| □ Genre menu bar □ はじめに ゲゲゲの鬼太郎 DRAGON BALL 3.3.7.ビョーシ 犬夜叉 GAME | ■ ゲゲゲの鬼太郎 ■ |
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49 なぬかのよ
] 肌にしっとりとした暑さが絡みつくゲゲゲハウス。聖地を覆う森林に遮断されたものの、夏の光は強く、とても日中から行動する気にはなれない。 鬼太郎は木の葉ふとんに横になったまま、時おり頬を撫ぜる風を涼みに、昼寝についていた。 ガサッ カサカサッ 葉擦れの音に混じり、何か、紙を重ねたような音がする。 けれど瞼まだ重く、頭は覚めていたが目覚める気はなかった。 ジョキジョキッ 刃先のこすれる音。しかし危険は感じない。 やがて上機嫌な鼻唄が聞こえてきて、鬼太郎の口元は自然と微笑みに歪んだ。 (また何か、始めたんだな……) 丸太机の前。きちんとひざを揃えて正座し、新しいお遊びにでも興じているのだろうか。 声をかけないところを見ると、自分にはないしょのことなのかもしれない。 鬼太郎の家に来て、鬼太郎にないしょというのもおかしな話だが。隠しごとの下手な猫娘ならば、ありえる話だ。 「……と」 とんとんと紙を束ねる音がする。 鬼太郎は声をかけられるのを待ちきれず、寝返り打つふりをして振り返り、そっと薄目を開けた。 「?」 目の前には巨大な竹。笹の葉が濛々と茂っていた。 一体どうやって運んできたのだろう。猫娘の身の丈、二倍はあろうかという笹の葉だった。 狭い茶の間の半分は笹に覆われ、竹林の中にでも放り出されたような、不思議な気分に陥る。 「猫娘…これ、どうしたの?」 笹を分け入れば、ようやくその笑顔に辿り着く。 「ああ、鬼太郎。おはよー」 「うん、おはよう。じゃなくって、これ……」 いたずらに葉先掴めば、べとつくような縦筋の手触り。さらさらと笹が鳴る。 「もうすぐ七夕でしょ? だから」 「だからって……」 鬼太郎は二度驚いた。 丸太机の上では、色とりどりのいろ紙が詰まれていた。 ざっと見て、数十枚はあるだろうか。短冊形に切り揃えている途中だった。 「これ、全部吊るすのかい?」 「うん」 束を親指で繰れば、ぱらぱら漫画のように何色ものいろ紙が揺れる。 呆れて口を開いた鬼太郎とは違い、猫娘は当たり前のように頷いた。 猫娘が、こういった行事ものが好きなのは知っていたけれど。いくら何でもこれはやり過ぎだ。 しかし。猫娘の満足げな笑顔を前に、一体誰がそれを咎めることができると言うのだろうか。 どれほどの妖力を湛えた鬼太郎でさえ、エネルギー不足だ。 まして。猫娘のやることに、茶々を入れる気など、毛頭ない。 「……そう。願い事がいっぱいあるんだね…」 「ああ、鬼太郎の分もあるんだよ? 青がいい? 緑もいいよね」 「うん…」 「黄色もあるよ。ピンク…はさすがにだめだよね。あとねー」 次々に繰り出される短冊を前に、鬼太郎は両手を開いた。 「あ、ああ。そんなに沢山はいらないよ」 「え?」 「願い事は、ひとつでいいんだ」 薄水色の短冊を手に取り、鬼太郎は俯いた。 毎年、毎年。願うことはただひとつだけ。 けれどそれを猫娘の前で書くのは躊躇われ、いつもこっそりとてっぺんに飾っていたから、猫娘はその願いを知らない。 「今度も平和のお願い?」 「……いいや」 それは、誰が願えば叶うというものではない。 まして、天に祈って叶うと思う安易な気持ちこそが、この世界を歪めている。 「じゃあ、もしかして……」 お母さんに会いたいと、そう願うのだろうか。 言いよどんだ猫娘は、肩を竦めて首を横に振った。 どうせまた今年も、鬼太郎は教えてくれないのだろう。 「さ。今から書かないと間に合わないよね」 ひとつひとつ、丁寧に願い事を書き連ねる猫娘の横顔は、真剣そのものだった。 念を込めて、魂を込めるようにひと文字ひと文字を連ねていく。 懸命な百面相を横目で見ながら、鬼太郎はつい吹き出しそうになってしまった。 「手伝おうか?」 「うん。じゃあ、鬼太郎は『鬼太郎が』って半分まで書いて?」 「えっ。僕?」 よくよく見れば、短冊には砂かけや子泣き爺の腰が良くなること、目玉おやじの目が痛まないこと、どれを見ても仲間妖怪たちの健康を願うことばかりで、猫娘自身の願い事はなかった。 「? 猫娘の願い事を書いたらいいのに」 「ええ? あたしの願いは……」 コロコロと無邪気に笑ったが、その瞳はどこか沈んで見えた。 自分の願いは叶わないのだと、諦めたような笑顔だった。 「あたしの願い事は……ないしょだよ♪」 いたずらな笑顔にごまかされ、鬼太郎はため息をもらす。自分のことは棚に上げ、ぽつりと呟いた。 「ずるいなぁ」 もしかするとこの沢山の短冊も、ひとつの願い事を隠すための策なのかもしれない。 砂を隠すなら砂の中。人を隠すなら人の中 この沢山の短冊の中に、猫娘の願いは埋もれてしまう。 それこそが、鬼太郎の願い。ねこ娘の願い事が叶うこと、なのに。 「ね、それより。今度の七夕は晴れるといいね?」 「あぁ…この前は雨だったんだっけ?」 たとえ雲に隠れたところで、宇宙の彼方ではヴェガもアルタイル輝いているからと、いくら説明しても猫娘は納得しはしなかった。 少女の夢に理屈は通じない。年に一度の逢瀬が叶わなければ不憫だと、猫娘は泣き止まなかった。 だから鬼太郎は。伝え話はともかくとして、猫娘が泣くくらいならば、晴れて欲しいと切に願う。 「あ、そうだ。晴れるようにお願いしようか」 「そうだねー」 天候は、天の気持ちに左右されるけれど。 とりあえずは雨降り小僧に話をつけておこうと、鬼太郎は画策していた。 「…逢えるといいね」 「うん…?」 織女と牽牛のことかと思い、興味なさげに頷いたが、その瞳はじっと鬼太郎を見たまま。 ねこ娘の願いはいつもただひとつ。鬼太郎の願い事が、叶うことだ。 「でもさ。年に一度よりも、ずっと一緒の方がいいよ…」 「え……」 それは確かにそうだろう。ねこ娘は鬼太郎の気持ちを想って泣き出しそうだった。 産まれ落ちてから一度も、顔を合わせることもなかった母と、せめて一晩とはいわず、ずっと、ずっと暮らしていけたのなら、それが一番いいのだろう。 「天帝もいじわるだね」 そこでやっと、鬼太郎の話ではなかったことに気付く。 「あ、あぁ…うん。でも、年に一度ってところがロマンチックなんじゃないのー」 目を細めて、何に照れているのか肩をすくめて笑い出した。 ねこ娘のロマンティシズムは、鬼太郎にはあまり、理解できない。 どんぐり眼を上向かせて、思い描いてみたが。機織女と牛使いの間に、特に感慨は得られなかった。 手持ち無沙汰に、筆をすずりに浸す。 「そうなのかい?」 「そうだよー。だって、毎日毎日会っていたら、きっと、それは空気みたいになっちゃって、浪漫も何もなくなっちゃうんだよ」 ねこ娘のリアリズムは、非常に土に根ざしている。驚かされることもしばしばだ。 しかし鬼太郎はもうひとつ思い描いて、あえて小さく否定する。 「……そんなことはないよ」 「?」 「毎日毎日。一緒にいる方が、やっぱりいいよ」 そう言って俯いた鬼太郎の頬は微かに赤らんでいたけれど。 ねこ娘にはそれが何故だか分からず、「それもそうだね」と軽く同意して、また短冊作りに戻ってしまった。 Fin. |