| □ Genre menu bar □ はじめに ゲゲゲの鬼太郎 DRAGON BALL 3.3.7.ビョーシ 犬夜叉 GAME | ■ ゲゲゲの鬼太郎 ■ |
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20 切れた鼻緒
] 「まぁ〜ったく、珍しいこともあるもんだぜ。お前が街に買い物に出たいなんてなぁ」 ねずみ男の根城、人間界の繁華街を歩きながら、ここには不似合いな下駄を鳴らす鬼太郎に話しかける。 「鬼太郎ちゃんもようやくこの世界の良さ、まぁ云ったら物欲ってぇもんが分かるようになったってことか。へっへっへっ」 「………」 黙り込んだままの鬼太郎は、それでも少し楽しげだった。 頼るところがこのねずみ男しかいない…というのは情けないばかりだが。それでもやはり詳しい者を頼るのが一番なのだろう。 「しっかし野郎二人で並んで歩くなんざぁ、野暮だねえ」 行き交う男女の姿を前に、ねずみ男は「はあ…」と吐息をもらす。 「まぁそう言うなって。それで…『はやりのでぱーと』というのはこの辺りなのか?」 意味が分かっているのかどうか、微妙な口調で鬼太郎が尋ねる。 「おい…」 「うん? ああ…『おしゃれなざっかや』だったっけ」 ねずみ男に聞かされたままの発音で、言う。 それがどんなところであるかなど、どうでもいい。 ただただ鬼太郎は、ひとつの贈り物を探して求めていた。 話は数日前に遡る。 妖怪ポストにハガキで寄せられた、怪奇事件の現場へ向かう道すがら。 今回は一反もめんが同行せず、ただ山道を歩いていた。 「あぁ〜ん…。もう疲れたよー…鬼太郎…」 ほんの数里歩いたばかりなのだけれど。 ついてきた猫娘は、いつまでも続く山道にへたりこんでしまった。 「うーん…。でももう少しだから…ね? 頑張ろう」 「もうあと少しだぞい!」 「……うん」 カラコロと下駄を鳴らし、鬼太郎は道をゆく。 猫娘もひとつ気合いを入れなおして歩き始めた。 「もう〜。歩いて行ける距離なら、一反に頼めばひとっ飛びなのに〜…」 「うん…そう、なんだけど…」 どこまでも続いていく一本道、その左右に広がる景色を眺めながら、鬼太郎は楽しげに告げた。 「歩けるところへなら、歩いて行きたいじゃないか」 自分の足で、歩きたい。その先で見た景色は、そのまま自分のものになる。 鬼太郎は───無から生まれた。 母の願いは叶わず、その命は鬼太郎を生み出す前に途絶えたのだ。 けれど鬼太郎は死ななかった。墓土を掻き分けてこの世界に産まれ出た。 なかったはずの命。あの世に落とされるところを、自分の力で這い出したのだ。 だから、沢山の景色を見ていたい。見れなかったはずの景色を眺めてみたい。 そして、自分が───天命に望まれなかった命が───何を成すべきなのか、知りたい。掴み取りたい。この目で、この腕で。 「ふぅん…?」 けれど、時おり不安になることもある。 自分の命は閻魔帳にも記されてないのではないかと、思う。 この世に生を受けるべくして産まれた命と、自分とは違うのではないかと、思うのだ。 「あ…っ」 妙なことを考えていたせいか、地面から飛び出した石に足を取られてしまった。 「鬼太郎ー…大丈夫?」 「いてて…。うん、僕は大丈夫。父さん、すみません。大丈夫ですか?」 髪の毛にしがみついた目玉のおやじがひょっこり顔を出す。 「うむ。わしは平気じゃ…が。おい鬼太郎っ」 「?」 足元に目をやると、自慢のリモコン下駄の赤い鼻緒が切れていた。 「ああ〜…っ」 「うーむ。縁起が悪いのう…」 数多の妖怪を懲らしめてきた丈夫な下駄なのに、それは不意に訪れた。 ───こんなものなのかもしれないな。鬼太郎はふと思う。 天命など、閻魔大王にしか分からない。この世に生まれたきっかけも、不慮の死も。こんなふうに不意に訪れるだけのもの。 誰にも止められない。誰にも越えられない。 現に、目玉おやじの願いも叶わず、鬼太郎の母は病に命を落としたのだ。 「……?」 まさかそんなことを考えているとは思わず、猫娘は小首を傾げて下駄を手に取った。 このくらいのことで。随分がっかりしているんだなと、思った。 「ね…猫娘?」 お気に入りの真っ赤なリボンをしゅるりと解き、歯を立ててぴりりと破いた。 「そーんなガッカリしないのー」 「…え?」 こよりのようによじって節穴に通す。 「こんなの簡単に直るじゃない」 幸いにして切れたのは鼻緒の部分だけだった。器用に直した下駄を揃え、「はい」と鬼太郎に向ける。 「ね?」 へっちゃらな笑顔を、鬼太郎に見せる。 それは生命力に満ちた、力強く温かい笑顔だった。 産まれ落ちた時───鬼太郎が得ることがなかったもの。 けれどそれは、今こうして得ることができる。 生きてさえいれば。そう、歩いてさえ行けば、いつか辿り着ける。 「…ありがとう…猫娘」 そして、返された鬼太郎の笑顔に、猫娘は嬉しそうに微笑んだ。 その後の怪奇事件はつつがなく解決したけれど…。 猫娘の頭の上からはお気に入りのリボンがなくなってしまった。 だから、鬼太郎はそれを求めて街へ出たのだが、あまりにも騒がしく、また混みあった路上でどこをどう行くべきか迷い、先日は引き返してきてしまった。 そもそもリボンやアクセサリーというものが、どこでどうやって売られているのかも、鬼太郎はよく分かっていない。 そしてこうして、ねずみ男の案内で雑貨屋に辿り着いたのだ。 「…よう? お前、こんなところで何が欲しいってんだい?」 「………」 鬼太郎は無言で、色とりどりのアクセサリーをひとつひとつ眺めていた。 どれもこれも。猫娘によく似合うだろう。 ひとつひとつ。その髪に飾られたところを想像しては鼻の下が伸びる。 「…全部…欲しいな」 「!」 欲のない鬼太郎の、珍しく欲望に満ちた言葉に、ねずみ男は我が耳を疑った。 けれどもし、鬼太郎が欲望を持ったのなら…。少しは話の分かる男になる反面、ある意味最凶ではないかと不安になる。 「でも…まあ。頭はひとつだから…」 やはり欲のない鬼太郎の言葉に、ねずみ男は安堵の吐息をもらした。 真剣な顔で吟味して、ようやく桃色のりぼんに決める。 「やーっと決まったのかよ? 全く待たせやがって」 「ごめんごめん。それで、さあ」 キャッシャーの前、丁寧に包装されていくリボンを見ながら鬼太郎が微笑む。 「僕、お金持ってないんだ」 「へえ〜…まあそうだろうなぁ〜……って、おい? そんじゃあどう…」 「だからねずみ男、払っておいてくれよ」 「はぁあ!? ただでここまで案内してやった上に、なーんでそこまで面倒みてやんなきゃなんねえんだよっ」 「頼むよ」 鬼太郎の笑顔が凍る。 それは、そこらの人間には分からないけれど……鬼太郎の中で強大な妖気が集っていくことに、ねずみ男は気付く。 「僕たち。親友じゃないか…」 額が汗に滲む。 化けた猫娘に睨みつけられるよりも、恐ろしい。 その笑顔の裏で。どれほどの妖怪たちを倒してきたのか知っているからこそ、ねずみ男はごくりと固唾を飲下した。 そう、親友(?)だからこそ。その恐ろしさはよくよく知っている。 「…わ…分かったよ! 兄弟。そんかし、今度何かあったら頼むぜ〜」 「ありがとう、ねずみ男」 鬼太郎が、もう一度微笑む。その笑顔に邪気はなかった。 「貸しにしておくよ」 言いながら、包装を済ませたリボンを受け取る。 これを渡したら、猫娘はどんな顔をするのだろう。 そればかりを考えて、家路を辿る鬼太郎の足取りは軽く、また景気のいいカラコロという下駄の音が響いていた。 Fin. |