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59 駒草
58 トモダチ
57 百八つ
56 反射鏡
55 かくれんぼ
54 通り雨
53 影ふみ
52 あさがお
51 うみの日
50 水たまり
49 なぬかのよ
48 末吉
47 袖の香
46 さんすう
45 春眠
44 はつこい
43 沈丁花 
42 しりとり
41 でんしん
40 日光浴
39 初雪の日
38 雨宿り
37 うたたね
36 祝いの心
35 大事なもの
34 今だけの真実
33 おばけの音
32 猫の秘密
31 ひざ枕
30 犬のおまわりさん
29 待ちびと
28 やみのなか
27 ねこみみ
26 夢のつづき
25 けんかしかけた日
24 虚無の扉
23 なかよし
22 真剣勝負
21 河豚
20 切れた鼻緒
19 青年の夢
18 器
17 ダンデライオン
16 酔夢
15 寒がり暑がり
14 倦怠感
13 つまべに
12 おやすみ。
11 けんかした日
10 雪降る森
09 しゃっくり
08 とくべつ
07 怪奇お寝坊さん
06 未来のお嫁さま
05 魔女の心臓
04 しゃぼん玉の記憶
03 お彼岸餅
02 化け粧
01 白猫の夢


[ 50 水たまり ]

突然な夏の嵐が行き過ぎれば、うるおいを含んだ青々とした木々からは水滴が落ち、ぬかるんだ土に落ちる。
「……」
空はもう、いつもの青空が広がり、嵐を呼んだ雨雲も遠く、もくもくと入道雲が連なっていたが、うつむいたままの猫娘の瞳には映らない。
鬼太郎の家に向かう道すがら、水たまりの前にしゃがみこんで、きゅっと唇をつぐんでいた。

どうしよう。どうしよう。

目の前には、くぼ地にできた水たまり。
ぬかるんだ土の上、ぼっかりと広がっていた。
ひざを掴むようにして、葛藤に耐える。
どうしてだろう。手を入れたくてしようがない。
でも、指をつければ、泥水に汚れるだけだ。
分かっている。でも、触れたい。
もう泥んこ遊びを楽しむほど、子供じゃないもん、と唇をへの字にしながらも、その視線は離れない。
「……」
猫娘は、更に言い訳を続ける。

これから鬼太郎のところに行くっていうのに、泥だらけじゃだめだよ。
水浴びだったら、もっとキレイな池がいっぱいあるよ。

言い訳せずにはおれないほど、自分が、水たまりに惹かれているかは、気付いていない。
やがて、木陰で身を潜めていた蝉たちが、様子を窺うように一匹づつ鳴き出し、ゲゲゲの森に反響し始めたけれど、猫娘の耳には聞こえていない。

あぁ、どうしよう。どうしよう。

迷いながらも、その手はひざ小僧から離れ、おそるおそる人差し指を近付けた。
森の木々、空を渡る雲の影を映す、水たまりの水面寸前で、猫娘は思い返す。
いや、いけない。泥水が跳ねたらお洗濯が大変だ。
でも。それでも。

「……」

一度は引いた指を、また、近付ける。
爪先まで広がった水たまりに指をつける───寸前。

「どうしたの」

問いかけに、ハッと我に返り、瞳孔まで縦に伸ばして振り返った。声をかけた方も、そのあまりの驚
きに釣られて、ビクリと半歩下がる。
「鬼太郎…」
何か、見てはいけないものを見てしまったのだろうか。
鬼太郎が驚きと…それだけではない感情で胸を高鳴らせていると、猫娘は困ったような安心したような顔で笑いかけた。
「あ…あの。ほら、約束してたのに遅いから……迎えにきたんだ…けど」
「あぁ、うん。ごめんごめーん」
差し出された手を取り、しゃがんだ猫娘も立ち上がる。
きょろと足元に視線を下ろしたが、ただのぬかるんだ道。あえていえば、水たまりに夏の陽射しが反射している程度で、特に変わったところではない。
「あめんぼでも…いたの?」
「あっうぅん! なんでもないよぉ」
ごまかすように笑いかけたが、猫娘の嘘はとっても分かりやすい。
けれど、猫娘が下手な嘘までついて隠していたいのならば、あえて暴くようなことはしない。鬼太郎にはできない。
「遅くなってごめんね」
「いやぁ、急に降り出したからさ。途中で足止めを食ってるんじゃないかと思って…」
手を引いて、ぬかるんだ道を進んでいく。水たまりをよけるように、猫娘の赤い靴が揺れた。
「うぅん。ちょうどおばばに呼び出されてねー。もう聞いてよー! おばばったらねー」
他愛もない世間話に耳を傾けながら、家路を辿る。
鬼太郎は聞き役にしかならないけれど、その口元はしあわせそうにゆるんでいた。
ゲゲゲハウスまであと少し。目の前の池が見え始めた時…。

「うん?」

足元にひときわ大きな水たまりを見つけ、立ち止まる。
猫娘が助走をつける寸前、繋いだ手が離れると、鬼太郎は小さく、残念そうに「あ」と声をもらした。
「えいっ」
二歩分ほどの水たまりを飛び越えて、猫娘が振り返る。
得意そうに、その口元はにんまりと上がっていた。
「……」
「ほーら。鬼太郎も早く早く」
このくらいの水たまり。飛び越えるのはカンタンだけれど…。
鬼太郎は視線を落としたまま、水たまりの上を歩き出した。
「あっ!」
下駄足がぬかるみに沈み、僅かばかり、水面が足の指をひたす。
奇妙な感触と水の生温ささが心地好く、自然と笑みがもれた。
しかし。
「あれ…?どうしたの」
水たまりを渡りきった鬼太郎を迎えたのは、猫娘の叱めっ面。
呑気に首を傾けている鬼太郎に、
「ずるい!」
と、声を荒げた。
「ずるいって…何…が?」
だから鬼太郎はまた、首を傾げる。
「どうも、水たまりってやつは入ってみたくなるんだよね」
特に葛藤もなく、カンタンに、鬼太郎はいい捨てた。
だからまた余計に、猫娘はむずがるように顔を叱めて、恨みがましそうに鬼太郎をみる。

それは、あたしだってそうなのに。
でも、それじゃあまるで子供みたいなのに。

「泥んこになっちゃうわよっ」
八つ当たりするような口調で言い捨てて、猫娘はズンズンと進んでいく。
もう手を繋いではくれないのだろうか。鬼太郎は手持ち不沙汰に片手を握り締めた。
「下駄だから、平気だよ」
「足が濡れちゃうじゃないっ」
「ん…素足だからねぇ。それより冷たくて気持ち好いよ」
「ふ、服に跳ねたら、大変だよっ」
「あはは。女の子はいろいろ大変なんだねぇ」
気にしたこともないよと、鬼太郎はおおらかに笑う。
どうして猫娘の機嫌を損ねたのか、よく分からないけれど、もしかして。思い当たることがあり、ふと足を止める。

「ねえ猫娘」

「なによぅ」
キッと鋭い瞳で振り返れば、鬼太郎の足元には水たまり。
猫娘の目が釘付けになり、思わず鬼太郎はにやりと笑う。
「……なによ」
「うーん。片方だけ、下駄貸そうか」
「ど、どうしてよっ。あたし、ちゃんとくつはいてるじゃないっ」
言いながらも、瞳は水たまりを見つめたまま。
鬼太郎は片足を水たまりにつけ、スッとその足を引いた。
片足ケンケンで立ち尽くせば、水たまりの上に下駄が残される。

「……」

どうしよう。どうしよう。

シンデレラのガラスの靴ほど優美なものではないけれど。差し出された片方の下駄を前に、猫娘も立ちすくむ。

あぁ入りたい。足をつけたい。

口には出さないけど、猫娘の表情は真摯な葛藤に揺れていた。
その横顔を眺めた鬼太郎は、一度バランスを崩してよろめいたけれど、すぐに持ち直して、ただただ静かに見つめ続けていた。
魅惑の水たまり。


fin.

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