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米吉 〜LoveHydeStory〜
] 同僚がホスト遊びにハマっている。 ……くっだらない。 いくら恋愛ゴトにかける時間を仕事に削られているからって、金で手軽に買うってのはどうよ? それがマガイモノだって分からない歳でもないのに。 ……それでもちょっとだけ興味はあった。 山手線の反対側まで週に何度も通っていくぐらいのパワーを与えられるというのなら、どんな滋養強壮剤よりも効き目があるのかもしれない。 だから、私は同僚のマリコに連れられて、このソドムにやって来た。 「いらっしゃいませ。ソドムへようこそ」 ……デニーズかっていうの。 思った通りの品のない内装。どうして折角のアルマーニから、わざわざ派手で下品なスーツを選ぶのかしら。 ホストの面が割れない程度に落とされた照明。あぁ『ムーディー』とでも言ったらいいの? 酒が入れば視界が歪むものね。なるほど。戦略的には間違ってないわ。 けど。 「ウメちゃ〜ん」 酒が入らなくても酔ってるお客ばかりってことね。 ふーん。そう。 「お友達ですか? 初めまして」 この男。笑顔が凍ってる? 「ご指名あれば伺いますが」 でもすぐに営業スマイルを浮かべたから、どんより曇った瞳の色も忘れた。 「望の好みってどんな人かなぁ。うーん……マサオ君とかどぅお?」 マリコの指差したのは二番目に並べられたホストのパネルだった。 ……ガキじゃない。本当にマリコって私の好みが分かってない。 と、パネルの前でふと目が止まる。 目が逸らせない吸引力に、思わず歩みも止まった。 その男の名前は───刃威奴。 驚くぐらいの、その気持ちを、私は何と言っていいのか分からなかった。 「決まったみたいですね。お席にご案内致しますよ」 「え? あ、あー…」 まぁ別に。こんなトコロに好みの男がいるわけがない、と。私は高をくくっていた。 どうせマリコの付き添い。そして観察なのだから。 指名なんて、誰でもいいと。そう、思っていた。 「はじめまして。刃威奴でっす」 写真よりも。生はもっと威力があった。破壊力と言ってもいいかもしれない。 言葉を失った私をよそに、マリコはすっかりウメとイチャイチャし始めてる。 あぁ……本当に。本当にこの男…… ───ブサイク。 「望ちゃんはこういうお店、初めてでしょ?」 「えぇ」 思わずまじまじと興味深げに見ていたから、バレたのかしら。 「……別に普通にしてていいっスよ?」 「え?」 両手をソファに当て、肩を竦めるような仕草で距離を詰めてきた。 「アッチはアッチで好きにやってるようだし。何? マリコちゃんとは会社のトモダチ?」 「うん、そうだけど」 「あーアレでしょ。無理やりつき合わされちゃった?」 私は答えずに、やはりまだ目が逸らせずにいた。 「そういう人も多いんだ。ホラ、みんながみんな、お姫様になりたいワケじゃないっしょ」 「お姫様、ね」 つまりホストってそういう仕事なわけだ。 十人並みのそこらの娘さんを、ただひと時、お姫様に仕立て上げる。 分かり易すぎて私は思わず苦笑いを浮かべた。 「望ちゃんはさ。女王様だよね」 「あはは」 「いや、マジで。ちゃんと自分の足で立ってるでしょ?」 「何それ。その褒め殺しもホスト技のひとつ?」 ハイドは答えずに、ただ微笑んだ。 そして咥えた煙草に、すばやく火をつける。 「そうやってバリゲード張らなきゃ生きていけない人も、ココには多いよ」 「?」 「だから。付き添いなら付き添いで、ハマらないように気をつけた方がいい」 ハマらないわよ、と。言い出す前に、 「望ちゃんは大丈夫だと思うけどね」 と、ハイドが言った。 「だからそんなに肩ひじ張ることないよ。ただこの時間を楽しんだらいいんだ」 ね? と眠り猫みたいに目を細めて笑う。 「……そうね」 「あ、やっとちゃんと笑った」 「え? 私そんな怖い顔してた?」 「うん」 ハッキリ言うわね。あぁ確かに終業後一時間じゃ仕事モードから抜けられないわ。 「あ、うそうそ。たださぁ、うーん……。ホスト全員が全員、女のコをカモにしてるわけじゃないって分かって欲しいんだ」 それはどうだか。 流れるように話が変わっていく話術に呑まれているような気もするけれど。 「ただこの時間を楽しんでくれればそれで僕はシアワセ」 そう言って。おどけるように再びグラスを合わせ、乾杯をしてみせた。 グラスの中でピチパチと音を立てて上がっていくシャンペンの向こう側。 ……ますます下ぶくれに歪んだハイドの顔が可笑しくて。私はお腹を抱えて笑い出した。 「え? 望ちゃん、音楽関係の仕事したいのっ?」 ソドムを訪れるのはこれで三度目だった。 相変わらず、マリコはこっちのことなどお構いなしに、ウメにべったりだ。 そして私の隣には、いつものこの男。 ハイドの調子の良さと話術に乗せられて、つい。 仕事のうさ晴らしに、つい。友達にも話さずにいた夢が口からもれる。 「したい、んじゃないの。必ずなる、の」 今夜の酒はよくまわる。私は自分でも目の焦点が合ってないだろうことが分かっていた。 「って言っても、表舞台に出たいわけじゃないのよ? 私は」 焦点の定まらぬまま、まるで絡み酒のような勢いで、私は語り出した。 「見果てぬ夢を見ているわけじゃないの。私はね、サリエリの耳を持っているのよ」 自分では出せない音。声。リズムを、自分ならば聞き分けることができる。 この世に溢れるあらゆる音の中。唯一つのきらめきを聞き取ることが、できる。 「耳には自信があるの」 「あぁ、そう」 いつもなら、三倍は話を盛り上げてくれるところなのに。ハイドはそれ以上は何も告げず、ただ口元に笑みを浮かべるだけだった。 「何よ。悪い?」 「いいや? ただ……」 と。さっきまでウメにベッタリだったマリコが振り返る。 「ハイドも目指してたんだよね? ミュージシャン」 まさか。 マリコの絶妙の冗談に私は腹を抱えて笑い出した。 けど。ハイドは笑わない。 ただ静かに微笑みを称えたままで、新しい水割りをマドラーでカラカラと十三回転半まわすだけだった。 「?」 口元の笑みが。凍っているのが分かった。 その目はただ静かにグラスの中で撹拌されてゆく、褐色の水割りを見つめている。 いつもと違うハイドの様子に、私は思わず笑いやめた。 妙な静けさが場に下りた。 「ハイドは唄上手いよね」 ウメがそう告げると、途端にハイドはいつもの笑みを取り戻す。 「へへっ。そりゃあまぁね」 「ふぅん」 薄笑いが浮かんでいたけれど、迂闊にも「聞いてみたいなぁ」とは言えなかった。 今までどんな話題にも食いついて、盛り上げてきた彼が、ふと見せた真剣な眼差しで、私は悟っていた。 彼は、本気だ。 いや、本気「だった」のだ。 夢破れた辛さなど、今までいくらでも乗り越えてきたから、すぐに分かった。 容易く口にできるほど、軽い情熱ではなかったことが。 「今度の花金はステージショーだよね」 ウメが微笑むと、マリコは黄色い声をあげた。 「も、絶対に来るからっ。ウメの太鼓、カッコイイ〜んだも〜ん」 「太鼓?」 「えぇ。ドラムスではないですよ。太鼓」 平然と。真剣な口調で告げる。 きっと本人は、笑わせるつもりではないのだろう。 ごくごく真剣だ。 「面白そうね」 「望も一回来てみなよー」 「よろしければ、ぜひ」 だけどハイドは、ただ黙って微笑むだけだった。 珍しく営業活動を放棄して、いる? 「時間があったら…ね」 気のせいなら、いいのだけれど。 週末。私は、また、ソドムを訪れていた。 丁度ギリギリでハイドのショーに間に合った。 それにしても。 ハイドの登場前、店内はスタンディングオベーションで彼を待ちわびている。 それぞれの熱狂が、いつの間にか同調し、合わせた拍手と彼の名を呼ぶ声が包む。 この感じ、懐かしい…… あれはもう、遠い日。とあるバンドの、最初で最後の訪日ライヴでのこと。 何時間もねばって手にしたチケットで、訪れた武道館。 会場の全てが心をひとつにして彼らの演奏を待ちわびていた。 ───あの時から、始まったのかもしれない。 あの頃、自分なりには真剣にやっていたバンド活動など、子供の遊びなのだと知った。 音楽は、国境を越える。 リズムは時を越える。 どんな説明もいらない。ただ、聞けばいい。 それだけで伝わる、音楽の魔力に私は魅せられていた─── 「ハイド! ハイド!」 一瞬の暗転の後。 スポットライトを浴びて、彼はステージに現れた。 「………」 オイルをたっぷり仕込んで、艶やかに光る肌。 大事なトコロには…ちゃんと、たっぷりのシェービングムースが盛られていた。 あぁ…。彼は、プロだ。 ハイドの登場だけで、会場がワッと盛り上がる。笑いに、満ちる。 プロの、ホストだ。 「………」 何に期待していたのか分からないけれど、私は妙に打ちのめされた気分でこっそりと出口へ向かう。 と。 「?」 カウントとともに始まった演奏に、立ち止まる。 ハイドが口を開くと、それは訪れた。 ───この感じ。 それはホストのショーに相応しく、笑いを誘うコミックバンドのような歌詞だったけれど、そんなものでごまかされはしない。 本物の力に、私は足を止め、振り返る。 ───見つけた。 あらゆるメロディを越えた、彼だけの音。彼の声の持つ、独特の光。 全身に鳥肌が立つのが、分かる。 そして、その声は。 諦めていた何かを呼び覚ますくらい、力強い引率力で、現実に埋もれていた私の夢ごと引き上げた。 「おつかれ様」 ステージを終え、再びスーツを着込んだ彼を、私は「指名」した。 「サンキュー」 へらへらと笑う彼は、もうすっかりただのホストに戻っていた。 「あれ? 今日は望ちゃんひとり?」 「そう。マリコは先に帰ったわ」 「ふうん、そう?」 指名したというのに、ハイドは不思議そうな顔をしたままで、とりあえず「いただきます」とグラスを傾けた。 「ここに来るのも最後になるわ」 「え?」 ハイドは返事に詰まって少し考えると、 「あぁ。マリコちゃん、ホスト遊びに飽きちゃった?」 と。問い返した。 「違うけど。どうして?」 「だってさ。望ちゃんは、マリコちゃんの付き添いでしょ? だから」 鈍いのか。分かっていて、そういう手を使っているのか。 読めない男。 「違うわよ」 そう、違う。 いつからかは分からない。けれど私はもう「付き添い」ではなかった。 ヘルプとしてではなく、ハイドを「指名」していることに、まだ気付かないのだろうか。 「…女王様にはなれないかもしれないけれど」 「?」 「自分の足で立ってみる決心が、ついたの」 ハイドはきょとんとした表情で、とりあえず爪先から顔までを舐め上げるように視線を走らせた。 「あなたの唄のおかげね」 「……え? あ、あー…楽しんでもらえたのなら、良かった」 思わず苦笑する。この男は、自分の能力にまだ気付いていない。 この力を、声を、もっともっと引き出すために、手助けが必要だ。 今の私では、まだ足りない。その力も、地盤もない。 だから…… 「いつか、必ず迎えに来るわ」 だから…… 「お酒は控えめにね」 ハイドはただ押し黙ったまま、まるで照れたような笑みを浮かべた。 それは、年相応の可愛い笑顔だった。 「云ってくけど、私は素面よ?」 翌日。私は会社に辞表を叩きつけて、かつてのつてを頼って渡米した。 やるべきことは、いくらでもある。 私には歩いていく足もある。 どこまででも、行ける。 そう、いつか。いつか彼の唄を全世界に響かせるために。 私が受けた、あの感動を、世界に響かせるために。 「え? 望ちゃん、仕事辞めちゃったの?」 またソドムを訪れていたマリコが、勿論ウメを指名したついでに、ハイドをヘルプにつけた。 「うん。望、本気で音楽プロデューサーになるんだって」 「そうなんだ」 他人ごとのように、ハイドが笑う。 「なんでもね。絶対にメジャーにさせたいミュージシャンを見つけたんだって」 「へぇ」 「凄いね」 マリコに抱きつかれながら、ウメが首を傾げる。 「へぇ…って。ハイドのことじゃないの?」 と、ハイドが複雑に表情をゆがめた後、バカ笑いを浮かべる。 「まっさかー! だって俺、ウメさんとマリコちゃんのトコに、ヘルプでついてただけじゃん」 淡い夢など、信じない。 ましてそんな他力本願な希望など。 だからハイドはヤケを起こしたみたいに大笑いした。 「でもさ。かんばって欲しいよね」 ウメはいつもの表情で、薄く微笑んだ。 数年後。 久々に母国の地についた望は、到着時間を確かめて、まっすぐ新宿へと向かっていた。 車窓から見た風景はどことなく変容している。 この街の移り変わりは、加速をつけたように早い。 けれど、きっとあの店は存在する。 たとえ時が過ぎても、きっと。 もし彼が、いなかったとしても───自分の足で夢に向かって再スタートを切っていたとしても。 心配など、ない。 日本辺りの弱小プロダクションからなら、いくらでも引き抜く手段はある。 時を経て。やっと辿り着いた。 彼の芸名も、考えてある。 源氏名で使っていたような、どこぞのバンドのパクリなんかではない。 彼だけの、名前。 その名も───米吉。 Fin. |