。目の前で痛みに耐えながらも笑う彼女に、出会えてよかった、と何度めかわからない感謝をする。ついに堪えてきた涙が、一滴だけ汚れた頬に伝った。




08.涙の理由は君の涙
   ―泣いている理由を聞けば、いつだって君が泣くからだよ、といってはぐらかすあなた。




「泣きたいときは泣いても良いんだよ? アレンくん」

いつも彼は無理をして、涙を見せないから、逆に不安になる。いつの日か彼が押し潰されてしまわないか。それはこちらを心配させないようにという気遣いなのだろうが、こちら側としては強がらなくても良いのに、涙を見せてくれても良いのに、そっちの方が不安にならないのに、と思う、のに。




02.2センチ
        ―たった2センチしかない身長差が悔しくて。




「……はい……。やっぱり僕は、リナリーにいつも心配かけてばっかりですね」

1歳差、たった2センチの違い、その差から抜け出したくて大人になろうと足掻いていたのに、結局いつも心配をかけてばかり。やっぱり子どもなのだと認めざるを、えないのだけれど。心配をかけないように行動して結局心配をかけてしまう、その繰り返し。




05.嘘つきの笑顔
―いつもあなたは、痛いのに苦しいのに辛いのにそれを隠す嘘つきの笑顔を浮かべていて。




「いいよ、だってもう心配をする必要も無いでしょう? アレンくんだって痛いこととか苦しいこととかも隠す必要がなくなるんだから」

アレンは嘘がとても上手だった。どんなに大きな傷を負っていても笑うし、辛くてもリナリーが隣で泣いていたら涙を我慢する。とても器用な優しいうそつき。それでもこれからはもう傷を負うこともないし、リナリーが泣くことも、今までよりは確実に少なくなるだろう。無駄に命を失うことも、もう無いのだから。目の前にいるアレンが、もう隠さないようにします、と言って笑った。リナリーも小さく笑って、そっと手を伸ばしてアレンの額を撫でた。恐らく頭を撫でたかったのだろうが、痛む身体では限界なのだろう。にこにこと笑いながら撫でるリナリーに、アレンはぷくりと頬を膨らませた。




11.子供なんかじゃない
        ―いつも弟扱いされていたけど、もう僕は子どもなんかじゃないんだよ。




「……子ども扱いは、やめてください」

子どもなのはわかってるけど、彼女にこう子ども扱いされることはどうしても抵抗があった。だってもう15、人を愛する気持ちもきちんと知っているというのに。それでもリナリーはにっこり笑って、だってまだ子どもじゃない、と言った。否定できないのが痛いが、それでもこの甘く優しい手を振り払う気は起きなかった。それはただ力が無かっただけじゃなく、て。




16.染まる白、染まらない黒
        ―あなたの白は全ての色を受け入れるから、それが私には怖かった。




「……本当に、アレンくんは、白いのね」

髪を撫でながら、思ったことを口にした。その銀髪は血と泥に汚れて純白とはいえない色だったが、それでもその肌や瞳や―――全てが白い。団服を着れば黒と白のコントラストがとても美しい姿になる。その白の中、唯一色を宿すのは呪いを受けた時についた傷。十字ともつかない奇妙な形のそれは、償うことの出来ないアレンの罪を示していた。白は何色にでも染まる、だから怖い。いつの日かおぞましいほどの色に、彼が染められたら、と。それが不安で不安で仕方なかった。その不安が作り出した空気の微妙な振動がアレンにも伝わったのか、アレンはリナリーを安心させるように笑みを浮かべた。




09.さぁ、目を閉じて?
        ―目を閉じて。大丈夫、君の隣には僕がいるよ。




「大丈夫ですよ、僕はずっと君の傍にいます」

そう言えばリナリーはその黒曜石の瞳を見開いた。だがすぐにそれは優しく細められ、会話になってないじゃない、と言って笑った。あなたが不安そうだったから、と紡ごうと思ったが、今ここでそれを言うのは野暮というものだろう。代わりにアレンはそっと左手の小指をリナリーに向かってそっと突き出した。ぼろぼろに汚れたその紅い指をリナリーは不思議そうな瞳で見る。傍にいるって約束しますから、と言うとリナリーはとても嬉しそうに笑って、そっと自身の小指をアレンの小指に絡めた。




04.絡めた小指の
   ―2人で絡めた小指の温かさに、確かにあなたがここに帰ってくるという確信があった。




「……約束守らなかったら、ハリセンボンの代わりに神田の六幻、飲ませるからね」

もしくは巨大化したラビの槌、と確実に不可能なことを冗談で言ってみれば、アレンは、それは怖い、と言って笑った。それ以前に神田が了承しないだろう。でもそんなことはどうでもいいのだ、これからはもう隣を離れることなど無いのだから。




20.探していたのは、君。
        ―きっと、この世界に産み落とされた時から探していたのは、君なんだ。




「……出会えて、良かった」

ぽつりとそんなことを零せば、目の前にいるリナリーも頷いた。ずっとずっと探していた、会いたくて仕方なかった、まだ彼女に会わないうちから奇妙な焦燥感に何度も襲われた。15年と言う長い空白の時間を越えて、やっと出会えたのだ。もう離さない、もう誰にも奪わせない、もう離れない。だって、ぼくは、彼女を、あいしているのだから。






06.ねえ、かみさま。
        ―ねえ、かみさま。だから、どうかいつまでもこの人と。
03.モノクロ・コンチェルト
        ―白と黒の協奏曲を奏でることが、できますように。






「アレンくん」「リナリー」

同時に名前を呼び合って、声が重なって、その感覚が妙にくすぐったくてまた笑う。それでもまた呼んで、重なって、呼んで、重なって。掠れかけた声が痛々しいが、その声の響きは耳に優しく馴染んで鼓膜を揺らす。自分の唇が愛する人の名前を紡いで、愛する人の唇が自分の名前を紡いで。それだけで奇妙なほど胸が幸福感に満たされる。呼んで、重なって、呼んで、重ねる。単純だがとても幸せな空間と時間が流れて。
遠くの方から違う声が名前を呼ぶのが聞こえた。ノアと戦っていたラビと神田の声、最後に聞いたのがとても遠い昔のように感じる。なんでお前らこんな時にも手ぇ繋いでんさお兄さんも混ぜろ、てめえ気持ち悪いこと言ってんな、懐かしい2人の喧嘩声がだんだん近づいてくる。アレンとリナリーは再び顔を見合わせ、笑いあった。そしてラビと神田がやってくるその瞬間を、痛みに身を任せ寝転がったまま胸を躍らせて待つ。漆黒の瞳と銀灰色の瞳をずっと見つめて、微笑みを浮かべたまま。そして最後にお互いの名前をもう一度紡ぐ。嗚呼どうか、いつまでも君が僕の隣で、僕の名前を、君の声で呼んでくれますように。

































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「アレリナ祭-キミノコエ-」
              ---presented by 煌華(07.09.01)
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戦場に猫