| □ Genre menu bar □ はじめに ゲゲゲの鬼太郎 DRAGON BALL 3.3.7.ビョーシ 犬夜叉 GAME | ■ DRAGON BALL ■ |
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01 草原の上
] 初夏の爽やかな風が波打つ海原のように草花を揺らし、駆け抜けてゆく。 草原の上。大地に溶け込むように静かに寝そべるピッコロ大魔王は、無意識にこの心地好さに辿り着いたのだろうか。 戦闘中とはうって変わって、それは本当に微かな気だったけれど悟飯にはすぐに分かった。 もう半時ほどこうして隣りにいるけれど、ピッコロは起きる様子もない。 それでも、いい。 ただその穏やかな寝顔を眺めているだけで、悟飯は思わず笑顔になる。 (天気もいいし…ね) 見上げた空は抜けるような青空。 眩い太陽の光が射していた。 (ピッコロさんは……どんな夢をみるんだろうか?) 精神世界の発達したナメック星人である彼が、どんな夢を見るのかに想いを馳せる。 それは、学者としての興味ではない。 ただ純粋に、ピッコロのことが、知りたい。 (この平和な地球で。戦闘型のピッコロさんは、何を望むんだろうか…) と、悟飯の中でチクリと痛みが走った。 この平和の中。今はいない父───悟空との戦いを思っているのではないかと、思った。 ピッコロは、悟空を倒すためだけに産み落とされたと云う。 それが憎しみだけではなく、好敵手として認めてからも、ピッコロは悟空しか見ていなかったように思えてならない。 戦いも、悟空をも失ったピッコロは、ただただかつての戦いに想いを馳せるのだろうか? だから時おり、こうして神の神殿から抜け出して、一人、退屈を癒しているのだろうか? 「………」 せめて自分が、そんな退屈を少しでも埋めつくせるならばいいのに。 ヒュウと風が凪いで、悟飯の短く切りそろえた髪を撫でる。 (あぁ…そっか) 自分は悟空の息子だ。当然 顔もよく似ている。 だから、この髪をちょっと伸ばしたら、そっくりになるのだろう。 自分を通して父・悟空を思い出せば、ピッコロの退屈しのぎにはなるだろうか? 「……何を、考えている」 「え?」 目を伏せたままのピッコロが急に告げたから、聞き違いかと思った。 が、その眼は静かに開かれた。 「起こしちゃいましたか」 「いや。熟睡していたわけではない」 なんだか失敗したような気分で失笑する悟飯を見て、ピッコロは起き上がる。 「妙なことを考えている気が、したんだが…」 いつもの無表情で悟飯の様子をじっと見据えて、 「気のせいか」 能天気な表情に、気持ち安堵する。 「へ? あー! ピ、ピッコロさん僕のココロ読んでたんですかっ?」 「? いや」 悟飯もまた安堵の吐息をもらす。 ピッコロやデンデにとって、人の心読むことなど容易いと、つい忘れてしまうのだ。 「空気が、変わった」 「え…?」 寝起きの眼には眩しいのだろう。ピッコロは目を細めて天空を仰ぐ。 「何かあったのか」 (ピッコロなりに)優しく問いかけると、悟飯は嬉しさを隠せずに、思わず笑みがもれる。 「?」 ピッコロが自分を気にかける言葉が嬉しい。 「何だ。何が可笑しい」 「可笑しいんじゃないよ、ピッコロさん」 背筋を伸ばすように、ピッコロに顔を寄せ、上目遣いで見上げる。 当のピッコロは「心配」していることなど気付いてもいないのだろう。 「……おかしな奴だ」 「フフフ。ねぇピッコロさん? 空気が変わった、ってどんな感じなんですか」 「そうだな」 ナメック星人特有の感覚を、悟飯にも分かるように言葉を選ぶ。 眉間にしわを寄せてまで考えこむ律儀な様を、悟飯はシアワセそうに眺めていた。 「お前の心の中はいつも、温かいモンばかりでいっぱいだ。それが…」 また、風が凪ぐ。 ピッコロの瞳に映った草原が揺れたから、悟飯はそれに気付いた。 「急に、冷えた。ほんの一瞬だが」 「へぇ…」 そんな些細な気持ちの揺らぎには気付くのに、今までずっとずっと抱えてきた悟飯の気持ちなど、カケラも伝わっていない。 無理もないけれど。 ピッコロには「恋愛感情」など、ない。 元々存在しない感情に対して、理解を求めても始まらない。 「何か心配ごとでもあるのか」 「……いいえ」 目を逸らすと、ピッコロは呆れたように告げる。 「馬鹿か、お前は」 「ええ?」 「この俺様に、そんな嘘が通じると思っていやがるとはな」 「嘘……?」 「話してみろ。お前、一瞬 妙なことを考えていただろう」 「………」 悟飯は口を閉じ、困ったような笑みを浮かべたままで黙り込んだ。 ガキの時からそうだった。 弱虫、泣き虫のくせして、悟飯は頑固者だ。 「日常生活でのことか?」 「……いいえ」 「では、何か危険な戦いが…」 「まさか」 「ふむ。では…あの、娘のことか?」 「違いますよ」 「それじゃああの、口やかましい母親の…」 「ピッコロさんには、分かりません…よ」 まるで挑発するかのように、悟飯が話を区切る。 「ピッコロさんにも分からないことが、この世にあるって……知ってましたか?」 「───当たり前だ」 「?」 ピッコロはまた仰向けに横になり、両手を重ねて枕にする。 「お前たちは訳が分からんことばかりだ。特にお前やお前の父親は最悪だ。全く理解できん」 そんなに簡単に諦められると、悟飯はちょっと寂しくなった。 「知りたいですか?」 「ああ?」 我ながら迂闊なことを尋ねてしまった。 ピッコロが自分に、あるいはこの世界に、興味を持つはずもないのに。 知りたくもない、と、事実を突きつけられれば、辛いのは自分の方なのに。 「………」 言葉を選んで、返答に迷うピッコロの上に身を乗り出す。 「簡単ですよ」 ピッコロの手を取る。 その指先は鋭い爪が尖っているけれど、抗うことは、ない。 決して悟飯に爪を立てたりなど、しない。 (でもね、それは……僕が抱えている『想い』とは、違うんだよ…ね?) ピッコロにとって。自分はまだ幼い頃のあの、まま。 泣き虫で甘えん坊で手を焼く、子供のまま。 「悟飯…?」 その手をそっと自分の額に当てる。 こうすれば、より深く悟飯の心の内が読めるからだ。 「………」 目を閉じて。体の力を抜いて。 自分がどれほどの想いでピッコロを想っているのかを、思い浮かべてみる。 たとえ、ピッコロとっては未知の感情であっても、少しぐらいは伝わるだろう。 この胸を焦がす、満タンな気持ち。 「? 俺、だ」 「……そう、ですよ?」 「いや、違うな」 「え?」 「俺じゃない」 「へ?」 ピッコロの手が離され、悟飯は目を見開く。 「……こんな俺は存在しない。姿形は似ているが…。あぁネイルか?」 それともデンデか? と首を傾げる。 「存在しない、って?」 「お前の中には優しげなナメック星人がみえた。だが、それは俺じゃないと言ったんだ」 「……どうして?」 「どうしても何も…」 「あなた以外の誰が、こんなに僕を目一杯にさせるっていうんですか?」 「?」 本当に通じていないのだろう。 ピッコロは不可思議そうに悟飯を見上げたままだ。 「何度も言ってるのに…。僕はピッコロさんが大好きだって」 まるでデータ処理中、エラーが出て壊れたロボットのように、ピッコロの思考が止まる。 ───大好き─── 確かにその言葉は、悟飯と出会うまでは知らない言葉だった。 いや、たとえ知識として知っていたとしても、自分の生きていく上で関わりのない言葉だった。 だから、ある時 悟飯がその言葉を告げた時と同じく、ピッコロの思考は停止した。 自分の理解の範囲を、越えていた。 「スゴク、好きなんですよ?」 「……分からん」 ようやくピッコロが言葉をもらすと、悟飯は口元を上げてふふふっと笑った。 「知ってますよ」 ピッコロが、どれほど『愛のカタチ』を理解してないかなど、知っている。 研究を重ねるまでもないこと。 だから、悟飯の胸にはいつもどこかでチクリと痛みが走るのだ。 戦士としての目標は、全て悟空に向けられている。 ならば自分は何を求めることができるというのだろうか? もう悟飯は、ただの師弟愛に甘えたい子供では、ないのに。 「また、だ」 「?」 「その、感じだ。また妙なことを考えただろう」 こんなに鋭いのに、大事なところはてんで鈍い。 だから悟飯は笑うしかない。 「……そんな表情をするな」 「………」 「お前のそんな顔は、見たくない」 どんな攻撃を受けたときにも見せなかったような苦しそうな顔で、ピッコロが見つめ返す。 悟飯の鼓動がトクリと音を立て、体中の血が逆流するのを感じた。 「!」 我を失っていた。悟飯を留めていた理性など、隅に追いやられてしまった。 考える間もなく、ピッコロに顔を寄せてその唇を重ねてしまってから、自分のしてしまったことに、気付く。 (こんなことしても…ピッコロさんは理解に苦しんで困るだけなのに) 冷ややかな唇だったけれど、それは思いのほか柔らかくて。 悟飯の中で何かが満たされていく気が、した。 弟子としてではない。強い力でピッコロに惹かれている自分に、また、気付く。 (ピッコロさんが、好きだ) そう思った瞬間。凍りついていたピッコロが、急に悟飯を跳ね退けた。 「わあっ!」 「な、何をしているんだ、お前はっ」 しりもちをついた悟飯は、打ちつけた腰をさすりながら顔を上げる。 「何を考えているっ」 「あ」 ひょっとして、伝わったのだろうか? 悟飯が、あらぬことまで考えていたことを、ピッコロは読んでしまったのだろうか。 「ゴ、ゴメンナサイ」 「………っ」 鋭く睨みつけたまま、チッと舌打ちする。 「あ…の」 「言い訳などしなくていいっ。全く…貴様らは本っ当に衝動的な人種だな」 「貴様…ら?」 「お前も悟空も、ベジータもだっ。後先考えず衝動的なところはそっくりだっ。お前はもう少し利口だと思っていたが…、どいつもこいつも大差ない」 「…スミマセン」 まさかこんなところでサイヤ人を代表して頭を下げることになるとは思わなかった。 (僕はハーフなのに〜…) 「あのな、悟飯。お前らのソレは、子孫繁栄のために女に対してする行動だろうがっ」 (無粋だなぁ…。ピッコロさんて…) 「勘違いするなっ。それに、俺は練習台になどなる気はないぞ」 「へ?」 「お前がそういう年頃だということぐらい、分かっている。だがな」 「分かってるんですか?」 悟飯が目を見開くと、ピッコロも怒鳴りやめた。 「お前…。俺を誰だと思っている」 「誰って…」 僕の大事なピッコロさん。そう言いかけて、やめる。 そんなことを言ったら怒鳴りつけられそうなほど、ピッコロは真剣な眼をしていた。 「今や神と同化したんだ。この星の理ぐらいは知っている。お前は、思春期だ」 「は…はあ」 勝ち誇ったように説明するピッコロがなんだか可笑しくて、悟飯は力なく笑う。 (ピッコロさんが「思春期」だなんて言うの、なんか変だ〜) 「いつまでも子供ではない。だがな、勢いに任せて勘違いするのは…」 「勘違いなんて、してませんよ?」 「いーや、している」 「してませんってば」 「俺は、女ではない。間違っているだろうがっ」 「男でもないですよ」 「何っ?」 「ナメック星人には、男とか女とか。そういう性別がないんでしょう?」 ピッコロは言葉を詰まらせ、ハァと吐息をもらす。 「……そうだ。だがな」 「だからピッコロさんには分からないんだ」 こんなに好きだということ。 大切で。本当に大事で。胸がいっぱいになるくらい温かい気持ちが、熱すぎて。 同時に胸が詰まるほど苦しい気持ち。分かりようがない。 辛い部分もあるけれど、やっぱり悟飯は笑っていた。 好きだということの方が大きいから、やっぱりこの気持ちは温かい。 「………」 やはりまだ不可思議そうな表情で黙り込んでいるピッコロに、微笑みかける。 「知りたいですか? だったら簡単ですよ」 ピッコロの肩に触れ、その身を抱きしめる。 「ずっと、僕のことを考えて。ずっと、僕の心を読んでいて、下さい」 「………」 ピッコロは黙り込んだまま、悟飯の言葉を頭の中で復唱する。 ずっと、悟飯のことを、考え、て……? 「………」 そんなことは、いつも、いつもしている。むしろ、悟飯のことばかりを考えている。 心配、している。 「……おかしな奴だ」 草木を揺らす風が、二人を避けて流れていく。 さっきまでは体を撫ぜるように吹き抜けた風も、今度は半分だ。 重なり合うように寝そべった二人の輪郭をなぞるように吹き抜けて行った。 Fin. |