| □ Genre menu bar □ はじめに ゲゲゲの鬼太郎 DRAGON BALL 3.3.7.ビョーシ 犬夜叉 GAME | ■ ゲゲゲの鬼太郎 ■ |
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50 水たまり
] 突然な夏の嵐が行き過ぎれば、うるおいを含んだ青々とした木々からは水滴が落ち、ぬかるんだ土に落ちる。 「……」 空はもう、いつもの青空が広がり、嵐を呼んだ雨雲も遠く、もくもくと入道雲が連なっていたが、うつむいたままの猫娘の瞳には映らない。 鬼太郎の家に向かう道すがら、水たまりの前にしゃがみこんで、きゅっと唇をつぐんでいた。 どうしよう。どうしよう。 目の前には、くぼ地にできた水たまり。 ぬかるんだ土の上、ぼっかりと広がっていた。 ひざを掴むようにして、葛藤に耐える。 どうしてだろう。手を入れたくてしようがない。 でも、指をつければ、泥水に汚れるだけだ。 分かっている。でも、触れたい。 もう泥んこ遊びを楽しむほど、子供じゃないもん、と唇をへの字にしながらも、その視線は離れない。 「……」 猫娘は、更に言い訳を続ける。 これから鬼太郎のところに行くっていうのに、泥だらけじゃだめだよ。 水浴びだったら、もっとキレイな池がいっぱいあるよ。 言い訳せずにはおれないほど、自分が、水たまりに惹かれているかは、気付いていない。 やがて、木陰で身を潜めていた蝉たちが、様子を窺うように一匹づつ鳴き出し、ゲゲゲの森に反響し始めたけれど、猫娘の耳には聞こえていない。 あぁ、どうしよう。どうしよう。 迷いながらも、その手はひざ小僧から離れ、おそるおそる人差し指を近付けた。 森の木々、空を渡る雲の影を映す、水たまりの水面寸前で、猫娘は思い返す。 いや、いけない。泥水が跳ねたらお洗濯が大変だ。 でも。それでも。 「……」 一度は引いた指を、また、近付ける。 爪先まで広がった水たまりに指をつける───寸前。 「どうしたの」 問いかけに、ハッと我に返り、瞳孔まで縦に伸ばして振り返った。声をかけた方も、そのあまりの驚 きに釣られて、ビクリと半歩下がる。 「鬼太郎…」 何か、見てはいけないものを見てしまったのだろうか。 鬼太郎が驚きと…それだけではない感情で胸を高鳴らせていると、猫娘は困ったような安心したような顔で笑いかけた。 「あ…あの。ほら、約束してたのに遅いから……迎えにきたんだ…けど」 「あぁ、うん。ごめんごめーん」 差し出された手を取り、しゃがんだ猫娘も立ち上がる。 きょろと足元に視線を下ろしたが、ただのぬかるんだ道。あえていえば、水たまりに夏の陽射しが反射している程度で、特に変わったところではない。 「あめんぼでも…いたの?」 「あっうぅん! なんでもないよぉ」 ごまかすように笑いかけたが、猫娘の嘘はとっても分かりやすい。 けれど、猫娘が下手な嘘までついて隠していたいのならば、あえて暴くようなことはしない。鬼太郎にはできない。 「遅くなってごめんね」 「いやぁ、急に降り出したからさ。途中で足止めを食ってるんじゃないかと思って…」 手を引いて、ぬかるんだ道を進んでいく。水たまりをよけるように、猫娘の赤い靴が揺れた。 「うぅん。ちょうどおばばに呼び出されてねー。もう聞いてよー! おばばったらねー」 他愛もない世間話に耳を傾けながら、家路を辿る。 鬼太郎は聞き役にしかならないけれど、その口元はしあわせそうにゆるんでいた。 ゲゲゲハウスまであと少し。目の前の池が見え始めた時…。 「うん?」 足元にひときわ大きな水たまりを見つけ、立ち止まる。 猫娘が助走をつける寸前、繋いだ手が離れると、鬼太郎は小さく、残念そうに「あ」と声をもらした。 「えいっ」 二歩分ほどの水たまりを飛び越えて、猫娘が振り返る。 得意そうに、その口元はにんまりと上がっていた。 「……」 「ほーら。鬼太郎も早く早く」 このくらいの水たまり。飛び越えるのはカンタンだけれど…。 鬼太郎は視線を落としたまま、水たまりの上を歩き出した。 「あっ!」 下駄足がぬかるみに沈み、僅かばかり、水面が足の指をひたす。 奇妙な感触と水の生温ささが心地好く、自然と笑みがもれた。 しかし。 「あれ…?どうしたの」 水たまりを渡りきった鬼太郎を迎えたのは、猫娘の叱めっ面。 呑気に首を傾けている鬼太郎に、 「ずるい!」 と、声を荒げた。 「ずるいって…何…が?」 だから鬼太郎はまた、首を傾げる。 「どうも、水たまりってやつは入ってみたくなるんだよね」 特に葛藤もなく、カンタンに、鬼太郎はいい捨てた。 だからまた余計に、猫娘はむずがるように顔を叱めて、恨みがましそうに鬼太郎をみる。 それは、あたしだってそうなのに。 でも、それじゃあまるで子供みたいなのに。 「泥んこになっちゃうわよっ」 八つ当たりするような口調で言い捨てて、猫娘はズンズンと進んでいく。 もう手を繋いではくれないのだろうか。鬼太郎は手持ち不沙汰に片手を握り締めた。 「下駄だから、平気だよ」 「足が濡れちゃうじゃないっ」 「ん…素足だからねぇ。それより冷たくて気持ち好いよ」 「ふ、服に跳ねたら、大変だよっ」 「あはは。女の子はいろいろ大変なんだねぇ」 気にしたこともないよと、鬼太郎はおおらかに笑う。 どうして猫娘の機嫌を損ねたのか、よく分からないけれど、もしかして。思い当たることがあり、ふと足を止める。 「ねえ猫娘」 「なによぅ」 キッと鋭い瞳で振り返れば、鬼太郎の足元には水たまり。 猫娘の目が釘付けになり、思わず鬼太郎はにやりと笑う。 「……なによ」 「うーん。片方だけ、下駄貸そうか」 「ど、どうしてよっ。あたし、ちゃんとくつはいてるじゃないっ」 言いながらも、瞳は水たまりを見つめたまま。 鬼太郎は片足を水たまりにつけ、スッとその足を引いた。 片足ケンケンで立ち尽くせば、水たまりの上に下駄が残される。 「……」 どうしよう。どうしよう。 シンデレラのガラスの靴ほど優美なものではないけれど。差し出された片方の下駄を前に、猫娘も立ちすくむ。 あぁ入りたい。足をつけたい。 口には出さないけど、猫娘の表情は真摯な葛藤に揺れていた。 その横顔を眺めた鬼太郎は、一度バランスを崩してよろめいたけれど、すぐに持ち直して、ただただ静かに見つめ続けていた。 魅惑の水たまり。 fin. |