| □ Genre menu bar □ はじめに ゲゲゲの鬼太郎 DRAGON BALL 3.3.7.ビョーシ 犬夜叉 GAME | ■ ゲゲゲの鬼太郎 ■ |
|
|
[
10 雪降る森
] しんしんと雪の降り続ける中、ゲゲゲの森に鬼太郎の声が響き渡っていた。 「猫娘ーっ! どーこだあー!」 もちろん、なまはげではない。 昼から行方が分からないと、心配した砂かけばばあに頼まれて、森の中を捜索していたのだ。 「…一体どこ行っちゃったのかなあ…」 降り始めた雪は地に落ちては土に溶け去るけれど、このまま降り続けば夜半過ぎには積もり始めるだろう。 寒さに弱い猫娘がこんな日に外出するとも思えないけれど… 猫娘にも猫娘の世界というものがあるのだろう。 事実、猫族には特殊なおきてが多く存在し、いわば部外者の鬼太郎には知らないことも多い。 どんなに同じだけの時を過ごしていても、互いに分かち合えないものがあるというのは、どうしてこんなに切ないのだろう。 雪の寒さもあいまって、鬼太郎は物悲しい気持ちで立ち尽くした。 「…ん?」 化けガラスが鬼太郎の頭の上、上空を旋回する。 ただのカラスの鳴き声だったが、鬼太郎にはその情報が伝わった。 「え? 妖怪アパートの…屋根の上?」 降り続ける雪がゲゲゲの森を覆う。 最初は濃い緑に溶け去っていたけれど、少しずつ少しずつその緑までも白く染め上げていく姿を、猫娘は静かに眺めていた。 やっぱりここへ来てみてよかった。 時おり砂かけばばあが呼ぶ声が聞こえたけれど…。こんなところに来ては危ないと叱られてしまうから、内緒。 「ね・こ・む・す・め…っ」 びくりっと肩を竦める。 それは聞きなれた声だったけれど、その声色に怒りの色が混じっていた。 「鬼太郎…?」 「こんなところにいたのかー…」 一反木綿から飛び降りて、猫娘の隣、屋根の上に下りる。 また飛び去っていく一反木綿を「ありがとう」と見送って、鬼太郎は猫娘に振り返った。 両腕を腰にあて、口をへの字に結ぶ。 さて。どうしてやろうか。 「……ごめーん…」 しゅんとした表情に負けて、すぐに鬼太郎の強硬な表情も解けてしまう。 「おばばが心配してるよ? さあ帰るんだ」 「……ふうん」 三角座りのひざ小僧を抱き寄せて、白い息を吐き出した。 「おばば“が”心配してるんだ…」 「え?」 「……鬼太郎は、頼まれたから探してただけなんだね。お人好しだよねー…」 「猫娘…?」 らしくもなく、素直じゃないことを言う。 鬼太郎はその隣りに座り込んだ。 「風邪ひくよ。こんなに冷えて…。ほら、ほっぺもこんなに冷た…」 ふくふくとした頬に触れると、鬼太郎は胸の奥からじわりと熱くなるのを感じた。 妙な気持ちだった。慌ててちゃんちゃんこを脱ぎ、猫娘の肩にかける。 「これで少しは温かいかな…」 「……変わらないよ」 冷たく言い返す。確かにこの雪の中、袖なしのちゃんちゃんこぐらいでは凌げない。 鬼太郎はしばし考えこんで、その肩を抱き寄せた。 「……?」 全身に力を込めて、妖怪エネルギーを放出する。その熱で、少しでも温まればいいと思った。 「これならどう?」 「……熱いよ」 頬が赤くなってしまったのは熱すぎるせい。そう、思いたかった。 「難しいな…」 鬼太郎は意識を集中して適温を探る。 一生懸命な姿を見ていたら、鬼太郎が本当に自分を心配してくれていたことが分かった。 「ねえ、もう大丈夫だから…。見て」 「うん?」 猫娘の視線を追うと、そこにはゲゲゲの森の上空を舞い降りる雪景色。180度広がるパノラマを目前にして、思わず口を開いたまま、見とれてしまった。 「きれいだよねー…」 「あ…うん」 「でも、哀しいよね」 どうして? 尋ねる前に猫娘は目を伏せた。 「降り積もっても、すぐ溶けちゃうもの。だから、少しでも長く見ていたくなったのよ」 消えていく儚さが胸を締め付ける。 それは不老不死の妖怪・猫娘にはないものだからこそ。分からないからこそ切なかった。 「うーん…。でも、それなら部屋の中からでもいいじゃないか」 寒さに弱い猫娘が、あえて外に出たのが不思議でならなかった。 「だめだよ。部屋に戻りたく…ないの」 今は。 寒さが迫ってきて睡眠時間が延びると、猫娘は様々な夢をみる。 それが本当にただの夢なのか、かつて起きたことなのか、分からない。それほどリアルな夢ばかりだった。 猫娘は化け猫以前の記憶がない。 ひょっとして、あれはその頃の記憶なのかと思うと、段々怖くなってきたのだ。 今はもう、欠片もない“怨み”の心に、触れる。 「ねえ鬼太郎? 今まで沢山の妖怪と出会ってきたけれど…、みんな、妖怪になるきっかけがあったよね」 「え…? うん」 「不老長寿の欲望に取り憑かれたり…深い怨みを持っていたり…。みんなみんな…哀しい理由ばっかりだった」 「うん…まあ、そうだね」 だって。鬼太郎が懲らしめにいくのは悪い妖怪が多かったから。怨みの気持ちを抱える妖怪ばかりだったから。 けれど、みんながみんなそうではない。平和に過ごす妖怪たちも沢山いる。 「あたしは…どうだったんだろう?」 ただの猫として成仏することなく、この永い命を望んだ。 それまでの記憶は猫長老にかき消され、今や誰も…猫娘自身にも知れない。 少なくとも、ただの猫では終われない理由があったのだろう。 そして、それは… 「ねえ鬼太郎。あたしが悪い妖怪になっちゃったら…退治する?」 「え?」 「……するよ、ね。あはは…当たり前だ」 猫娘の乾いた笑い声は、雪降る空に消えた。 「あたしの中に、もしも…もしも、人や世界を怨む気持ちがあったなら、いつか…」 「大丈夫だよ」 「?」 顔をあげる。鬼太郎の表情は、顔の半分を覆った左前髪に隠れて見えない。 「そんなことにはならないよ…」 「でも」 「ならないん…だ」 いつもの穏やかでのんびりとした口調だけれど、しっかりと、強くそう言った。 猫娘を信じている。彼女の中にある気持ちがどれだけ優しく、美しいものだと分かっている。 だから鬼太郎は、自信をもって言い切ったのだ。 「……うん」 鬼太郎は、強い。 それは妖力だけでなく、様々なことを乗り越えてきた精神の強さでもある。 きっと目玉のおやじや仲間たちの存在も後ろ盾になっているのだろう。 その中に自分もいるのだとしたら、それは猫娘がただの猫では出遭えなかった喜びだと思う。 ふと、気付く。 擦り寄った頭が鬼太郎の肩口にぴったりと落ち着いている。 ほんの少し前…、ほんの数十年前、こうして肩を寄せると猫娘の頬が鬼太郎の頭にぴったりと噛み合った。 少しずつ、少しずつ。長い時間をかけて鬼太郎は成長し続けていることに、当の鬼太郎は気付いているのだろうか? そんな変化を知らない───覚えていない───猫娘にとって、それはとてもとても怖いことだった。 見えない未来が、怖い。 今はこうして肩を並べている鬼太郎が、変わってしまう。置いていかれてしまう。 その恐怖は、曖昧な記憶を呼び起こすけれど……。 やはり、猫長老の術がかかって、すぐちりぢりに消えてしまった。 「分かった」 不意に鬼太郎が顔を上げる。 「…なぁに?」 「この景色が見たかったんじゃあないかな?」 「え?」 「ほら、さっき言っていた…猫娘が不老長寿の化け猫になった理由」 どうやら黙り込んだまま、ずっと考えていたらしい。 ようやく答えを出せた嬉しさで、鬼太郎は珍しく高揚していた。心なしか口調も弾んでいる。 「こうして、綺麗な景色をいっぱい見たくて、長生きしたかったんじゃないかなあ」 ここで。鬼太郎の隣で。 それは確かに、ただの猫では辿り着けなかった幸せだ。 「……ふふっ」 「んん?」 「そーんな理由で化けて出るの? 妖怪ってカンタンね」 「簡単…過ぎたかなあ」 また深く、考え始める。 雪の降る森はしんと静まり返っていて、考えごとをするには丁度いい。 ぴったりとはまる後頭部を鬼太郎の肩口に当てて、猫娘は微笑みながら鬼太郎の出す次の“理由”を待ち続けていた。 Fin. |