「だから言っただろ?着々と守護者が集まってきてんだぞ。」

黒いスーツに身を包んだ赤ん坊が、こんなことは最初からわかっていたぞとばかりに綱吉に言った。
意味がよくわからなくて、思わずえ?と聞き返した綱吉は、何が起こっているのかイマイチ把握できないでいる。
侵入者がこちらに向かっていると、その場に緊迫した空気が流れているというのに、綱吉にはイマイチ実感として沸かないでいた。
嵐の守護者同士の対決が終わり、獄寺が傷だらけになりながらも自分たちの元に帰ってきてくれたせいなのか。
それともただ単に、自分がこの場にいることの実感が、未だに沸いていないだけなのか。
色々なことが短期間にありすぎて、頭が混乱しているのかもしれないなと、そんな呑気なことを考えていた。そんな暇など、ありはしないというのに。

「あいつが修行から帰ってきたんだ。」

その声に問い返そうとするよりも早く、見知らぬ誰かの悲鳴が辺りに響いた。

理解できない




どしゃっという音と共に、人が弾き飛ばされたかのように目の前に投げ出された。
それと同時に、颯爽と綱吉達の前にトンファーを携えて堂々と現れたるは、この学校の頂点に君臨する男。

「ヒバリさん!!」

本当にリング争奪戦に加わってくれるのか、と。心強いと綱吉が安堵したのも束の間。

「ここにいる全員噛み殺すから。」

当の本人は、そんなことなど全くもってお構いなしだったようだ。
校内への不法侵入と、校舎の破損にえらく不機嫌になってしまっているようで、傍から見てもわかるほどにご立腹のようだった。

「あいつ学校好きな」

山本がにこにこと笑いながら、絶叫する綱吉の横で呑気に呟く。
頭を抱えたくなるような状況に、綱吉は先ほど自分が一瞬たりとも安堵してしまったことを後悔した。
そうだよ、この人はそんな人じゃなかったよと、頭の中ではそんなことを考えている。
そうこうしている内に、相手の雷の守護者が雲雀へと突っかかる。

「まずは君から、噛み殺そうか?」

今にも乱闘になりそうな勢いで、今度は向こうの雨の守護者が雲雀を挑発する。
不敵な笑みを浮かべてトンファーを構える雲雀。一触即発な雰囲気の中、チェルベッロ機関が制止に入る。
止めとばかりに山本が止めに入れば、今度は身内で乱闘を始めかねない中、その場はリボーンが雲雀を宥めることでなんとか収まった。
ディーノと話を終え、その場で解散にはなったものの、綱吉はまだ呆然とその場に残っていた。
残骸の残る校舎は、とても自分たちがつい数週間前までここで学んでいたとは思えない程の惨状だった。

「ちょっと俺、頭冷やしてくる。」

じっと赤ん坊が、黒い瞳を向けてきた。その瞳に全てを見透かされそうで、綱吉はその瞳をじっと見つめ返すことができない。
本当は出来れば帰って、ぐっすりと何も考えずに眠りたいのが山々だったのだろう綱吉は、それでも引っかかるものが心に残っていた。
体は連日の修行で疲れているし、とてもじゃないが散歩なんていう気分ではなかったのだが。

「あまり遅くなんなよ、ダメツナ。明日修行に身が入らなかったら、ねっちょり修行つけなおしてやる。」
「……う、うん。」

お供しますという、傷だらけの獄寺を丁重に断り、ついてこようとする山本も明日が本番なんだからと追い返した。
今、誰かに狙われればそれこそお終いだということもわかってはいたが、それはないという確信がどこかにあった。
何とはなしに、校内を見回る。夜の校舎は非常灯のみで、昼間のそれとはまた雰囲気が違う。
先ほどの喧噪はどこへやら。ひっそりと静まり返った校舎を一人で、歩いた。
ぱきりと、粉々に砕けた硝子を踏んでしまった。ぱきり、ぱきり。こんな所を誰かに見られたら、徘徊者かと間違えられるかもしれない。
色々なことがありすぎて、頭がついていかない。こうして一人になると、それを実感してしまう。
皆でいるときはあんなに平気なのに、一人になってしまうと途方もない考えが頭を巡る。
なんで俺なんだ、なんでマフィアなんだ、10代目ってなんだと、ぐるぐると綱吉の頭を巡る答えのない問い。
なってしまったものは仕方ないと開き直ればいいのだろうが、それでも綱吉には、あの平凡な日々が懐かしかった。
最も、平凡な日々にはなかった嬉しいことだって今ではたくさんあるのだということに、綱吉も気づいてはいるのだが。

「はあ…ダメだな、俺。」

壁に背を預け、溜息をひとつ。思ったよりも、体は疲労しているようだった。
それは皆だって同じなのだと、綱吉は自分に言い聞かせた。
こんな危ない目にあわせてしまって、申し訳ないとも思う。

「ねえ、君」

何してるの?
淡々とした声が綱吉の耳に流れてきた。

「え?」

随分前に姿を消した彼、雲雀がそこにいた。

「ひっ、ヒバリ、さんッ!!」

思わず声が引き攣った。
噛み殺される。咄嗟に、そう思った。

「もう大分遅いけど。さっきまで居たいつも群れてる連中はどうしたの。」
「えっ…と?」

咄嗟に防御した腕は空回りし、その声に思わず顔をあげた。
暗くてよく見えない表情は恐ろしくもあったが、まだ噛み殺す気はないらしいとわかって綱吉は安堵した。

「聞いてるんだけど」
「す、すみません!!み、みんな、その、帰りました」

その綱吉の言葉に、雲雀は驚いたようだった。

「ワオ、あの過保護過ぎる連中が?君を置いて?」
「…はあ。ついてきてくれるって言ってくれたんですけど、もう遅いので、帰ってもらいました。」

過保護過ぎる。それはあんまりじゃないんだろうかと思いながらも、思い当たる節があった綱吉は苦笑いを浮かべた。
くたくたの体には、雲雀の淡々とした口調がまるで子守唄のように聞こえてくる。
こんなにも恐ろしいハズなのに、不思議だなと綱吉は感じながらも、その声に耳を傾ける。
そういえば、彼とこんな風に穏やかに会話を進めるのは初めてではなかっただろうか。

「もう遅いという自覚はあるんだね。で、君は何をしているの。」
「何ということもないんですが…最近色々あったせいか、頭が混乱しているような気がして。」

雲雀は何も答えなかった。
暗闇の中、非常灯の明かりのみが辺りを照らしている。
窓から外を見上げれば、ぽっかりと月が浮かんでいた。日常はこんなにも近くにあるのに、こんなにも遠い。

「そう。」

それだけ。シンプルな言葉に、綱吉は微笑んだ。
自然と出てしまった笑みだった。別に慰めて欲しいとも思わないが、少しだけ、それを寂しいとも感じていた。
一体どうして自分はこの人に、こんなことを言っているんだろうという漠然とした疑問だけが、綱吉の頭に残る。

「僕は行くよ。」
「ヒバリさん」

背を向けた男に、綱吉は何となく声を掛けた。
足を止めた雲雀は、首だけをこちらに向け、視線だけで何と聞いてくる。

「こんなことに巻き込んでしまってすみません。あの、その指輪、返してくれても構いません。」

最強の彼がいれば心強いとは思ったが、それはきっと彼にとっては迷惑でしかないのだろう。
それは自分の我儘でしかない。綱吉は、思いきってそんなことを彼に持ちかけた。

「それは何。喧嘩売ってるの。」
「い、いえっ、そんなことでは」

どもる綱吉の言葉に、雲雀は珍しく先を促すように瞳を細めた。
まるで猫のような人だと思ったことは秘密にしておこうと、綱吉は心の中に秘めた。

「それを持っていると、これから先も多分、もっと厄介事が起きると思います。」
「あぁ。あのイタリア人とかに連れまわされて修行とかいうつまらない戦いを無理やりさせられて、挙句並盛に戻ってきてみれば校舎が壊れているとか、そんなこと?」
「うぅ………はい。」

皮肉のように、いや、実際皮肉なのだろう、口端をシニカルにあげた雲雀がそう告げる。
何を思い出したのか、彼は苛々とした声音は隠しもしなかった。

「いいよ、別に。僕は僕の障害になるものを噛み殺していくだけだよ。それに、校舎を壊した責任は取ってもらわないとね。」
「…でも、死ぬかもしれないんですよ。」

雲雀は、綱吉の切羽詰まったような声に、一瞬だけ呆気に取られたように言葉を止めた。
そうして、溜息を一つ零す。彼は前髪を鬱陶しそうに掻きあげて、じろりと綱吉を睨みつけた。

「それは、誰に対しての言葉?」
「…え、あ…。」

怯みはしなかった。
ただ己の失言にだけは気付いたようで、俯いて、片手で口元を抑えている。

「言ったでしょ。僕の前に立つやつは噛み殺す。生憎、僕は死んでやる気はないんだ。」

その言葉に綱吉が俯いたまま、力なく笑ったのが雲雀にはわかった。首だけを向けていた雲雀が、綱吉に体を向けた。

「ねえ、君は一体なんなの。」
「へ?」

突然の問いに、綱吉は視線を床から雲雀へと向けた。
月明かりに照らされた雲雀の顔は、綱吉には少しの困惑をその瞳に浮かべているように見えた。
じりじりと詰め寄ってくるかのように、ゆっくりとした歩調で雲雀が近づいてくる。
何かが危ないと、綱吉の中で警鐘を鳴らす。それは超直感の賜物か、はたまた別の何かなのか。
何かが、崩れてしまいそうな気がした。

「僕を恐れているかと思えば、立ち向かってきたり、草食動物のくせに、さっきみたいにこの僕のことを心配してみせたり。」

君は、何。
そう問われて、綱吉はぐっと息を呑んだ。
俯こうとした顔は、雲雀に頬を掴まれて無理やりあげさせられる。
自分よりも上にある彼の顔を、自然と見上げるようになってしまった。

「答えてよ。そこらにいる草食動物と同じとは、言わせないよ。」

ぐっと近づいた雲雀の顔に、綱吉は瞳を見開いた。
鋭利な瞳が綱吉の大きな瞳を覗き込んだ。

「……です。」
「聞こえない。」

間近にある顔から、視線が逸らせない。じっと彼の瞳を覗き込み、綱吉は言葉を口に乗せた。

「俺にも、よくわからないんです。」

掴まれた頬と、見上げている所為で首の付け根が痛くなった。
なんとかそれだけを紡ぐと、雲雀の瞳が品定めでもするかのようにすっと細められた。

「僕にも、よくわからないな。どうして君にだけ…」
「ヒバリさん?」

ぐっと近寄った距離に、思わず瞳を見開いた。
彼の瞳が、すぐそこにある。輪郭がぼやけるくらいに、近くに。
唇に触れた温かいものを認識するよりもはやく、その感触が離れた。

「不愉快極まりないよ。君にだけ、こんな気持ちになるなんて。」

しかもどうやら、僕だけらしい。
唇がまた触れそうになる距離で、そう呟いた。その声には、若干の熱が感じ取れる。

「…ふ…ぇ?」
「はやく、帰りな。」

なんとも間の抜けた声だと、綱吉は自分でも情けなくなった。
雲雀はまるで気にしていないとでもいうように、それだけを告げる。
痛いほどに掴まれていた手は既に離され、気付けば彼はもう、随分先を歩いていた。

「ヒバリ…さん?」

唇に手を触れ、今し方起こったことについに頭がショートした。
頭が、おかしくなりそうだ。
その場に綱吉は蹲り、唇を両手で抑えた。

「なんなんだよ、もう…」

ぎゅっと体を抱きしめて、綱吉はそれだけを呟いた。





あとがき


初書き雲綱です。
物凄く甘くするつもりが、そうでもなくなりました。
雲→綱になっちゃいました。
流石雲雀。勝手に動いてくれちゃってます(笑

2008/08/04 Up