| □ Genre menu bar □ はじめに ゲゲゲの鬼太郎 DRAGON BALL 3.3.7.ビョーシ 犬夜叉 GAME | ■ ゲゲゲの鬼太郎 ■ |
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44 はつこい
] 春一番が森を行き過ぎれば、温かい空気がこの森を包み込む。 それは他の森とは違い、ひっそりとした春の訪れ。 鬼太郎は昼となく夜となく、あばら屋で木の葉ふとんに包まれて惰眠を貪っていた。 が、それはいつもとそう変わりのない光景だった。鬼太郎が春の気配を感じているのかどうかも分からない。 ただただ眠い。 「う…ん」 浅い眠りの中で、鬼太郎は様々な夢を見た。 が、それはいつも目覚めると忘れてしまうので、夢を見ていたことさえも鬼太郎は分かっているのかどうか知れず。 ただひとつ。何度も繰り返す夢だけは頭の片隅にあった。 それは数十年前のゲゲゲの森。 やはり、今と大して変わらぬ静かな森だった。 人間社会に馴染めず、旅立ってからどれほどの夜が過ぎたのだろう。 道脇の木の股に寄りかかり、明日をも知れぬ不安な心持ちで目を伏せていた。 夜闇の中。ぼんやりと浮かぶ灯。 灯篭のように揺れ、閉じた瞼越しにもその灯が近づくのが分かった。 「……?」 ふと瞳を開く。灯と灯篭ではなく、火の玉だった。 忍び足で道を行く女の姿をぼんやりと浮かばせる。 火の玉は女に操られるように、灯篭代わりに女の足元を照らしていた。 「あら。こんなところで…どうしたの?」 女は人型ではあったが、人ではなかった。身を包む気配が人間のものとは違う。 鬼太郎は生まれ落ちてすぐに人間に育てられ、人間の世界にいたが、それでも人間たちの気付かぬままに存在するその気配を知っていた。 妖怪。 自分と同じもの。 厳密に云えば種族が違う。幽霊族は自分たちしかいないのだと父から聞いたことがある。 それでも懐かしい。 優しく声をかけた女───幼児の鬼太郎からすれば大人の妖怪に見えた───には、今まで出会ったことのない嬉しいようなくすぐったいような気持ちが刺激された。 簡単に交わした挨拶、女の顔は思い出せない。 「おいで…」 こんなところで寝ていてはいけないと、森の中へ案内してくれたことも、その時繋いだ手の温もりも、見上げた時に女が微笑みかけた唇も、静かに歩くたびに揺れた着物の裾も、よく覚えているのに。 今まで得ることのなかった優しさが、深く胸に残っていた。 あれからゲゲゲの森に移住し、幾つもの季節が過ぎて。鬼太郎はあの時の胸の疼きが何であったのか分かった。 あれは、恋だった。 生きていくことも否定された人間の町から出て、初めて触れた優しさに翻弄されただけではない。 あの心の揺らぎ。胸の高鳴りは、今、すぐそばにいる娘に感じているものと酷似している。 もしも今、もう一度出逢ったならば、やはり同じように心が揺れるのだろうか。 それとも、あれは色褪せた記憶の中に埋もれたまま、微かな痛みをこの胸に落とすだけなのだろうか。 温かい風が吹き込んでくる。春の風。目覚めは近い。 鼻腔をくすぐる甘い香りに引き寄せられるように、夢から現へと魂が渡る。 もう少し、あと少しで、あの女の顔が思い出せる気がする。 いつもいつも、その瞬間に夢は終わる。 「鬼太郎ー」 呆れ果てたような呼び声に、ハッと目を開く。 目の前には猫娘の姿。卓袱台の上には桜餅が広げられ、目玉おやじがしあわせそうに茶碗風呂に浸かっていた。 「あ……」 「やっと起きた! もう〜お茶冷めちゃったよ」 「……ごめん」 猫娘は立ち上がると、しゅんしゅんと湯気を立てるやかんに向かった。 「今淹れ直すからね〜」 「う…うん」 「うむ。わしの風呂にも一寸足してくれい」 「はいはい」 寝床を出て座布団に座り込んでからも、鬼太郎はまだぼうっと夢の名残を追っていた。 俯いたままで顔を上げられない。 差し出された湯のみからは温かい湯気があがっていたが、じっとひざの上に拳を握ったまま、鬼太郎は唇を結んでいた。 「どうしたの? 鬼太郎」 「………」 まだふやけた頭で、鬼太郎は考え込んでいた。 こんなにそばにいる、こんなにも好意を向けている猫娘の前にいながら、自分は何という夢を見ていたのだろうか。 しかもそれは一度や二度ではない。 記憶の端にある、あのくすぐったい記憶とともに、何度も何度も繰り返し蘇える。 「……ごめん」 「何よー、ちょっとお寝坊したぐらいで。もういいよ?」 「そうじゃなくって……僕は、何て不実な男なんだ……」 「ふじつ?」 きょとんと見開いた瞳を瞬きさせ、目玉のおやじと顔(?)を見合わせる。 「どうしたんじゃ、鬼太郎。寝ぼけている…ようには見えんが」 「なぁに?」 尋ねられるままに、鬼太郎はぽつりぽつりと夢に見た記憶を語り出した。 そしてそれが自分の初恋……とまでは言わなかったが、いつまでも胸に残る存在であることを丁寧に説明する。 はっきりと言わずとも、鬼太郎の気持ちはよく分かった。 猫娘は怒るでもなく、勿論 妬くわけでもなく。 二つ目の桜餅を食べようかどうしようか迷いながら、頷いて聞いていた。 「……忘れられないんだ」 深刻な面持ちで鬼太郎が呟く。 春の陽気とは不似合いな、重苦しい表情だった。 「そっかぁ…。あ、これもう一つ食べていい?」 「え? あ…あぁ、うん…」 「ありがとー」 桜餅に手を伸ばす猫娘の笑顔をちらり見ながら、鬼太郎は唇を歪める。 「だから…その、ごめん」 「えっ、どうして?」 「どうしてって……」 自分の中にはいつも、その女の存在がある。 ネコ娘にとってはどうでもいいことだというのだろうか? 目の前の桜餅の方が、ずっと重要なものだというのだろうか? そう思うと、それはそれで複雑だ。鬼太郎は深く吐息を漏らす。 「それで? その人に会いたいんだ」 「え……」 「あたし、その人知ってるよ?」 「! ほ、本当かいっ?」 驚いた鬼太郎の姿に、むしろ猫娘の方が驚いた。 「本当も何も…」 「ねえ、その人はまだこの森にいるのかい? どうしても顔が思い出せないんだ」 「ふうん…?」 珍しく熱く語る鬼太郎をしげしげと見つめながら、猫娘は一口お茶をすすった。 「でもさ。会ってどうするの?」 「えっ…それは…」 考えていなかった。鬼太郎はまた座りなおし、ひざ頭をじっと見つめたまま黙り込む。 もしもあの気持ちが恋だとしたら。今、この胸にある猫娘に対する気持ちはどこへ行くのだろうか。 どこへ行くこともなく、鬼太郎の胸の中で戦うのだろうか。 「……あのな、鬼太……」 「オヤジさん。しぃ〜♪」 猫娘はクスクスと笑いながら、指を一本立てて目玉おやじの言葉を塞いだ。 「何ですか? 父さん」 「うぅん何でもないよ〜。ねえねえ。鬼太郎はその人が好きなんでしょ?」 「ち、違うよ!」 「違うの?」 「違…わないかも、しれないけど。分からないよ、だから…」 また黙り込んだ鬼太郎の額には、じっとりと汗が滲んでいた。 「………」 目玉おやじは、手持ち無沙汰に頭の上の手拭いを絞る。 記憶の中の女は、すぐ目の前にいるというのに……。 目を細めて笑う猫娘を見上げながら、珍しく意地悪を言うものだと思っていた。 まだ幼かった鬼太郎とは違い、目玉おやじはあの頃のこともよく覚えていた。 「好きだったから、会いたいんじゃないの?」 「そう…じゃなくって…。いや、そうじゃないかどうか…分からないから」 「ふうん?」 目玉おやじにとってみれば、今も昔も変わらない。少女のままの猫娘だった。 Fin. |