| □ Genre menu bar □ はじめに ゲゲゲの鬼太郎 DRAGON BALL 3.3.7.ビョーシ 犬夜叉 GAME | ■ ゲゲゲの鬼太郎 ■ |
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48 末吉
] 今日は鬼太郎と山登り。 所用を済ませて昼から出発だから、いつものようにどちらかが迎えに行くのではなく、妖怪神社で待ち合わせをしていた。 二人でいる時の鬼太郎は、いつもぼんやりとしていた口数も少なく、こっちが喋ってばかりでつまらない少年だけれど、一緒に出かけるのが楽しみなのは何故なんだろう。 「あぁ…」 考えてみれば。おやじ様がいても、妖怪仲間たちといても、いつもぼんやりとして寡黙だった。 そんな唐変木な鬼太郎と、一緒に出かけるのが嬉しいのはどうしてなんだろう。 「あれ?」 晴れ渡った青空が光を失う。西の空から暗雲が流れてきた。 あの黒い雲は雷を呼ぶ。猫娘は慌てて靴を脱いで境内へ上がった。 「閻魔様が怒ってるのかな…?」 時には目玉のおやじと鬼太郎が熟読している新聞を覗き込むときもある。 猫娘の知る町界隈は今でも平和で、人間たちも優しいけれど。斜め読みした記事の中には人間たちが起こした凄惨な事件が連ねられていた。 「怒るのも…無理ないよね」 けれどまさかこんな日に、怒りの雷を落とすなんて間が悪い。 三角座りのおひざに肘を置き、頬杖をついたままネコ娘はため息を吐いた。 流れてきた雲はいかづちを光らせながら、やがて雨を降らす。 「…これじゃあ山登りは無理だね」 それにしても鬼太郎は遅い。暗雲立ち込めて、時間が読めなかったが、もう大分待たされている。 猫娘はごそごそとポケットの中を漁り、小銭を確認すると、境内の端に据えられたおみくじを引いてみた。 パラリと開いた薄紙は、小さく織り込まれてしっとりと湿っている。 この妖怪神社に人間が訪れることは少ない。季節の祭りごとに集る妖怪たちは大抵こんな占いごとなど信じない。 一体誰が設置したのか…猫娘はふと考えたが、思い浮かんだのがインチキ臭い、ねずみ臭い男だったので、忘れることにした。 「えーっと…何々?」 古めかしい言葉で書かれた啓示。半分以上は意味が分からなかった。 ただ一つ、猫娘の目に止まったのは…… ───待ち人、来たらず─── 猫娘は何度も瞬きして、小さな文字を追った。やはりそう書いてある。 「やだ…縁起でもない」 何ごとにも誠実な鬼太郎が、約束を破ったりするはずはない。 けれど…うっかり忘れてしまったり、雨降る中を出るのが面倒で昼寝でもしている可能性はある。 「……ううん、そんなことないもん! ちゃんと約束…したんだもん!」 疑い出せばキリがないということを、猫娘は知っていた。 疑ってはならない相手だということも、よく、知っている。 きっとまだ、時間はそう経っていない。一人で待っているから時間の進みが遅く感じられるだけ。 猫娘は自分に暗示をかけるようにそう思い込んで、境内の縁の下へと出た。 雨足は激しさを増している。 いつもなら、鋭い嗅覚で近づいてくる者の匂いを察知することもできたが、地を叩く大粒の雨に遮断されるのは視界だけではない。これでは目に見えるほど近くに来なければ匂いも嗅ぎとれないだろう。 「……寒…っ」 肩を寄せて身を縮める。こんな冷たい雨の日は、家でのんびりと過ごしたいものだ。 鬼太郎もそう思ったのだろうか……。 それとも、自分との約束など忘れてしまったのだろうか……。 思えば思うほど、猫娘の小さな胸は不安に揺れた。 けれどおみくじの上に大きく掲げられた“末吉”の文字を見ていたら、少しは不安も癒される。 少しだけ。少しだけの幸せでいい。 多くの幸せを望めば、それだけ跳ね返りもあるのだと、猫娘は知っていた。 雨はいつまでも止まない。 境内までは降り込まないけれど、縁の下には屋根から伝い落ちた水が伝う。 それでもここにいたい。 神社の前を訪れたその姿を、一番早くに見つけたい。 その姿…を? 「誰と…約束…してたんだっけ?」 ふと思う。 「約束…してたんだっけ」 待つ時間があまりにも長過ぎて、約束した時の記憶さえも曖昧に歪んだ。 「まだ春の芽も出てないのに…。どうして山登りの約束したんだっけ?」 絶え間なく縦線を下ろす雨景色を見つめながら、頭がぼんやりとしてくるのを感じていた。 下がっていく気温とは反比例して、体温は徐々に上がっていく。赤い頬に触れて冷たい指先を温めた。 「温かい…」 猫娘は自分が熱を出し始めていることに気付いていなかった。 一方、町の外れの廃墟の中。 また悪さをしていた妖怪を懲らしめた鬼太郎の上にもポツリポツリと雨が降り始めていた。 「父さん、降り出しましたね」 「うむ。今夜は冷え込みそうだのう……。うん?」 廃屋の中から忍び足で逃げる人影に気付く。 よく知る長身の姿、四本の髭の影が朽ちたコンクリートに映った。 また、奴が裏で手を引いていたようだ。 「おい、鬼太郎」 「……放っておきましょう」 退治した妖怪は───閻魔大王の怒りを買い、地獄の淵へと連れ去られたが。一緒に連れ去られなかったからには、大王にも腹積りがあるのだろう。 踵を返してカランコロンと下駄を鳴らす。 目玉のおやじを髪の中に導いて、帰路を辿って行った。 どこかに壊れたビニール傘のひとつも落ちてないかと地を見ているうちに、土もアスファルトも水玉が下り、色濃く濡れていく。 ふと目を上げると、一反木綿が雨空の中を縫って戻ってきた。 「あぁ一反、早かったね」 大事な頼みごとをしていた。 こんな雨になるとは思わなかったが、約束の時間に遅れることは分かっていたから、一反に言付けを頼んでいたのだ。 「大丈夫か!?」 「大したことないよ。それより……」 やはり、彼女はがっかりしていたのだろうか。 それとも、がっかりもしてくれなかったのだろうか。 敗れた約束を前に、どんな顔をしていたのかが気になっていた。 「猫娘ならもう家に帰ったんだろう。姿が見えなかったぞ」 「……そうか」 ひらひらと低空を這う一反木綿に乗り込むと、ゲゲゲの森へ向かって飛び立った。 (怒って帰っちゃったのかな…) それとも天候が悪くなったことに気付いて家に帰ってしまったのだろうか。 物憂げにため息をもらすと、一反木綿も心配してひらりと顔(?)を翻して振り返った。 「悪かったね。妖怪神社との往復は遠かったろう?」 「妖怪…神社?」 向き直った一反は不安定に飛行角度を揺らした。 雨のせいだけでなく、じっとりと濡れていくような気がする。 「あ…あの……。妖怪峠じゃあ…なかったのか?」 「違うよ。神社で待ち合わせて、妖怪峠から山に入る予定だったんだ。って…まさか、一反」 「あや〜…すまんかった。てっきり峠で待ち合わせだとばかり思っていて…」 「え?」 「妖怪神社には立ち寄らんかった」 「おぉ〜寒い寒い! 年寄りにこの雨は堪えるのう」 ゲゲゲの森の山道を、砂かけばばあと傘化けが早足で駆け抜けて行った。 「しかしお前、そうぴょんぴょん跳ねるでないわっ。着物の裾に泥が跳ねるじゃろうが」 「あー…うん」 ぴょんぴょんと跳ねた足を止めると、ぴたり止まってしまった。 「何をしておる! さっさと進まんか」 「そんなこと言っても…」 一本足では跳ねずには進めない。砂かけはハアとため息をついた。 「……いいからさっさと進め。帰ったら温かい茶を振る舞ってやるわい」 「うん…」 降りしきる雨の中を、また並走し始める。 「ん?」 途中、差しかかった妖怪神社の前、砂かけは足を止めた。 途端に頭の上から傘が離れ、「止まれ、馬鹿者」と怒声を上げた。 「んー…あれは、猫ちゃん?」 境内の縁の下。足をぶらぶらと揺らしながら空を見上げているネコ娘の姿。 何度か呼びかけてみたが返事がない。 「猫娘! そんなところで何をしておるのじゃ」 置き石を飛び渡って境内に近づくと、猫娘はぼんやりとした瞳を向ける。 「おばば…」 「この雨の中、お前…」 赤い頬。湿気を含んだ前髪を分けて額に触れ、いつにない体温に気付く。 「熱が出ているではないか! 何をしている、帰るぞ」 「ふふっ…まさか〜。妖怪が病気になるわけないじゃない」 「しかしお前は…」 猫と人との狭間を生きる半妖怪。 心配そうに砂かけが見つめている間にも、熱は上昇していた。 「……帰るぞ」 「だめだよ」 「どうしてじゃっ」 「あたし…待ってるんだから」 瞬きする瞼さえも重々しい。開いた瞳にはいつもの力はなく、熱っぽく鈍っていた。 「誰を待っているというのじゃ。こんな雨の中を……」 「誰って…。あれ?」 口を噤んで考え込み、猫娘は首を傾げた。 「…誰を待ってたんだっけ…?」 身を支えていた肘がかくりと落ち、砂かけの前に倒れ込む。 「猫娘! 猫娘…っ」 安心して身を預けたネコ娘の小さな手の中には、おみくじがしっかりと握られていた。 「猫娘ー!!」 身を翻して妖怪神社の社に辿り着いた一反木綿が叫ぶ。返事はない。 ひらひらと中空をひと周りしてその姿を探したが、入り口にも境内にもその姿はなかった。 鬼太郎は集中して辺りの妖力を探ったが、近くに妖怪の力は感じなかった。 「猫…」 「……いないよ、一反木綿。ここにはいない」 静かな声で鬼太郎が呟いた。 怒ったところで仕方がない。胸を突く苛立ちを遠ざけて、静かに指示を出した。 「猫娘の家に向かってくれるかい?」 「分かった…っ」 降りしきる雨を縫って、一反木綿は妖怪アパートへと向かう。 激しい雨粒を受けながら、鬼太郎は己が身を責めていた。 どんな心細い想いで帰路を辿ったのだろう。 後ろ髪を引かれる想いで、何度も、何度も振り返りながら帰り道を行く猫娘の姿が浮かぶ。その小さな背中は雨の中に薄れるのに、肩を濡らした赤い服はより色を濃くする。 いっそ、怒って帰ってしまったのならばいい。 約束破りと。嫌いだと。どんな罵倒を浴びせられても構わない。どうせそんな言葉は嘘だと分かっている。 たとえ機嫌を損ねていても、治す方法は熟知していた。 しかし、思い浮かぶのは猫娘の哀しそうな笑顔。自分の感情を抑える健気な微笑だ。 気にしないでと。大丈夫だと。言われれば言われる程に鬼太郎の心は軋む。心配になる。 いっそ、ねずみ男にでもなって、八つ裂き寸前まで引っかかれた方が、ましだ。 考えている間に蔦の茂った妖怪アパートが近づき、一反木綿が低空飛行し始める。 「……ここでいいよ。父さんを送ってくれるかい?」 左目から目玉のおやじを下ろし、玄関口へ飛び降りた。 カラコロと下駄を鳴らし、猫娘の部屋へと向かう。 止むことのない雨音。壁を伝う雨足のせいか、いつも賑やかなアパート内はひっそりと沈んでいた。 「………」 遠慮気味にノックすれば、湿った木のドアが篭もった音を立てる。 三度叩いたところで、内側からドアが開いた。 思わず半歩下がる。隙間から顔を出したのは砂かけのおばばだった。 「おばば…? あの……」 おばばは何も言わず、ドアを開いて中へと戻って行った。 何か、猫娘との約束でもあるのだろうか。言いたいことは山ほどある、といった具合に、閉じた口元を無理に引き締めている。 「…あの…猫娘? 今日は、本当に……」 ふとんの上。猫娘は苦しげな息をもらして、眠りについていた。 「ね、猫娘っ?」 慌てて駆け寄れば、その頬は赤く火照り、頭に乗せた濡れ手ぬぐいも、体温にぬるまっていた。 「猫娘…もしかして、この雨の中……ずっと?」 返事はない。 代わりに砂かけおばばが口を開いた。 「わしが通りかかった頃には、もう熱を出しておった」 「妖怪神社に?」 「そうじゃ。境内に入っていれば良いものを、軒先でずっと待っておったようじゃ」 きっと、すぐに見つかるように。 砂利道を駆けてくる姿を、何よりも早く、見つけ出せるように、奥には入らなかったのだろう。 すぐ来るものだと、疑いもしなかったのだ。 「……ごめんよ」 「看病は任せておけ。お前も着物が濡れている……早く帰って温かくしていなさい」 「でも、僕も」 「いいから、帰れと言っておるのじゃ」 厳しい口調で、砂かけが言い捨てる。 目も合わせてくれない。静かな声が砂かけの怒りを表している。 けれどその怒りをぶつけることができないのが、猫娘との約束なのだろうか。 「……はい。でも、もう少しだけ」 「………」 砂かけはいい顔はしなかったが、黙ったままで洗面器の水を替えに部屋を出て行った。 外はまだ雨が降り続けている。 ふと背筋がぞくりと冷えるような気温の中で、猫娘は暑そうに浅い息を吐いているまま。 手を取れば、その手はいつもに増して温かくて、この小さな体がどれだけの熱に冒されているのかが分かる。 病いというものがどういうものなのか───鬼太郎には分からない。 幽霊族の丈夫な体は、今の今まで病いを患ったことがなかった。 どんな苦しみなのか、それは体だけのものなのか、鬼太郎には分からない。 分からない分だけ、胸が締めつけるように痛んだ。 どれだけ謝ったところで、時は戻らない。後悔する時はいつも、そうだ。 取り戻すことのできぬことが、こうして重なっていったら、いつか。 自分は、大切な唯一のものまでも、不意に失ってしまうのだろう。 「……太郎…?」 微かな呼びかけに、鬼太郎はハッと目を見開く。 思わず力強く手を掴んでしまっていたから、起こしてしまったのだろうか。 「…やっぱり、ちゃんと来てくれたんだねー…」 「ご、ごめん。猫娘。あの、僕……」 「よかったぁ…」 「……えっ?」 まだ熱っぽく、重そうな瞼を薄く開いて、猫娘は微笑んでいた。 ───待ち人、来たらず─── 「おみくじなんて当たらないよねぇ?」 「えっ……何? 何の話?」 凋んだ声を聞きもらすまいと、鬼太郎は必死で尋ねた。 しかし猫娘は微笑んだまま。 破られることなく紡がれた約束を胸に、満足そうな笑顔で、また眠りについてしまった。 もう二度と、約束は破らない。 鬼太郎の深い決心も知ることなく、猫娘の意識は山登りの夢へと堕ちていった。 Fin. |