| □ Genre menu bar □ はじめに ゲゲゲの鬼太郎 DRAGON BALL 3.3.7.ビョーシ 犬夜叉 GAME | ■ ゲゲゲの鬼太郎 ■ |
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57 百八つ
] 「やっぱり降り始めちゃったねー」 火鉢の向こう側。蜃気楼のようにゆらぐ猫娘が、ちらり舞い散る雪景色を見あげながら呟いた。 階下からは妖怪たちの酒盛りの喧騒が、床板を通しても響いてくる。 飲み下す酒だけでなく、空気までも酒気を帯びていたのだろう。飲まずに付き合っていた猫娘の頬がぽわりと赤く染まった頃、鬼太郎は宴から猫娘の部屋へ連れ出した。 元日から二日酔いというのも可哀相な話だから…と、自分に言い訳をする。 本当のことをいえば。 酔っ払った猫娘は、鬼太郎にとってあらゆる意味で最凶だ。 「…この雪じゃあ…初詣は明けてからだね」 それが砂かけ達との約束だった。老体に深夜の雪道はさすがに堪えるらしい。 除夜の鐘撞きを楽しみにしていた猫娘はひとつため息をつくと、ちらりと鬼太郎に目を戻した。 「ほっとしてるんでしょ」 「え…?」 「鬼太郎も、出かけるの面倒だったんでしょ?」 口もとが不自然に波打つ。 火鉢に腕を回したままの鬼太郎がどれだけ怠け者かを一番よく知る猫娘に、今更何を言い訳したところで始まらない。 「本っ当にもう」 「ははは、ここからでも鐘の音は聞こえるよ…」 山の尾根。人里の寺から鳴り響くその音は、きっとこの妖怪アパートにも届くだろう。 この一年が終わる音。 その音は、良いことも悪いことも、現在過去未来において百八つの煩悩を払うというが…… ふと思う。 猫娘にも煩悩と呼べるべきものがあるのだろうか。 あるいは、人間であった頃のそれが、百八つの半分ほどぐらいは残っているのだろうか。 欲望や執着のみならず、愛着までも煩悩と呼ぶのであれば、鬼太郎にもないわけではない。 ぼんやりと思い浮かべながら、自然に指折ると、猫娘もまた火鉢のもとへ戻ってきた。 「今年もいろいろ、あったね?」 「……うん」 来年もきっと、いろいろ、あるのだろう。 たとえ大晦日のひと時。鐘の音に煩悩を鎮めたところで、人間たちのそれは消えることはない。 何度も何度も繰り返す歯車を、来年も鬼太郎は些細にも修繕していくことしかできない。 「どれくらい繰り返すんだろう…」 「うん?」 指折りを止めるように猫娘の手が重なった。 さっきまで窓枠に置いていた手はひんやりと冷たい。 冷たいのにあたたかい手。猫娘の手は不思議だ。 「いっぱい」 「……えっ…ええ?」 「何回もだよ? 来年も再来年も、この先ずっと…ずーっとだよ」 猫娘がにこりと笑う。それは勿論、鬼太郎の使命を圧迫しているわけではない。 こうしてずっとそばにいる。同じようにいつまでも、幾度も年明けを迎えるのだと伝えている。 今年一年。苦しい戦いも、悲しい人生の岐路も、哀れな末路も散々みてきたことなど、忘れたように目を細める。 「本当だよ?」 猫娘の胸には、新年への満ちた期待しか存在しない。 嫌な時も嬉しい時も、何度もない時をも共に過ごすことに変わりはない。 だからつられて鬼太郎も目を細めた。うまく笑えない分、眉間に不自然なしわが寄る。 「…あぁ…。ねえ、それよりもう少し火鉢に寄った方がいいよ? こんなに手が冷えてる」 「? あ、本当だ。鬼太郎の手、あったか〜い」 いつもは猫娘の方がずっとずっと温かいはずなのに、重ねて始めて気がついたようだった。 ひとりでいたら気付いてなかったのだろうか。 どれだけその手が冷えていたのかを。 また、どれだけこの身が火照っていたのか、も。 「………」 己の中に疼いた煩悩の存在に気付き、鬼太郎はそっと視線をそらした。 「あっ」 「! えっ!?」 心でも読まれたのかと思い、らしくなく慌てて顔をあげる。 火鉢を挟んで向こう側。猫娘はそっと目を伏せ、微動だにしない。 まさか。煩悩が伝わるということも、あるのだろうか。 伝染病ではあるまいし。いや、動物にはフェロモンというものがあるというが。 いやいや、そんなに都合のいいことがあるとも思えない。そんな期待はいつも砕かれてきた。 砕かれても砕かれても期待はしてしまうのが、煩悩たる所以なのだろう。 「ねえ…」 「何だい」 鬼太郎なりに気障な声を出してみたが、猫娘はその顔を近づけるでもなくじっとたたずんでいる。特に気にもとめていないようだった。 重ねたこの手を引き寄せてみようかどうか迷った瞬間、遠く鳴り響く鐘の音に気付く。 「あ…あぁ。聞こえたよ…」 「今のふたつ目かな?」 「どうだろう」 どちらからともなく手が放れ、指折り数え出す。 何故だろう、息も殺して次の鐘の音を待ち始めていた。 その間だけは確かに、一切の煩悩は存在していなかった。 やがて百八番目の鐘がひときわ長く鳴り響いた後、猫娘が思い出したように、 『あけましておめでとう』と言うまでの間、あらゆる思考さえも消えていたのだった。 Fin. |