『復讐』
寝床のきしむ音がする…
男は暖かさから抜けでで、冷たい朝の空気に裸を晒す。
女は起き上がらない…
男は服をまとい、無骨な甲冑をまとい始める。
最後に背中に剣を背負うと、寝床の方へしばらく瞳を落とす。
女の肩が震えていた…
思いを断ち切るように男はそのまま部屋から外に出て行った。
後には女のすすり泣きが聞こえるのみ…
ここは貿易都市ウォージリス。ライオネル唯一の商港であり南洋貿易によって栄えてきた。
そこの宿屋に現在ラムザ達は逗留していた。
レーゼを人間の姿に戻してからベイオウーフの様子がおかしいと一番始めに言い出したのは
同じ騎士身分だったホーリーナイト、アグリアス・オークスである。
「おかしいって…そうか?やっと恋人を元通りにしたんだし、なんの憂いがあるんだよ」
そういう風に気の置けない言い方をするのは機工士ムスタディオ・ブナンザ。
「お前は……いやいい。そういうところが気に入っているが脳天気にもほどがあるぞ」
「脳天気ってなんだよ」
「まあまあ。僕も…なんとなく無口になったとは思っている。何か考え事でもあるような…」
ふたりの仲介役のようポジションに立っているのはラムザ・ベオルブ。
しかし実はラムザはこの時点でベイオウーフについて思い当たることがあった。
そこへレーゼ・デューラーがやってきた。
「おはようございます、皆さん」
「おはようレーゼ」
「よう、おはよう」
「お前は……やれやれ無駄か…おはよう、レーゼ殿」
アグリアスは自分の隣へとレーゼを誘う。レーゼはその金色の髪を揺らしながらテーブルについた。
「何か食べるか?それがそうと彼氏はどうしたの。まだ寝ているのかい?」
気安く話しかけるムスタディオに最早アグリアスも何も言わない。
話しかけられたレーゼのその瞳に陰りが出たのをラムザは見逃さなかった。
「ベイオウーフは…自分の家の…カドモス家のお墓参りに朝早く出て行きました」
「じゃ、ライオネルに?…僕が言うのもなんだけど彼も“異端者”にされているんだろう?危険じゃないか」
「ええ。その点は変装してひっそりと行くから気にするなと言ってました。…私も止めるに止められなくて」
ラムザはレーゼの瞳の陰りの原因はその辺かと思ったが、どうももっと重大なことを抱えている気がしてならない。
「そこまで危険を冒して行く理由はなんだろうな……案外隠し」
ドカッボカッ
ムスタディオが何を言い出すのか察知したラムザとアグリアスは同時にその頭を殴り倒した。
「いてーよ!」
「お前の脳天気もそこまでいくと犯罪だな!女性に対するデリカシーとか少しは学習しろ!」
「同情の余地無し!」
レーゼはその様子を見てクスクス笑っている。
「あなた方が旅仲間でよかった……あの人の救いになっていると思います」
ラムザはその“救い”と言う言葉に何かひっかかるものを感じたが、この場では何も聞かないことにした。
ライオネルの郊外に歴代の貴族達の眠る共同墓地がある。
そのひとつの墓地の前にベイオウーフ・カドモスはいた…だが祈っているのではなくその墓地わきの土を掘り返している。
他人から見れば墓場荒らしにも見られかねない。
それでもベイオウーフは一心にその場を掘り返す。やがてその中に目的の物を見つけるとそれを引き出した。
かなり大きなその長いものは布でぐるぐると幾重にもまかれている。
その布を取り払うと中から抜き身の大剣が現れた。
それはカドモス家に伝わるもの、ベイオウーフが異端者として断罪されようとする前に
彼自身がひそかに墓地の隣に埋めた物であった。
名もないそれは飾り気がなく無骨で実直な剣でしかないが、幾多の戦場を戦ってきても刃こぼれが
ほとんどなく歴代カドモスの当主の命を何度も守ってきた業物である。
もう一度その剣を布で巻きながら、ベイオウーフはやっと一息ついて墓地の前に立ちなおした。
「……父上、母上……幾年もの親不孝お許し下さい。ベイオウーフ…ただいま戻りました」
最後に“ファーラム”とつけるのがグレバドス教のならわしなのだが彼はそれをしなかった。
元々信仰心厚いとは言い難かったベイオウーフだが、教会の腐敗や宗教者の堕落ぶりに愛想がつきかけた頃
司祭ブレモンダとのレーゼを巡る諍いが起こった。
婚約者レーゼに横恋慕されたベイオウーフは有無を言わさず異端者の烙印をおされて
ライオネル聖印騎士団の団長の座を追われた……
そしてレーゼはベイオウーフをかばいホーリードラゴンへと姿を変えられてしまう。
……それだけならばまだいい……
ベイオウーフの顔が怒りと苦痛にゆがむ。
もはや彼の心に信仰心は無い。
ライオネルの領主だったドラクロワ枢機卿さえ…勇敢な騎士だったのだが五十年戦争で妻子を鴎国に殺されて
異端審問官になってからおかしくなってしまった。
枢機卿の前に上がるとなぜか胸がむかつくような気分になり、どことなく腐臭さえ嗅ぐようになった。
その彼が殺されたと言う…下手人は名門ベオルブ家の末の息子ラムザ。
まさかと…その時ベイオウーフは思った。
五十年戦争末期にはベイオウーフも参戦している。その時に彼はイヴァリースの至宝とまでいわれた
騎士最高の称号“天騎士”をもつバルバネス・ベオルブに会っている。
ラムザの父親である彼は戦場にあっては勇猛な騎士ではあるが、一転他の若い騎士や一般の民などには
誠実かつ分け隔てのない気さくさで、その友人の“雷神シド”シドルファス・オルランドゥとともに
絶大な人気があった。
ベイオウーフもその人柄にひかれひそかに尊敬していたものだ。
そのバルバネスの息子が何故枢機卿を殺害したのか全く意味がわからなかった。
しかもその時に枢機卿の遺体処理をした者達が全員事故にあって死亡したという…
その疑問は当の下手人ラムザに会って解決する。
枢機卿は聖石の力でルカヴィ“不浄王キュクレイン”と融合していた。
「なるほど……遺体処理人達は化け物を始末したわけか。で 教会側が口封じのために…」
「むごいことを…」
その時ラムザと交わした会話を思い出してベイオウーフは皮肉な笑いを浮かべる。
教会は一体どれほどの事実を裏で握りつぶしてきたのだろう。
それでもなおかつその地位にしがみつく奴らが居る…
誰かが近づいて来る気配がする。ベイオウーフは素知らぬ顔でその場を立ち去ろうとした時
「……もしや……団長?…カドモス団長…ですか?」
驚いて思わず振り返るとそこにはかつての自分の部下だった男の見知った顔があった。
「……エクター…か?…」
「団長!……やはり!…ベイオウーフ様…もう一度ったお会いしたかった…!」
エクターと呼ばれた男はベイオウーフの手を取って涙を流している。
「エクター、再会できて嬉しいんだが俺はもう異端者なんだ。だれかに見られぬうちに早く去った方が良い
…やれやれわからんように変装したつもりなんだが、お前に簡単に見破られるとはな」
ベイウーフは溜息をついた。
「私はそんなこと厭いません!……あなたが異端者とは…誰よりも勇猛果敢なあなたを」
「だがな、そんなこと教会はかまわないんだよ。とりあえず逆らえば全て“異端”なんだ…さあ俺はもう行く
お前に会えたのは予想外だが嬉しかったよ…達者でな」
かつてのベイオウーフを知っているエクターはその態度に微妙に教会への憤りが混じっているのに気づく。
それは当然と言えば当然だろう
「レーゼ様は…?」
「……今一緒にいる…」
しかしベイオウーフの態度はどこか醒めていた。その顔に苦痛の影さえかいま見える。
エクターはレーゼのことはそれ以上聞かずあることを告げた。
「……団…ベイオウーフ様……司祭が……ブレモンダ司祭がおかしいのです」
立ち去りかけていたベイオウーフは思わず足を止めた。
「あの男がおかしいのは前々からだろう?今さら…」と彼は苦々しく言い捨てた。
ブレモンダ司祭に関してはベイオウーフとの争い以前から良い噂を聞いたことがない。
とにかく金と女に対してだらしがなく、司祭になったのさえ金を湯水の如く使ったという黒い噂もある。
「いいえ、違うのです。……正気でないというか…それよりも人間でないような…」
エクターは考え方がまとまらぬのか歯切れ悪く訥々と言い継いでいる。
「人間でないだと?…化け物にでも変わったとでも言うのか?お前姿を見たことはないのか」
「はい。私だけでなくここ最近誰も司祭の姿を見た物はおりません…そして彼の元に用に出かける者達が
ことごとく行方不明に…ほとんどが女性なのですが…」
エクターの最後の方の言葉は聞き取れないほど小さくなったのだが、ベイオウーフの耳はその言葉をひらった。
「俺に言ってもはじまらんよ。ライオネルの領主…は病死か…じゃあ今は誰が取り仕切っているんだ」
「……グレバドス教会からの異端審問官が……」
ふふんとベイオウーフは鼻で笑った。
「それじゃあ、ますます俺に言ってもなあ…聖印の団長は誰が引き継いだんだ」
「おそれながら……私が…」エクターはその場に跪いた。
(その辺の判断はまともか…)
エクターは勇敢でベイオウーフが団長であった時には何度か副官を任せたことがある。
とくに判断力に優れているというわけでもないが、実直で生真面目な信頼できる男である。
「俺がいたことで解体されたのかと思っていたよ…お前が引き継いでくれたのなら安心だな」
それは正直なベイオウーフの気持ちであった。
「ベイオウーフ様、あなたはブレモンダに――」
思い詰めたように言い出したエクターの言葉を振り払うかのごとくベイオウーフは首を振った。
「もはや異端者には何も聞こえないさ。もう俺に関わるな……エクター」
ベイオウーフはその場からゆっくりと立ち去っていった。
エクターはいつまでもその後ろ姿を見送っている。
そしてベイオウーフの瞳にこれまでとは違う色が映っていたのを彼は気づくことはなかった。
ベイオウーフがラムザたちのもとに戻ったのは昼過ぎになってからだった。
その時長い荷物を持っていたのに気づいてムスタディオが問うた。
「それなんだい?もしや…剣?」
「そうさ……ずっと置き去りにして気にかかってはいたんだ」
「まるで人間のように言うのだな。貴公ほどの騎士が気にかける剣見せてもらえるか?」
アグリアスもさすが騎士でそういう武具については気になるらしい。
まかれた布を取り去って中から出てきた大剣にアグリアスは感心したように溜息をついた。
「いい剣だな……よく手入れされている。飾り気はないがまさに戦うためだけの剣だな…持ち主にふさわしい」
「ありがとうよ、アグリアス」
同じ騎士からの素直な賞賛にベイオウーフも嬉しいのだろう。
しかしラムザは3人の会話よりレーゼの様子が気にかかっていた。
帰ってからベイオウーフとレーゼは簡単な会話を交わしただけでほとんどしゃべってはいない。
なぜか二人の間に妙な緊張感さえ漂っている気がする。
レーゼはぼんやりと自分以外の仲間達を眺めている…ふとその時ベイオウーフと彼女の瞳がかち合った。
レーゼは顔を伏せベイオウーフの目が急激に曇ったのをラムザは見逃さなかった。
夕食が済みベイオウーフとレーゼがふたりとも部屋に引き取ったときにアグリアスが言い出した。
「…やはり…おかしいなあのふたり。…昼間言わなかったが、レーゼ…彼女部屋で泣いていたぞ」
「泣いていた?……ベイオウーフの帰りを心配して…てことじゃないのか?」
ムスタディオは実に簡単に理由を導き出そうとする。
アグリアスはそれに溜息だけで答えてお構いなしに自分の考えを続ける。
「こういうのは…苦手だな。何かあるのはわかっていても男と女の恋愛感情のもつれなんて言うのは
アカデミーじゃ習わないし…なんかダーラボン先生のあのくどい話さえ懐かしい」
アグリアスは遠くを見つめて目を和ませた。
「アグリアスもあの先生に習ったのか…話が長すぎて何度事業中に眠り…」
「ダーラボン…てあの話術士ジョブの“ダーラボンのまね”のあれ?」
ムスタディオは好奇心一杯の目を輝かせ、ラムザとアグリアスのアカデミー時代の話に加わろうとする。
「ああ、あの先生は無敵だぞ。みんな授業中に寝まいと涙ぐましい努力していたからな」
「だよね。僕なんか目の回りに万能薬塗ったりして…おかげて目がさえたのは良いけど
薬が目に入っちゃって痛いの何ので涙がボロボロでてきちゃってさ…」
ムスタディオは思わず吹き出す。
「そんなにひどいのか!…まあジョブの技名につけられるぐらいの人だからなあ…」
三人ともそんな会話を続けていてふと気づく。
「なんでこんな話になったんだろう…」
「アグリアスがダーラボン先生の話、し出すから…」
「……とりあえず……あの二人のことは私たちでは傍観しているしかないって事だな…」
「…寝ようか?」
「寝るか」
「眠くなってきたな…さすが…話題だけでも人を眠くさせる偉大な先生だ」
三人は答えのでない問題に切りをつけてそれぞれの部屋に引き取っていった。
ベイオウーフはレーゼに何度も深い口づけを繰り返す。
ためらいがちな彼女の舌を半ば強引に絡め取り、レーゼの息が上がってもかまおうとしない。
「は……あ……」
レーゼのどこか苦しげな表情をベイオウーフは翳りを帯びた瞳で見つめている。
その舌はレーゼの口内からあごへと…そしてその蒼白な首筋へと徐々に下がりながら
彼女の双の乳房のふくらみへと移動していく。
「あっ……ベイオ……」
レーゼの震える乳首の先にベイオウーフは舌で緩やかに刺激を与え、濡れた音を立てながら吸い上げそして軽く噛む。
彼女のふくらみの周りを丁寧に舌で巡りながら、ベイオウーフはその手をレーゼの中心へと下げていった。
びくりと彼女の体が強ばる……その手は彼女の中心の汗ばんだそして濡れた部分へと滑っていく。
「くっ…ああ……だめ…」
指で彼女の中を探り上の方にある突起の部分を何度か刺激してみると、彼女は熱い蜜を溢れさせ彼の指を濡らす。
(快楽は…あるのか……しかし…ここからが…)
愁いを帯びたベイオウーフの瞳は淫猥な動きでレーゼの秘所の中でうごめく指とは対照的である。
喘ぐ彼女の唇を再び塞ぎその舌は容赦なくレーゼの舌を絡め取り巻き上げる。
レーゼの透き通るような白い顔が自分の愛撫によって上気し、その整った美しい顔が快楽に酔っているのを見て
ベイオウーフの中の荒れ狂うような男の本能の部分が目覚めだした。
…そうしてベイオウーフは決心してレーゼの秘所の入り口に自分の張り詰めた物をあてがった。
「…!!」
レーゼの体が緊張して強ばる…しかし彼女は必死に叫びそうになる自分の唇を結ぶ。
そのレーゼの緊張はベイオウーフの物を入り口から奥へと進ませようとしない…
「くっ……ベイオウーフ……」
食いしばったレーゼの唇から絞り出すような言葉がもれてくる。
彼女の瞳から涙が溢れていく…毎晩何度となくこれを見たことだろう…
(今夜もまたか……またなのか……!)
ベイオウーフの顔が苦悶にゆがむ。
愛してやまない女にその閨の中で夜ごと残酷な拒否にあい、ベイオウーフのプライドはすでにズタズタに傷ついていた。
それはレーゼが悪いのではない……悪いのは…
「はっ……許して……許して…ベイオウーフ…ベイオ…」
レーゼも滂沱の涙を流しながら許しを請い、その体は拒絶する。
限界が来たベイオウーフは彼女の入り口から進まぬその男根を引き抜き、彼女の白い腹の上へ精をぶちまけた。
荒い息を吐きながら彼は暗い絶望を味わう。
そうして女は忍び泣く……
男はその顔を両手で覆いながら怒りと苦悩でその肩を震わせる…
レーゼは司祭ブレモンダに強姦されていた。
しかし犯されてもなお彼を拒否するレーゼに業を煮やした司祭はベイオウーフに呪いをかけようと
彼のところへいくが、レーゼは身を挺してベイオウーフをかばう…そして彼女はその先祖の血が蘇り
高貴なるホーリードラゴンへと変化した。
それは彼女にとって、ベイオウーフにとってもある意味幸運ではあった。
なぜならレーゼは強姦された時、死を決意していたからだ。
ホーリードラゴンでいる間は人間の時の記憶を一切失ってさまよっていた。
ブレモンダの逆上が彼女の命を皮肉にも救ったことになる。
人間に戻ってから初めての閨の中、レーゼは忌まわしい記憶を取り戻した。
そしてその記憶のむごさが彼女の体の奥に鍵をかけてしまった…
幾晩彼女を愛撫しようともその鍵はベイオウーフには外せない。
「……して…ベイオウーフ……」
消え入るようなレーゼの声にベイオウーフは覆っていた顔を上げる。
「ころ…して……わたしを……あなたの手で…」
「レーゼ!」
レーゼが声を震わせベイオウーフに懇願する言葉はあまりにも悲惨であった。
「あの時……死ねば良かった……それならあなたに……あなたにこんな思いを…」
ベイオウーフは彼女を抱きその顔を寄せた。
「言わないでくれレーゼ!君が悪いんじゃない!……悪いのはブレモンダと…」
ベイオウーフはここで息を継ぐ。
「…悪いのは…君を守ると言いながら守れなかった俺だ」
レーゼの頬に涙が伝う。
「テンプルナイトなどと称号を与えられていい気になって教会を守っていたこの俺だ…もう聖職者など
頼まれても守護しない……俺が守るのは君だけだ…君しかいないんだ…」
「ベイオウーフ…!」
ベイオウーフはレーゼの唇を塞いだ。
口づけだけは昔と変わらず甘美だった…
しかし日が経つにつれてふたりの様子に明らかに変化が見えてくる。
ベイオウーフは荒んだ表情を見せ始め、レーゼの方は痩せてやつれてきた。
その様子はさすがのムスタディオでさえもはっきりとわかるようになってくる。
「なあ……あのふたり…大丈夫か?恋人同士にあんまり首を突っ込みたくないんだがよ」
アグリアスはやれやれとでも言うように両手を広げる。
「お前にもわかるぐらいになったんだな…ラムザ、野暮だけど女同士と言うことで私がレーゼ殿に
聞いてみようか?聞くだけでも何かいい方向へいくのなら」
ラムザはしばらく考え込んでいたが、やがて決心したようにふたりに言った。
「それよりも先に僕がベイオウーフに聞いてみるよ。実は何となく心当たりが無くもない」
ベイオウーフ達の部屋をノックすると「開いている」の声がしてラムザは中へ入った。
そこにはレーゼが泣きはらしたような目をしている。
「(タイミング悪かったかな…)話があるんだけど、ちょっといいかな?」
「ああ…丁度いい。俺も君に話があるんだ。レーゼ」
名前を言われたレーゼは頷くとそのまま部屋から出て行ってしまった。
ふたりきりになるとラムザは何となく気まずい…それでも言うべきは言わなければならないと
思っていたところへ、ベイオウーフからの思わぬ申し出がラムザを驚かせた。
「ラムザ、今まで世話になって突然で気が引けるんだが、俺を…パーティから外してくれ」
ベイオウーフは頭を下げた。
ラムザはその理由に自分が考えていたことと同じ意味を思った。
「……復讐……だね?」
「そういうことだ」
ベイオウーフは強く言う。彼の瞳は暗い熱を帯びていた。
「一人で…ライオネルへ突っ込むつもり?異端者のあなたは教会から異端狩りの命令が回っているはず
…僕のようにね…ライオネルは異端狩りの本拠地と言ってもいいぐらい教会の敵対者には厳しいところだと
聞いている。…司祭を捜す前に殺されてしまうよ…」
ラムザは司祭とベイオウーフのいきさつを聞いてから、いつかこうなるのではないかと思っていた。
そして考えたくはないがベイオウーフとレーゼの苦悩の原因をなんとなく推測できた。
ブレモンダと言う男、調べれば調べるほど悪い評判しか出てこない。
その一番の理由に聖職者にあるまじき女好きがあった……おそらくレーゼは……
「わかってくれ……このままでは俺もレーゼも…」
ベイオウーフに苦悩の色が濃い。
「あなたがどうしても行くというのなら、僕たちも」
ベイオウーフは首を振る。
「それはだめだ。俺の個人的な復讐戦などに巻き込みたくない…ムスタディオもアグリアスも俺たち同様
異端の烙印を押されてしまう。そうなったら死ぬまで教会の狩りの獲物だぞ」
「死ぬ気なんだね?だめだよ!あなたが死んだらレーゼはどうなるんだ。やっと再会できたのに」
ラムザは必死に思いとどまらせようとする。
「あいつだけは…ブレモンダだけは許せない。レーゼも俺もあいつの影に一生つきまとわれるのはたくさんだ!」
ベイオウーフは怒りに燃え吐き捨てるように叫ぶ。
しばらくラムザもベイオウーフも何も言えなかった…
ややあってベイオウーフがつぶやくようにゆっくり語り出す。
「……王都ルザリアで君に始めて会ったときは…ベオルブの一員だとは気づかなかった…しかし一緒に行動
しているうちにお父上のバルバネス殿と戦っているような錯覚に落ちてきたよ。
バルバネス殿とオルランドゥ伯だけが今の俺には信じられる存在だ……ラムザ…君もな」
それはレーゼが人間に戻って以来、何日かぶりに見る彼の穏やかな瞳だった。
確かベイオウーフは兄ザルバックと似た年頃であったはずだ。
兄の生真面目さ…ともすれば融通の利かない性格に比べ、彼にはどこか懐の深い余裕のようなものがある。
それが無くなってしまったのはひとえに司祭の件につきるのだろう。
ラムザには最早彼を引き留める手だてが考えられなくなってしまった。
「…いつ…いくの?」
「じきに」
ベイオウーフは短く言った。
具体的にいつとは言わないのはラムザ達を牽制してのことだろう。
ラムザはそのまま無言でその部屋を後にした。
ベイオウーフはその姿を見つめながら低くつぶやく。
「……本当に…バルバネス殿そっくりだな…」
部屋の中でレーゼは窓から月を眺めていた。
ベイオウーフは飽くことなくその姿を見つめている……その瞳に焼き付けるが如く。
「ライオネルはもうじき冬支度ね。今年は雪が深くなるみたい。動物たちが冬眠の穴を深く掘ったそうよ」
レーゼはベイオウーフの方を見ないでとりとめなく話を続けている。
「……」
「戦争中で人間も食料が乏しくなっているのに、動物たちはどう蓄えるのかしら?熊とかリスとか…」
話し続けているレーゼの肩が小刻みに震えている。
「でも…動物たちには人間のことなんか関係ないわよね……たとえ誰が勝とうが生活は続いていくんですもの」
「……そうだな…」
レーゼの話がとぎれがちになる…
「……私……動物になりたかった……ホーリードラゴンの間は何も考えずにすんだもの…でも…それじゃあ
あなたと一緒にいたら目立って仕方ないわね……やっぱり人間でいい……このままずっと…あなたと……」
後ろ向きのレーゼの顔から光る物が落ちたのが見えた。
ベイオウーフはそのまま背後からレーゼを抱きしめる。
「レーゼ……」
「……行かないで……ベイオウーフ……行かな……」
嗚咽するレーゼの頬に唇をあて、そのまま彼女の顔を向かせて深く口づけをする。
腕の中のレーゼはすっかり痩せてきつく抱きしめると折れそうなほどだ。
その体を軽々と抱き上げるとベッドの上に彼女の体を横たえる。
「いいか?レーゼ」
レーゼは頷いた。
自分の衣服を脱ぎ捨てレーゼの夜着もすっかり取り去るとその裸の体でレーゼを抱きしめた。
「…痩せたな……俺のせいだな…きみには何もしてやれなかった気がする」
ベイオウーフはただレーゼの頭をなでるだけでそれ以上何もしようとしない。
レーゼもベイオウーフの広い背中に腕を回してその胸に顔をすり寄せる。
「私は…あなたにずいぶん甘やかされたわ。…今度は私があなたを守りたいの…守りたい…」
ベイオウーフはその顔を見下ろしながら微笑んだ。
「君が?いや君はいてくれるだけで俺を守っているんだよ。君がいたから戦えた…」
レーゼも笑いながら自分から彼の唇を貪った。
「お願い…きて…あなたの思い通りにして…」
ベイオウーフはしばらく考えるとレーゼの唇を塞ぎその舌を絡ませながら言う。
「知らないぞレーゼ……」
「いいの…」
口内をまさぐるベイオウーフの舌の動きが激しくなる。
レーゼの呼吸が荒くなり彼の舌から逃れようとするも、ベイオウーフの唇にすぐに塞がれてしまう。
「うっ…うん……ああ……あ…は…」
唾液がレーゼの唇の脇からこぼれ、それを追ってベイオウーフの舌は彼女の口内から華奢なおとがいへと移動し
首筋へ鎖骨のくぼみへ…そして乳房の上へと達した。
その白い乳房を彼は持ち上げるようにその手に包み込みゆっくり揉み始めた。
「あ…あ……あっあっ…」
不規則なレーゼの喘ぎ声としだいに荒くなる自分の呼吸に後押しされるかのように彼の欲望は
その熱い息吹を吹き始めていく。
レーゼの桃色の乳首を口に含みその口内で転がしながら、空いた片方の乳房を激しく揉むとレーゼは小さく悲鳴を上げた。
「あはっ……!」
しかしそれはいつものように恐れをおびたものではない。
そのねっとりとした舌の動きで片方の乳首を攻め、もう片方の乳首は指で摘んだり軽くはじいたりして
ふたつの乳房に違う動きを送り続ける。
レーゼの呼気が加速をつけて荒くなる。
ベイオウーフは乳房から口を離しその舌は谷間から臍、腹の上…そして茂みへと降りていく。
何をされるのかわかったレーゼは恥じらいながらもゆっくりその下肢を恋人のために開いた。
すでに十分に濡れていた彼女の秘所にベイオウーフは顔を近づけ舌で音を立てて舐め取る。
「あ…ああ……ベイオウーフ…ああ」
突起に舌を立て強く揺さぶりをかけるとその周りからじわりと愛液が湧く…ベイオウーフはそれも何度も舐める。
裂け目の中へ舌を差し込むとレーゼは体を反らしてシーツを掴む。
あきらかにいつもの反応ではない。
先ほどから痛いほど張り詰めている自分の起き上がった男根を少し彼女の濡れた秘所の中に入れてみる。
「あっ……」
せつないような声を上げたがそれは拒否している気配はなかった。
ベイオウーフは反応を確認しながらゆっくりと自分のものを彼女の中へと侵入させていく。
「うん……ああ……ベイオ…ウーフ…」
レーゼにもわかっていた。
ブレモンダに犯されていたときはただ恐怖と痛みしかなかったことを…侵入してきたのはただの冷たい
固まりでしかなかったことを…
その記憶を自分の恋人とかぶらせ、拒否し続ける理不尽さを。
ベイオウーフの体は熱い。
熱く…暖かく彼女の凍った体を溶かそうとする。
そのことを被さっている彼の体の重みで確認しながら、いつしかレーゼは涙を溢れさせていた。
「レーゼ…?」
「もう…大丈夫……」
「……みたいだな……愛しているよレーゼ…」
「私も……愛している…ベイオウーフ…」
そのまま抱き合い口づけを交わしながらベイオウーフはゆっくりと腰を動かせていく。
彼の物が自分の内側を刺激する…久しぶりの感覚にレーゼは酔う…そして濡れていく…
ベイオウーフのものが自分の膣内で成長していくのをおののきながらも受け入れやすいように
レーゼは自分から腰を浮かせていた。
「あっあっあっ……いい!…ああ!」
何度も男の堅く強い物で突かれながら、いつしか彼女はベイオウーフの体に強くしがみついていた。
彼はレーゼの体を片方の腕で抱え、もう片方の腕でその右足を脇に抱え突き上げ続ける。
レーゼは熱い男の男根で内壁を刺激されその秘所から濡れた愛液を伝わせシーツを濡らす。
あきらかに快楽に貫かれているレーゼの反応に、ベイオウーフもその息を荒げ始める。
「レーゼ……レーゼ…」
レーゼの中が収縮し始めた。彼女のからだが曲がり呼吸が一瞬止まる。
そして成長しきったベイオウーフの男根をきつく極限まで締め上げると彼も耐えるのをやめ
その中に勢いよく射精した。
それは断続的に何度か放たれ……渦巻き…収束した。
自分の体の上で荒い息を吐いているベイオウーフの逞しい体をレーゼはそっと抱く。
ベイオウーフもレーゼのほっそりした体をなでながら腕の中に抱え込む。
まだ月は中天にあった。
目が覚めたベイオウーフはその寝床からそっと抜け出した。
裸の皮膚に夜明け前の冷気がほどよく心地よい。
衣服をまといその上から保護用の革の胴衣をまきつけ冷たい金属の銀色の甲冑を着け始めた。
それは久々につけるライオネル聖印騎士団長時代のもの。
全てつけ終わると彼は部屋の隅に目をやった。
そこにはこの間ライオネル郊外から持ってきたあの大剣があった。
革袋に入れたそれを背中にくくりつけながら、彼はベッドの上に瞳を落とした。
レーゼの肩がふるえている……もらすまいとする嗚咽がベイオウーフの心をえぐる。
その姿を焼き付けてベイオウーフは部屋から出て行った。
レーゼのすすり泣きが聞こえてくる…
レーゼがその寝床から起き上がろうとすると、部屋の扉をノックする音がきこえた。
彼女は慌てて衣服を着込み扉を開けた。
そこにはラムザ達3人がすっかり身支度を調えにっこり笑いながら立っていた。
ライオネル城城門は神聖ユードラ帝国時代の本拠地として築かれた古い城を利用している。
古いとはいえその堅牢さはイヴァリース中に鳴り響いている。
その見張りの兵士の一人が朝まだき時間の中、遠くから一騎のチョコボが走ってくるのを発見する。
その上に一人の騎士らしき男の武装した姿が確認できた。
「おい、みんな油断するな!」
緩んでいた城門中の見張りの兵士の間に緊張が走る。
城門にたどり着いたチョコボの上の男は良く通る声で告げた。
「これなるは元聖印騎士団団長、カドモス家当主ベイオウーフ・カドモスなり。その過去の因縁から
司祭ブレモンダに対して決闘を申し込みたい。情けあらばこの城門を開門されたし!」
兵士の間に驚きが広がりざわめきが起こった。
そのいきさつはすっかりライオネル中の兵士達の間には知れた話でありベイオウーフ自身が
もう殺されているなどと噂し合っていたものだ。
その本人と思われる人物がいきなり現れた……しかもたった一騎で。
「あなたが…ベイオウーフ様本人とは…確認できませんが…」
勇気のある兵士が一人ベイオウーフに話しかけた。
彼はベイオウーフの顔を知っている…その容姿は疑いもなく彼であり甲冑の聖印は
まちがいなくライオネル聖印騎士団のものである。
「まあ……そう言われると、信じてくれと言うしかないな」
ベイオウーフは苦笑いしながら兵士に語りかける。
「まて、その方がカドモス団長本人であることはこの俺が証明する」
城門の上に新しく顔を出した男はあの元部下で現騎士団団長のエクターであった。
「……やはりこられたのですね…団長…しかもたった一騎とは…あまりにもあなたらしい」
ベイオウーフは笑いながらエクターに話す。
「おいおい、団長じゃないだろう、自分が団長なんだろうが…ちゃんと自覚しろよな、まったく…」
エクターは昔と変わらぬベイオウーフの砕けた物言いに、泣くほど懐かしさを感じながら顔を和ませる。
「ベイオウーフ様に門をお開けしろ」
「ええ!?…しかしあの方はもう“異端者”なんですよ?異端者は有無を言わさず殺せとの教会からの命令が」
(きたか…)
ベイオウーフは右手を背中に回し剣を取る準備にかかった。
エクターは慌てて城門中の兵士に呼びかける
「待たないか!司祭のこれまでの行動とベイオウーフ様の今までの功績とお前達はどちらを取ると言うんだ!
それでも誇りあるライオネル兵士の一員なのか!」
「…しかし…異端者に肩を持つと…」
異端…と言う言葉はそれほどの力を持つらしい…自覚していたこととはいえベイオウーフはつくづく
教会の権力の強さに思い知らされた。
弓使いの兵士達が一斉にベイオウーフに向かって狙いをつけ始めた。
「お願いです!このままお帰り下さい、ベイオウーフ様!」
「カドモス団長…あなたを殺したくはない」
「復讐などと考えないでこのままどこまでもお逃げ下さい!」
兵士達の悲痛な声が聞こえてもベイオウーフの決心にはほんの少しの揺らぎにもならなかった。
「…すまん…通るぞ…」
背中の大剣を抜き取りそのままチョコボで強行突破しようとしていたその時、聞き覚えのある銃声がした。
連発で弓使い達の手元をかすめたそれは、魔法のドンアクと同じ効果を持ち彼らの行動の自由を奪ってしまった。
「よっしゃ!俺って天才!!」
「…その最後の自画自賛さえなければ私も認めるのだが」
「間に合った〜チョコボがなかなか捕まらなくて」
振り向くとそこにはラムザ、アグリアス、ムスタディオの3人がチョコボから降りながらこっちに向かっていた。
ベイオウーフはあきれながら怒鳴った。
「馬鹿野郎!来るなとあれほど言っていたのに…ラムザ!言っただろう?俺はこれから教会相手に
戦うんだ。レッテル貼られた俺たちはともかくアグリアスとムスタディオまで異端扱いになったらどうする!」
ベイオウーフの怒りに対してラムザは何も堪えてないらしくのほほんと話す。
「えへへ…大丈夫大丈夫…それよりも相変わらずの見張りの数だね〜」
「なんだ、貴公そんなことを気にしていたのか水くさい。別に私は異端でも何でもかまわんぞ?逃げ続ける自身はあるし」
「あ 俺も俺も。ゴーグじゃ教会のこと気にしている連中はいないし」
あまりの3人の気楽さにベイオウーフは軽く目眩さえ覚えてきた。
「あのー……お仲間ですか?」
遠慮がちに聞くエクターにベイオウーフはきっぱりと断言した。
「こんなやつら知らん!金輪際絶対知らんやつらだ!」
「はあ……」
その時ムスタディオに行動不能にされた弓使いの後ろから、もう一団体の弓使い達が新たに現れた。
その中に聖職者らしき扮装の男がベイオウーフを指さし叫ぶ。
「異端者に情けは無用!早く奴を射ぬか!」
しかし彼ら弓使いもベイオウーフと認めて狙いをつけつつもとまどう…
「命令に背くとここの城門の兵士全て異端あつかいとするぞ!」
その理不尽さにさすがの脳天気男ムスタディオも大いに憤慨する。
「むちゃくちゃだよな。なんだってんだよ教会がさあ〜」
「うむ。しかしベイオウーフも人気があるのか誰も言うことを聞こうとしないではないか」
その時彼らの後ろから、緊張したこの場にはふさわしくない女の声がしてきた。
「あっら〜…だれかと思えばアグちゃんじゃないの。相変わらずお堅い物の言い方なのねえ…」
「そのいくら言っても直らぬ不愉快な名前の呼び方は…マルガリータ!」
振り向くとそこには傭兵らしき扮装をしたアグリアスと同じ年頃の娘と初老の男がいた。
「ダーラボン先生!」
ラムザとアグリアス…そしてベイオウーフまでもが一斉に名前を呼んだ。
「えっこのおっさんがあの有名な…?」
その初老の男は懐かしそうに3人を見ながらそれぞれの名前を呼んだ。
「おお、ベイオウーフか団長の職はどうだ?アグリアス、王家の近衛兵は大変だろう。ラムザか
……ちょっと待ちなさい。きみは確かまだガリランドで」
3人とも現在の立場とは違う過去の経歴を言われて沈黙せざるをえない。
「親父…いいからちょっと空気読みなさいよ。こちらのチョコボに乗ったハンサムさんは誰?
なんとなく見覚えがあるんだけど…」
ラムザはその時ある考えが閃いた。
「ダーラボン先生!お願いです、何でも良いからしゃべり続けてください!」
アグリアスもラムザの考えをとっさに察知した。
「それはいい!先生お願いします。もう一度先生の講義が聴きたいです!」
「えっ?しゃべるって…何をだね?」
突然全面的に前へ押し出されて、ダーラボンはとまどった。
「何でもいいでしょう。アカデミーでクソだるい話、してるんだからあれでいいんじゃな〜い?」
「口の悪い娘さんだな…」
ムスタディオは自分のことを棚に上げてダーラボンに同情した。
何が何だかわからずにダーラボンはとりあえず高低差の講義を長々と語り始める。
「エクター!耳を塞げ!」
ベイオウーフは慌てて自分の耳を塞ぎながら城壁の上にいるエクターに叫んだ。
「はあ?はっ…はい!」
5分後…
城門にいる兵士達はエクターをのぞいて全て熟睡してしまった。
「さすが…先生……本家本元」
ラムザは感心してつぶやく。
「なんだか知らないけどアグちゃん、きっちり見返りはいただくわよ〜?」
マルガリータは楽しそうにほくほく顔でアグリアスにせまる。
「わかっているって…今は持ち合わせはないが今度ルザリアに払いに行く…それといいかげんにアグリアスと」
「うふふ、毎度あり〜アグちゃん♪」
ベイオウーフはマルガリータとダーラボンに頭を下げた。
「ありがとうございました、先生。おかげで助かりました」
ダーラボンはまるで得心がいかないらしく、間の抜けた顔であたりを見回す。
「何が何だかわからないが…君の助けになったのならよかったよ」
「ねえ…ハンサムさん、事が終わったら私と一緒に…」
アグリアスはそれへ厳しく言い渡す。
「だめだ。彼には美しい恋人がいる。用は済んだからもういってもいいぞ。さよならマルガリータ」
早く追っ払いたいアグリアスはしっしっと言わんばかりマルガリータへ素っ気ない。
「もう、相変わらず愛想のない女ね。じゃあね〜」
ダーラボンとマルガリータ親子はようやくその場を立ち去った。
「なんだったんだ、あの親子」
「言ったとおり…最強だろ?ダーラボン先生。…娘さんの方は知らないけど…アグリアスの知り合い?」
アグリアスは溜息をついた。
「マルガリータはアカデミーの同期だ。ああ見えて成績は優秀で卒業の時にとある騎士団に誘われたが
堅苦しいのがいやなのと金儲けがしたいからと断って始めから傭兵になった豪傑だ…」
3人がそんな話をしているときに城門がゆるゆると開いてきた。
「どうぞ。ベイオウーフ様」
エクターが城門の入り口で迎える…その後ろにはずらりと聖印騎士団…かつての自分の部下達が勢揃いしていた。
「みんな…元気そうだな…」
全員その目に涙を浮かべてかつての団長だった勇猛なテンプルナイトを見続けている。
「奥へどうぞ…城内のはなれの教会にやつは…ブレモンダはいるはずです」
後ろからラムザ達もついてきて、それへベイオウーフはひそやかに語りかける。
「…ラムザ……ブレモンダは教会にここ最近こもったきり誰にも姿を見られていない。しかも…
用に出向いた人間達が全て…帰ってこないらしい…」
始めて聞く話に3人とも背筋にうそ寒い物を感じる。
「…それって…まさか……」
「ルカヴィ?」
しかしラムザはふたりと違って首を横に振った。
「そうじゃないと思う。聖石のほとんどは僕の手元だし後の分もだいたいが誰が持っているのか把握している」
「じゃ…なんなのだ?」アグリアスが問う。
ベイオウーフは頷いた。
「どうやらブレモンダがおかしくなり始めたのはレーゼの呪いがとけた時期と一致している」
ラムザは言った
「やっぱり……呪い返しだな。かけた術がとけると当然自分の元へ跳ね返ってくると言う…」
「じゃあ……そいつは化け物に…」ムスタディオは軽く震えながらつぶやいた。
話をしながら奥へと進むとその片隅に教会はあった。
ベイオウーフはその前にたつとその場にいる全員に宣言した。
「この中にいるのは多分人間ではない。それでも俺が一人で始末したいんだ。…頼む」
エクターと聖印騎士団の全員がそれへ激しく抗議した。
「ベイオウーフ様!私たちにとっても彼は憎い敵なんです!それはあんまりです」
「お願いです!我らも何年もこの男に憤懣を持ち続けてきたんです」
「団長!もうこれ以上お一人で全ての荷を背負おうとはしないでください」
ベイオウーフは全員を見渡して穏やかにさとした。
「エクター……お前が団長なんだって言っただろう…まあ、もういいか。お前達の気持ちはわかる。
わかりすぎるぐらいにな。でも家族がいるだろう?幸い俺には身内がいない。レーゼの家族も
全て死んだ…いわば天地のどこにも係累のいない者ふたりの復讐になるんだ…これは」
その言葉は聖印騎士団時代の団長としてのベイオウーフの言葉の調子そのものだった。
団員達は何も言えず全員が兜の中で落涙していた。
そこへラムザが力強く言う。
「いってらっしゃい、ベイオウーフ。でも、あなたが危ないと思ったら僕たち全員で全力で助けに行くからね?
この戦いの第1の目的は勝ってレーゼの元に戻ることなんだから」
それへベイオウーフは声を出して笑いながら言った。
「生意気な。本当にバルバネス殿そっくりな言い方をしやがって」
彼は教会の扉を開けた。
開けたとたん言いようもない障気が流れて全員の息を詰まらせる。
「うっへ……なんだこの空気は…やっぱり…」
「…化け物にふさわしい効果だな…」
ベイオウーフはカドモス家伝来の大剣を構えながら教会の奥へ奥へと進んでいく。
ステンドグラスから差し込む光が様々な色を見せてこの場にそぐわないほど美しい。
その光に照らされた祭壇の前に一人の中年の男がいた。
「……性懲りもなく来たのか……どこまで私にたてつくのだ?……お前の婚約者同様…あきらめると言うことを知らぬ」
司祭の姿は一見普通の人間に見えるが、その体から発する障気はベイオウーフをして胸をむかつかせる。
「……レーゼを苦しませた仇だ。……それと長年お前に食い物にされてきた娘達のな」
司祭の姿が揺らぎ始める。
その体の回りに黒い気流の流れのようなものが走り司祭の体を包んだ。
一瞬の光の炸裂の後そこに立っていたのは人間ではなく何か巨大な赤黒い肉塊であった。
場にいた全員は怖気を震う。
「な…なんだあれは?……なんだか人間の体みたいなのがいっぱい埋まっているぞ?」
ムスタディオがおぞましげにそう言うと、アグリアスは痛ましそうに目を閉じた。
「…文字通り……食い物にされた娘達だろう……なんということだ」
ブレモンダはその気質にふさわしく飽食と肉欲の化け物と化していた。
その際に犠牲になった娘達の体までもその本体に取り込んだのである。
ベイオウーフはその化け物の前に走り込んでいき上段の構えから勢いよく袈裟斬りをたたき込んだ。
切り裂いた傷口の中から紫色の体液が出る。
そのしぶきがベイオウーフの鎧の肩にかかるとその部分が煙を上げて溶けた。
思わず自分の持つ剣を確認するが、紫色の液体をしたたらせていても何も変化はなかった。
(ありがたい…)
その大剣を握り直すと今度はどこかに急所らしきものはないかと探す。
その醜悪な肉塊…かつてのブレモンダに小刻みに剣で切って確認してみる。
その中に埋まっている犠牲になった娘達の遺体に、信仰はなくしたとはいえ祈らずにはいられない。
(良き処へ行き給え…哀れな娘達よ)
「ベイオウーフ……何してんだ?あんなんじゃダメージにすらならないだろうが」
ムスタディオは彼の理解不能な行動に首をかしげる。
「ああやって急所を探っているんだ…しかし…あの固まりの反応がよくわからんな。
声を出す器官があればともかく」
アグリアスは少し焦ったように言った。
ラムザが団員達の方を振り返ると、全員今にも切り込んでいきそうな体勢でかつての長を見守っている。
(父上……ベイオウーフをどうかお守り下さい)
彼は心の中でそう祈ると自身もいつでも飛び込める体勢を整える。
ベイオウーフは化け物の反応に手応えが無いのを確認するとある決意をする。
(早くケリをつけなければ…まずいな…)
その肉塊から発揮される障気は近くを回るベイオウーフの体を徐々に蝕んでいた。
彼は大剣を強く握り直すともう一度袈裟斬りそして返す手で逆袈裟斬りをたたき込んだ。
そのまま剣を化け物の体の中心に突きたてる。
化け物からほとばしった体液がベイオウーフの体にかかる…
「ぐうっ…!!」
激しい痛みと苦しさで崩れそうになったベイオウーフを、化け物はここぞとばかりにはじき飛ばした。
彼は教会のステンドグラスの窓の下に激しく叩きつけられた。
「ベイオウーフ!!」
「団長!!」
一斉に叫ぶ聖印騎士団団員達のうちの小柄な団員の一人が物も言わず飛び出そうとする。
しかし彼はゆっくり起き上がると大声で言いはなった。
「くるな!!……まだだ……ブレモンダよ…」
その彼の言葉に反応したのか、かつての司祭だった肉塊は激しく反応しベイオウーフに向かって突進していく。
その寸前でベイオウーフは剣を目にもとまらぬ早さで旋回させた。
瞬間化け物の体の半分が吹っ飛ぶ…
「やった!魔法剣ショックか!!」
叫んだのは珍しくいつもは冷静なアグリアスである。
しかしベイオウーフは窓の下の壁に寄りかかり肩で激しく息をしている。
「化け物が吹っ飛ばされた反応を見ると…ベイオウーフの方もかなり危ないな…」
ラムザはそう言って団員達に目配せした。
彼らは黙って頷く。
起死回生の魔法剣ショックは自分のダメージを相手に喰らわすもの…ダメージが強ければ強いほど
敵に劇的な効果をもたらす。
「焦るなよ……俺は……まだ…いける…くるなよ…お前ら…」
ベイオウーフは崩れそうな体を剣で支えながら立つ。
その反応に化け物ブレモンダは怒り狂ったように震え、その半ば吹っ飛ばされた肉塊の体を
彼に向かって再び突進させてきた。
もう一度ベイオウーフは剣を旋回させ、その大剣は光をはじき美しい軌跡を描いた。
化け物の体は今度こそ跡形もなく吹き飛び、粉々に分解した。
分解したそれは煙を出して溶けていき、やがて消えて無くなった…
「やったーーーーー!!!」
全員が子供のように嬉しげに叫んだ。
その瞬間ベイオウーフの体はその場に崩れる…
「ベイオウーフ!!」
「カドモス団長!!」
駆け寄り彼の方を見るとその顔色は蒼白だった…しかし彼はゆるゆると言葉を発した。
「焦るなって……計算通りさ……ちょっと久しぶりに使ったもんで暴走したけどな…」
彼は全員の顔を見て笑った。
「……本当に…もう……あなたらしいですよ、団長。人の気も知らないで」
エクターは瞳を潤ませながらそれでも一緒に笑った。
そこへ聖衣を着た聖職者らしい男が入ってきた。
「この有り様は?……司祭は…どこへ…」
それへエクターは強い調子で語った。
「あなた方が放置していたあの生臭坊主は、ここに居られるベイオウーフ・カドモス団長に天誅を下されましたよ。
化け物になるまで放任されていた怠慢はグレバドス教会に報告する用意があります」
怒りを隠そうともしないエクターの脅しの迫力に聖職者はたじろいだ。
「なっ……」
絶句する彼に追い打ちをかけるように今度はラムザが言う。
「司祭身分で勝手に誰も彼もが“異端者”にされていたのなら…これは本当に教会の怠慢だねえ…異端審問官でないと
だめなはずなんでしょ?一応僕が証人となって一緒に報告に行きましょうか?」
「私も証人だぞ。王家直属の近衛だがとりあえず騎士団を通してオヴェリア陛下に上申してもいいな」
アグリアスまでそう言うのでムスタディオも何か言おうと試みたが
「えーと…ゴーグの……俺何にもないや…」
そこで彼はしょんぼりとあきらめた。
「おい…お前ら…」
ケアルで体力を回復したベイオウーフは予定とは違う彼らの行動に目を丸くしている。
しかしその聖職者はどうやらベイオウーフ達が嫌うものとは違っていた。
「……確かに……エクター様、ご報告された方がよろしいかと……ベイオウーフ・カドモス様ですね?
お久しぶりでございます。追放されたときはわたくしに力が無く傍観しているしかなかったことを
お許し下さい。今ならあなたの名誉回復もできる身分を得ました。今さらな処置ですがお受けいただけますか?」
ベイオウーフは驚き…溜息をついた。
「いや、もう私のことは捨てお置き下さい。それよりこの後の処置は任せてよろしいですか?
できれば聖印騎士団のことも…」
聖職者…彼こそグレバドス教会から委託され一時的にライオネルを取り仕切る異端審問官なのだが
微笑みながらしっかりと頷いた。
「わかっておりますよ。あなたとレーゼ様のこともお任せ下さい」
その様子を見ていたムスタディオは感心していった。
「へー…坊さんにも話のわかるのがいるんだな」
ラムザはつぶやいた
「聖石と同じさ…地位も道具も使う人次第……地位の使いどころを間違えた司祭は枢機卿のように滅びるしかなかった…」
チョコボに騎乗したベイオウーフはすっかり元気を取り戻している。
「それじゃあ…みんな達者でな。エクター…頼むぞ」
エクターは情けない顔をしてベイオウーフに詰め寄る。
「本当に……もう戻っていただけないのですか?もはやあなたが団長に戻るのには何の障害もないというのに…」
穏やかな顔をエクターに向けてベイオウーフは静かに話す。
「俺にはもっと大きな仕事が出来たんだよ……それを今さら放り出すわけにはいかないんだ」
ベイオウーフの決心が固いことを感じたエクターはそれ以上引き留めるのをやめた。
「さあ、そろそろ出るぞ。…レーゼに早く報告してやりたい」
それに対してその場にいる全員がにやにやと笑い出す。
「あんたこそ焦るなって」
「貴公……本当に気づかぬのか?」
「団長…うかつですな」
「成功だね。もういいよ〜」
聖印騎士団の中の小柄な一人…ベイオウーフとブレモンダの戦いの際に飛び出そうとしていた団員…
…彼…いや彼女がその兜を取ると美しい金髪が現れた。
「……レーゼ…!」
団員達全員に手伝ってもらい甲冑を全て外すといつもと変わらぬ恋人の姿がそこにあった。
「ベイオウーフ…おめでとう…」
レーゼの瞳から涙が落ちる。
「やられた…か!」
ベイオウーフは声を立てて笑いラムザに向かって言った
「すまんが2-3日パーティを離れるぞ、ラムザ」
「2-3日と言わず1週間でも10日でもお好きなだけどうぞ。ごゆっくり〜♪」
「生意気な!」
そう言い放つとチョコボを走らせそのまま手をさしのべるレーゼの体をすくい取り
彼らはチョコボの上でしっかりと抱き合った。
「じゃあな」
そのまま北へ向かって進路を取るとしだいにふたりの姿は赤く燃える夕空の中に鮮やかに映え消えていった。
ライオネルの正史は今の世に伝わってはいない。
しかし彼の地方に伝わる民間伝承のなかにベイオウーフの名が出てくる。
ベオルブ家の末息子とともに“ゾディアック・ブレイブ”のひとりとして…
Fin