「ハア、ハァ・・・」
「ンッ、フゥ、フゥ・・・」
王都ゼルテニアの貧困街にある安宿、その安部屋のボロベッドが、男女の肉体の揺れに軋み声を上げる。
「ウッ・・・!」
「ハァンッ!」
男は女を腰に乗せながら、下半身からやってくる絶頂の波に耐えるかのように、女の腰を強く握り締め、
女は男の上半身を強く抱き締めながら、男に与えられた快楽の波に浸った。
大波が、さざ波へと変わり、メスが愛するオスの精を子宮に受けることが出来たことを理性の域で理解する余裕が出来ると、
メスはオスの胸にしなだれかかり、熱い視線を送りながら、オスの名を呟いた。「ラムザぁ・・・」
ラムザと呼ばれたオスは、一定水準以上の理性を既に取り戻して男へと戻っていた。
彼もまた、愛する女性に精を放つことが出来たことを喜んでいたが・・・
彼の喜びの中には、一割程の、戸惑いと罪悪感という不純物が含まれていたのである。
その不純物は全て、メスの正体に起因していた。
「オヴェリア様・・・」


ラムザとオヴェリアは「不倫関係」にあった。
2、3年前からだ。
もはや市井の人となり、平和に暮らしていたラムザと、
王妃となったオヴェリアが再会したのはオーボンヌ教会跡だった。
オヴェリアは時々、城を抜け出すのだという。
そこから共にゼルテニア市街へと繰り出し・・・
もう、そこから先は、二人とも正確には覚えていない。
ただ一つ確かなことは、その翌朝、ラムザがゼルテニアにとっていた宿のベッドの上に、
二人で裸で抱き合って寝ていたという事実、
そして、二人とも昨晩の記憶が無かったということだ。
おそらく、酒で深酔いして、そのままベッドを共にしてしまったのだろう。
きっかけなどどうでもよかった。
重要なのは、お互いの思いを確かめあえた事。
そして、互いの心と肉体が、今でもたまらなく愛しいという事。
だが・・・その互いの思いを、さらに細かく分析すると、お互いに異なる心情が含まれていた。
自分とディリータの結婚は、利用されるためだけの政略結婚であった。
少なくともオヴェリアは、そう思っていた。
それだけに、短い旅の中で感じることが出来たラムザの優しさは、オヴェリアにとって貴重な物となっていた。
それに、ラムザが危険を顧みずに、自分を救おうとしてくれていたと知った時、
彼女の中で、ラムザへの思いが、好感から思慕を経て、愛へと成長したのである。


ラムザは、自分が、いつからオヴェリアを愛していたのか・・・
ハッキリとは覚えていない。
ただ、オヴェリアがディリータ・・・つまり、他者と結婚したと知った時、
友人への祝福より先に、悲しみが、先に心の琴線を強く弾いたことだけは覚えている。
ショックだった。
自分の中で、それが失恋のショックてあったことを、瞬時に理解した。
つまり、自分はオヴェリア様を愛していたことも理解したのである。
「ラムザ・・・?」
胸元から、自分を呼ぶ声が聞こえた。
険しい表情で黙り込んでいるラムザを心配したオヴェリアが、心配そうに彼の顔を見つめていた。
ラムザは、彼女を安心させようと優しい笑顔を向け、同時に、髪の毛を優しく撫でる。
オヴェリアは再び、ウットリとした表情でラムザの胸に顔を埋めた。
再び、ラムザは険しい表情で考え込む。
けれど、この愛する女性は、心に、夫よりも自分を住まわせてくれていた。
お互いに愛し合う男女が肌を重ねて何が悪い!
悪怯れだった。
少なくとも、彼はそう認識していた。
心に潜む何かが囁くのである。
お前は友の妹だけでは飽き足らず、妻まで奪うのか?


「彼女の為なら、この命、失っても惜しくはない。」
かつて、彼女の夫が、ラムザに語った言葉。
それが第二の矢となり、さらにラムザの心を刺す。
「ねえ・・・ラムザ・・・」オヴェリアは穏やかな笑みを浮かべながら、自分の頭をラムザの肩に乗せ、小さく呟いた。
「無理しないでね。私、このままでも幸せだから・・・」
出来たら、あなたと一緒に暮らしたい。
私を連れて逃げてほしい。
今の言葉の裏にあるオヴェリアの望み。
その望みを、ラムザは理解していた。
そして、それはラムザも同じだった。
でも、出来ずにいる。
ラムザは腕の中のオヴェリアを強く抱き締め、彼女に口づける。
駈け落ちを決心しないかぎり、もうすぐやってくるチェックアウトの時間が、別れの時。

恋人達は、限りある許されない時間を、少しでも濃密な物にしようと、
密着する肌の面積をより広くし、
互いの口腔をより深い所まで貪りあうのだった。
口づけるオヴェリアの頬が、涙で光った。
END