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59 駒草
58 トモダチ
57 百八つ
56 反射鏡
55 かくれんぼ
54 通り雨
53 影ふみ
52 あさがお
51 うみの日
50 水たまり
49 なぬかのよ
48 末吉
47 袖の香
46 さんすう
45 春眠
44 はつこい
43 沈丁花 
42 しりとり
41 でんしん
40 日光浴
39 初雪の日
38 雨宿り
37 うたたね
36 祝いの心
35 大事なもの
34 今だけの真実
33 おばけの音
32 猫の秘密
31 ひざ枕
30 犬のおまわりさん
29 待ちびと
28 やみのなか
27 ねこみみ
26 夢のつづき
25 けんかしかけた日
24 虚無の扉
23 なかよし
22 真剣勝負
21 河豚
20 切れた鼻緒
19 青年の夢
18 器
17 ダンデライオン
16 酔夢
15 寒がり暑がり
14 倦怠感
13 つまべに
12 おやすみ。
11 けんかした日
10 雪降る森
09 しゃっくり
08 とくべつ
07 怪奇お寝坊さん
06 未来のお嫁さま
05 魔女の心臓
04 しゃぼん玉の記憶
03 お彼岸餅
02 化け粧
01 白猫の夢


[ 26 夢のつづき ]

その日。あたしは雪降る中を彷徨い歩いていた。

どこをどう進んできたのか、冬の浜辺に辿り着く。
そこには一軒の家屋があり、屋根からは飯炊きの煙が天に昇っていた。
砂浜をゆく四本の手足は感覚が麻痺したように凍えていたけれど、それより何よりも心の奥が冷えていた。
大切な人を、失った。
けれど、この寒さの中を彷徨っていたせいで、それが誰なのかももう思い出せない。
ふと瞬きした瞬間、思いだせるのは…
病床についた老年の男の姿。
不精に亜麻色の髪を肩まで伸ばした青年の姿。
あるいは下駄をはいた少年の姿。
断片的に思い出される記憶は、全て曖昧に、立ち上る煙のように天に昇っては───消える。
あれは…誰だったんだろう。
忘れてはいけない存在だった気が、する。
とても大切な…。
不意に足が震え、一軒屋の扉の前に倒れ込む。
小さな子猫の体が倒れたところで、その音は降り積もった雪の中にまぎれて───消えた。

本当に、お人好しな人だった。
青年は、白猫が命を落とすことばかりを心配していた。
その小さな命が消え、また、自分の前から消えてしまうことだけを心配していた。
短くも長い日々の中、青年の愛情はただただ白猫に注がれていた。
しかし不思議なことに。青年が数十年の時を経て、その顔に皺が寄るような年齢に差し掛かっても、白猫はいつまでも小さな子猫のまま。
体はもとより、その精神までも歳をとることがなかった。
そしてその日は訪れた。
青年…いや、老年の男は自分の命が残り少ないことに気付いていた。
忌わの際にあって、老年の男の脳裏には様々な記憶が過ぎった。
自分が、自分である前に。永き少年期を生きたこと。
そして、そのまま───少年のままでいれば、永遠の命を生きていたこと。
きっかけは、ほんのささいなことだった。いつまでも少年でいるには、彼の精神は成長しすぎてしまっていのだ。
そして、男は、その決断を間違っていたとは思わない。いつまでも少年のままでいたのなら、その小さな手で娘を愛することはできなかったのだから。
けれど。
青年になったことで、彼は娘までも失ってしまった。
娘は、この世界───限りある一生───では暮らすことができなかったのだろうか。
娘の記憶も、少年期の記憶とともに抜け落ちてしまっていた。
……が。
今、思い出した。
自分は、失ってなどいなかったこと。
この病床の脇。心配そうに首を傾げている、白猫こそが、その娘だったこと。
ようやく気付いたのに。思い出せたのに…。
老年の男は、もう言葉を発する力すら、ない。
ただ、白猫を安心させるために、優しく微笑みかけてやるだけだった。
いつも、いつもそばにいた。
探していた娘は、知らずにすぐそこにいた。そしてこの生をともに過ごしていたのだ。
老年の男は、最期のひと息で、ひとつの決断を下す。
手をあげ、扉の向こうを指差した。
───行け。
白猫はもう、ここにいるべきではない。
自分ももう、ここからは消えてしまう。
いつまでも自分の亡骸から離れられないなんてことは、許さない。
これは、白猫の知る必要のないこと───命の果てだ。
白猫は飼い主である男の想いが通じたのか、そのこけた頬をひと舐めして、部屋を後にした。
───さよなら。
その言葉は発されることもなく。白猫が去った部屋の中、男は独り。幸せそうな笑みを浮かべて、息を引き取った。

「……?」
目を覚ますと温かい部屋の中。中央のかまどでは鉄鍋がぐつぐつと煮えて、炊飯の白煙りをあげていた。
ひとつ大あくびをすると、鍋の番をしていた白髪の女性が気付く。
「おぉ。目が覚めたのかい?」
女性は、随分と年を取った老婆だった。
真っ白な着物に真っ赤な帯を締め、流れるような白髪はあまりの白さに青白く光を映す。
砂浜に生きる、老婆だった。
この人を知っている。
とても懐かしい気持ちで、思わずピンと尾を反らして近づいた。
「おぉおぉ…おかえり」
あぁやっぱり。あたしはこの人を知っていたんだ。ここは、あたしのおうちだったんだ?
老婆のひざの上に飛び乗り、微笑んだ優しい表情を見上げる。
ぱちりと瞬きした瞬間、老婆のことを思い出す。
老婆は、こうして砂浜で───いつまでもいつまでも漁師のご主人を待っている。
村の者達に追われても、いつまでもいつまでも…それが、もう何百年も昔のことであるかも忘れてしまうほど、永い間、待ち続けている。
室内の様子を見るに、やはりまだ、主人は帰ってきていないようだった。
たとえ主人がどんな姿で戻ってきても大丈夫なように、沢山の医学書や妖術書が棚に並んでいた。
可哀相だな…おばば。
そう思った途端、不意に記憶のかけらが蘇えった。
自分も大切な存在を失った。
最期をみとることもできず、彼の意思を酌んで───あの部屋を出てきたのだ。
「……心配はいらないよ……?」
凍りついた白猫の表情に、事を察した老婆…おばばは、白猫の小さな額を撫でながら告げる。
「必ずまた戻ってくる…。消えてしまうものなんて、この世にはないんじゃよ」
嘘だ。事実、おばばの主人は漁に出、荒れ狂う嵐の中で消息を立った。
そして自分もまた、大切な人を失ったばかりだ。
白猫が疑いの眼差しを向けて「にゃー」と不信げに鳴くが、おばばは微笑んだままだった。
「このおばばが嘘を言うと思うのかえ? 随分と素直じゃなくなったもんじゃのう」
降り積もる雪が屋根を軋ませ、天井伝いに音を立てる。
「……いずれ嵐が起きる」
「?」
「黒雲から稲光が落ち、吹き荒ぶ雨の中。墓土を這い出して来るじゃろう…」
おばばは、不意に笑い出した。
「あやつの生命が、あの世におさまるはずもない」
あやつ? おばばもあの人を知っているのだろうか。
心配性で、お人好しで。でも呑気者の彼。
あたしの大切な、人。
「墓場から現れた時、独りぼっちでは寂しかろう…。その時まで、お前もゆっくり休むんじゃ」
おばばが頭を撫でるのが気持ちよくて、つい白猫の大きな瞳はうとうとと瞑られていく。
「しばしの間じゃ…。のう?」
語りかける言葉も、沈み込んでいく眠りに掻き消されてしまう。
「…ねこむすめ…」
鉄鍋に乗った木の蓋がことことと音を立てる中。
白猫は、しばしの眠りについて行った。
それは下駄を履いた少年との戦いの夢、飼い主と飼い猫として人間界で暮らす夢…
沢山の夢が行き交うけれど、それはどれもこれも現実の記憶。
ただ。
今の白猫───猫娘にとって、それが過去のことなのか未来のことなのかは、分からない。


Fin.

関連SS 『白猫の夢』 『青年の夢』

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