『密猟』
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「二人とも……これは何の冗談だ……ッ!」
困惑混じりの怒声が、天幕の中に響いた。
見惚れる程に均整のとれた裸の上半身。
形の良い乳房が、押し倒された身体の動きに合わせて揺れた。
……ちゅ……
ツンと上を向いたその桜色の先端を、柔らかな唇が上からゆっくりと含み――離れる。
舌の先端が乳房の下から突起までをゆっくりと舐め上げ、そのままなぶり続ける。
「ん〜……んふふ……」
「ん……やめろ…………アリシア……!」
半裸を晒し、舌使いに夢中な部下の頭を困惑気味に抱き押さえているのは、アグリアス・オークス――誇り高き近衛騎士団の、元女隊長だ。
「(湯浴みを……するって言ったろッ……!)」
すがるような視線の先には、湯を満たした木桶。
全く予想外の展開に混乱する頭に、アリシアの満面の笑顔が甦る。
――隊長。お背中お流ししますよ。
戦場においても最低限の身嗜みはある。
部下たちの好意は素直に受け取ろうと、鎧を外し鎧下を脱ぎ――微かに躊躇しながらも、女同士と割り切って肌着を外し上半身を晒した途端。
唐突に、二人に捕まえられたのである。
「隊長……キレイですよ……」
背後から片腕と脇腹を支えるもう一人の部下――ラヴィアンが、アグリアスの耳に吐息を吹き掛ける。
「……あ……!」
ぞくぞくと背筋に甘い痺れが走り、思わず声が漏れた。
背中に密着する感触からして、彼女も上の着衣は既に脱いでしまっているようだった。
「――−前から思ってたんですよ。どうやって誘おうかな、って」
胸から口を離したアリシアが、上目使いで無邪気に微笑む。
「……誘うって……お前たち……こんな……」
「命懸けで闘っているんですから、この位。楽しんだっていいじゃないですか」
「ふふ。隊長、オクテだから。でも、反応はすごく良いですね」
つん、と勃ちあがった乳首を指で摘む。
「ッ……ば、馬鹿者ッ!」
てらてらと唾液に光る左胸の先端に二人の視線を感じ、アグリアスの顔が羞恥に染まる。
だが反射的に隠そうとした両腕は、二人に捕まったまま動かない。
「全然恥ずかしいコトじゃないですよぉ。部下とのスキンシップも、隊長の勤めじゃないですかぁ」
「な……」
耳元の声に絶句する。
「そうですよ。隊長の、女のコらしい所……あたしたちにだけは、ちゃんと見せて……」
――ハメられた。
二人とも、共に戦場を駆け戦局を支えたかけがえのない部下である。
故あって騎士団を抜け、この小隊に所属した際にも、騎士団ではなく自分についてきてくれた。
戦場では誰よりも真剣に、自分の指示に忠実に従ってくれる。
命を賭け背を預けるという意味では兄弟姉妹よりも深く、強い絆で結ばれた二人の部下が――今は上気した顔で、自分の身体を求めてきている。
悪い夢のようだった。
「ん……む……」
「ちゅ……」
「く……ぁ……」
敏感になった両胸の先に、舌と指の刺激が甦る。
抑えた吐息と唇の感触が、背後から首筋をなぞる。
座り込んで両腕の自由を奪われたまま、二人の同性から絶え間無く与えられる的確な甘い刺激に、アグリアスは抵抗する力を奪われていった。
――確かに。
確かに酒が入った折には、その手の冗談も幾度かは聞いた。
実際数日前の宴席では部下二人が酔った唇を合わせて見せ、場を異様なまでに盛り上げる姿を目撃してもいるのだが――
幾多の戦を生き抜いた猛者であっても、戦場を離れれば冗談好きな小娘かと、苦笑で答えていたのだが。
――冗談では、なかったのだ。
「う、ん、あぁん!あ、あはぁぁ……」
自分のものとは思えない甘ったるい声が天幕に響き――部下たちと自分の優位性がはっきりと逆転していることを、アグリアスは理解した。
「(だめだ……だめ……だめ……こんな……)」
だが頭の中に霞がかかったように、それ以上の思考が意味を成さない。
「ぷは。隊長、カワイイ……んむ」
「――!?」
唐突に唇を奪い、口腔をなぞるアリシアの舌――揺らぐ意識を、翻弄される。
「……ん……」
――キモチ……いい……
……もう……
――もう……いいや……
思わず閉じた瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
肉体から沸き上がる衝動を押さえきれず、アグリアスは侵入してきた舌に、自らの舌を絡めていった。
――もっと……。
「んふ……んぅ……」
「はッ、は……ん……」
はじめはおずおずと、次第に大胆に。
二人は酔ったような顔で、互いの舌を絡めあう。
背後から抱きすくむラヴィアンの手が離れ、アグリアスの髪を解いた。
「……」
美しい金髪が、音も無く広がった。
ラヴィアンの指先は、夢中で部下の唇を貧るアグリアスの豊かな胸へと移った。
背後から、そのままやわやわと揉みしだく。
「ふふ……隊長、イイですかぁ……?」
甘く色づいた両の突起を、掌で静かに回すように撫で上げる。
「……んぅ……ん……」
敏感な箇所に新たな刺激を受け、アグリアスの身体が、髪が驚きに震え――次いで歓喜に悶える。
――キモチイイ。
――もっと。
開放された両腕に、もはや抵抗の意志はない。
そこにいるのは、誇り高き近衛騎士団の元女隊長などではなく――どうしようもなく甘美で退廃的な蜜の味を覚えつつある、一羽の雛鳥だった。
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「……んむ……」
「ちゅ……」
「ああぁぁぁ……あ、あはぁぁぁぁッ……!」
深夜。野営地の、とある天幕の中。
琥珀色の淡いランプの光に包まれ、一糸纏わぬ三つの女体が絡み合う。
左右からの絶え間無い責めを一身に負い、中央でびくびくと身体を震わせ嬌声をあげ続けているアグリアスの思考は、完全に停止していた。
アリシアの指先がアグリアスの胸をすっと撫で、舌先が脇の下を這う。
ラヴィアンの唇が脇腹を甘く吸い、その手は焦らすように内股を伝う。
「やあぁぁぁ……や、はあぁぁぁぁん……う……」
快楽にむせび泣く声や表情には、もはや一片の羞恥も嫌悪もない。
ただ女の本能が、与えられる快楽に酔いしれているだけだった。
そして――抑えの効かない衝動に酔っているのは、アグリアスだけではない。
アリシアとラヴィアンにとっても、それは同様だった。
二人とも経験豊かとはいえ、今日の相手は特別である。
心から尊敬し、その崇高な精神や不器用な温かさが、自分たちに誇りと安らぎを与えてくれる――憧れの女隊長。
誰よりも強く、誰よりも気高い彼女が今、無垢な少女のように自分たちの奉仕に酔い、心を開いてくれている。
平静でいられるはずがなかった。
実際、攻めているはずのアリシアの呼吸は荒く、軽く開かれたその秘所は蜜に濡れ――ラヴィアンに至っては、細身の脚を既に一筋の雫が伝い落ちている。
「あ、あ、あ……あ、あはァ……!」
だが無論、二人に責め続けられるアグリアスの比ではない。
こうしている間にも、彼女は何度か軽く達してしまっていた。
だが二人の指先も唇も――他のどの部分よりも、最も強く激しい悦楽を与えられるはずの場所には、未だ一度も触れてはいない。
全部――触って欲しいのに――
いや――
……まだ……焦らされているのか…………?
もはや真っ白に近い意識に、そんな思いが割り込んだ。
今以上の快楽が、まだ待っている。
アグリアスの心臓が、壊れるほどに高鳴った。
それが不安であるか期待であるかは、もはや彼女には理解できなかったが。
「ね……アリシア……」
「……ん?なに?」
囁くように名を呼んだラヴィアンの、とろんとした瞳を見返すアリシア。
「……男のコ、呼ぼう……」
そう呟いたラヴィアンの左手は、無意識にか既に自らの秘所を慰め始めている。
「マジ?」
比較的おっとりした同僚の真っ直ぐ過ぎる言葉に、アリシアは思わず苦笑してしまった。
「…よし、んじゃ誰か誘っちゃおッか。誰がいいの?」
「あたしは誰でも……隊長の好きな人がいいかな」
アリシアは軽く頷くと、アグリアスの耳に囁いた。
「隊長……」
「あ……はぁ……はぁ……」
快楽から一時的に開放され、大きく息をつくアグリアス。
「隊長。あの、男のコ、呼ぼうと思うんですけど。誰かご指名、ありますか……?」
焦点の定まらぬ瞳が、ゆっくりと開いた。
「……だれ……か……?」
「ラッドくんとか、どうですか?」
「ラ……ド……」
しばらくの後。
ラヴィアンの言葉に、微かに首を横に振るアグリアス。
乱れた金髪が身体を撫で、快楽の余韻に軽く身を震わせる。
「じゃあムスタディオは?」
アリシアの選択には、さっきより大きく首を振った。
「じゃ、……ラムザくん?」
「………………」
ゆっくりと。
困ったような目が、アリシアを見た。
「はい、決まり。じゃちょっと行ってきま〜す」
「行ってらっしゃい……。さ、隊長……あたしがお相手しますから、ご心配なく……」
「…え……?」
立ち上がってさっと服を着直すアリシアを背に、裸のままのラヴィアンはアグリアスの両膝を立て、間に割り込む。
「失礼します……」
屈み込んだラヴィアンの舌が、アグリアスの溢れる蜜を拭い始めた。
悲鳴にも似た上官の艶声を聞きながら、アリシアは天幕を出た。
「お、いたいた。ラムザくん、ちょっとゴメン。うちの隊長が呼んでるんだけどさ、時間取れる?」
「あ、アリシアさん。分かりました。すぐ行けますよ」
明日の進路も決め、ラムザは床に就くには少し早い時間をちょうどもてあまし、剣でも振ろうかと外へ出てきた所だった。
…何だろう。編成の話かな。
まぁ何の話であれ、たとえ雑談からでもあの人から学べることはとても多い。
この寄せ集めともいえる小隊の指揮・運用から戦費調達まで、彼女たちの経験や知識は戦場以外でも大いに頼りになっていた。
自分がこの小隊の頭ならば、アグリアス率いる元親衛隊は小隊の背骨である。
戦場における強大な戦力でもあるし、なにより頼れるものの少ないラムザにとって、大きな精神的な支えになってくれていた。
ラムザはアリシアにしっかりと手を引かれ、並ぶ天幕と松明の間を縫って、師とも姉とも慕うアグリアスの元へと向かった。
――それにしても。
アグリアスさんが呼ぶなんて、めずらしいな。いつもは指令所まで来てくれるのに…
アリシアについて、天幕の入り口をくぐった瞬間。
ラムザは、持っていた剣を思わず取り落とした。
「…え……?な…」
淡い光の中、一糸纏わぬ女性が二人。こちらに気づかぬほどに、夢中で絡み合っている。
仰向けに白い両脚を開き、秘所を攻められ喘ぎ続ける金髪の人の顔を見て、ラムザは更に驚いた。
「ア…アグリアスさん…!?」
名を呼ばれたアグリアスの瞳がラムザを見、大きく見開く。
「……ラ、ラムザ!」
勢い良く上半身を起こし、片腕で晒した胸を隠す。
「ち、違うんだ!これは、その………あ、あはぁぁぁぁぁ!!いやぁぁぁぁッッ!!」
正気に返りかけたアグリアスの花芯を、ラヴィアンがへろりと舐め上げた。
胸を隠すはずだった左手は、思わずラヴィアンの頭を抑える。
だがそれでは、彼女の責めが止まるはずもなく。
「…くッ……あああぁぁぁぁッ……!!」
晒された胸が大きく揺れ、アグリアスは上半身を起こしたまま身を反らし――ラムザの前で、果てた。
「……ラムザくん、どう…?」
アリシアが、ラムザの耳元で囁く。
「…え…うぁ…!」
女の手で、す…と服の上から自身を撫で上げられ、ラムザは思わず腰を引いた。
心臓が、早鐘のように鼓動を打ち続ける。
「ふふ、もう準備万端、ね…。大丈夫、怖くないからさ…」
耳元で囁きながらアリシアはラムザの背後に回り、その腕に身体を押しつける。
「今夜はほら、ちょっとしたお楽しみ――そう、あたしたちからのささやかなプレゼント、よ」
ラムザの肩に顎を乗せ、アリシアの手は服の合わせからラムザの胸へと進入した。
「ア、アリシアさん…?アリシアさんッ…!!?」
少年らしい無垢な肌触りと、戦士らしい鍛えられた力強さを併せ持つ独特のラムザの肌の感触を楽しみながら、アリシアは手際よく上着を脱がせていった。
「く――!?」
上半身は素裸にされ、アリシアの舌がラムザの胸を這い始め――女の匂いと甘い感触に、ラムザの意識が翻弄される。
「……」
下半身に気配を感じたラムザが目を開けると、全裸の肌をほのかに染めたラヴィアンが、カチャカチャとベルトを外し始めていた。
やがて滑らかな指が、怒張した自身を外へと誘い――とろんとした顔のラヴィアンの桃色の舌が、反り返るほどに膨張したそれの先端を微かに嬲り始めた。
「う…あ、あ…く…」
ぴりぴりとした、強いのだがどこかまどろっこしいようなその快感に、ラムザの身体は震えた。
「…気持ちいい?ラムザくん…」
「〜〜!!」
アリシアの囁きに、泣き出しそうな表情で、声にならない返答を返すラムザ。
震える両膝は、今にも崩れそうなほどに力が入っていない。
…ちゅ…
ラヴィアンの唇が、ラムザの先端を含んだ。
決して奥までは含まず、ついばむように軽く吸っては、離す。
「…あ、あ…あぁ…く…」
――じれったい。
「…はぁ、はぁ…あ、あ、うぁ…」
もっと…
「う、う…あ、あぁぁ…く、うぅぅぅ…」
…もっと、深く…温かく…包んで……!
震えるラムザの手が、ラヴィアンの頭を掴み――力を込めて、引き寄せた。
「…ん…む…」
急に怒張を喉まで含まされたラヴィアンが、微かな声を上げた。
だが、彼女は愛しげにそれを咥えなおし――巧みに舌を使いながら、先端から根元までを往復し始めた。
ちゅ…ちゅ…
「あ、あ、あ…う、あはぁ……は……」
ラヴィアンの頭に手を置いたまま、前に屈んだラムザの端正な眉根が、切なげに寄せられる。
そして――
「…く、くぅぅぅぅッ!!うぅぅぅッ!!」
…どくん。
どく、どく…
小柄な身体が、大きく震える。
ラムザはラヴィアンの口中に、果てた。
「…う…あ、はぁ……はぁ……」
脱力して後ろに倒れ込んだラムザの身体を、アリシアが背後から受け止める。
「どう?」
「…ん…いっぱい、出してくれた…」
こくり、と喉を鳴らしてアリシアの問いに答えるラヴィアン。
「うふふ…ラムザくん、かわいい……さ、次は何して遊ぼっか……?」
「はぁ、はぁ……知りません…よ…!もう…!どうなっても…ッ!!」
もう、いい。
――今宵のことは、夢と割り切る。
少年の身体に潜む男としての欲求は理性を食い尽くし、次の悦楽を求め、その身を捧げようとしていた。
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最初に目に入ったのは、天幕の天井だった。
起き上がり、見渡す。
――ラムザと自分の二人の部下が、あられもない姿で横になっていた。
寝ているというより、果てたまま気を失ったのだろう。
アグリアスは解かれた髪を払って立ち上がると、言う事をきかない身体をのろのろと動かし、二人の部下に毛布をかけてやった。
――まったく。幸せそうに寝て。
どこまでも邪気の無い彼女らの寝顔に、起こして叱責する気など消え失せてしまった。
――やれやれ。
ラムザにも、悪い事をしたな。
傍らで眠るラムザの身体にも、毛布を掛けてやろうとして――アグリアスは、何故かその手を止めた。
――――。
まだ傷の少ないその肉体は、傍目にも適度に鍛えられているのが良く分かる。
汚れなき精神を秘めた、無防備な彼の身体。
屈み込み、愛おしげに見つめる。
衝動が沸き上がってくるのを感じた。
常ならば、到底許される事ではない。
だが。
この甘い夢のような、まるで異世界のようなこの天幕の中だけならば。
許されるような、気がした。
「ラムザ……」
胸板に、おずおずと舌を這わせる。
「……ん……」
ラムザが、微かに呻いた。
だが――もう、止まらない。
舌は胸板から下腹部へ――そして。
ちゅ……
「……う、あッ……!」
柔らかな刺激に、ラムザが覚醒した。
興奮した様子のアグリアスが、乱れた髪を掻き上げながら自分のものを愛おしげに口に含んでいる――
そんな、現実とはとても思えないような光景が視界に飛び込んできた。
「……く……アグ……リアス……さん……!」
その感触に、光景に――ラムザの器官は再び張りを増し、首をもたげる。
「はッ……はッ…………ラムザ……ッ!」
アグリアスは口を離すと、彼の上に跨がった。
「……済まない……もう辛いんだ、助けて……助けてくれ……ッ」
白い指先でラムザの怒脹を、濡れそぼつ自らの秘所へと誘う。
そしてゆっくりと、腰を――落とした。
「……はぁぁぁぁぁ……ラムザぁ……!」
「……アグリアス……さん……ッ!熱い……熱いッ……!」
膣内を満たす、熱い感触。
アグリアスは膝をつき、止まらない自らの腰の動きに身を任せる。
「……く……ッ」
……ず……ちゅ……
淫らな水音が、天幕の中に微かに響く。
「アグ……リア……さ……」
「……あ、あ……は、はン……イィ……ッ」
ラムザが、自分の中で喘いでいる。
自分と同じ快楽を、感じてくれている。
その事実だけで、果ててしまいそうだった。
「あ、あぁ……ッ!あああッッ!!」
「イイか……?ラムザ……?」
「く……!は、はい……ア、アグリアス……さ……!僕……僕……もう……!」
ラムザの両腕が、アグリアスのそれにしがみつく。
「私、も……もう……イ……くッ……!あはぁッッ!!」
「…………ッ!」
二人は、同時に果てた。
――荒い息だけが、しばし天幕の中に響いていた。
「ラムザ……好きだ」
唐突に、アグリアスが口を開いた。
「……え……」
「……好きなんだ……どうしようもなく、お前が好き……大好きだ……」
「アグリアスさん……」
「……分かっている。私にもお前にも部下があり、大義があり、立場がある……お前の心に遺された、朋友の妹についても噂は聞いている……」
「…………」
「それにこの身は、愛する男に捧げるには……傷つき、血に汚れ過ぎている……!喜ばれるはずなどどこにも無いのに――私に、女を捨てた私に、こんな我が儘を口に出す資格なんてないのに――!!」
「アグリアスさん……」
「……すまない……、すまない、ラムザ……もう私は……これ以上、お前の前にはいられない……」
泣き出したアグリアスに対し、ラムザはただ己が胸を貸すことしか出来ない自分を恥じた。
「ラムザ……起きているか……?」
「……はい」
ランプの火も落ち、碧い微かな月明りだけが辛うじて人の輪郭を照らす天幕内。
臥せたまま、アグリアスは呟くように言った。
「私は……まだ、ここにいても良いのだろうか……?」
ラムザの温かい手が、そっとアグリアスの髪を撫でた。
「……当たり前じゃないですか。僕らには、アグリアスさんの力が必要です。それにアリシアさんも、ラヴィアンさんも、もちろん僕も――みんなアグリアスさんの事が、大好きなんですから。それに」
「ん…」
「貴女は言ってくれました。……僕を、信じると。だから、僕も貴女を信じています。いつも近くに居てほしいと感じています」
「……ラムザ……」
「はい」
「オヴェリア様を……救ってくれるか……?」
伏せたままのアグリアスの声は、微かに震えていた。
「……あの方は、不幸になるべき人じゃない。あの方のような優しい人が愚かな野望の犠牲とならぬよう、僕は戦っているんです。……それで、答えになりますか」
「――ラムザ。ラムザ・ベオルブ。私は、決めた」
アグリアスが顔を上げ、立ち上がった。
その表情は、早春の冷えた水面の如くに澄み切っていた。
ラムザの傍らに落ちていた剣を拾い、裸身のまま身の前に立てて構える。
「騎士アグリアス・オークスは、以後貴公に忠誠を誓い、この剣を捧げ、この身を貴公に預ける。……私の技も、命も、全て」
「アグリアスさん……」
「ラムザ」
アグリアスの真剣な眼に促され、ラムザは剣を受け取った。
幾度も見た父の儀式。
幼い頃に憧れた、あの後ろ姿。
ラムザは立ち上がり、剣の平を傅くアグリアスの肩にあてる。
「……騎士アグリアス・オークス。貴公を我が配下と認める。天分を弁え、良く仕えよ」
「は。……一命に、代えましても」
――そう。今は、これでいい。
私は私として、護りたいものを護る。
ここが、私の居場所だ。
静かな夜の、二人だけの儀式。
アグリアスの心は、満ち足りていた。
「命脈は無常にして惜しむべからず……
葬る!不動無明剣!」
アグリアスの聖剣技が炸裂し、三人の完全武装した騎士が一気に倒れた。
「次ッ!」
気迫の篭った双眸に、剣を構えた男たちは思わず怯む。
「貴公ら、さっきまでの威勢はどうした!その程度の腕と度胸でこのアグリアスの首、本気で取れると思っているのかッ!」
ぶん、と剣を振る。
びくりとした敵兵たちは、先頭にいるものから我先にと潰走を始めた。
「逃がすかッ!アリシア、ラヴィアン!続け、これより追撃戦に入る!」
「はッ!」
(〜〜今日は気合い入ってるなぁ……)
敵兵を追う三人を見て、ラッドは呟いた。
彼の役目は追撃戦だったのだが、今日は完全に出番はなさそうだ。
(なんかあったのかな……)
特にアグリアスの顔はまるで、昨日とは別人のように生き生きとしている。
腰を痛めたとかで戦場に来ていないラムザとは対照的な活躍ぶりだ。
「大気満たす力震え、我が腕をして閃光とならん!
……無想稲妻突きッッッッ!!!!」
遠くでまた二人程、宙を舞っていた。
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