「神田「ユーウ」神田ー「ユーウッ」神田ーっ!「ユーウー!!」」

神田がいつものように修練場で鍛練をしていると、自分を呼ぶ声が聞こえた。振り返れば眩しすぎるほどの笑顔を浮かべた、ラビとリナリー。思わず眉根に皺が寄るのが自分でも分かった。そしてわざわざずらして呼ぶ2人の呼び方もなんとなく気に食わない、特にラビ。ファーストネームで呼ぶなと何度も言ったのに。
ラビとリナリーは他に鍛練をしている団員の間をすり抜けて、神田の下へ駆け寄ってきた。神田は六幻を仕舞い、わざと溜息をつく。本当にむかつくくらいの笑顔を浮かべた奴らだ。神田は2人を睨みつけ、子どもながらに低い声で凄んだ。

「何のようだ」
「来てっ」

ぐいっと急にリナリーに腕を引かれ、神田はバランスを崩して倒れかける。幼いながらに迫力のある表情と声で凄んでも、それがリナリーとラビにはとても通用しないのだ。だが神田はすぐに体勢を立て直し、走り出したリナリーに引っ張られるように駆け出した。ラビは戸惑うように走る神田の隣に並び、にっこりと笑顔を見せた。神田は不満げな表情でラビを睨みつける。

「一体何なんだお前らはっ!」
「まあまあ」

ラビは笑ったままただそれだけを言って、また前を向いた。神田はしばらく胡散臭そうな瞳でその横顔を見ていたが、前に視線を戻した。リナリーの艶やかな髪が眼前で揺れている。
今3人が走っているこの通路は、神田も初めて通る通路だった。理由、どうでもいい場所だから、ただそれだけ。だがこの先に何があるのかは知っている。神田にとってはどうでも良くても教団にとっては重要な場所だから。
神田はただ任務を遂行するために此処にいる。任務を遂行して、そして、探し続けているあの人に出会うため。神サマなんていうのは別に気にならないしどうでもいい、存在すら信じていない。そんなものは人間が作り出した偶像にすぎないのだから。懺悔を乞うことも祈りを捧げることもない。エクソシストとしては失格なのかもな、とも思うが、自ら望んでイノセンスに適合してもらったわけでは絶対にないし、そんな自分に適合したイノセンスの問題だ。それでもイノセンスが適合したおかげでエクソシストになれたのだから、それには感謝しているのだが。

先頭にいるリナリーは、突き当たりにあるドアを開けた。そこに広がる光景は予想通り、神聖な空気の漂う広い空間。誰もいないその空間はしん、と音が聞こえそうなほどに静かで、その聖なる空気をさらに清浄なものに感じさせる。
神田はぐるりと辺りを見回したあと、まだにこにこと笑い続ける二人の顔を見る。そして不機嫌そうな表情を浮かべた。

「……チャペルなんかに連れてきて、一体何のようだ」
「だって、今日はユウの誕生日だろ?」

ラビの言葉に、神田は目を白黒させた。確か最後に任務から帰ってきたのが一週間前で、その日が5月の30日だったから、

「…………ああ、そうか」
「まさか忘れてたの!?」

リナリーが驚いたように目を見開いた。ラビは苦笑いを浮かべていて、なんだか妙に恥ずかしくなってくる。誕生日なんて別に楽しみでもなかったし教団にいれば日にちの感覚もなくなるから、どうも今日が何日かがわからなくなるのだ。
それでもまたリナリーとラビは幸せそうに笑う。

「この日を迎えられて、良かった」
「………は?」
「ユウと一緒に、この日を迎えられて」
「……何の話、」

神田が言い終わらないうちに、ラビとリナリーは神田の腕を前の教壇のところまで引いていく。ステンドグラスの窓からは柔らかな初夏の日差しが降り注ぎ、暖かく正常な空気に包まれているような、安堵に似た優しさを感じた。

「一度もね、教団で誕生日を過ごさないまま、此処に棺として運ばれる人も、たくさん、いるの」
「…………」
「すごく、すごくね、哀しいことだけど、神田は6月6日をここで迎えてくれた。一緒にお祝いが出来る」
「知ってるさ?」

リナリーが後ろに佇む聖母のような笑顔で紡ぐ言葉の続きを、ラビがそれとは雰囲気が全く違う明るい声音で言った。

「神サマは、全てを愛してくれるんだって。この世界にいる全てのものを。で、オレ達はその神サマに遣わされた、使徒。だからきっと、オレ達をずっとずっと守ってくれるさ。オレ達がここにいられるのも、神サマの加護があるから、っていうのもあると思うんさ」
「神サマ? そんなの、」
「ユウは信じてないだろうけど、でもそう考えたらこの戦争の中でも生きのびていける気がするだろ?」

ラビは日差しの中で明るく笑う。神田はしばらくその笑顔を見ていたが、やがてふっと頬をわずかに緩めた。

「……………ああ」
「じゃ、神田が誕生日をこの教団で迎えたことを、神サマに感謝しよう?」

リナリーは眩しい笑顔を浮かべ、その小さな唇を開いた。その唇が紡ぐのは荒々しい、夏の夕立のような歌。それでもリナリーの声が生み出す柔らかな声はその歌でさえも優しいものに変えてゆく。ラビも神田も聞いたことがあるその歌。ラビも神田も口を開いて、古典英語の歌詞を紡いだ。救世主の誕生を、希望を、歓喜を、詠う歌。


幼い柔らかく軽い声はチャペル全体に響いて、木霊して、天に向かってゆっくり昇ってゆく。
嗚呼どうか時間の許す限り、誕生日という日をこの場所で、この人たちと祝えますように。










       コラール














Happy birthday Yu!!




by Lenalee and Lavi


















(07.08.11)