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正直太郎

ある所に正直太郎という男がおりました。
正直太郎は親が名前にこめた思いそのままに育ち、生まれてからこれまで、一度としてウソをついたことはありませんでした。それは彼の誇りであり、強い信念でもあったのです。

「正直太郎、正直太郎や」
「やや、これはご老人、私の名を知っているようだがはたして、私はあなたにお会いするのは初めてなのだが」

ある時正直太郎が田んぼのあぜ道をトボトボと歩いていると、はて、このあたりでは見かけない風体の老人が話しかけてきました。
そこは正直太郎、相手が誰か分からなくても適当に話を合わせたりはしません。老人はそんな正直太郎に微笑みかけると、とつとつと自分のことを話し始めました。

「ワシは神様なのじゃ」
「なんと」
「信じられぬのも無理はない、じゃがホレ、ワシは神様じゃからこんなことやあんなこともおちゃのこさいさいじゃ」
「なるほど、にわかには受け入れがたいが、こんな有様を見せつけられては神仏と信じぬわけにはいくまい、それでは神様が一体なにようで我が元に参られたのか」
「うむうむ、お主はあまりにも正直じゃから褒美を使わそうと思うのじゃ」
「なんと」
「これより先、一度だけお前のウソを真実にする力を授けるのじゃ。よいか、一回だけじゃぞ」
「それは異なことだ、そんな力を貰っても、私はこれからもウソをつく気などないのだが」
「ふふんよい心がけじゃの。それではさらばじゃー」

神様は戸惑う正直太郎を残して煙のように消えてしまいました。



数年後、そんな出来事などトンと忘れていた正直太郎に、与えられた力を使う瞬間がやってきました。娘である正直太郎子がベンツに吹き飛ばされてしまったのです。

「あなた！救急車を！早く救急車を呼んで！！！」
「とりみだすんじゃぁない正直太郎妻。どうみても即死じゃないか」
「あなた！！どうしてあなたはそんなに冷静にいられるの！？まるで神様から貰った力によって娘の命を生き返らせることができるみたいじゃないの！！」
「なぁに見ていなさい…どれ」

正直太郎は娘を生き返らせるためのウソを考えます。正直太郎妻はいまかいまかと娘の復活を待ち望み、駆けつけた救急隊を殴りつけます。だって生き返る娘を連れて行かれてはたまったものではありませんから。

「あなた？どうしたのあなたはやくして」
「ああいまやるさ。”私の娘は死んでいない”」

ところがどうでしょう。ベンツに吹き飛ばされた娘は相変わらずぴくりともしません。どういうことだ、やはりあの老人はペテン師だったのか。正直太郎はとりみだします。それを見た妻は

「ごめんなさいあなた、こんな時になんだけど、この子はあなたとの子供じゃないの、でも当然許してくれるわよね」
「なんだって！？」

なるほど、それでは力は発揮されないわけです。正直太郎の娘が死んでないという言葉はただの事実ですから。
正直太郎は絶望します。天を仰ぎ、妻の不貞に気づけなかった自らを呪います。そしてついに、生まれて初めて己の名に背くことになったのです。

「”この世にゃ神も仏もありゃしない！！”」


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