| □ Genre menu bar □ はじめに ゲゲゲの鬼太郎 DRAGON BALL 3.3.7.ビョーシ 犬夜叉 GAME | ■ ゲゲゲの鬼太郎 ■ |
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29 待ちびと
] 町の妖怪事件を解決した鬼太郎は、カランコロンと下駄を鳴らしながら、歩道橋を渡っていた。 妖怪ポストに届いた手紙に呼び出され、事件を解決し、そして帰宅する。 まるで便利屋のような生活だが、鬼太郎は目玉のおやじ共々「大したことがなくてよかったですね」などと呑気に語り合いながら家路についていた。 「うん?」 歩道橋の下。車の行きかう車道の脇、飲食店のたち並ぶ歩道にふらふらと進む桃色のリボンが視界に入った。 間違いなく、猫娘だった。 気を抜いていたせいかアンテナは妖気を察知せず、その目で見るまで気付かなかった。 (一体…何処に行くんだろう?) 猫娘は、何ごとかあれば鬼太郎の家を訪ねるけれど、それ以外の時間は他の妖怪たちと同じように勝手きままに生活している。 毎日が共に過ごす日々だとしたら、それはとても幸せなことだけれど……。 それは鬼太郎が胸にしまいこんだ、わがままだ。猫娘には猫娘の生活というものがある。 けれど…やはり気にかかる。 不意に路地を曲がったところで、その姿は視界から消えた。 「鬼太郎ー」 夕焼けの広がる緋色の空を渡り、一反もめんが近づいてくる。 「いや、すまんかったばい。遅れてしもうた」 助けを呼んだオカリナの音が届いたのだろう。けれどもう事件は解決していた。 「いいんだ。遠くまで悪かったね」 「いや。またいつでも呼んできんしゃい」 送るよ、と足元にひらひらと舞うが、鬼太郎は目玉おやじを髪の毛から下ろし、首を横に振った。 「父さんを送ってくれるかい?僕は…もう少し散歩して帰るよ」 「どうしたんじゃ?鬼太郎」 「すみません、父さん。ちょっと…気になることがあって」 大したことではないから、と微笑みかけながらも、鬼太郎は気もそぞろに路地を曲がった猫娘の気配を追っていた。 一反もめんと目玉おやじを見送り、歩道橋を飛び降りて、カラコロカラコロと下駄を鳴らして路地を曲がる。 路地裏の先に目をやると、丁度 猫娘が左に曲がるところだった。 (こんな細道の先に…何が…?) 慎重に歩を進めると、野良犬が軽快な足取りで細道に入る。 「っっ!!」 きつく睨みつけて脅しをかけると、野良犬はクゥンと弱い声で鳴いて道を戻って行った。 町には危険がいっぱいだ。鬼太郎はもう一度強く自分を奮い立たせて猫娘の足取りを追った。 電柱の脇に身を隠し、ブロック塀の上の野良猫に「元気?」などと呑気に挨拶を交わしている猫娘を見守りながら、鬼太郎は思う。 いっそのこと、守護霊のように猫娘についてまわれたら…。 気体に変化してその上空から見守ることもできなくはない。 そして猫娘に危険が迫った時だけ実体化する。そんな正義の味方ならば悪くない。 「あ…」 うんうん頷きながら考えているうちに、猫娘の姿はまた路地のかげに消えた。 それから猫娘は……。 町のショーウィンドゥを眺め、人並みをかき分けて。 顔見知りの商店街のお店に入ったかと思えば仲良く話をして出てきて。 川を渡る線路橋の近く、土手に出て、夕映えを渡るカラスたちに手を振った。 (もう…帰るのかな?) 妖怪は夜型タイプが多いけれど、猫娘はまだ子供だ。 いくら猫目で夜目がきくからといって、あまり遅くまで出歩くのは感心しない。 けれど猫娘は草の茂る土手に座り込んだまま。その大きな瞳には夕焼けのオレンジ色が艶やかに映っていた。 (まるで…誰かを待っているみたいだ……) 思いついてハッとする。夕暮れ時の土手の上。いつかどこかで観た恋愛映画のような光景だ。 三角すわりに腰掛けたひざにひじを乗せ、組んだ手にあごを置いた猫娘は「はぁ…」と悩ましげなため息をつく。 (誰かと…待ち合わせ、してるの?) 人間世界でいうには今は丁度学校帰りの時刻。家路を辿る『誰か』を待ちわびているのだろうか。 「!」 すると、土手の上を数人の軍団が駆け足で行き過ぎる。 何かクラブ活動なのだろう。「ファイト」「オー」「ファイト」「オー」と掛け声を上げながら、学生たちが駆け抜ける。 (まさか…あの中に……) 厳しい視線で凝視するが、座り込んだままの猫娘は一瞥しただけで、さほど興味もなさそうにまた川の流れに視線を戻した。 (違…った…) ひざ丈まで伸びた草に身を隠し、鬼太郎はほっと吐息をもらす。 思えば。いくら幼なじみとして長い年月を過ごしてきたとはいえ、鬼太郎の知る猫娘はその一片に過ぎない。 鬼太郎の知らない所で、猫娘がどんな顔をして、どんな者と会い、どんな時間を過ごしているかは知りようがない。 本当だったら今だって、『鬼太郎の知らない猫娘の時間』なのだ。 「………」 まるで猫娘の秘密を探るような真似はしない方がいい。 (もう…帰ろう) 鬼太郎はどこか切ない気持ちで立ち上がり、振り返った。 すると……。 「ねえ、鬼太郎」 「!?」 振り返った猫娘は平然とした顔をして呼びかけた。 丁度、頭上の橋を通った電車の滑走音がうるさくて、パクパクと口を開いた猫娘の声が聞こえない。 「え?何だい…?」 目を上げて「あぁそうか」と電車が行き過ぎるのを待ち、通り過ぎたところでもう一度話しかける。 「さっきから、何してるの?」 「何…って」 本当に。何をしているんだろう…。 猫娘の的確な指摘に、鬼太郎は苦笑した。 「ねえ、鬼太郎もこっちにおいでよ」 猫招きするように右手を曲げ、鬼太郎を誘う。 「う…うん」 隣りに腰掛けると、そこはさっきの場所から数歩も離れていないけれど、川岸から向こう岸までのぞけて、水面はきらきらと夕映えが反射していた。 「ここからの方がきれいだよ?」 「うん…そう、だよねえ」 いつも暮らすゲゲゲの森ほどは浄化されてはないけれど、それでも川を挟んだこの景色は美しい。 そして自然と流れを追ううちに猫娘の横顔が視界に入り、もっと美しい景色になった。 「また…何か事件があったの?」 「え?あ、うん。でももう解決したんだ」 「ふうん。そう」 長く伸びた影が土手の上に走る。猫娘の前髪が風に揺れるたび、濃い影がそのまぶたにかかった。 「……いつから気付いてた…の?」 気まずく両手の指を絡ませていると、猫娘は肩をすくめて笑い出した。 「歩道橋にいた時から」 「えっ?じゃあ…」 「だって鬼太郎、その下駄」 「え?」 アスファルトの上を走る下駄の音がずっとついて回っていた。気付かないはずもない。 「あー…そっかぁ」 「それにね。あたしの方が最初に見つけたんだよ?」 買い物に出た帰り道。歩道橋の上に鬼太郎の姿を見つけた。 声をかけようかどうか迷ったけれど…。鬼太郎は目玉のおやじと楽しそうに語らっていたから、つい呼びかけそびれたのだ。 「そう…だったの?」 「うん。そう、だったの」 「あはは。何だー…声かけてくれれば良かったのに」 目を細めていた猫娘の笑いがふと止まる。 「……うん。そうだよね。でも…何だかできなかったの」 いつもの森の中とは違い、ふと見かけた鬼太郎の姿はいつもと違うような気がして、どう声をかけていいのか分からなくなってしまった。 あれは『猫娘の知らない鬼太郎の時間』なのだから。自分の存在が排除されているような不安な気持ちに陥った。 「知らないふりしてなきゃいけないのかなって…思ったの」 「どうして?」 「うーん…。どうしてかな」 暫し考えこんで、「あぁ」と顔を上げる。 「あたしの知らない、鬼太郎だと思ったから」 「え…?」 鬼太郎は目を見開いていた。それは、さっき自分が考えていたことだ。 同じようなことを同じように感じていたのだろうか。 けれど。 鬼太郎はそれでも知りたいと猫娘を追ったけれど、猫娘は目を背けるように路地を曲がっていってしまった。 同じようでいて、同じではない。 「……猫娘は冷たいよねえ……」 「にゃん?何がよ」 鬼太郎は「はあ」とため息をもらす。 思えば今までだってずっとそうだった。 何か事件があれば駆けつけてくるけれど、何ごともなければ顔を見せない日も多い。 毎日だって会いたいのに、毎日だって会いに来て欲しいのに。 それはまるで、甘える時は甘えてくるのに、気乗りしない時には時は我関せずとばかりに目も向けてくれない、わがままな猫のようだった。 「……もういいよ。それで? 猫娘はどうしてここに来たんだい」 「うん、お買い物しようと思って。そしたらお財布忘れちゃったことに気付いて」 「ふうん…。それで?」 「それで、帰ろうと思ったの」 「本当に?だって、ここは帰り道とは逆じゃないか」 陽は暮れなずみ、空の半分はすでに夜闇の影を覆っていた。 「誰かを、待ってたんじゃないの?」 疑るように睨みつけたが、それはいつもののほほんとした間抜けな目だったから、さほど怖いものでもない。 「うん。そうだよ?」 あっさりと猫娘は答えた。 「───そう」 鬼太郎は冷めた声で呟き、さっさと立ち上がる。 「お邪魔したね、それじゃあ」 「え? ちょっと待ってよ。ねえ、あたし鬼太郎を待ってたんだよ?」 「……え?」 「だって、ずぅっと黙ってついて来るんだもん。どうしたのかな?って思ってたの」 それは……。 一瞬でも猫娘を疑ったことも、その発端となった自分の中の暗い気持ちも。うまく説明できそうになく、鬼太郎は黙り込んだ。 「それに、鬼太郎と一緒にここを見たかったんだぁ…」 もう陽は暮れてしまったけれど、さっき臨んだ景色を思い出す。 猫娘はこの場所を知っていた。以前に一人でここへ来たことがあるからだ。 けれどその時も、鬼太郎と一緒に見たいと思っていた。 猫娘の目を通じて、そこには鬼太郎の存在がちゃんとあった。 「…そう、だったんだ」 たとえ離れている時にでも、その心にはいつも互いの存在がある。 隣りにいる猫娘も、そばにいない時の猫娘も…。 「きれいな景色だったね」 「でしょ?」 嬉しそうにねこ娘が笑う。いつもの猫娘だ。大好きな、猫娘だ。 何を疑うこともない。 「でももう遅いから、そろそろ帰ろう?」 いつものように、差し出された手を取って、猫娘も立ち上がる。 「うん」 Fin. |