| □ Genre menu bar □ はじめに ゲゲゲの鬼太郎 DRAGON BALL 3.3.7.ビョーシ 犬夜叉 GAME | ■ ゲゲゲの鬼太郎 ■ |
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01 白猫の夢
] その日。僕は白い猫の夢を見た。 毛並みの美しい白猫は首輪代わりの真っ赤なリボンをつけていた。 これでは散歩のとき、何かに引っ掛けてしまうのではないだろうか。 心配になって手を伸ばすと…… その手は少年の手ではなく、大きく角ばった青年の手であることに気付く。 (え…?) しゃがみこんだひざも、いつもの学童服の半ズボンから出た幼いひざ小僧ではない。 鏡がないから顔までは確認はできないけれど…。まるで、人間の社会人のような服装をした大人の僕だった。 「…ナァゴ?」 驚いたままの僕とは正反対に、白猫は警戒するでもなく、伸ばした僕の手に擦り寄ってペロリと指をひと舐めする。 それで、気付く。この猫は、僕の飼い猫であること。 このコは、ぼくの大事な……。そう、大事な飼い、猫……? どこか違うような気がして、とにかく当初の目的通りに真っ赤なリボンに手をかける。 「ナーっ」 強い鳴き声で、白猫は初めて抵抗した。僕の両手をスルスルと抜けて、フーッと逆毛を立てる。 ただの猫の鳴き声だ。けれど、何を言いたいのかが分かった。 お気に入りのおリボンを外さないでよ、と。白猫は言葉でなく伝える。僕には、伝わる。 「ああ…ごめんよ。でもね…」 もう一度手を伸ばして、あごの辺りを撫でてやる。すると、白猫は心地良さそうに目を細めて鳴き声を喉の奥におさめた。 「どこかで引っ掛けたら、危険だから…ね?」 隙をついてリボンを解くと、白猫は一瞬遅れてそれに気付き、容赦なく僕の手の甲を引っかいた。 「イテっ」 思わず手を放す。一メートルほどの高さから手放されても、白猫は余裕で着地してみせる。 困ったな。機嫌を損ねてしまっただろうか。 大切な、このコを。僕の目の届かないところで危険な目にあわせたくないだけなのに。 かと言って、僕の狭い部屋に閉じ込めておくのもどうかと思うんだよ。 「………」 途方に暮れて、もう一度しゃがみこむと、今度は白猫の方から寄ってきた。 「?」 いつもの無表情。綺麗な瞳をぱっちりと開いた動物の表情。一歩一歩、また僕のもとにやってくる。 試しに手を差し伸べると、ザラリとした舌を伸ばして、さっき引っかいた傷口を舐めてきた。 何度も何度も癒すように舐める。時おり首を傾げて、様子を見ながら舐めているようにも見えた。 「……ありがとう。もう大丈夫だよ? ねこ…」 その名を呼びかけて、ハッと言葉を呑む。 僕が今、呼ぼうとした名前。それは……。 「ん…ナァー」 ねこ、むすめ。そう言いかけたのだ。 まるく愛らしい白い子猫。 足元はまるで靴でも履いたように赤く染まった毛並み。 首輪代わりの真っ赤なリボン。 そう、この猫は…… 「ねこ…むすめ……?」 苦しげに喉元を過ぎる、自分の声で目が覚めた。 けれど一瞬、困惑した。 どこからが夢の世界で、どこまでが現実なのか。そのはざまで鬼太郎は軽いパニックを起こしていた。 目を覚ますのが、怖い。 もし目を開いた時、自分がどんな姿でどんな世界にいるのか。そして、彼女はどんな姿でいるのか。 苦悶に眉根を寄せ、もう一度愛しい名を呟く。 「猫…娘」 二度目はハッキリと自分の耳に届いた。徐々に脳が覚醒してきていることに気付く。 そして。 「なぁに?」 思いのほか目の前から聞こえてきた声に、ハッと目を見開く。 「?」 その見開いた瞳のまぶたを二、三度ぱちくりと瞬きし、不思議そうに覗き込んだ、猫娘、だった。 大きな瞳。口角の上がった唇。おかっぱの髪の後ろで真っ赤なリボンが揺れる。 「だいじょうぶ? 鬼太郎…」 いつもの、幼子の甘い声で尋ねる。 その頬に手を伸ばす。その手は間違いなく少年の小さな掌だった。 確かめるように頬のりんかくをなぞると、猫娘は目を細めて「くすぐったいよ〜」と笑った。 「ど…どうしたんだい? えーと…」 「あぁそうだった。ねぇ鬼太郎、大丈夫なの? もうね、大変だったのよー」 鬼太郎の手を降ろさせて、温くなった額の上の手拭いを洗面器に浸す。 「オヤジ様がカラスに乗って知らせに来てくれたの。鬼太郎、三日三晩眠り続けてたのよ?」 「え…父さんが?」 あごを上げて頭の上の卓袱台に目を移すと、腕を組んだまま眠りについていた。 「オヤジ様、看病疲れみたい。私は砂かけと交代で看ていたんだけど…オヤジ様はずっと起きて看ていたから」 「心配かけてしまったんですね…。ごめんなさい、父さん」 「全くよ」 再び額に乗せられた、ひんやりとした手拭い同様、冷たい言葉だ。鬼太郎は苦笑した。 「まさか鬼太郎が病気になるなんてねー。びっくりしちゃったわ」 病気もなんにもないはずの妖怪が。 「僕も驚いてるよ。三日も、寝てたんだ…」 「……ここのところ人間界に行ってばかりで忙しかったから、疲れたんだよー」 立て続けに舞い込んだ妖怪事件の始末に、しばらくの間はこのゲゲゲの森でゆっくりする時間もなかった。 つまり、猫娘と二人っきりになるのも久しぶりのことだ。 「ばかね。鬼太郎のお人好し」 その言葉で、ようやく猫娘の冷たい言葉の意味を知る。ようするに、拗ねているのだ。 「いくら妖力が強いからってね。そんなに続けて無茶ばかりしていたら、鬼太郎だって…」 「心配してくれてるんだ。猫娘は」 言葉を呑み込んだへの字口。見開いた瞳。パアッと赤く染まった頬。 猫娘の百面相が可笑しくて、鬼太郎は思わず吹き出した。 「なによー。心配しちゃいけないの? そんなに可笑しいことした? あたし」 「ごめんごめん。可笑しいんじゃなくって」 可愛かったんだよ、と言い終わらないうちに猫娘はそっぽを向いた。 「もう知らない。鬼太郎、きらいよ」 「へえ…。そう」 素っ気なく言うと、猫娘は背けた顔はそのままに「え?」と視線だけ戻した。 「僕は、好きだよ? 猫娘のこと」 「……っ」 真っ赤な顔をして、黙り込んでしまった猫娘を見つめながら、また苦笑する。 「君とは違うよ」 「あ。あの…ね? 違くないよ。あたし…あたしだって……」 「いや、“違う”んだ」 猫娘の『好き』と鬼太郎の『好き』とは、似ているようでまるで違う。 「…ごめん、鬼太郎。あたし、ウソつきだ。あのね、きらいなんかじゃないよ」 「分かってるよ。でも、違うんだ……」 それは、時を経るごとに少しずつ少しずつ食い違っていく。 猫娘の『好き』は全てに向けられた素直な気持ちだ。恐らくは…猫の本能で憎んでいるねずみ男、以外に対して向けられた、愛しい想いなのだろう。 けれど、鬼太郎の『好き』はもう、違う。 それは時に凶暴な気持ちを揺さぶり起こすような、混沌とした想いだ。 ふと踏み違えれば、憎しみに一転してもおかしくないほどの、強く深い、唯一に向けられた想いだ。 欲望など存在しないはずの鬼太郎の心に宿る、一つの危険信号。 「もう〜っ。違くないったら。分かってるんならいじわる言わないで」 猫娘を困らせてみたくなる。 いっそ、嫌われてしまいたくなる。 猫娘を傷つけるような奴はただじゃおかない。 それがたとえ、鬼太郎自身であっても、だ。 「ごめん。ごめんよ、猫娘」 一体、いつからだろう。 このゲゲゲの森で、幼い頃から同じだけ、それはそれは長い時間を共に過ごしてきていたのに。 一体いつから、猫娘を置き去りにしてきたのだろうか。 いつまでも少女のまま、無邪気な猫娘の前で、鬼太郎は無理をして少年面をしている。 それは偽りの仮面だった。その歪みが体調に異変を起こさせた。 「鬼…太郎?」 凍りついたように見開いた鬼太郎の目から一筋の涙が伝う。 驚いた猫娘の姿を目の前にしながらも、鬼太郎にはあの白猫の姿がよぎっていた。 白猫は───いずれあの飼い主の元を離れるだろう。 それは、飼い主に愛想を尽かしたからではない。いっそそれならば良かった。愛想を尽かして、別の処で幸せに暮らしてくれるのなら、それでも良かった。 けれど事実は違う。 白猫は、飼い主に自分の死に姿を見せないためにどこかへ消えてしまうのだろう。 目の前で死ななければ、悲しまないとでも思ったのだろうか。 それは、なんて幼い思いやりなのだろう。 幼くてつたなくて…残酷な優しさだ。 「ど、どうしたのよ? ねえ」 突然、抱きついた鬼太郎にびっくりして、猫娘が尋ねる。 けれど鬼太郎は肩を震わせたまま、泣きじゃくるばかりだ。 時おり「行かないで…どこにも、行かないで」という言葉が喉元まで込み上げたが、しゃくり上がる嗚咽にまみれてその言葉は打ち消された。 「鬼太郎…」 猫娘はふぅとため息をついて、鬼太郎の背中をさする。 具合が悪いせいだろう。鬼太郎が怖い夢でも見て、怯えていることだけは分かった。 いつも、いつも。自分をこども扱いする冷静な鬼太郎が見せたこどもみたいな姿が、猫娘にはちょっとだけ嬉しかった。 またひとつ、鬼太郎の別の顔が見れたことが嬉しい。 それに「まだまだこどもね」とお姉さん気取りできるのも、実はちょっとだけ嬉しかった。 すすり声の途中、鬼太郎は震える声でその名を呼ぶ。 「…猫娘…」 「……ナァー……」 「? 猫…娘…」 「ん、ナァー」 二度呼べば、二度返す。三度呼べば、やはり同じ回数だけ鳴き返した。 不思議そうに繰り返す間に、鬼太郎の涙が止まる。 「あのね。ずーっと昔、あたしが鳴くと母猫がこうしてくれたのよ」 それは本当に大昔。猫娘がまだ、ただの猫として生を受けた時のこと。まだ目も開いていなかった。 生れ落ちた世界がどこなのか、そして自分は何なのかも分からず。不安で。 思わずもれた鳴き声に、母猫は何度でも返してくれた。 「ちょっと、落ち着いた?」 肩を竦めて猫娘が笑う。鬼太郎はコクリと頷いた。 「……うん。ありがとう、猫娘」 歪んだ口もとで不器用に笑いかけながらそう言うと、猫娘はもうひとつ「ナァー」と鳴き声を返した。 Fin. 猫娘side 『青年の夢』 |