| □ Genre menu bar □ はじめに ゲゲゲの鬼太郎 DRAGON BALL 3.3.7.ビョーシ 犬夜叉 GAME | ■ ゲゲゲの鬼太郎 ■ |
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38 雨宿り
] 「あーんっ、もう〜…やだぁ〜…」 ぬかるんだ林道を猫娘は駆けていた。 突然降り出した雨がゲゲゲの森を覆う。鬱蒼とした木々の緑を吸って、空気までもが緑の霧に侵食されていくようだった。 出かける時も曇ってはいたが、雲はそう重々しくはなかったのに。山の天気は変わりやすい。 お土産に摘んだ花々も、胸元に抱き寄せて雨に濡らさないよう走ってきたから、すっかりとくたびれてしまっていた。 「あ……。ここ、近道しよっと」 いつもの道との分岐点で猫娘は足を止める。 草々の茂るけもの道に入り、身軽な足裁きで走り続けていた。 「…猫娘…?」 草を分けていた足が止まる。確かに今、自分を呼び止める声を聞いた。 しかし、振り返ってみてもその姿はなく。鋭い嗅覚で探ってみたが、雨に打たれた森の匂いが強くて判別できなかった。 けれどその声が誰であるかは分かっていた。 「鬼太郎…? どこー?」 耳を澄ますと、降り続ける雨が葉を鳴らす音の中、もう一度自分の名を呼ぶ声がした。 目を上げる。 木の枝からふらふらと下駄が揺れ、鬼太郎が見下ろしていた。 「どうしたんだい? こんな雨の日に…」 「鬼太郎こそ、こんなところでどうしたの?」 「うーん…」 鬼太郎が「おいでおいで」と手招きするが、猫娘は雨水をぷるぷると振るいながら首を横に振る。 「早く帰らないと風邪ひいちゃうよー。鬼太郎も帰ろう?」 「そんなに急がなくても…。ほら、ここなら雨宿りできるよ?」 再び「おいでおいで」と手招きされ、猫娘はひとつ頷いて木に登った。 木を覆うように伸びた葉が傘になり、今まで打ちつけていた雨はここまでは降り込まない。 鬼太郎の横に座りなおすと、つい鬼太郎につられて猫娘も微笑んだ。 濡れた髪からはまだ雨粒が滴っていたけれど、肩を並べていると温かい。 「ね? ここで雨が止むまで待ったらいいよ」 「止むのかなぁ…」 「止むさ。見てて?」 確信をもって鬼太郎が言う。そして、片足を蹴り上げて下駄を地に落とした。 ちゃんと鼻緒は上に向いている。 「ね?」 「本当だ…」 でも。 鬼太郎が合図するとリモコン下駄は何度か飛び跳ねて、また鬼太郎の足に戻ってきたから、これが正しい天気占いになるのかどうか…猫娘は首をかしげた。 「止まない雨はないさ。見て? こうして雨を眺めてみるのもいいものだよ…」 確かに止まない雨はない。しかしそれは数時間後か、数日後か…分かったものではないのだけれど、のんびり屋の鬼太郎にとっては、待つ時間の長さなどさして問題ではないようだ。 「うん…そうだね」 鬼太郎の視線に合わせて雨降る森を眺めてみる。 部屋から眺めた雨景色はいつも憂鬱で、早く止まないかとばかりにため息がもれたけれど、こうして見ていると悪いものではない。 ゆっくりと流れていく鬼太郎の時間に合わせて、猫娘も気持ちにゆとりを感じていた。 「…あれ? 丘に行ってたの?」 猫娘が大事そうに抱えていた花々に気付く。 「うん。もう、しなしなになっちゃったね…」 可哀相なことしちゃったな、と猫娘は残念そうに笑む。 あのまま、丘の上で地に根を張っていたのなら、この雨にも耐えられたのかもしれない。 「…ひどいことしちゃった…」 なんとなく。なんとなくだけれど。 生きているだけで犯さずにはいられぬ原罪の欠片に触れ、猫娘はしゅんと頭を垂れた。 ただキレイだったから、部屋に飾りたくて摘んできてしまったけれど、飾られることなく花は凋んでしまう。愛でられることもなく、咲いた花の一生にはどんな意味があったのだろう。 「……貸して?」 「え…? あっ」 花々を掴んだ鬼太郎が葉をそぎ取ると、バラバラと土に葉が落ちた。 「鬼太郎?」 地に落ちた葉は時間をかけて腐敗し、土に還る。そしてこの森とひとつになるのだろう。 感慨深げに視線を落とした猫娘とは裏腹に、鬼太郎は苦戦していた。 「あれ…? こう…だったっけ? いや…」 あまり器用ではない指先で、花と花を茎で編み込む。何か花飾りを作ろうとしているようだった。 「ふふふっ…こうだよ?」 再び猫娘の手に戻ってきた花々を丁寧に編んで、手際よく花の輪を連ねていく。 白い指先がしなやかに動くのを、鬼太郎は照れ笑いを浮かべながら見つめていた。 「そっか…。なかなかうまくならないもんだなぁ」 「鬼太郎はあんまり作らないもんね」 ある晴れた日。仲間たちと丘へピクニックに行くこともある。 一面に広がった花畑の中、猫娘は嬉々として花々を摘んだり編んでみせたりしたが、鬼太郎はいつもその傍らにあって、穏やかに微笑んでいる。 どの花よりも一番綺麗で、大切な───摘み取ることもできない一輪の花を愛でていることを、花自身は知らない。 「いつも、ぼーっとしてるよね? そんな顔して」 「え……」 また、愛でていた。 「ぼーっと、って…ひどいなぁ」 本当はいろいろと考えているのだけれど。それはとても口には出せないから、猫娘には内緒だ。 「はい、できた♪」 巧みに花の連なった輪を広げ、鬼太郎に渡す。しかしその花飾りはまたすぐに、猫娘の頭に乗せられた。 「うん。よく似合うよ」 「え…あたしのだったの?」 鬼太郎は肩をすくめて、コクリとひとつ頷いた。 『ありがとう』と言うべきかどうか迷う。どっちも言いたかったから、どちらからも言わずに笑い合っていた。 しとしとと雨が降り続く中、猫娘の笑顔が鬼太郎の心の照らす。 下駄予報は当たるも八卦当たらぬも…といった様子だが、こんな雨宿りならいつまで続いてもいいなと思っていた。 「猫娘は知っている?」 「なにを?」 「花泥棒はね、罪にはならないんだよ?」 「え…どうして?」 首を傾げた猫娘の頭から花飾りが落ちないように、鬼太郎はそっと猫娘の髪に手を伸ばした。 「どうしてだろうね?」 摘まれるほどの美しさこそが、罪なのかもしれない。 けれど。この花を───盗まれるわけにはいかない。 鬼太郎の手が肩口を通り、座った枝に添えた猫娘の手に重なる。 「ねえ鬼太郎? どうしてだろうね…」 強く手を掴んだまま、鬼太郎は答えない。 ただ押し黙ったままで、困ったように苦笑していた。 鬼太郎はまだ、花の摘み方ひとつ知らないのだ。 Fin. |