俺の出番…?

以前より会津地方に行ってみてえなぁと情報収集してたんですよ。
まず只見を目指し、金山町で農家民泊して翌日会津若松の献血ルーム…というプラン。
ちなみに会津若松の献血ルームは「出張所」という扱いで開所は週3日のみです。

そんなこんなのある日。
福島県の献血バスのスケジュールを見ていたら、3月27日に南会津町に巡回してくると知り、万障お繰り合わせまくって日帰り献血旅に行ってきました。

南会津町を訪れるのは初めてですが、駅を中心に大型商業施設も出店しつつ、街並みには古(いにしえ)の情緒も残ってて。
ずーっとローカル線らしい車窓を眺めたんで、会津田島駅についてなんかホッとしました。

南会津町じたいはとても広くそのほとんどは山深い地域になります。
モチのロンで温泉もあり。今回は日帰りですが、今度はゆっくり来たいと思いましたね。

今回の献血会場は会津田島駅周辺(南会津町役場9:30~11:30/田島ホーム13:00~14:00/南会津合同庁舎14:30~16:30)。
そんな離れてない3ヶ所を短時間で回るのは、各々の施設に従事する方々を狙ったに協力を呼びかけようというのが主旨なのでしょう。

9:44に会津田島駅に着くと、駅構内にある会津高原観光案内所でレンタサイクルを申請。

一般的なママチャリだと基本料金300円(2時間)で延長1時間につき100円。身分証明書の提示は求められませんでした。
電動アシスト自転車(料金失念)もあるようでしたが、普通に会津田島駅周辺を散策するだけならママチャリで十分だと思います。

ということで、まずは献血会場である南会津町役場へ。

自転車で駅から5分とかかりませんが、Googleのストリートビューの画像(2014年6月)と違って今はウッディーでモダンな感じに建て替えられていました。田島陣屋跡の石碑だけが残っています。

早速献血バスを発見。

近くに自転車を停めてバスに近づいていくも、どうも様子がおかしい。既に献血が始まっているはずなのに。

閉まっていたドアを開けて、中の人に声を掛けてみると、なんと日赤のシステムがトラブって受付ができない状況だというのです。
受付は庁舎内のロビーで行っているというのでそちらに入っていくと、スタッフさんもどうにもならずお困りの様子。


詳しく伺うと、トラブルは全国的に起きているようで、とにかく復旧の見込みも分からず、ひたすら待つしかないのだとか。
やーん、なんなのそれー。よりによってこんな日に。

日赤、システム障害で献血できず 数千人に影響
 日赤のシステムに障害が発生し、全国の献血ルームや移動採血車で27日午前9時20分ごろから午後4時10分ごろにかけて、献血を受け付けられない状態になったことが分かった。数千人が献血できなかったとみられる。日赤は医療機関への輸血供給に影響が出ないよう血液確保に努めている。

 日赤によると、全国に影響が及ぶ長時間のシステム障害は初めて。原因は不明という。午前9時20分以降に始業しようとした際、システムが起動せず、約150カ所ある献血ルームの7割超で献血ができなくなった。また大半の移動採血車でも献血できない状態になったという。

(福島民報 2018/03/27 21:11)

ま、アクシデントも旅の醍醐味、と開き直るしかありません。

結局16時過ぎまでシステムは止まっていたようです。
この日ラストの会場となる南会津合同庁舎に私が15時30分頃通りがかった際には献血バスを見かけなかったので、復旧を待たずに撤収したのかもしれません。

勿論、この時点でそこまで長引くとは知る由もなく、ちょっくらチャリ転がしてきてお昼前にまた様子を見に来ようと軽く考えてました。

ここから更に思いがけぬ展開。

町役場を一旦離れ、街道沿いを流していたら「鴫山(しぎやま)城址」という案内板を発見。
行ってみっぺか。

城址の手前に愛宕神社の鳥居があります。

鴫山城址。
ここは愛宕山の麓あたりで、愛宕神社は頂上にあるのだとか。標高差にして200mぐらい。
折角なので、頂上の愛宕神社を目指します。

最初のうちは、まだ雪の残る山道を清々しく歩いていたのですが、途中からコースがわからなくなってしまいました。
後日調べたら、たぶん私は北主水曲輪のあたりの斜面を無理矢理よじ登っていたようです。コース的にはショートカットなんですが、傾斜がキツくて何度も足を踏み外したり滑り落ちそうになったりで大変でしたわ。
とりわけ斜面に残っている溶けかけの雪が難敵で、腰からお尻、膝から下は泥だらけ。

しかも、両腕や脚などあちこちに小さな傷を作ってしまいました。
このあとシステムが復旧しても、どのみち今日の献血はアウトと悟ったのです。なんておバカさんなんでしょう…

尾根のようなところに出て、ようやく普通に歩けました。
勘を頼りに頂上を目指します。

主水曲輪というとこに出たようです。
ここまで来れば石段のようなものを見かけるようになり、正解ルートに合流したと確信したのです。

そこから5分も歩けばいよいよ頂上が見えてきました。

山門を潜ってゴール。途中で撮影したりお茶飲んだりしつつ、鴫山城址から35分掛かりました。
ところが愛宕神社が見当たらない。

看板は倒れたまま。



辺りは燃えたような跡が…

どうやら2015年6月15日に、落雷により焼失したらしい。自然コワイ。

ではボチボチ出発。

登ってきたルートを引き返して降りていくには傾斜がキツく危険と判断し、別のルートを模索しながら下りていきます。
しかしここからがまた過酷でした。
登りは途中からちゃんとしたコースに出られたようですが、下りは(後で調べたら)完全にコース外。そうとは知らず、なるべく傾斜の緩いところを見つけて慎重に、慎重に。必死だったのでカメラを取り出す余裕もありません。

途中で雪解け水が湧いているところがあり、そこから伸びる沢に足を踏み入れながら下りていきましたがもう足はビシャビシャ。
気持ちいいんだけど、この先どうなるか分からず、のんびりできません。

愛宕神社から西北西の方向になんとか下りてきたところで、目の前に砂防ダムが要塞のように立ちはだかりました。
ダムの裏側に来てしまったようです。たぶん一般人が来ちゃいけないとこだと思います。どうりで谷戸っぽい地形だと思ったよ。

ダムを越えると田島の街並みがすぐそこにありました。助かった…

上の画像は「おいでよ!南会津」さんから拝借しました(大きい画像)。
登りは体力戦でしたが、下りは70分の神経戦。やれやれだぜ。

ぐるっと回って、スタート地点に置きっぱなしの自転車を回収しに行きます。

お昼を過ぎ、そろそろお腹も減ってきたのですが、献血のシステムトラブルが気になって、この時間帯の会場である田島ホームに向かいました。
足はドロドロ、手足のあちこちを擦り剥いたり切ったりで痛いけど、爽快なサイクリング。

田島ホーム到着。
しかしトラブルは解決しておらず、受付もできない状況のまま。

ところで、つい今しがた山に登ってきたんスよ…と、スタッフの方に腕の傷を見せたら、やっぱり献血は無理と判断されました。とほほ。

見かねたスタッフの方が絆創膏をくれました。あと、伊右衛門と、会津献血ルームのチラシまで。
なんも貢献してないのに、かえって恐縮です。ありがとうございました。福島にリベンジに来なきゃだね。


お昼はまりちゃんラーメン。ソースかつ丼は噂に違わぬ美味しさ。揚げてる時から油とソースの香りが鼻腔をくすぐりまくります。
汚れた足でお座敷に上がってしまい失礼しましたが、まりちゃん様はニコやかに私のシューズを直してくれました。撮影も快くお許しいただけましたが、食欲に駆られたか露出オーバーしてしまったのが無念。

まりちゃんのお店と、道を挟んで向かいにある御菓子司 三浦屋。こちらでお土産をいろいろ。



このお店のおかみさん、実は昨年放送された『出発!ローカル線聞きこみ発見旅』で、的場浩司さん相田翔子さんを愛宕神社までご案内された方なんです。

オンエアでは知り得ないウラ話もいろいろお聞きしました。ここに詳しく書くのは野暮なので控えますが、的場さんはとにかくサービス精神が旺盛で、相田さんの天然発言がツボに入って撮影中は終始笑いが絶えなかったそうです。
おかみさんも昨日のことのように思い出し笑いをされていました。


最後に立ち寄ったのは、国権酒造さん。
六角精児さんが『呑み鉄本線・日本旅』でぶらり立ち寄った酒蔵です。

「スッキリしたのが好みです」
私がそう申すと、こちらの若おかみさんらしき方、会津の酒は水がいいからどれもスッキリしていると仰る。むむむ。
なかでも、とりわけスッキリしてるのは…と紹介されたのが「俺の出番」。あっしも最初からコレに決めてたんスよヘヘ。

「どうして虎が描かれているの?」
会長(だったか何方だったか、とにかく先代の社長さんみたいな偉い人)が阪神ファンで…というのはあらかじめリサーチ済み。願わくばその偉い人と今季の展望を語らいたかったな。

ということで、私の初の福島県内献血は実現できませんでしたが、たった半日の滞在中に出会った南会津町の方々の笑顔と優しさをおみやげに帰京しました。
すれ違う中学生が見知らぬ私にも元気よく挨拶してくる、雪解け水のようにキラキラした街でしたよ。

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