「くそッ」
 目の前で主君を攫われると言う失態を演じてしまった私は直ちに二人の部下を従えて南天騎士団の追撃を開始した。
その場の成り行きでガフガリオンなる傭兵とその部下たちが同行する事になったが、私は気が進まなかった。
ガフガリオンの部下の一人である、傭兵にはおよそ似つかわしくない稚児の様な青年が犯人と顔見知りだとかで
是が非でも同行させて欲しいと懇願するものだからつい首を縦に振ってしまったのだが……
 ガフガリオンという男の素性を知ったのはしばらく後になってからの事であり、この時は野盗蛮族とさして変わらぬ傭兵頭としか思っておらず、
一度は「正式な騎士でもない輩の手助けなどこちらから断る! 」と言ってしまったものの、
その戦いぶりと剣技を目の当たりにした後では攫われた主君を追う途上においてこれほど頼りになる男もいないのも確かだった。
それに自分とは正反対の、神に背きし剣を駆る剣士。汚らわしいと思う反面、興味が無いでは無かった。
 激しい雷雨が降っては止み降っては止み、予想もしなかった河川の氾濫や地すべり等もあって追跡には思わぬ時間がかかってしまった。
相手もそれは同じなのだろうが、私達の焦りは募るばかり。その焦りをほぐす為の気遣いか、ガフガリオンは度々私に話しかけてきた。
いかにも傭兵らしい下卑た話ぶりはともかく、剣についての謂いには傾聴すべきものがあり、私はこの男とその一点だけは合うとさえ思った
。  また、同じく部下を率いる身として、ガフガリオンの言葉には頷かされたり感心させられる事があり、私はこの男と少しは分かり合えるかと錯覚した。
そう、錯覚だったのだ。あるいは私の浅はかな思い込み。いずれにしても、この時はそう思えていたのだ。
 数日を経てようやくドーターへ到着した私たちに傭兵らしき連中が襲いかかってきた。
なんとか撃退する事は出来たのだが、この時も改めてガフガリオンという男の頼もしさを感じずにはいられなかった。
深くは無いが手傷を負った自分とは対照的に、傷ひとつ負わずに邪な剣で敵を倒してゆく壮年の傭兵。
自分でもよく分からない複雑な感情が心をざわつかせる。気がつくとガフガリオンを目で追っている自分を不思議に思った。


 戦闘の興奮を冷ますかの様に、急速に暗雲の広がり始めた低い空から再び雨が降り始めた。雨脚は強まり、やがて豪雨となった。
雨に返り血を流されつつ手近な宿へ駆け込む。どの道この雨の中では動けない。
今の内にいつあるとも知れない次の戦闘に備えて装備を整えつつ休息を取るというガフガリオンの意見に仕方無く賛同の意を表すると、
(私が反対したところでこの男は聞かなかっただろうし、確かに状況的にはその判断が正しいのもまた事実だったのだが)
ガフガリオンは自分の部下たちには街へ出て情報収集をして来る様に言い、自分はその場でおもむろに鎧兜を脱いで手入れをし始めた。
 まだ若干幼さの残る傭兵たちは頷くと無言で宿を出て行った。それはいかにも傭兵らしい、無骨な寡黙さだった。
私は部下の二人を伴って消耗した装備を補充する為に買出しへ出ようと考えていたのだが、
二人は手傷を負っていた私を気遣ってか、休んでいる様にと強く言い残すと、反論を言う間を与えないまま豪雨の中へ駆け出して行った。


 部下に恵まれた事を嬉しく思いながら濡れた服を着替え、傷口に軟膏を塗って包帯を巻いていく。
一息ついて宿の広間に戻ると、ガフガリオンが上半身裸になって水を吸った服を絞っていた。
五十三歳とは思えないほど鍛えられた肉体にハッとさせられる。
 「なンだ。傷はもう手当てしたのか」
 「えっ? あ、ああ。もう大丈夫」
 ガフガリオンが何かを言った様だが、宿を包み込む雨音のせいで男の言葉はよく聞き取れなかった。
聞き直そうとしたその時、稲光と雷鳴がほぼ同時に宿を揺るがし、私は思わず男にしがみついていた。
我ながら自分の取った行動が信じられなかった。誇り高い王家付きの騎士がまるで初めての雷に怯える子供の様だ。
その一方で思う。男の胸に頭を預けるなど何年ぶりだろう。そういえば私が今まで抱かれた男は全て年上だった。
 「おい……いつまでそうしているつもりなンだ? 」
 「……」


 私はそれには答えず、少しだけ頭をより強く寄せる事でしばらくこのままでいて欲しいと意思表示をしたつもりだった。
ガフガリオンがフッと小さく笑った様な気がした。頭に何かが触れ、まだ乾いていない髪を梳いた。
高名な騎士であった父親にべったりと甘えていた幼少の頃の暖かく甘酸っぱい記憶が胸の下辺りから浮かび上がって来る。
昔から父に似たところのある男に惹かれていた。頼もしく鍛え上げられた身体、広い背中、剣士としての圧倒的な強さ――
 私はこの男にどこか父の影を見ていたのかも知れない。父に甘えた昔日の思い出に縋る様に、私はこの男に抱かれた。
 ガフガリオンは今までのどの男よりも私の身体を悦ばせた。私はただどうしようもない快楽の海に身を任せて漂う事しか出来ずにいた。
声を押し殺して必死で耐えようとするものの、巧み、というか魔法の様な男の指遣いと舌遣いに身体の力が抜けてしまって動けない。
そうこうしている内に流れる様に押し倒されて私はひんやりとした床に転がされ、唇を蹂躙された。まるで唇を犯されている様だった。
 その間にも熟練した男の無骨な指が私の身体の至る所を這い、撫で回した。
手をとられ、男のモノへと導かれる。焼けた杭を思わせるほど熱く硬いそれをおずおずと撫でさすると男が息を荒げた。
我慢の限界を迎えたのかガフガリオンは少し乱暴と思えるほどに慌しく私の両足を押し開き、狙いを定めた。
粘膜と粘膜が蜜を介して触れ合う。それらはゆっくりと深く押し入りまた迎え入れて互いに溶け合い――
 「あン……」
 自分でも思ってもいなかった様な声を出してしまい、恥かしさの余り顔に血が上った。


 「くくッ、王家付きの近衛騎士サマだのなんだのと言ったところでやはりお前も女だな」
 羞恥と悔しさで何も言えずに顔を伏せる私に覆いかぶさって来る、いかにも硬そうな胸板。ある程度の年齢を重ねた男に共通な、独特の体臭。
男の重さと自分を貫く熱い肉の杭を意識すると一瞬、ほんの一瞬ではあるが頭がぼうっとして何もかもがどうでも良く思えてくる。
出し入れされる度に淫らな蜜の音が弾ける。他ならぬ自分という女の股ぐらから。たまらなくなって男の首にしがみつき、歯を立てた。
その刹那ガフガリオンはわずかに呻いたが、後はそのまま黙って腰を打ち振り続けた。口の中に鉄くさい血の味が滲んで来る。
 私が幾度か軽い絶頂を迎えた後、ガフガリオンが呻いた。
 「くッ、出るッ……」
今日は――大丈夫な日だから――だから――
 「中に、中にッ……」
 私がこう言おうが言おうまいが、この男は中に出していたかも知れない。あるいはそうでなかったかも知れない。
私はガフガリオンの腰に足を絡め、ガフガリオンは私の股に一層強く押し当てた。
 腹の中にじんわりとした温かみが伝わり、幸福感や充足感、そしてその後に言い知れぬ罪悪感と自己嫌悪が湧き上がってきた。


 「早く服を着ないとあいつらが帰って来るぞ」
言われるでも無く、私はいそいそと服を身に着けると手鏡を見ながら髪を整えた。
鏡の端でガフガリオンがこちらを見ている。さっきまでの荒ぶる雄の顔ではなく、冷静で老獪な傭兵の顔だった。
何か気に食わない。悔しさ……?いや、何だろう。とにかく何でもいいから文句を言ってやりたくなった。


  「……ヒゲがチクチクした」
 「ふン。悪かったな」
 「別に……悪くは無い。悪くは……」
 しばらくとりとめの無い会話をしている内にそれぞれの部下たちが戻って来た。労いの言葉をかける。
傷は大丈夫ですか? との問いにチクリと胸の痛みを覚えながら出来るだけ平静を装って大丈夫だと答える。
それと同時に拭いきれなかった精液の残滓が逆流してきたので、私は焦りながら出来るだけ強く股を閉じた。


 私たちがガフガリオンに裏切られたのはそれから二日後の事だった。


 私は今でも心にこの秘密を抱いている。あの時はまだガフガリオンの部下であった稚児の如き青年の隣に身体を横たえている今も。
眠る稚児の尻を撫でながらかつての情事の回想に浸っていると、不意に股の間から温かな精液が溢れてきた。


(fin)