今でも不思議だ。何がって? 私が、鉢屋先輩の彼女だという事がだ。

鉢屋先輩は、お世辞抜きに物凄くモテる。告白してきた人の中に学年でマドンナ的存在として有名な子もいた。
けれども、最終的に鉢屋先輩が選んだのは、私だった。それが不満というわけではない。嬉しい。けど、やっぱり不思議だ。

なぜならば、私は先輩が求めるような女では決してないからだ。時には、うんざりするような我儘だって言う。泣きたい時には思いっきり泣く。言いたいことは、はっきり言う。
鉢屋先輩は、どちらかと言えば、自分に従順で、けれども、ちゃんと気持ちを割り切れるような、そんな完璧な女性が好みなのだと思っていた。

「じゃあ、何? は、自分が思い描くその完璧な女に今すぐにでもなるって言うのか?」
「なりません」

聞き返してきた鉢屋先輩の言葉に、私は、きっぱりと否定の言葉を返した。
この返答をしている時点で、既に完璧なんて言葉はどこかに消えた。
それに、自分を偽って振舞うなんて疲れる。なんで、わざわざ先輩にそんな振りをしなくちゃいけないのだ。

「そもそも最初から私の性格を知ってる先輩に、猫被っても意味ないじゃないですか」

私がそう告げると、先輩は楽しげに笑いを漏らした。肩が揺れる。

「そうだな。うん、は、そのままがいい。そのままでいてくれないと困る」
「言われなくても、この先もずーっとこのままですよ」

さらっと嬉しい事を言ってくれるから、困る。だから、鉢屋先輩はモテるわけなのだが。
そして、そんな鉢屋先輩が私の彼氏。なんだか妙に照れくさい。

「鉢屋先輩」

私は彼の両腕に手を添えて彼の名前を呼んだ。
ん? と問う声が背後から聞こえる。

「いつまでこの体勢でいるつもりですか?」

30分ほど前から先輩は私を後ろから抱きしめたままでいるのだ。肩口に顎を乗せて、まるで親子パンダみたいだ。
最初は、また意味不明な行動が始まったので相手にしないで本でも読もうと、傍にあった本を引き寄せて読み始めたのだが、会話を聞いていないことに気付かれて先輩に颯爽と奪われた。ぺいっと手の届かない遠くに放り投げたので、本は大切にしてください! と文句を言ったけど、全く反省しない軽い口調で謝られたのだ。

こうなると手が付けられない。こっちが相手をしてやるまで延々と不機嫌を続けるのだ。仕方ないので、ずっとこの状態のままで鉢屋先輩の会話に付き合っていた。
夏は過ぎているから暑苦しいわけではないけど、重い。何より緊張する。心臓がずっと煩いのが証拠だ。だから、本を読んで紛らわせようとしていたのに。

「もうちょっとだけ」
「そう言って、既に30分過ぎてますけどー?」
「じゃあ、あと30分」
「多過ぎですから! それに、おなかが空きました。私は、ご飯が食べたいです」
「私は、が食べたいです」
「先輩のお昼は、茹でてない乾燥パスタがいいんですね。あ、ソースもなくていいんですか。分かりました。それなら、私がいなくとも自分で用意して直ぐに食べられますね?」
「…………」

勝った!

いつの間にか話の方向がずれてることに気づいて、何やってるんだ私は、と自分で自分に呆れたため息を吐いた。

「さっきの話しだけどさ」
「はい?」

さっきって、どれのことだろうか。話題が彼方此方に飛んだので先輩の言う「さっき」がどれか分からない。仕方ないので大人しく続きを待った。

のいう我儘は、全く我儘なんかじゃないし。むしろ、甘えて欲しいし。泣かれると困るけど泣くのが鬱陶しいとか思ったことも一度もないし、はっきり言われるのは、まあ、時々傷付くけど、黙ったままいられるよりはいい。つまり、私は、の全てが好きという事だ」
「…………」

負けた。

だから、どうして、先輩は私が嬉しくなるようなことをさらっと照れもせず言えてしまうのだろう。こっちは物凄く恥ずかしい。ほら、顔も赤くなってきた。

、照れてる?」
「照れてません! もー、お腹空いたんで早くご飯作りますよ!」

なんとか先輩の腕から逃れて、台所に足を向けた。
背後で先輩の楽しそうな笑い声が聞こえる。直ぐに、からかわれたのだと気づくけど、本当に楽しそうに笑うから怒るに怒れない。

「先輩」
「ん? 何?」

「私も大好きですからね!」

そう叫ぶと、嬉しそうにはにかんだ。


惚れたもの勝ち



鉢屋は、心底惚れた相手のことをベタベタに甘やかし、自分も相手にベタベタに甘えまくる人だといいなぁという妄想話。
しかし、甘いのってこんな感じでいいんでしょうか?
081003