『一人遊ぶは誰がため?』


一人遊ぶは誰が為?
我がためか、彼が為か、あるいはそれに意味など無いか。
死より恐れるものはある。それは…

「…っく…あふ…」 寝台の上で金糸が揺れる。さながら、天に流れる川のように。
甘ったるい声を上げ、普段では考えられない痴態を見せている。
「ら…むざぁ…」
愛しい人の名前を呼び、自慰に浸る。
夢の中の想い人は、どんな時でも優しい。自分が望んだとおりの事をする。
愛して欲しい、と言えば、愛していますと彼が言う。
壊して欲しい。二度と消えないように、あなたを刻み付けて欲しい。
そういえば、望みどおりに激しくなる。
激しくなる、彼の手。絶頂へと導かれる。
そして、何も考えられなくなり、気を失う。そして彼は消える。
「また…行ってしまうのか?ラムザ…」
微かな意識の中、小さくつぶやいた。


「おはようございます、アグリアス様」
「おはよう、アリシア、ラヴィアン。今日も稽古をするぞ」
身支度を整え、剣を手に庭に出る。そこにある姿は、気丈で、美しく、しなやかな騎士。
「さぁ、始めるぞ。アリシア、かかってこい」
「はい!」
アリシアが打ちかかってくる。距離を詰めて、逆袈裟。手元に飛び込まれそうな迫力がある。
多少冷や汗をかきながら、剣の先を払った。一歩引き、剣を片手で持つ。
「は!」
掛け声と共に、今度は袈裟切り。振り下ろされる前に、体当たり。よろめいた所に、当身を食らわす。尻餅をついたアリ
シアの鼻先に剣を突きつけ、勝負あり。
「一本、もらったぞ。アリシア。大分強くなっているが、まだまだだな」
アリシアはうなだれている。
「ラヴィアン、次はお前だ」
このようにして、鍛錬の一日は始まり、終わる。日が暮れるまで、羅刹のように。
「そろそろ終わりにしよう。私は先に帰るぞ」
アグリアスは、気もそぞろと言った様子で帰っていった。

「アリシア、アグリアス様、まだおかしいよね?」
「えぇ…まだ、引きずっているのかしら」
「アグリアス様に忘れろ、って方が無理だと思うけどね…」
「酷い人よね、隊長って。生死もわからないから、一縷の望みをかけさせる。
時間が経ったからって、忘れられる人じゃない。
そして、おき火のように、ずっと心にくすぶり続ける。私たちでも辛いのに、アグリアス様は…」
アリシアは草の上に座って、月を眺める。ラヴィアンも
それにならった。


青く優しい光を、何をするでもなく、二人はただ眺めていた。
一枚の絵のように。
「ラムザ…」
アグリアスはラムザの腕の中に居た。このままでずっといたいと願いながら。
「アグリアスさん。次が、最後の戦いです。生きて帰れないかもしれません。
でも、僕はあなたを絶対に忘れません。愛し続けます。
ですから、今夜は…あなたの温もりを忘れないように、何処へ行っても、必ず探し出せるように、このままでいさせてください…」
消え入るような声だった。しかし、その声に震えも迷いも無い。ラムザは、本気だ。
死を覚悟している。普段は言わない、はっきりとした愛の言葉。
ラムザが見せた普段とは違う態度。それ故にアグリアスは、それが拒絶の抱擁だと悟り、ひっそりと涙を流した。


次の日、アグリアスは除名された。
表向きは、帰る所があるから。
しかし、本当はただ、ラムザが死なせたくないだけだと、皆わかっていた。それでも、誰も文句を言わない。
他人の為だけに戦ってきた人間の、ただ一つのわがまま。強い意志。だから、誰も何も言わなかった。
そして、残った面々は、最後の戦いに臨んだ。
その後、帰ってきたものは多かった。再会していないだけで、生きているものもいるはずだ。それゆえに、望みはあった。
その望みを、不安と絶望が押しつぶしそうになる。それをごまかす為に、アグリアスは自慰をするのだ。
今夜も。
明夜も。
自分の死より怖いもの。愛する人の死。
そして、それを「想い出」の一言で片付けてしまいそうになる自分の心。

ラムザ、早く帰ってきてくれ。


次の日、早朝。扉を叩く音
「どなたでしょうか?こんな朝早くに…」
念の為に剣を携え、扉の鍵を外す。
そこで目に入ったのは、亜麻色のくせっ毛。
彼女の心。そこに根付いた暗い感情は、この一瞬で全て無くなる。
砕け散り、溶けて、涙になって流れ落ちる。

「お久しぶりです、アグリアスさん」