| □ Genre menu bar □ はじめに ゲゲゲの鬼太郎 DRAGON BALL 3.3.7.ビョーシ 犬夜叉 GAME | ■ ゲゲゲの鬼太郎 ■ |
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02 化け粧
] ゲゲゲの森に老婆の悲鳴が響き渡る。 その声は森に眠る鳥たちをはばたかせ、情報ガラスの一陣が鬼太郎の小屋にも知らせに向かった。 「どうしたんだ!? 大丈夫か、砂かけっ」 妖怪アパートの一室。管理人室でもある、砂かけばばあの部屋のドアを蹴り上げる。 「ん?」 「なんじゃ。無事か、砂かけ」 鬼太郎の左前髪から目玉おやじがひょっこりと顔(?)を出す。 室内では怒声をあげる砂かけばばあ。そして、もう一人。 「猫…娘?」 このアパートの住人でもある、猫娘がしゃがみこんで顔を覆っていた。 「こりゃっ! 年寄りを驚かすでないわっ」 「違うもんっ。驚かせたんじゃないもん…っ。砂かけが勝手に驚いただけだもんっ」 「鏡台でごそごそしとると思ったら、そんな顔でばばを驚かせようとは…、いたずらが過ぎるわいっ」 「違うもん!」 構えを解いた鬼太郎は、ぽりぽりと頬を掻き、立ち尽くす。 「…父さん」 助けを求めると、目玉のおやじはたたみに降りてすたすたと二人の間に割って入った。 「一体どうしたというのじゃ。森中に響くような悲鳴をあげて…」 「これを見たら誰だって驚くじゃろう?」 猫娘の顔を目玉のおやじに向ける。 「ひぇっ!」 「?」 腰を抜かした父の視線を追って、鬼太郎も猫娘の顔を覗きこむ。 「……?」 砂かけおばばの化粧品をいじったのだろう。鬼太郎は冷静に観察していた。 さらさらな素肌は真っ白いおしろいに覆われ、口もとには口裂け女のような真っ赤なルージュ、目許は真紫のアイシャドウを濃く乗せ、ついでに真っ黒なアイラインに縁取られていた。 「まるでおばけじゃ」 砂かけばばあが、言う。と、鬼太郎は思わず吹き出した。 「何よう。鬼太郎まで…っ。笑うこと…ない、じゃないのよー…」 怒られて、笑われて。恥ずかしく思ったのだろうか、猫娘は顔を覆って泣き出してしまった。 「あたしは…鬼太郎に……」 しゃくりあげた泣き声が邪魔して、猫娘の言葉は塞がれた。 「ああ、違うよ。猫娘を笑ったわけじゃないんだ」 「…ホント?」 顔をあげる。涙で滲んだ熊猫並みの崩れた化粧にも、鬼太郎は動じることなく、微笑みかける。 「おばばが「おばけ」なんて言うのが可笑しかっただけだよ」 自分こそ、数百年も生きた正真正銘のおばけなのに。 「んまぁっ。ご挨拶じゃの、鬼太郎」 「あはは。ごめんごめん」 鼻息を荒くした砂かけに笑いかけ、猫娘の顔を布で拭う。 「……でも。どうしてこんなことをしたんだい?」 「………」 猫娘が黙り込む。代わりに砂かけばばあが口を挟んだ。 さっきはつい驚いて叱りつけてしまったけれど。砂かけばばあにとって猫娘は愛娘のような存在だ。娘の気持ちならば痛いほど理解っている。 「本っ当におぬしは女ゴコロが分からぬのう。いや、猫娘や。怒ってすまなかったな。お前、化粧をしてみたかったのじゃろう」 「化粧?」 どうしてなのだろうか。思わず間の抜けた表情できょとんとする。鬼太郎にしてみれば不思議でならなかった。 そんな必要はないのに……。 しばし考えて、ひとつ思いつくことがある。 おままごとなど童子遊びの延長でお化粧ごっこというものがある。 「あぁ。お化粧ごっこがしたかったの?」 もしそうだとしたら、泥など塗りつけてなくて良かった。 おばばの化粧品も…体にいいものだとは思えないけれど。泥や草の液を塗りつけるよりもは、マシだ。 「……違うもん」 砂かけばばあは大きくため息をつく。 「全く。鬼太郎は鈍いことしきりじゃ」 「え?」 「おい、鬼太郎。砂かけの言う通りじゃ。『年頃のれでぃ』というものに、そんな子供扱いをするものじゃないぞ」 「子供扱いって…」 だってこどもじゃないか、と鬼太郎は言いかけたが、猫娘がまた泣き出しそうに口もとをゆがめたので、その言葉は呑み込まれた。 「……キレイに…なりたかった…の」 「え?」 よく聞き取れなかった。けれど目玉のおやじや砂かけは事を察してうんうんと頷いている。 「き…キレイになって……鬼太郎を…びっくりさせたかったの…っ」 ところがその前に砂かけばばあをびっくりさせてしまった。 「びっくり…した、よ?」 ある意味では。 けれど勿論、猫娘の意図とは違った意味での驚きだ。 「ち、違うもん! 鬼太郎のばかーっ」 「ええっ? ど、どうして…??」 爪を立てて威嚇する猫娘を胸元に引き寄せる。 ただただ泣きじゃくる猫娘を、落ち着かせたかった。 声には出さずに「と…父さ〜ん」と視線だけで助けを求めると、目玉おやじは再び鬼太郎の頭に潜り込み、息子にしか聞こえないぐらい声を潜めた。 「…好きな男のためにきれいになりたいという、猫娘の気持ちが分からんのか。お前というやつは…」 「好きな…男の、ため?」 鬼太郎は、その言葉と猫娘が告げた言葉を反芻して、ようやくことの真相を悟る。 「ああー…そうか」 嬉しくて。思わず笑みがもれる。 しかし、その胸では、まだ猫娘が泣きじゃくっていた。 この小さなコイビトを、どうにかして泣きやませなければならないと思う。 「ありがとう、猫娘。僕のため、だったんだね?」 泣き声が止まる。けれどその顔を上げようとはしない。 見せられないくらい、頬が真っ赤に紅潮していた。いや。厚く塗ったおしろいのせいで、まだらピンクになってしまったから……ますます顔を俯かせてしまうしかなかった。 「…お前は…本当に…」 「何? 父さん」 あまりにも直球過ぎたのだ。本当に、鬼太郎はこういうところはてんで鈍く、無神経だ。 何を言っても無駄だ、と。目玉のおやじも深くため息をつくばかりだった。 「ん…。ねえ、猫娘。顔をあげてよ」 「………っ」 ふるふると俯いた顔を横に振る。もう、返事もしてくれない。 「僕がきれいにしてあげるから…」 ピクリと耳が反応する。その姿は人型だけれど、元は猫。やはり反応は猫そのものだ。 「ほん…とう?」 「僕が嘘ついたことあった?」 「………」 猫娘の顔がゆっくりとあがる。 「目を閉じていて…」 鬼太郎の優しいささやきに従って、ぎゅっと目をつむる。 そして、大切に大切に。鬼太郎の指先が猫娘の顔に触れた。 何やら油を塗る感触、瓶を傾ける音、それらを全て拭い取って、最後には冷たくさらさらとした液体をパッティングされた。 「……よし。さあ、もう目を開いていいよ」 すっかり湿り気を帯びた睫毛を震わせ、猫娘はそぉっと目を見開く。 目の前には鬼太郎の、満足そうな笑顔。猫娘の期待は高まっていた。 ひょっとして。 鬼太郎の特殊な能力には、化粧術(?)というものもあるのだろうか。 もしくは。薬草などに詳しい博学の目玉おやじから、美顔の秘薬でも教わっていたのかもしれない。 胸を高鳴らせ、わくわくしながら鏡台に向かって振り返ると…… 「……?」 見間違いかと思い、大きな瞳で二、三度瞬きしてみる。しかし結果は変わらない。 鏡に映った猫娘。それは…… 「元通りじゃないのー…」 鬼太郎は、ただ化粧を落としただけだった。 濃く塗りたくられたおしろいごとすっかりきれいに落ちてはいるけれど。 「うん? そうだよ」 化粧落としの香油の蓋を閉じながら答える。鬼太郎は鼻唄まで歌って、上機嫌だ。 「何よー。鬼太郎、騙したわねー?」 「騙してなんかいないよ?」 きょとんと目を丸くする。 「だって、これじゃあ…いつもとおんなじじゃないのよー」 不満気にむうっと唇を結ぶ猫娘とは裏腹に、鬼太郎は微笑んでいた。 「そうだよ? だって、いつもきれいじゃない」 「……っ」 言葉を失った猫娘の羞恥心が爆発する寸前。そんな気持ちに気付くこともなく、鬼太郎はその頬に手を当てて、じぃっと猫娘の顔を覗き込んだ。 「いつもの猫娘が、一番きれいだよ」 「ふ…ふ……」 「? どう…したの」 嬉しくて、恥ずかしくて、びっくりして、恥ずかしくて、恥ずかしくて、恥ずかしくて…… 「フミャーッ!」 「!?」 猫娘はどうしていいのか分からず、感情の捌け口に鬼太郎の顔をひっかき回した。 「い、痛いっ! ど…どうして??」 「き…鬼太郎の、ばかぁー!」 甘い声でそう叫ぶと、二つ足ではもどかしいとばかりに四つ足で外へと逃げ出して行ってしまった。 「……な…なんで?」 しんと静まり返った室内。囲碁盤の如く縦横の切り傷をつけた鬼太郎が、唖然とした表情で呟く。 「……恥ずかしかったん…じゃ」 「うむ。わしも…恥ずかしいのう…」 すっかり蚊帳の外に置かれていた砂かけと目玉のおやじも、ため息交じりに呟いた。 鬱蒼とした木々の中。高枝に座り込んだ猫娘は、しげしげと手鏡を覗き込んでいた。 大きいけれどつり上がった瞳も、低い鼻も。 今まではあまり好きではなかったけれど。でも。 「鬼太郎にとっては…一番、なんだ…?」 肩を竦めて、くすくすと笑う。 鬼太郎が好きなものならば、猫娘も好きになりたいと思った。 さっきはびっくりして、つい爪を立ててしまったけれど。あとで手当てをしてあげようと思う。 そして、猫娘もまた、いつもの鬼太郎のぼんやりした顔が一番大好きだと、教えてあげようと思った。 Fin. |