新王の即位から一年。
長年の戦によって乱れに乱れ続けてきたこのイヴァリースにも、少しずつではあるが平和という言葉が実感を伴って
各地の人々に浸透しつつあった。
以前ほど人の死体を見かけなくなったし、食料をはじめ、市場に出回る物資の量が増えた。武装した兵の数が
日を追う毎に減っていき、そして何よりも人々が大きな声で笑う様になっていた。
しかし、戦争はまだ終わってはいない。戦火によって抉られたその爪痕にはまだ血が滲み、今でも苦しみ喘ぐ人々は確かにいる。
特に力の無い者、女や子供たちはその筆頭であり、その苦汁と辛酸の日々は後世に長く語り継がれる哀史となった。
今日も夜の街の路地裏には様々ないでたちの女達が人待ち顔で立つ。
そこへフラリと現れた男達は、並んだ顔と体つきを嘗め回す様な視線で品定めし、女との短い交渉を終えると
馴れ馴れしくその肩を抱いて去る。
今もまた一人、騎士崩れとおぼしき中年男が二言三言交わした白いローブの女を抱き寄せると、路地裏の暗がりの方へ、
連れ込み宿の並ぶ界隈の方へと向かって歩き始めた。
女は身を固くしてうつむき、それでも男に腕を絡ませておとなしくついていく。どこかぎこちなさを感じさせるその振る舞いは
まるで初めて街角に立った素人娘の様だ。男は思わず女に訊ねた。
「この仕事は始めたばかりなのか?」
「いいえ、私は一年くらいになります。あの……ごめんなさい、私、初めてのお客さんはいつも緊張しちゃうんです。だから……」
「そうか」
それにしてもなかなか初々しい様な、愛らしい様な。なるほど常連も多いのかも知れない。なんとはなしに男の庇護欲をそそる。
そんな女だった。
他愛も無いやりとりをしている内に二人は小さな連れ込み宿の前に着いていた。男はカウンターの老婆に宿代を投げると、
開いている部屋を適当に選んで入り、女に伽代を渡した。
女がギルを勘定して確かめている間に、男はベッドの脇に置かれた戸棚を開けてワインの小瓶を取り出した。
小瓶と一緒に置いてあった安っぽいグラスをサイドテーブルに置いて静かに注ぐ。
「お前も飲むか?」
女は小さく首を振ってベッドにちょこんと腰掛けた。男はグラスのワインをちびりと舐めながら傍らの女を見下ろす。
女の白いローブのたっぷりとした長い裾には赤い三角形の並んだ意匠が施されていた。白魔道士の正装だ。この女は魔道士くずれか。
戦場を失って文字通り路頭に迷うのは剣士も魔道士も同じだ。特に魔道士の類はそのまじないの力を気味悪がられて
一般から敬遠される事が多い(魔法を悪用する者が少なくないのも一因だ)が、白魔同士だけは別格で診療所や救護院の様な
医療機関ではそれなりの厚遇を以って迎えられる。
ともすればこの女だってこんな商売をせずとも稼げるだろうに……分からんものだ。普段は買った女の素性など
気にした事もなかった男だが、この女はどうしてだか気になった。
「なあ、あンた白魔道士だろう。だのになんでこんな」
「こっちの方がお金がいいからです」
即答だった。今までに何度も同じ問いを受けてきたのだろう。もしかしたら、新規の客にはほぼ毎回言われているのかも知れない。
少しバツの悪さを感じながら、それを誤魔化すかの様に男はおもむろに女のローブの前に手をかけた。そろりと前をはだけると、
小ぶりながらも形の良い乳房があらわになった。ツンと上を向いた乳首がいかにも小生意気な感じがして、苛めてやりたくなる。
華奢な玩具で遊ぶ様に優しく乳首を撫で転がし、つまんでクイクイと引っ張ってやると、女はクスクスとくすぐったそうに笑いながらも
吐く息を乱れさせた。乳首は男の指の中でみるみる固くなり、吸って欲しいといわんばかりに尖った。しかし、男は相変わらず
乳首を軽くいじるばかりだった。時間はたっぷりある。急く事はない。
やがて男は両手でがしりと尻の肉をつかんでさんざ撫で回し、軽く、しかし少し跡が残るくらいの強さで噛んだ。
こんな事をする客は初めてだったのか、女は噛まれるたびにブルっと尻を震わせたが、それでもやはりされるがままだった。
乳首にしろ性器にしろ、肝心なところには触れずにその周りだけを執拗に愛撫する。そんな男の焦らし方に女は少し怒った。
「もう、なんで焦らすんですか」
「がっつく奴が多いだろう。たまにはこういうのも良いんじゃないか?」
「……意地悪ですね」
「なンだ、もう挿れられたいのか。もっと楽しめよ。うん?」
「それは私だって、仕事抜きで感じたいですよ。女ですから。だから……」
商売上の演技に思えないところがまた素晴らしい演技だ。本気の演技はいつしか演技を超える。
男が女の股間に顔を埋めると、そこには既にトロリとした蜜が垂れており、ぷんと牝のニオイを漂わせていた。
その中心に舌を差し挿れてこね回すと、女は甘い吐息を漏らして腰を浮かせ、身をくねらせた。愛液で濡らした指の背で突起を撫でながら
さんざ時間をかけて舌を性器の様にピストンすると、女は性器を男の顔面に押し付けてきた。女の陰毛が男の鼻をくすぐり、男は噎せ返った。
「ご、ごめんなさい」
「別に謝る様な事じゃない。俺もそろそろ我慢の限界だ。挿れたい」
「じゃあ、あの、最後は中で出して下さい」
女の思わぬ言葉に男は驚いた。
「いいのか?」
「お客さんには必ず中で出す様にしてもらってるんです。いつも」
まあ、相手がそういうのなら男としては逆らう道理も無い。むしろ願ったり叶ったりだ。
いつも、という事はあらかじめ何か薬でも飲んでいるのだろう。男はそれこそ遠慮なく女の中に注ぐ事にした。
それから二人は汗みずくになって抱き合い、絡み合い、注ぐたび注がれるたびに体位を変えて楽しんだ。
夢中で互いの口を吸い、乳首を吸い、性器を吸い、ほとんど休憩も入れずに三度目を出したところで男は女の上に倒れこんだ。
二人分の荒い息遣いの中で女が声を絞り出す。
「重い、苦しいです……」
すまん、とだけ言って男は女の横に転がった。息が整ってきても二人はしばらく動かなかった。心地よい疲労の中で男が眠気を感じてきた時、
ポツリと言葉を零す様にして女が言った。
「……本当は」
「ん?」
「本当はお金の事だけじゃないんです。私、白魔法なんて使えないんです。ケアルがなんとか使えるくらい。アカデミー出てるんですけどね。
才が無かったんです。それでも白魔道士のローブを着てるのは、未練かも知れませんね」
女に何と言ってやれば良いのか分からず、男はただ黙ってその背を撫でてやった。女が肩を震わせた様な気がしたが、
その事はまどろみの中でうやむやになって消えた。
翌朝、目を覚ますと女は先に宿を出ていた。この街で用事を済ますまで二日とかからない。その間にまたあの女を抱きたいと思い
、
男は再び夜の路地裏を訪れたが、先客がついているのか女の姿はなく、なんとなく他の女を抱く気にもなれずに酒を飲んで寝た。
次にその女に会ったのは白昼で、用事を済ませて街を出る時にたまたま通りかかった戦災孤児院の前だった。
五、六人の幼児にまとわりつかれていた女と目が合い、お互いに一瞬固まる。
「みんな、私はちょっと用事があるから部屋に戻っていなさい」
子供らは何が楽しいのか、歓声をあげながら転がる様な勢いで駆け出していった。全く、ガキは元気でいい。
羨ましいくらいだと思って男は苦笑した。
子供らの後姿を見送った後、女がおずおずと切り出してきた。
「あ、あの、ここでは私、責任者ですから。ですから……」
ガキ共の前で夜の話をされては困るというのか。まあそれはそうだろう。
「別にそんなつもりはない。それに俺はもうこの街を出るところだ。しかし意外だな。こっちが本業か」
「……寄付や国からの補助ではとても足りませんから。戦争が終わってだいぶになるけど新しく入ってくる子もまだいるし、
お金は幾らあっても足りません。私が何とかしないと」
血のつながりもないガキ共を育てる為に一種毅然として身体を売るこの女に、男は何故だか苛立ちを感じた。
さっきのガキ共に教えてやりたくなる。お前らはこの女のマンコでメシ喰ってるんだぞ、と。
その一方で何故こんなに苛立つのかと不思議に思った。あれ以来抱けなかったのがそんなに苛つくか? いや、多分違う。じゃあ何だ。何だ。
「お前、何故そこまでしてガキ共を喰わせてるんだ。今でもそンなガキは大勢いる。目に付くガキ全部を面倒見てたらキリが無いだろうが。子供の売春だって珍しくもないこのご時世によくやるぜ」
しかし、少し語気を強めた男とは対照的に、女は淡々とした口調で言った。
「以前、ある病に伏せった時に診て頂いたお医者様に言われました。私は子供ができない身体なのだそうです」
女の思わぬ告白に男は言葉を失った。そういえばこの女、
“お客さんには必ず中で出す様にしてもらってるんです”
「偽善なんでしょうね。親が失くしたのをいい事に人様の子を代替にしているのは事実ですから」