| □ Genre menu bar □ はじめに ゲゲゲの鬼太郎 DRAGON BALL 3.3.7.ビョーシ 犬夜叉 GAME | ■ ゲゲゲの鬼太郎 ■ |
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26 夢のつづき
] その日。あたしは雪降る中を彷徨い歩いていた。 どこをどう進んできたのか、冬の浜辺に辿り着く。 そこには一軒の家屋があり、屋根からは飯炊きの煙が天に昇っていた。 砂浜をゆく四本の手足は感覚が麻痺したように凍えていたけれど、それより何よりも心の奥が冷えていた。 大切な人を、失った。 けれど、この寒さの中を彷徨っていたせいで、それが誰なのかももう思い出せない。 ふと瞬きした瞬間、思いだせるのは… 病床についた老年の男の姿。 不精に亜麻色の髪を肩まで伸ばした青年の姿。 あるいは下駄をはいた少年の姿。 断片的に思い出される記憶は、全て曖昧に、立ち上る煙のように天に昇っては───消える。 あれは…誰だったんだろう。 忘れてはいけない存在だった気が、する。 とても大切な…。 不意に足が震え、一軒屋の扉の前に倒れ込む。 小さな子猫の体が倒れたところで、その音は降り積もった雪の中にまぎれて───消えた。 本当に、お人好しな人だった。 青年は、白猫が命を落とすことばかりを心配していた。 その小さな命が消え、また、自分の前から消えてしまうことだけを心配していた。 短くも長い日々の中、青年の愛情はただただ白猫に注がれていた。 しかし不思議なことに。青年が数十年の時を経て、その顔に皺が寄るような年齢に差し掛かっても、白猫はいつまでも小さな子猫のまま。 体はもとより、その精神までも歳をとることがなかった。 そしてその日は訪れた。 青年…いや、老年の男は自分の命が残り少ないことに気付いていた。 忌わの際にあって、老年の男の脳裏には様々な記憶が過ぎった。 自分が、自分である前に。永き少年期を生きたこと。 そして、そのまま───少年のままでいれば、永遠の命を生きていたこと。 きっかけは、ほんのささいなことだった。いつまでも少年でいるには、彼の精神は成長しすぎてしまっていのだ。 そして、男は、その決断を間違っていたとは思わない。いつまでも少年のままでいたのなら、その小さな手で娘を愛することはできなかったのだから。 けれど。 青年になったことで、彼は娘までも失ってしまった。 娘は、この世界───限りある一生───では暮らすことができなかったのだろうか。 娘の記憶も、少年期の記憶とともに抜け落ちてしまっていた。 ……が。 今、思い出した。 自分は、失ってなどいなかったこと。 この病床の脇。心配そうに首を傾げている、白猫こそが、その娘だったこと。 ようやく気付いたのに。思い出せたのに…。 老年の男は、もう言葉を発する力すら、ない。 ただ、白猫を安心させるために、優しく微笑みかけてやるだけだった。 いつも、いつもそばにいた。 探していた娘は、知らずにすぐそこにいた。そしてこの生をともに過ごしていたのだ。 老年の男は、最期のひと息で、ひとつの決断を下す。 手をあげ、扉の向こうを指差した。 ───行け。 白猫はもう、ここにいるべきではない。 自分ももう、ここからは消えてしまう。 いつまでも自分の亡骸から離れられないなんてことは、許さない。 これは、白猫の知る必要のないこと───命の果てだ。 白猫は飼い主である男の想いが通じたのか、そのこけた頬をひと舐めして、部屋を後にした。 ───さよなら。 その言葉は発されることもなく。白猫が去った部屋の中、男は独り。幸せそうな笑みを浮かべて、息を引き取った。 「……?」 目を覚ますと温かい部屋の中。中央のかまどでは鉄鍋がぐつぐつと煮えて、炊飯の白煙りをあげていた。 ひとつ大あくびをすると、鍋の番をしていた白髪の女性が気付く。 「おぉ。目が覚めたのかい?」 女性は、随分と年を取った老婆だった。 真っ白な着物に真っ赤な帯を締め、流れるような白髪はあまりの白さに青白く光を映す。 砂浜に生きる、老婆だった。 この人を知っている。 とても懐かしい気持ちで、思わずピンと尾を反らして近づいた。 「おぉおぉ…おかえり」 あぁやっぱり。あたしはこの人を知っていたんだ。ここは、あたしのおうちだったんだ? 老婆のひざの上に飛び乗り、微笑んだ優しい表情を見上げる。 ぱちりと瞬きした瞬間、老婆のことを思い出す。 老婆は、こうして砂浜で───いつまでもいつまでも漁師のご主人を待っている。 村の者達に追われても、いつまでもいつまでも…それが、もう何百年も昔のことであるかも忘れてしまうほど、永い間、待ち続けている。 室内の様子を見るに、やはりまだ、主人は帰ってきていないようだった。 たとえ主人がどんな姿で戻ってきても大丈夫なように、沢山の医学書や妖術書が棚に並んでいた。 可哀相だな…おばば。 そう思った途端、不意に記憶のかけらが蘇えった。 自分も大切な存在を失った。 最期をみとることもできず、彼の意思を酌んで───あの部屋を出てきたのだ。 「……心配はいらないよ……?」 凍りついた白猫の表情に、事を察した老婆…おばばは、白猫の小さな額を撫でながら告げる。 「必ずまた戻ってくる…。消えてしまうものなんて、この世にはないんじゃよ」 嘘だ。事実、おばばの主人は漁に出、荒れ狂う嵐の中で消息を立った。 そして自分もまた、大切な人を失ったばかりだ。 白猫が疑いの眼差しを向けて「にゃー」と不信げに鳴くが、おばばは微笑んだままだった。 「このおばばが嘘を言うと思うのかえ? 随分と素直じゃなくなったもんじゃのう」 降り積もる雪が屋根を軋ませ、天井伝いに音を立てる。 「……いずれ嵐が起きる」 「?」 「黒雲から稲光が落ち、吹き荒ぶ雨の中。墓土を這い出して来るじゃろう…」 おばばは、不意に笑い出した。 「あやつの生命が、あの世におさまるはずもない」 あやつ? おばばもあの人を知っているのだろうか。 心配性で、お人好しで。でも呑気者の彼。 あたしの大切な、人。 「墓場から現れた時、独りぼっちでは寂しかろう…。その時まで、お前もゆっくり休むんじゃ」 おばばが頭を撫でるのが気持ちよくて、つい白猫の大きな瞳はうとうとと瞑られていく。 「しばしの間じゃ…。のう?」 語りかける言葉も、沈み込んでいく眠りに掻き消されてしまう。 「…ねこむすめ…」 鉄鍋に乗った木の蓋がことことと音を立てる中。 白猫は、しばしの眠りについて行った。 それは下駄を履いた少年との戦いの夢、飼い主と飼い猫として人間界で暮らす夢… 沢山の夢が行き交うけれど、それはどれもこれも現実の記憶。 ただ。 今の白猫───猫娘にとって、それが過去のことなのか未来のことなのかは、分からない。 Fin. 関連SS 『白猫の夢』 『青年の夢』 |