そんな君が好きだから
尾浜編//大学生バージョン
「ねぇ、ちゃん」
「はい、なんですか?」
学内でばったり出会った尾浜先輩が、気前よくお茶をご馳走してくれた。自販機で十分に冷やされた飲み物は、心地よく喉を通っていった。
「来週でテスト終わるよね?」
「良くご存知で」
「兵助に聞いたー」
そういえば、テスト前に竹谷先輩にスケジュールを聞かれたのを思い出した。いつの間にか他の先輩たちに出回ってしまっているらしい。別にプライバシー云々というつもりはないが、なぜ私のスケジュールを言いふらすのだと突っ込みたくなった。
「それでね、折角だから遊びに行かない?」
「みなさんで、ですか?」
「ううん、おれと二人!」
えへへと笑みを浮かべて告げる尾浜先輩に、私は首を傾げた。
尾浜勘右衛門先輩。昨年の入学式で久々知先輩から紹介された人だ。不破先輩とはまた違った人の良さそうな笑顔が印象的だった。
そんな尾浜先輩と私の昨年の関係を簡潔に言うと、顔見知り以上友人未満という微妙な距離感が合った。というのも、学内にいるのに滅多に出会わなかったのだ。メールでやり取りはしていたけれども、顔を合わせて会話をしたのは数えるほどしかない。月に一回会えればいい方だと言えるくらい不思議と出会わなかった。
だからなのか、今年は、私のカリキュラムを参考に自分のカリキュラムを組んだのだそうだ。お陰で、かなりの頻度で会えるようになったのは良い事だろう。
そして、昨年の交流の少なさを補うように尾浜先輩は積極的に私と交流するようになったのだ。
「あ、大丈夫。俺が車出すから!」
「え、いえ、そういう問題じゃないんですが」
私の疑問を別方向に受け取ったらしい先輩の発言に私は慌てて反応を返した。
流石に二人きりというのは、問題じゃないだろうか。尾浜先輩は、人が良くて後輩にモテているらしい。この間、作兵衛君が教えてくれた。モテる人の傍にいると何かとトラブルに巻き込まれやすい。特にプライベートで仲良くしているとそれが顕著だ。
(去年みたいに、因縁つけられるのは嫌だしなぁ)
けれども、にこにこと嬉しそうにこちらを見ている尾浜先輩に向かってそんなことが言えるかといえば、無理な話だ。
「えーと、友人も連れて来て良いですか?」
脳裏に女友達の顔が浮かんだので複数で行動すれば問題ないだろうと思い、そう告げた。
「うん、ダメ」
「え」
ニコニコと笑みを浮かべているので、聞き間違いだったのかと疑ってしまった。
「俺、ちゃんと二人で行きたいもん」
「あー……そんなに行きたいところがあるんですか?」
頑なに譲らないということは、よほど私と行きたい場所があるのだろう。それは一体どこなのか気になって尋ねてみた。すると、尾浜先輩は笑みを浮かべたままその場所を告げた。
「お化け屋敷」
「…………え?」
先輩の告げた行き先を耳にして私の思考が一瞬固まる。
「だから、お化け屋敷、いこ!」
聞き間違いではなかった。やはり、行き先はお化け屋敷で間違いないようだ。
「嫌です」
私は即答した。とんでもない。今夏、私が行きたくない場所ナンバーワンに輝くところに誰が好んでいくものか。
「えー、行こうよ! 絶対楽しいから!」
「それ、尾浜先輩“だけ”が楽しいんじゃないですか!」
こればかりは私も譲れない。最近のお化け屋敷は凝ってて、演出が凄いらしい。テレビでやっていた夏のリゾート特集を見て、絶対に行くものかと誓ったくらいだ。その決意は簡単に覆せるものではない。
「ちゃんは、怖いの平気だって雷蔵が言ってたから誘ったのにぃ」
口を尖らせながら不満そうに呟く尾浜先輩を尻目に、ため息を吐いた。私がお化け屋敷が苦手だということを知っているのは、久々知先輩と竹谷先輩だけなので、不破先輩がそう告げるのも無理はない。
(厄介なことになったなぁ……どうしよう。素直に嫌いだって言ったほうがいいのかな)
この調子では、無理やりにでも連れて行かれそうだ。それだけはなんとしても阻止せねばならない。けれども、誰の耳に入るか分からない情報を易々と話せるわけがない。尾浜先輩を口止めするのは、どうすれば可能だろうか。
「……あ、海!」
「ん?」
「海にいきたいです! お化け屋敷はやめて海に行きませんか!?」
強引な話の逸らし方だっただろうか。でも、こうやって先に自分が行きたい場所を宣言しておいた方が回避率も上がりやすいって誰かが行ってた。だから、早速実行に移させてもらった。
「海かぁ……」
少しだけ引き攣った笑みを浮かべながら、尾浜先輩の反応を覗う。
「うん、それもいいなぁ。じゃあ、海にしよっか!」
笑みを浮かべて告げた言葉に、ホッと安堵の息を吐いた。