| □ Genre menu bar □ はじめに ゲゲゲの鬼太郎 DRAGON BALL 3.3.7.ビョーシ 犬夜叉 GAME | ■ ゲゲゲの鬼太郎 ■ |
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42 しりとり
] 穏やかな午後の昼下がり。 高台のゲゲゲハウスの縁の下に腰掛けた鬼太郎が、ぼんやりと顔を上げる。 「父さん…」 「うん? 何じゃ、鬼太郎」 茶碗風呂の湯もぬるまり、温水プールも悪くはないと縁に腕をかけていた目玉のおやじが問い返す。 「愛って何なんでしょうね」 「………」 息子の手にはゲーテ愛の詩集。昨夜から熱心に何を読んでいるのかと思えば、西洋人間の戯言、夢想の言葉に感嘆していたとは……。 軟弱な、と、目玉のおやじはため息をもらす。 「わしは、そんなハイカラで小洒落たもんだとは思わんがのう」 「そう…なんですか?」 「知らん」 森の中に呆れたカラスの鳴き声が響く。 無関心な表情で、逆上せあがった息子の表情をじっと見据えた。 「何ら特別なものではない。ただ、そこにある“もの”じゃ」 「そう…ですか」 旧時代を生き抜いた生き字引である父の言葉を疑うことはない。 しかし、“それ”はそこにはあっても形のある“もの”ではない。 なのにその形を知りたくて、手を伸ばす、思い描く、言葉を探す。 探すうちに手が絡まり、思想は混乱し、言葉は詰まる。 やはり、分からない。掴めない。鬼太郎は重いため息を吐いた。 「難しいことではないぞ」 「え?」 「お前の目に、何が映っている」 「僕の…目?」 目の前には父の入浴中の姿。鬼太郎は目を伏せてみる。 まぶたの奥に浮かぶのは。この疑問の発端となった娘の姿。 「……父さん。僕、出かけて来ます」 「うん? そうか」 逆上せ顔でため息を吐いているよりもはずっといい。 目の前にある“父の愛”が如何に強いものであるかを伝えたかったのだが…、鬼太郎の疑問はそこにはなかった。 即興の鼻唄を歌いながら、猫娘は林道を歩いていた。 天気もいいし、森を渡る風も心地好い。ご機嫌な足取りで散歩の帰り道。 気忙しい足音に気付いてふと足を止める。 「ん? 鬼太郎」 カラコロと下駄を鳴らして駆けてくる。必死の形相に驚いて、猫娘は目を見開いた。 「どうしたの。また…何か事件?」 「…違…う…」 目の前で立ち止まった鬼太郎は、胸を突く荒い息を落として、おじぎするように前屈みになった。 「大丈夫?」 背中をさすると、遅れてきた汗がじわりと額に滲む。 しばらくして息が整うと、鬼太郎は真剣な眼差しで猫娘を見上げた。 「す……」 「うん?」 好きだ。ただそれだけのこと。 父の言う通り、ただ目の前にあるのは、何も特別なものではない感情だった。 今まで何度となく猫娘に告げた言葉でもあるのに、こうして改まると巧く口をついて出ない。 「す…?」 自分だけではない。猫娘からだって、何度も言われたことのある言葉だ。 けれどそれは自分だけではなく、父にも砂かけにも子泣きにも……ねずみ男にだって言われた言葉だから、鬼太郎は全力疾走の直後も併せた徒労感に立ち止まる。 「はは…はははっ」 急激に理解した。これは一方的なものでは癒されない“もの”なのだ。 同じぐらいの想いを繋がなければ、辿り着く答えなどは、ない。 鬼太郎が、妖怪と人間の狭間に求める夢と同様に、一方的に与えたところで何も生み出さない。 「?」 笑っているのに、どこか気落ちして見える。そんな自虐的な笑みを見たことがなかったから、猫娘は首を傾げていた。 どうにか言葉のパズルを解こうと、頭の中で何度も「す」の字を思い浮かべた。 答えなければならないことが、猫娘には分かっていた。 「……スイカ……」 「え……?」 真剣な表情で猫娘はもう一度繰り返す。 「ス・イ・カ。え、じゃなくって“か”だよ?」 鬼太郎の手を取って、帰り道を歩き始める。 「か……か? カラス」 「また“す”? うーんとね…スルメー」 五歩以内に答えを出す。それが二人のしりとりのルールだった。 猫娘は時々答えに詰まってゆっくり歩いたり、五歩目に上げた足をとめたりするが、鬼太郎の中ではズルではない。それが鬼太郎ルールだ。 「メ・ダ・マ」 「ま? マリ」 りんご−ごいし−しか−かき−きね−ねかぶ…… いつの間にか始まったしりとり。言葉をつづりながら鬼太郎は思った。 答えなんて、出なくてもいい。 当たり前のように繋がれた手は温かく、考え込み答えを出す猫娘の表情は明るい。 自然と胸に優しい気持ちが流れてきて、自分が何にこだわっていたのか忘れてしまう。 ただそこにある。この柔らかな幸せだけで全てが満たされた。 でも。 「す…、また“す”? えっと、えっとねぇ…すみれ!」 もし、自分の番に“す”の字がまわってきたら、やっぱり言ってみようと思う。 猫娘は笑うだろうか。 それとも、今までとは違う言葉の重みに気付いてくれるだろうか。 気付いても、笑ってくれるのだろうか。 れんげ−げんこつ−つくよみ−みこ−こま−まき−きんもくせい…… なかなか思うように言葉がまわってこないのがしりとりというもの。 猫娘の住む妖怪アパートを前にして、鬼太郎はふっとため息を吐いた。 それが残念なため息なのか、安堵のため息なのか。自分でもよく分からない。 「ご…ゴリラ」 「ら? ら…ららら〜…ライス!」 「す……?」 やっとその言葉に辿り着いたが、猫娘の足も玄関口の上に辿り着いた。 「到着ー。えへへ、今日はどっちも“ん”が出なかったね?」 「す…」 石段の上に立った猫娘は、鬼太郎よりも頭ひとつ分 目線が高い。 繋いだ手を掴んだまま、鬼太郎は猫娘を見上げた。 「?」 「好きだ…よ?」 笑うだろうか、困るだろうか。それとも、何とも想わないだろうか。 この想いの深さまでは、伝わらないだろうか。 黙ったまま、時が流れる。 猫娘は、神妙な顔をした鬼太郎を見つめたまま。笑うでもなく困るでもなく、きょとんとしていた。 鬼太郎は気付く。 答えは、強要しては意味を成さないものだと知った。 「………」 掴んでいた手を放し、猫娘に笑いかける。 けれど眉尻が下がっていたから、笑っているのか悲しんでいるのか分からなかった。鬼太郎自身もよく分からない。 自然と視線が降りると、猫娘の笑い声が聞こえた。 「それ、反則だよ?」 「え?」 猫娘はその場で何度か足踏みしてみせた。 「もう六歩目、過ぎちゃったし。それ、物の名前じゃないもん」 “もの”の名前ではないと、猫娘が笑う。 やはりまだ、答えには辿り着けないでいることを痛感した。 「じゃあねー鬼太郎」 「あ…うん」 玄関口を入ってしまった後ろ姿を見つめ、鬼太郎は振り返る。 今来た道を、また、歩き始めた。 玄関の中へ入った猫娘は、内側から扉に寄りかかったまま俯いていた。 遠ざかる鬼太郎の下駄の音を聞きながら、頭の中にはさっきの言葉が巡っていた。 徐々に頬が赤らみ、頭を振っても聞こえてくる。 「簡単に…言うんだもんねー…」 ハア…とため息をもらす。 それは鬼太郎のため息とは違い、重苦しいものではない。 胸を満たした想いが焦げて、たまらず込み上げたため息だった。 「うむ? 何じゃ猫娘、帰ってくるなり大きなため息を吐いて」 管理人室から顔を出した砂かけばばあに気付き、猫娘は顔を上げる。 「ん、何でもないよー」 「そうか。ならいいんじゃが…。まあ上がっていけ」 着物の裾に入れたまま手招かれ、猫娘も靴を脱ぐ。 「うん? 鬼太郎の声がしたようじゃったが」 「うん。送ってくれたの」 「一緒に出かけてたのかい?」 「ううん。途中で会ったんだけど…」 互いに顔を見合わせて首を傾げる。 「何をしに来たんじゃ?」 「さあ?」 きょとんとした猫娘の顔を見て、砂かけは知らずに、目玉のおやじ、鬼太郎、猫娘を伝わってきたため息をもらした。 Fin. |