| □ Genre menu bar □ はじめに ゲゲゲの鬼太郎 DRAGON BALL 3.3.7.ビョーシ 犬夜叉 GAME | ■ ゲゲゲの鬼太郎 ■ |
|
|
[
59 駒草
] ある昼下がり。通りがかりの砂かけおばばに魔法の言葉をかけられた。 着物の袖口で口元を覆い、その足元は妙に挙動不審に右往左往しては歩を止める。 『どうかしたのかい? おばば』 失せものひとつでも探しているというのなら、手伝ってやろうと声をかけたが、 『うむ……』 探しているのは、失せてはならない者だった。 『約束をしていたのじゃが…猫娘が一向に来んのじゃよ』 鬼太郎の呼吸が一瞬止まる。けれどそれはほんの一瞬だったから、おばばでさえも気付かない。 ただ、返答のない鬼太郎に力なく微笑みかけるだけだった。 『まぁ大した用事でもなかったからのう。まさか───ひとりで高山まで出かけるわけもないわい』 『高山?』 ふと見上げればゲゲゲの森からも薄っすらと見える霧がかった峰。 幼い童子が気楽にひとり歩きできるような場所ではない。 『何か他の用事でもできたのじゃろう。またにするわい』 『……そう』 おばばはいつから魔法使いのおばばになったのだろうか。 高くそびえる山道を進みながら、鬼太郎は首を傾げていた。 それとも、知らずに吐いた言葉が鬼太郎の耳を通って魔法を帯びたのだろうか。 何ひとつ頼まれたわけでもなく、こうして下駄を鳴らして山歩きをせねばならなくなってしまった。 正直に言えば、面倒だ。こんな日に山登りなどしたくはない。 それでも足は止まらない。 澄んだ空気を目一杯吸い込めば、自然に妖怪アンテナが妖気を探り出す。 (……あっちか) そう遠くはない。戻って来れないほど高く登ってしまったのではないことを察知すると、安堵感にふと吐息をもらし、また山道を進んで行った。 崖の上、今にも崩れ落ちそうな砂礫の中に白く花を咲かせた駒草を見上げたまま、猫娘は座り込んでいた。 手を伸ばしても届かない。登ろうにも、崖に手をかけた途端に脆くも足場は崩れてしまうのだろう。 だから猫娘はこうして、じっと眺めていることしかできなかった。 いたずらにそよ風が白い花弁を揺らすのを、ただただ見ていることしかできない。 じっと眺めているだけなのに、頭の中はぐるぐると様々な想いが巡り、忙しかったけれど…… 傍からそれを伺い知ることはできなかった。 「……何してるんだい?」 ぐるぐると駆け巡っていた思考が、その声でゆっくりと速度を下げて、止まる。 忘れていた瞬きをひとつして振り返ると、すぐそばに鬼太郎が腕組みして佇んでいた。 「鬼太郎…」 不意に現実に引き戻されたようで、目覚めのような顔つきの猫娘を見、鬼太郎は呆れたように微笑む。 「こんなところでぼんやりして…さ」 「うん……」 ちらりと流し見た猫娘の視線の先、崖の上の花に気付く。 「ひとりで花見かい?」 おばばに心配をかけて…… 鬼太郎に山歩きまでさせて…… それはどちらも猫娘が望んだせいではないが、やはり猫娘のせいだ。 「うぅん。ただちょっと気になって」 足を止めたら、その花が咲いていた。 そして、ふと鬼太郎のことを思い出した。 そうしたらこうして鬼太郎が現れて……。まるで答えが見つかったような気持ちになる。 「何が気になったんだい?」 猫娘の隣に座り込む。 慣れぬ道を無心に歩いたせいか、鈍く痛む足をとんとんと軽く叩いて馴らした。 「鬼太郎は…さ、あの花が好きなんだよね」 「?」 花が好きなのは猫娘の方だ。ましてや、その崖に咲いている花がなんという花なのかさえ鬼太郎は知らない。 正確にいえば…知っている花なのか、知らない花なのかどうかさえ、区別がつかないというのに。好きも嫌いも分かりようがない。 「道端に咲いているような、見慣れた草花なんかよりも。あの、手の届かない花がいいんだよね……」 高根の花は届かないほどに美しいのだろう。 逆説的にいえば、届かないからこそ美しく心に残るのだ。 「何のことだい?」 猫娘は急に肩を揺らして笑い出した。 けれど、それはいつものふざけた時の笑顔でもなければ、無邪気な笑顔でもない。 今にも泣き出しそうな、切ない笑顔だった。 「何? ねえ何の話?」 「うふふ…。うぅん、鬼太郎に限ったことじゃないよね。男の子はきっと、みんなそうなんだ」 だから───未来は変わらない。 いつまでもいつまでも変わらずそばに居れたとしても、こうしていつまでも眺めていたいような切なくて愛おしい気持ちで胸を焦がすことなどないのだろう。 終わることはなくとも、実ることのない想いはどこへ辿り着けるのだろうか。 答えなら、分かっている。 ───どこへも、行かない。ただただこの小さな胸の中で燻り続けるだけ。 吸い込んだ高山の空気が胸に沁みる。こんな気持ちは今まで何度も胸に広がってきた。 まるで、記憶にないはずの……自分なのかどうかも分からない自分が、繰り返してきたようにも思える。 「?」 鬼太郎にしてみれば、分からないことだらけだ。 分からないままに猫娘は呟いて、そして勝手に納得している。 けれど、それが見当外れのように思えるのは、鬼太郎の勘だったが、間違いないという自信だけはあった。 それを言葉にするのは難しい。鬼太郎にとっては最も不得手なことだった。 だからいつまでもいつまでも、こんな不可解な猫娘の言動は繰り返される。 「………」 もう一度、崖の上を見上げてみる。 花は花だ。別にそこらの草花と変わり映えはしない。 もっとよく確かめてみようと、鬼太郎は勢いをつけて飛び上がり、崖の上の花を掴んだ。 「!」 目を見開いた猫娘とは対照的に、鬼太郎は事も無げに手の中の白い花弁を見つめる。 「見たことあったかなぁ…。なかったかなぁ…」 ふと花越しに視線がかち合うと、猫娘はまた奇妙な笑顔を見せた。 「簡単に、手が届くんだねぇ…」 「そりゃあ…届くさ」 また、何かと重ね合わせているのだろう。 たとえ崖の上とはいえ鬼太郎がひとっ飛びすれば登るべくもなく、届かない高さではない。 そんなに驚くようなことでもなければ、そんな切なげな笑顔を浮かべるようなことでもない。 「……珍しい形の花だけど…。どうしてこれ、僕が好きなんだと思ったんだい?」 もしかして。この花には何らかの形で猫にまつわるものなのだろうか。 そして、魔法にかかったようにこうして追いかけてしまった鬼太郎の想いまでも見透かされているのかと思えば、妙に頬が熱を帯びる。 「これ…何ていう花なんだい?」 「駒草っていうのよ」 「コマクサ…?」 どうやら猫とも娘とも無関係な名前のようだ。ほっとしたような、少々残念なような……。 「……そう。それで、どうして僕がこの花を好きだなんて思ったの?」 「うぅん。鬼太郎にとってはその花じゃなかったみたい」 「???」 容易に手が届くのであれば、焦がれたりしないのだろう。 もっと遠く、もっと高く。その手の届かないところに、その花は咲いている。 「あ、猫娘??」 気が済んだとばかりに踵を返した猫娘を追い、肩を並べて山道を戻る。 「何だよ。一体どうしたんだい?」 「……ううん。何でもない」 「何でもない…って」 また猫の気まぐれに踊らされたのかと、鬼太郎は不満気に溜息をつく。 けれどこうして猫娘を追いかけたのは自分の方。別に誰に頼まれたわけでもないから、この不満の捌け口はなかった。 「おばばが心配していたよ」 「あー! そうだ、薬草摘みにいくって約束してたんだったー!」 「薬草って…これ、じゃないのかい?」 指先で駒草をねじりながら差し出すが、猫娘は首を横に振る。 そして道端に生えた草を数本毟り取った。 「そんな大層なものじゃないのよ。これでいいの」 「ふうん?」 どれほど必要なものなのか、鬼太郎には分からなかったが。 ひょいと駒草を草むらへ捨て、並んで薬草摘みを手伝った。 Fin. |