| □ Genre menu bar □ はじめに ゲゲゲの鬼太郎 DRAGON BALL 3.3.7.ビョーシ 犬夜叉 GAME | ■ ゲゲゲの鬼太郎 ■ |
|
|
[
27 ねこみみ
] とある戦いが終わった。 いつものように鬼太郎はいくばくかの無常感に胸を痛め、目玉のおやじは「さすが我が息子じゃ」とご満悦。 いつもと違っていたのは、相対した妖怪が妙な霧を扱う術士だったということだ。 その霧はある者を眠らせ、ある者の悪意を引き釣り出す。様々な霧を使い分けていた。 けれど鬼太郎や猫娘には心の片隅にも悪意が存在せず、操ることはできなかったのだ。 しかし翌日。目を覚ました猫娘は、いつものように髪をすくために鏡台の前に座ると、その異変に気付いた。 「ンギャアァァァっ!」 その声は妖怪アパートのみならずゲゲゲの森に響き、聞きつけた化けガラスが鬼太郎の元に知らせに飛んだ。 「一体どうしたのじゃ! 猫娘、ここを開けんかっ」 砂かけばばあがドンドンと扉を叩いても、猫娘は内側から鍵をかけ、それでも心配になってドアノブを強く引いていた。 「なんでもない…なんでもないの…っ。だから…」 「何でもないのなら、ここを開けんかっ」 「なんでもないから、開けないっ!」 しばらく押し問答を続けていると、不意に猫娘の『耳』に妙な声が聞こえた。 ───好きだよ。 まるで『耳』元で囁かれたような声に、慌てて周囲を見渡す。 誰もいない部屋の中。声を発するような者などいない。 自分には妖怪アンテナなどないから、室内のもの(それは家具や壁やカーテン全てのもの)に宿った妖怪がいるのかもしれないけれど。 でも、違う。その声は聞き覚えのある声だ。 ───好きだよ。 よく、知っている。あの声だ。 「おばば。何があったんです?」 扉の向こう。その声は、きちんとその姿とともに聞こえてきた。 「おぉ鬼太郎っ。来てくれたのか」 「一体 何が…。おーい猫娘ーぇ。僕だよ。開けてくれないかなあ?」 磨りガラスの向こうに鬼太郎の影が映る。 「おーい? どうか…したの?」 けれどその声とは別に、猫娘の『耳』元を掠めるのは、やはり間違いなく鬼太郎の声だった。 ───好きだよ。 その度に猫娘は、胸が苦しくなる。 それは病気や疲れなどの苦しさではなく、心の端まで甘く広がるような気持ちだった。 だから頬がパアッと赤くなってしまい、恥ずかしくて開けられない。 「どうもしない…よー? だから、もう帰ってよ」 「猫娘…」 残念そうに鬼太郎が呟く。とても寂しそうな口調に胸が痛むけれど…こんな姿は見せられない。 見せられないのは赤く染まった頬だけではない。鏡の向こう、自分に起きた異変に怯えて、猫娘は身をすくめた。 「…どうもしないそうです…から。僕たちはもう帰りましょう」 「うむ。そうじゃな」 「しかし…っ」 「おばば、心配しないで。さあ、帰りましょう…」 廊下を行くカランコロンという下駄の音とともに、二人(プラスおやじ)の影が消える。 猫娘はほっと安堵の吐息をもらして、よろよろと玄関口から室内へと戻っていった。 鏡台の前。もう一度、おそるおそる鏡を覗き込む。 「……なんなの…? これ…」 頭の上。普段ならば後ろに結わいたりぼんが見えているはずの場所に、二つの……『耳』が生えていた。 もしも自分がただの猫ならば、何の不思議もないことだ。けれど猫娘は人化した妖怪だ。 これは何かの予兆なのだろうか? 猫娘は不安げに眉を顰める。 このまま少しずつ少しずつ……尻尾が生え、全身が毛で覆われ、言葉を失い、思考さえも留まり…、ただの猫になってしまうのではないだろうか。 「…そんなの……ヤダよ…」 頭を抱えるようにして、両耳を押さえる。すると… ───好きだよ。 いくら塞いでも、その声はやはり耳元で聞こえてきた。 顔の左右にある耳からではない。頭のてっぺんに生えたこの猫耳から、聞こえてくる。 言いようもない恐怖感に震えていると、ふと目を上げた鏡に、鬼太郎の姿が映った。 「……え?」 「へえ…。どうしたの? それ」 振り返ると、両腕を組んだ鬼太郎が仁王立ちしていた。 「き、鬼太郎!? ど…どうして…」 ふと足元をみると、遅れてきたぺらぺらの紙状の片足がするすると元の人型に戻って行った。 鬼太郎はその身を変化させることができる。おそらくは薄く伸びて扉の隙間から入ってきたのだろう。 「か…帰るって言ったじゃないのーっ」 「ごめん。だって、心配だったから…」 ばつが悪そうにぽりぽりと頭をかく。意識的に変化できるのは鬼太郎だけらしく、目玉のおやじはいないようだった。 「おばばも心配してるよ? ねえ鍵開けてもいい?」 尋ねるように言いながら、その手はすでに鍵を開いていた。 すると、身を潜めていた砂かけばばあと目玉のおやじが中に入る。 「おぉ! どうしたんじゃ、その耳は…」 砂かけの顔を見て安心したのか、猫娘は大きなまなこに涙を滲ませた。 「あたしだって…分かんないよ〜…」 一度ほろりと伝った涙は、堰を切ったようにあふれ出した。 びっくりして泣き出した猫娘の耳に、またあの声が届く。 ───好きだよ。 猫娘が泣きやむのを待っているうちに、部屋には知らせを聞きつけた子泣き爺や一反もめんたちが訪れていた。 それぞれ手土産まで持ち寄っていて、すっかりおやつどきのような雰囲気の中、砂かけばばあが茶をすする。 「うーむ…。しかし妙なことだのう」 「えぇ。でもこれ…ちょっとごめんね? 猫娘…」 頭の上、猫耳の先をつまんでくいっくいっと引っ張ってみる。 「作りものじゃあ…ないみたいですね。本当に、猫娘の耳みたいだー…」 「…うん。くっついてるだけじゃなくって、ちゃんと動かせるの」 ぴくぴくと動かしてみせると、一同「おぉー」ともの珍しそうに喝采を上げた。 その中でも。また、別の声が聞こえてくる。 ───好きだよ。 「ほんと…どうしてこんなことになっちゃったんだろう…」 猫娘の頬が赤く染まったのを不思議がって、鬼太郎がその顔を覗き込む。 「別に…いいんじゃないのかなあ。全然、変じゃないし…」 可愛いし。いや、それはいつものことなのだが。 「それとも。何か不都合なことがあるのかい?」 「え…?」 じっと覗かれた鬼太郎に目を合わせると、また、その声が響く。 ───好きだよ。 鬼太郎は口を閉じたままだ。だけど、聞こえてくる、鬼太郎の声に、猫娘はまた胸が高鳴る。 まるで、目の前の鬼太郎に言われたように思えて、恥ずかしかった。 「?」 「なんでもない…よ」 それは嘘だと、さっき分かったばかりだ。今の猫娘の言葉は、ちょっと信用できない。 すぐにまた目を逸らしたのが嘘つきの証拠だ。 素直な猫娘は嘘をつくのも下手くそだった。 「うーん…。他にまだ、何か隠しているね?」 「! か、隠してなんかいないよ〜…」 「何が起きたのかが分からないと、原因も探れないんだよ? そりゃあ…ずっとそのままでいいというのなら、いいけど」 いつもの座った目で冷静に告げる。こういう時の鬼太郎は、本当にいじわるだ。 猫娘への心配ゆえに、その厳しさを向けてくる。 ───好きだよ。 ビクッと肩を震わせてその声に耐える。 何度も何度も響いてくる言葉に、猫娘は段々と恥ずかしくなってきたのだ。 「猫娘?」 「……声が…聞こえる…の」 「声? どんな…」 猫娘が黙り込むと、鬼太郎は目を上げて、無言で父に助けを求めた。 「それは聞き覚えのある声なのか? それとも、見知らぬ怨霊の声なのじゃろうかのう」 「怨霊なんかじゃないよ…っ」 「じゃあ誰の声?」 不思議そうにじっと顔を合わせる鬼太郎をちらり見て、猫娘は鬼太郎を指差した。 「え…? 僕??」 きょとんとした鬼太郎の顔をもう一度みると、やはりあの声が響いてきた。 ───好きだよ。 「それで、鬼太郎が何と言っているのじゃ?」 「なにって…」 一斉に注目され、猫娘は恥ずかしさに顔を覆った。 「???」 目の前にいる鬼太郎は、そんな猫娘の心模様の欠片も読み取れない唐変木だけれど。 その声にはもっと、猫娘を思いやり、優しく包むような響きが潜んでいた。 ───好きだよ。 そして、分かっているよ、と。猫娘の気持ちまでも見透かした、絶対の自信に満ちた温かい声だった。 「僕が…何て言っているのかなあ…?」 「…教えない」 「でも。それとこの耳と、何か関係があるんでしょうかね? 父さん」 「うーむ…」 さすがのおやじにもそんなことは分からない。この世はなべて謎だらけだ。 謎の存在が実体化した妖怪がそう思うのだから、間違いない。 「…ごめんよ? 僕の声がうるさいのかな…」 「え?」 真っ赤な顔をふるふると振ると、同じように頭の上で猫耳も揺れた。 「うるさくなんて…ない、けど…」 「でも…。猫娘、とても困ってるみたいだから…」 「困ってるわけじゃあ…ない…けど」 でも困る。嬉しいけれど困るのは、どうしてなんだろう。 ───好きだよ。 また俯いてしまった猫娘を前に、鬼太郎はふうとため息をもらした。 その時。 「うん?」 淡く色づいた霧が鬼太郎の口から漏れて、ふわふわと上空に浮いた。 「何じゃ? あれは」 のんきにお茶を楽しんでいた子泣き爺たちも顔を上げ、浮遊する霧を見つめる。 「あれは…」 鬼太郎がふと気付いてキッと睨みつけると、その霧は慌てふためくように左右に揺れながら窓の外へと出て行った。 「おぉ! 猫娘の耳がっ」 窓の向こうを追っていた鬼太郎も、遅れて顔を向ける。 「え?」 鏡台を振り返ると、猫娘の頭から猫耳はスゥっと消え去り、いつも通りのりぼんが見通せるようになった。思わず頭を手で触れる。 「ないっ。なくなった〜っ!」 気のせいか、少しばかり頭が軽くなったような気がする。猫娘は嬉しそうに飛び跳ねた。 「しかし…。あれは一体 何だったんじゃ?」 目玉のおやじが不思議そうに首をひねる。 鬼太郎には分かっていた。 術にかかっていたのは自分の方。先刻、戦った妖怪の術が鬼太郎の中に残り、鬼太郎の妖力を得て猫娘にまで影響を及ぼしてしまっていたのだろう。 「…ごめんね? 猫娘」 「えっ?」 どうして鬼太郎が謝るのか、猫娘には分からなかった。 それより何より、変な耳はなくなったし、恥ずかしくなる声はもう聞こえてこないことが嬉しくて、笑っている。 「あの妖怪の妖術が残っていて…、僕の本心が漏れちゃってたみたいだ」 「鬼太郎の…?」 ───好きだよ。 それは頭の上の耳から聞こえてきたのではなく。 鬼太郎の困ったような笑顔、猫娘に向けられた瞳を見ていたら、おのずと伝わってきていた。 Fin. |