| □ Genre menu bar □ はじめに ゲゲゲの鬼太郎 DRAGON BALL 3.3.7.ビョーシ 犬夜叉 GAME | ■ ゲゲゲの鬼太郎 ■ |
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55 かくれんぼ
] 峠を分かつ一本の大木に両手を当て、鬼太郎は己の腕に顔を埋めていた。 泣いていたわけではない。 「いーち…にーい…」 数をかぞえる間にも、軽やかな足取りで草木の陰を探す猫娘の気配を追っていた。 十数える間だけではそんなに遠くに逃げられはしない。遠くへ逃げる気も、ないのだろう。 隠れなければと思いながらも、見つけて欲しい。隠れる童子の心はいつも複雑だ。 「ごーぉ…ろー…く…」 猫娘はまだ隠れ場所を探している。気配が留まらない。 まるで鈴でもつけているかのように、猫娘の進む軌道が分かる。妖怪アンテナを通して伝わっていた。 鬼太郎は自然とゆっくり数を読み上げる。 早く。早く隠れてしまわないと、すぐに見つけてしまうよ。けれど、見つからないほど遠くに行ってはいけないよ。 鬼の気持ちも複雑だ。 そもそも、逃がす気などないけれど。 「きゅーう…」 猫娘の気配が止まる。しばし立ちすくんで、迂回して再び足を止めた。 身を屈め、息を詰める。やっと見つけた隠れ場所は、この木から東に十歩、南に十五歩。 鬱蒼と茂った雑草に足を取られたりしなかっただろうか。 「…じゅう」 しまいまで数え終え、鬼太郎は顔を上げた。 鬼が目覚め、かくれんぼが始まる。 まるでパズルを組み立てるような作業だ。猫娘の位置は分かっている、だけどまだその姿は確認できない。 思った通りの位置に猫娘の姿を見つける瞬間を思いながら、鬼太郎は草地を分け行った。 「おーい、猫娘ー?」 さすがに返事はない。 ついこの間までは、うっかり返事をしてしまっていた猫娘も、もうこの手には引っかからない。 茂った雑草が下駄の足先に挟まり、歩きづらい。 足元に目をやると、雑草の中にまだつぼみの花が生えていた。 あぁこれを避けたのか。 ひとつひとつ猫娘の行動を追いながら、数秒前に見た景色さえも重なり合うような気がした。 「ん?」 鬼太郎の足が止まる。 繁みまではもうあと五歩。鬼太郎の足音も、思わずもらした吐息までも猫娘に聞こえているだろう。 以前と比べて随分上手にはなったけれど。繁みからは赤いリボンの先端が見切れていた。 いつだか、猫娘が町で憶えてきたという童謡が脳裏をよぎる。 ひよこではなく、猫だけれど…。 もれてしまいそうな笑い声を押しとどめ、鬼太郎は距離をあけて、思い出した童謡の節を鼻唄で唄いながら、立ち往生してみせる。 見つかりたくないけれど見つかりたい。猫娘が探し出されるまでのスリルを楽しんでいる間は、鬼太郎もまだ掴まえないのだ。 捕らえてしまうのは簡単だ。けれどすぐには掴まえない。 息を潜める猫娘が、早く、早く見つけて欲しいとしびれを切らすまで、鬼太郎は鬼の役を楽しんでいた。 見つけてしまうまで、かくれんぼは終わらない。 悪戯に老木を迂回する。姿はない。 わさわさと草木を分けても姿は見えない。 地を突き出した岩陰に回り、立派に聳えた大木の枝を見上げる。 陽を求めて広がり、重なり合う木々の葉からは木漏れ陽が差し込んでいた。 「………」 今はまだ、気配が感じられる。すぐそばにいる。 けれどもし、掴まえられない時が訪れたら自分はどうなってしまうのだろう。 ただひとつ。猫娘だけがいないのだとしたら。 足を止め、その時を思い描いてみる。想像でしかないけれど、一度迎えた感傷であれば、現実に訪れた時の心構えになるだろう。 そうして幾年月、自分のもとに流れる時を。降り積もる体験を。やり過ごしてきたのだ。 ───いくら時が流れても、森は森のまま。世界は何ひとつ変わらない。 しかしその時が訪れれば、鬼太郎も知るのだろう。 森はただそこにあるだけのもの。世界もまた然り。 姿形は変わらずとも、鬼太郎の視点が変われば、全ては別のものになってしまう。 身を包む森の生気は優しくも感じられず、眩い木漏れ陽も暖かさを失う。 それらを愛しく想う鬼太郎の心が消えてしまえば、全てはただそこにあるだけのものに成り下がる。 音も。風も。空気も。光も。全て意味を失くす。 意味を問う、鬼太郎の心が失せてしまえば、ここは何もない場所になる。 探し物すらない鬼太郎に、時だけが残酷に降り積もる。 「鬼太郎」 振り返った鬼太郎は余程妙な顔つきをしていたのだろう。 鏡映しのように、猫娘もまた妙な顔つきで唇をゆがめていた。 「…見ーっけた」 苦し紛れに呟いた合図に、猫娘は眉をひそめる。 「見っけた、じゃないよ」 数歩進んで鬼太郎の前に立ちはだかる。 「ずっと前に見つけてたくせに…」 「えっ。あ…いや、それは、その…」 「鬼太郎はかくれんぼが下手っぴなんだから」 伸ばした手で鬼太郎の耳を覆う。そこで森の雑音は遮断された。 じっと見上げた瞳。猫娘の真っ直ぐな視線に奪われて、辺りの景色もまた遮断される。 「妖怪アンテナ使ったらダメ」 それはインチキだよと不平を言う猫娘の声だけが、温かなてのひらを伝って聞こえてくる。 自然と流れ込んでくるはずの情報は遮断され、ただの鬼太郎だけがそこに残される。 消えてしまえばそれは、ただの雑情報なのだと分かった。 知らなくてもよいこと、知らずにいてもどうでもいいこと。 そして知るべき己の心を探り入れば、あるのはただひとつ。簡単な感情だけだった。 「…どうして真っ赤なかおしてるの?」 「え…?」 欲しいものはただひとつ。掴まえたいのはただ一人だけ。 顔が火照るほどの想いを口にしたら、猫娘はどんな顔をするのだろうか。 それとも、猫娘にとってはそれすらも雑情報でしたかないのだろうか。 「今度はあたしが鬼になるね?」 赤鬼のごとく火照らせた鬼太郎の顔から手を下ろし、顔を伏せる木を探して辺りをみまわした。 「それと」 振り返り、念を押して指一本を鬼太郎に向ける。 「がまん比べじゃなくって、かくれんぼなんだからね」 「…う…ん?」 程よい幹を見つけて顔を伏せれば、猫娘のカウントが始まる。 条件反射で慌てて駆け出しながら、不可解な猫娘の注意を繰り返し思っていた。 身を隠すのに場所は問わない。 くつろげる場所さえ見つければ、辺りの景色に馴染むようカメレオンの術で姿を隠せば済むこと。 猫娘は見つけられるだろうか。近づけても見えはしない鬼太郎を、掴まえられるだろうか。 『がまん比べじゃなくって、かくれんぼなんだからね』 十数えた猫娘は、ひとつ鼻を鳴らし、迷うことなく鬼太郎のもとへと近付いてきた。 あと三歩…一歩。猫娘が足を止める。 あるはずの姿がなく、その瞳は不安気に揺れた。 そこで漸く、猫娘の不可解な言葉の意味を知る。 これは、確かにかくれんぼじゃない。がまん比べだ。 鬼が諦めてしまう前に、早く見つかりたいと思うようでは、うまくかくれんぼなどできはしない。 「…こっちだよ…」 身を隠したまま、鬼太郎が声をかける。 耐え切れず姿を見せた猫娘に比べれば、ずっと自分の方が我慢強いと思う。 確かに聞こえてきた鬼太郎の声で距離をはかっても、姿が見えないのはやはりおかしい。 猫娘はまた口元を歪ませた。 くすくすと鬼太郎の笑い声が届き、猫娘は当てどころもなく拳を振り上げる。 「カメレオンの術も使っちゃダメ」 Fin. |