今日は、三郎の家に皆で集まった。

持ってきたお菓子を食べながら談笑していた時に、三郎が思い出したように昨日借りてきたDVD見てなかったと言い出したので、折角だからとみんなで見ることにした。
内容は、とある館に招待された男女数名が奇怪な現象に巻き込まれていくというホラーでは良くある内容だった。

鑑賞が終った頃にはちょうど夕飯の頃合になっていたので、三郎手製の晩飯をご馳走になった。俺らは、全員このまま泊まる事になっていたからいいが、彼女はそうもいかないので誰が駅まで送っていくかで揉めてジャンケンで決着を付けることになった。結果、俺が送る事に決まり、いそいそとリビングの扉を開けたところで、いきなり明かりが消えた。

窓から見える外の景色も全て真っ暗に染まっていたので停電が起きたのだろう。そう言えば、遠くで雷が鳴っていた。もしかしたら、発電所の近くに落ちたのかもしれない。

直ぐに復帰するだろうとぼんやりと思っていたら誰かが服の裾を掴んだのが分かった。

「誰だ?」
「え? 何?」
「兵助、俺の服、掴んでないか?」

暗闇なので何にも見えない。
けど、確かに引っ張られる感触がまだある。

「俺は掴んでないけど? 八左ヱ門がどこにいるか見えないのに出来るわけないだろ?」
「そうだけど……」
「いたっ!」
「雷蔵どうかしたのか?」

いきなりゴンという音と共に雷蔵の声が聞こえた。

「あ、ごめん。足を机にぶつけただけ」

ということは、雷蔵でもないのか。
じゃあ、三郎か? 悪戯でそういうことをしてるのかもしれない。

「三郎。服伸びるから引っ張るの止めろよな」
「へ? 私は何もしてないぞ? 兵助の隣から全く動いてないし」

「そうだよな、兵助?」という声に、ああと返答の声が聞こえたので兵助もそこにいるのだろう。

「……じゃあ、誰だ?」
「ご、ごめんなさい……」

か細い声が室内に響いた。女の子独特の声は一人しかいない。

?」
「は、はい! す、直ぐ離しますので!」

慌てた声で返事をしたその声は、確かにだった。パッと手を離されたのが分かった。
ということは、直ぐ傍に彼女はいるのか。そう言えば、停電する前に俺の後ろに彼女がついて来ていたような気もする。手探りで手を動かしたら何かに当たった。

「ひゃあっ!?」
「うおっ!?」

彼女の声に驚いて手を引っ込めた。
えと、俺は何に触ったんだ。見えないから余計に不安だ。

「八左ヱ門! お前、何してるんだよ!」

三郎の怒鳴り声が聞こえるけれども、こっちだって、あんな可愛らしい悲鳴が聞こえてくるなんて想定外だ。

「んなこと言われても見えねーんだから仕方ねぇだろ!」
「ご、ごめんなさい! いきなり手が触れたので吃驚して……」

申し訳なさそうな彼女の声が聞こえる。やっぱり、さっきの場所にいるみたいだ。

「大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です。先輩たちも大丈夫ですか?」

「俺は平気」
「私も」
「僕は足が痛いけど、なんとか」
「俺も平気。だけど、早く復旧してくれねぇかな」

一応、全員の無事は確認できたけど動く事もできない。
これじゃあ、を帰すことも出来ない。本当は、もう少しだけ一緒にいられる事になったのは、嬉しかったりする。ちょっとだけだ。ちょっとだけ。けど、このまま電力が戻らなかったら、どうすればいいんだろう。外に出ても真っ暗だろうし、電車も動いているかどうか分からない。ひょっとして、このまま雑魚寝か? も?

やっべぇ、俺、何を喜んでいるんだ。あいつらだっているんだから何か起こるわけねぇじゃん。
プルプルと首を横に振って邪念を払った。

「えっと、竹谷先輩」
「うわ、何っ!?」

思考を読まれたのかと吃驚した声で反応してしまった。

向こうから、「八左ヱ門うるさい! 小声で話せ!」って怒鳴られた。そっちだって大声じゃねぇかよ。

「なに?」

仕方ないので小声で声をかけた。それほど離れていないようだから彼女にも声は届くだろう。

「……えっと、傍に行っても、いいですか?」

さっきの俺の小声よりも小さな声。聞こえるか聞こえないかのそれは、きちんと俺の耳に届いた。やばい。幻聴が聞こえた。なんだ、その可愛らしい要求は! 空耳か!? 俺の願望か!?

「先輩? だめですか?」
「あ、あぁ、ええと、じゃあ、手を出してくれ。掴むから」

嘘じゃなかった。落ち着け、俺。と何度も言い聞かせて、俺は片手を突き出した。
直ぐに誰かの指が当たる。だろう。その手を掴んで引き寄せた。

引っ張られると予測していなかったのと、引っ張った力が思ったよりも強かったせいで勢いよく彼女は俺の胸に飛び込んできた。一緒に後ろに倒れないように俺は慌てて足に力を入れた。

「わりぃ」
「い、いいえ」

直ぐ傍で彼女の声が聞こえる。それだけで、心拍数が上がっていくのが分かった。俺の心音聞こえてるんじゃないだろうか。抱きしめるつもりじゃなかったんだ、不可抗力なんだ。だから、すぐに離れた方がいいよな。でも、腕が言う事をきかない。女ってなんでこんなにも柔らかい生き物なんだろうか。

「先輩?」
「っ、な、なんでもない」

叫びそうになったが、またあいつらに怒られるのは敵わない。なんとか声を抑えた。
けど、緊張する。だって、俺の腕の中に彼女がいるんだぞ。俺の腕の中に、だ。

「……竹谷先輩」
「な、なに?」

もしかして、離してくれとか言われるかもしれない。そうだよな。いつまでもこのままじゃおかしいもんな。

「ちょっとだけ、このままで、いいですか?」

さっきから俺の都合のいい台詞ばっかり聞こえる気がするんだけど、気のせいだろうか。
目の前にいるのは、ちゃんとだよな。さっき見たホラー映画を思い出してしまった。確か、あの話も停電して男が女に乞われて抱きしめたら、実は、それは亡霊で生気を吸われて死んだという展開だったのだ。まさか、な? 確かめた方がいいか?

「……だよな?」
「え?」
「ここにいるのは、だよな」
「え、はい。ええと……生物委員が飼ってる生物の名前を言いましょうか? ジュンコにジュンイチ、きみこにきみ太郎……特に先輩が一番可愛がってたのは、迷子猫のクロスケでしたよね?」
「うん、だ」

ホッと安堵の息を吐いた。幽霊がそんな細かいところまで言える筈もない。そもそも幽霊にこんな温かい感触があるはずないんだ。

「あの、先輩……」
「あ、あぁ、いいよ、このままで」

言われたとおり了承の返事をすると、俺の服を握り締める力が少し強くなった。そこでやっと彼女の異変に気が付けた。
手が震えているのだ。そう言えば、さっきから声もどこか弱々しかったような気がする。

もしかして――


って、暗いの駄目なのか?」

耳元と思われる場所に小さく問いかけた。その言葉にピクリと彼女の指が震えた。答えはそれで十分だった。
道理で停電した途端に俺の服を掴んで来たり傍に居ていいか聞いてきたり、このままでいて欲しいと言ってきたわけだ。単純に怖かったのか。

(なんだ、俺相手だからじゃねぇのか)

理由が分かると途端に気落ちした。それだけ、心が喜んでいた証拠だ。
けど、彼女に非はないのだから怒っても仕方ない。

それに、今は俺を頼ってきてくれているのだ。それで十分。

「平気か?」

出来るだけ穏やかな声を意識して話しかけた。
小さく彼女が頷くのが動きで分かった。

「竹谷先輩が、いてくれるから」
「っ」

だぁぁぁぁ! だから、そういう可愛いこと言うな!
嬉しい。めちゃくちゃ嬉しい。けど、俺の理性を壊す気か。ただでさえ腕の中の感触に耐えるのに精一杯だというのに、やばくなるじゃないか。でも、他の奴もいるんだから我慢だ俺!

でも、抱きしめる力が強くなる。彼女の肩口に顔を埋めると、いい香りがした。
シャンプーの匂いだろうか。暗闇だから視覚以外の五感が敏感になってしまうようだ。

「先輩、くすぐったいです」
「あ、わりぃ」

慌てて顔を上げて謝罪した。
顔が見えねぇで良かった。俺、いますっごい変態臭い顔してるかも。

「先輩って、大きいですよね」
「へ?」
「背とか、この手とか……なんだか、とても安心出来ます」
「そ、そうか?」

なぁ、俺、そろそろ限界かもしれない。なんで、こういう時にそういう嬉しい事をズバッと言えてしまうんだこの娘は。俺の理性を崩す気なのだろうか。それなら、直ぐにでも決壊できるぞ。いや、しねぇけどさ。何だよ、この我慢大会は。

でも、腕を離す事は出来ない。だって、こんなチャンス滅多にないし。それに離すのは嫌だって体中が叫んでる。

嗚呼もう。俺は、どれだけ目の前のこいつが好きなんだよ。

「あのさ」
「はい」
「停電が直るまで――こうしてていいか?」

今だけでいい。出来るだけ、を感じていたい。


小さく頷かれた事が嬉しくて、自然と頬が緩んだ。



神鳴りに感謝した日





実は、ホラーを見た直後に真っ暗になったので、怖くなって誰かに傍にいて欲しかったという単純な理由です。
罪作りな主人公めっ!
竹谷がリードしている〜というリクでしたのに、ただ、運が良かったというだけのような……ごめんなさい。
081010



(その後)



「あ、電気つきましたね」
「おお、そうだな」

「はー、やっとついたね」
「雷蔵、足冷やした方が良くない?」
「じゃあ、氷でも持って…………」
「? 三郎どうし、」
「二人とも固まって、どうした? ……って、」

「「「はちざえもんっ!!!」」」

「のわっ! な、なんだよ!?」
「なんなのそれ、どういうことなの、それ!?」
「え? うわっ! わりぃ、離すの忘れてた!」
「あ、いえ、私こそ、うっかり忘れてました」
! 何にもされなかった!?」
「え、あ、はい」
「変態! 助平! 女の敵!」
「三郎に言われたくねぇよ!」