「うわぁ、何これ」

目の前に広がる光景に、雷蔵が顔を顰めた。

「おお、雷蔵助かった!」

そして、その光景の中にいた一人、八左ヱ門が、その場に立っている雷蔵に気付いて、顔を明るくさせた。
このまま何事も無く自室の玄関へ向かいたい気持ちだった雷蔵はしかし、放って置ける状況でもなかったので、仕方なく、彼らの元へ歩みを進めた。

「……お酒臭いよ」

階段の壁にもたれて眠りこけている兵助からは、アルコールの臭いがする。
肩を貸していた八左ヱ門が、その言葉に微苦笑を浮かべた。

「わりぃんだけど、運ぶの手伝ってくれ」
「何? 二人で飲みに行ったの?」
「いや、俺も今日はバイトだったんだ。んで、帰ってきたら、階段で兵助が寝転んでたってわけ」

よいしょと言いながら、兵助を助け起す。

「じゃぁ、僕は部屋のドア開けてくる。兵助、鍵は?」
「んー……」

兵助に問いかけるが、返答は無い。相当飲んだのだろう。いつも介抱役に回ることが多い兵助にしては珍しいこともあるものだ。

「おーい、兵助。雷蔵が鍵出せってさ!」
「……やぁだ」
「おいおい」

こりゃ相当酔ってるなと八左ヱ門が呟いた。

「兵助、部屋に入れないと風邪引くぞー」
「いいんだ、どうせ、俺なんか、かぜ、ひけば、いいん、だぁ……ぐすっ」

今度は泣き出した。そう言えば、兵助ってお酒が入ると泣き虫になるんだったっけ?

「豆腐でも食い逃したのか?」
「いや、ハチ、流石にそれくらいで泣いたりは……しないと思うよ」
「なんだその妙な間は」

ハチの言葉に、僕は、えへへとごまかし笑いを浮かべた。
以前も何か、豆腐の試食会が当たって喜んでいたのに、当日、台風で駄目になったときなんか相当、いじけてたことがあるので、否定しにくかったのだ。
兎も角、何かあって自棄酒でもしたのだろうか。

「……た」
「ん?」
「きらわれた」
「「―――はい?」」

その言葉にボクら二人は、一瞬固まった。
兵助の言葉の意味を理解するのに時間がかかったのだ。

嫌われたということは、兵助は誰かに何かをしたのだろう。兵助が泣くくらいなのだから、相手は誰だと考えなくても直ぐに分かった。

か?」

そう尋ねると、ボタボタと涙を零して泣き始めた。
スイッチとやらを押してしまったらしい。

「……おれ、きらわれたぁ〜」

うぇぇと泣き出す兵助に、僕とハチは互いに顔を合わせて何とも言えない表情を浮かべた。
けれども、兵助が自棄酒して泣くほどのことってなんだろうか。

「とりあえず、俺の部屋に泊めとくわ。雷蔵、悪いんだけど、俺の部屋の鍵開けてくんねぇ?」
「え? あ、うん。分かった」

雷蔵は、八左ヱ門から鍵を受け取ると、彼の部屋の扉まで行き、鍵を開けた。ついでに、二人が入りやすいように扉を開けて戸を押さえておいた。

「わりぃな」
「ううん」

二人が中に入ったのを確認して、雷蔵も中に入り扉を閉めた。
八左ヱ門がベッドに兵助を降ろし、首を軽く回した。兵助も細いとは行っても男だ。しかも、泥酔状態だから重かったのだろう。



「兵助の奴、一体、何をしたんだろうな?」

せっかくだから、ちょっとだけ話そうぜと告げた八左ヱ門の言葉に甘えて、僕は靴を脱いでお邪魔することにした。
兵助に視線を向けると寝息が聞こえてきたので、朝まで目を覚ますこともないだろう。

「何って……」

分からない。僕は苦笑いを浮かべた。その表情を受けて、ハチも苦笑いを浮かべた。

に嫌われるようなことを、兵助がするとも思えないんだけどなぁ」

その言葉には僕も同意して頷いた。兵助は、結構真面目だ。彼女の嫌がるようなことを無理やりするような性格でもない。でも、泣くほどだから、余程嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。それって一体何?

結局、答えは最初に戻る。

「……まさかとは思うんだけど、兵助の奴さ、 に、手、出した、とか?」
「っ!」

まさかと思いたい。けど、否定できる要素もなかった。
なぜならば、僕も前科があるからだ。

あれだけ近くに彼女の顔が合って、しかも柔らかい体が僕の上に乗っていたら、僕だって、理性が飛ぶ。
男の本能という奴は、時に牙を向いて現れるものだと学習した。

だから、もしかして、兵助も彼女に手を出して――拒絶されたんじゃないだろうか。

不意に、あの時の彼女の脅えた顔を思い出して、胸が痛んだ。
ああいう顔こそ一番僕が見たくない顔だった。それなのに、それをもらたらしたのが僕だ。情けない自分に殴りたくなる。

もしもそうならば、兵助が泣くのも理解できなくもない。
八の言葉に答えられなくて僕は自然と視線を落とした。

「いや、まだ決まったわけじゃねぇし、兵助起きたら聞いてみるか」
「……うん、そうだね」

その言葉に僕は静かに言葉を発した







お題:中途半端な言葉 様
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