「ヒバリさん、俺のこと本当に好きなんですか。」

ぎゅっと拳を握りしめて、俺は自分の情けなさに悲しくなって、俯いた。
目の前の貴方は、きっと呆れたような顔をして俺のことを眺めているに違いない。
鋭利な瞳、容姿端麗、並盛に敵なし、並盛の秩序でもある男にはきっと草食動物の気持ちなんてわからない。
ましてや見た目も駄目、覇気だってないし、まわりには馬鹿にする奴ばかりの、こんなダメツナの気持ちなど。

恋の手解き




「ちょっと、いきなりどうしたの。」

首を傾げ、貴方が少し苛立ったように言う。この人は、回りくどい言い方を極端に嫌う。
好きなら好き、嫌いなら嫌い。普通だとか、微妙だとか、そういった質問に対しての受け答えを良しとしない。
席から立ち上がり、並盛の頂点である彼は俺の目の前のソファに腰を降ろした。
なんだか悲しくなった。リボーンがいればそれこそ、このダメツナがといわれて蹴られるであろう顔をしているに違いない。
出来る彼と、出来ない俺。強い彼と、弱い俺。肉食動物と、草食動物。
あまりにも対照的な気がして。

「いえ、貴方は強い人が好きなんじゃないんですか。」
「うん、好きだよ。噛み殺し甲斐があるからね。」

すっと瞳を細め、その奥に残虐な色を浮かべる。ぺろりと舌舐めずりする様は、さながら肉食獣を思い起こさせた。 噛み殺し甲斐がある。それだけで殴りかかられたのではたまったものではない。
草食動物でよかったと思ったことはないし、何よりもこの人は気に入らなければ噛み殺すのでどちらにしても意味がない。
群れても噛み殺される、強くても噛み殺される、気に入らない態度をとってしまえば当然噛み殺される。
一体どこに彼の起爆スイッチがあるのか見当もつかない。
そんな彼が、大嫌いな草食動物の代表と言われても仕方がないような自分を、ここに呼び出している。昔では信じられないが、穏やかな会話まで出来る。
あまつさえ恋人などという、甘ったるそうな関係になってしまっているのだから世の中わからないものだ。
放課後は予定がない限りここにくるのがほぼ日課となりかけている。と、いうよりも彼曰くこなければならない…らしい。
そんな義務感から応接室に踏み入っているわけではないが、この不思議な巡り合わせに不思議なものを感じてしまうのは、気の所為ではないはずだ。

「で?」
「え?」

ぴくりと彼の眉間に皺ひとつ。少しだけ不機嫌になったときの顔だ。
彼の不機嫌ボルテージは眉間の皺と、背後のオーラでわかるようになった。これも成長の一つだろうか。
しかしながら、わかるようになったからといって彼の気が長くなったというわけではない。彼は恐ろしいほど短気だというのも出会った当初から知っている。

「それで、どうしてさっきの言葉が出てくるの。」
「…それは」

ぐっと言葉に詰まると、彼は呆れたように溜息を零した。

「綱吉、僕が好き好んで自分の嫌いな草食動物をここに呼んで、会話なんてすると思うのかい。」
「……いえ。」

彼はクッと唇を歪めて笑う。俺は俯いていたから、彼の表情までは見えなかった。
俯いた視界には、恋人の長い足しか目に入らない。
それが組みかえられたのを見ながら、俺は言葉を待った。

「ねえ」

耳に心地よい低いテノールが部屋に響く。
それは思いのほか優しいもので、俺は誘われるままに顔をあげた。

「君が不安になる必要はないんじゃない。」
「だって、俺は貴方ほど強くはないから。」
「…確かに草食動物のくせに、弱くもないし強くもない。」

彼はソファにもたれ、静かに瞳を閉じていた。その端正な顔を見ながら、やっぱり綺麗な人だと再認識する。 どこまでも釣り合わないような気がする、彼と俺。
彼は考え込むようにじっと瞳を閉じて、何やら真面目な表情で思案している。
それきり訪れた沈黙に、耐えきれなかったのは俺だった。

「ヒバリ、さん?」
「どうして君みたいなのに惚れたのか、僕だって知りたい。」

つきりと胸を突き刺す言葉だった。本当に不思議そうに、首を傾げながら言うのだ、この人は。
そんな風に言うくせに、この人は決して俺のことを切り捨てたりはしない。
まるでお気に入りの玩具だと、俺はいよいよ悲しくなってまた俯いた。
どうして、俺なんだ。どうして、雲雀さんなんだ。どうして、どうして、どうして…
そんな考えがどうやったって、ぐるぐるしてしまう。

「…でも、君じゃなきゃダメなんだよ。」

ぽつりと聞こえた声に、ぱっと顔をあげた。彼は俺と視線を合わそうとはせず、ただ窓の外を眺めていた。
彼からもらう言葉は、少ないけれども自分にとってはとても大事なものだった。
自分を見つめる視線も、酷く柔らかいのだって知っている。それでも、やっぱり不安になってしまう時だってある。

「あの、ヒバリ、さん?」
「君は、僕から離れたいのかもしれないけど」

離さないよ。
視線が合った。強すぎるくらいの色を浮かべた瞳に、思わずたじろいだのはやっぱり俺。

「ねえ、僕から、離れる気なの?」

間近で見た鋭い瞳は、不安気に揺れていた。もしかして、ヒバリさんも同じなのかなと、くすぐったい気持ちになった。
言葉が足りないのは、自分だって同じなんだということに今、気付いた。やっぱり俺はダメツナだと、苦笑さえ浮かぶ。

「ちょっと、笑うなんて良い度胸じゃない。」
「ち、違います!ちょっ、まってくださ…っ!」

今にもトンファーを出しそうな彼に、俺は大慌てて両手を振った。
むっとしたように彼は眉間に皺を寄せたまま、とりあえず話は聞いてくれるようだった。

「離れる気はありませんよ。ただ、ちょっと不安になっただけなんです。」
「そう。」

その言葉に、納得したのかしないのか、彼はそれだけ呟いて眉間の皺を消した。
俺も噛み殺される心配がなくなってほっと安堵した時、それは唐突に訪れた。

「で、どうして不安になったわけ。」
「…うぇ!?」

思わないところでそんな質問をされて、間抜けな声があがる。
雲雀さんは口端をあげて、俺の顔を眺めていた。

「や、その、それは、あの〜…」
「はっきりしな、はやく言わないと君を噛み殺すよ。」

理不尽だ、理不尽過ぎる。
先日言われた言葉を思い出し、けれどそれを言ったらその人が噛み殺されることは確実だったので、俺は頭を抱えた。

「ツーナ!」

がらりと応接室の扉をノックもなしに開け、一人の金髪の外人が中にずかずかと入ってくる。
勝手知ったる人の家といった風に、中の空気にだって気付いていないらしい彼はにこにこと俺の傍までやってきた。
今日は珍しく部下はいないようだ。ちょっと、いや、かなり自殺行為のような気がした。

「ディーノ、さん?」
「ちょっとなんなの、あなた。」
「ひでえ言い様だな、恭弥!久々にツナの顔でも見ようと思ってな。」

ついでに弟子の顔も見にきた。と、ヒバリさんをおまけのように言ってのけた。
ここまでフレンドリーにヒバリさんに接せるディーノさんは、尊敬出来る人だ。ほんとに。
でも、俺の目の前で彼の機嫌が急降下していくのもわかった。
にも関わらず、ディーノさんは気付いているのかいないのか、俺の頭をわしゃわしゃとかき乱す。

「や、やめてくださいってば!!」
「なんだ、恭弥とは上手くいったのか?」

ぎくり。
俺の体が強張った。それをヒバリさんは見逃しはしてくれなかったようだ。

「何?」

ヒバリさんが、訝しげに眉間に皺を寄せる。今にも噛み殺すと飛びかからんばかりの気配だ。
あ、しまったというような顔をしたのは、勿論ディーノさんだ。
どうして今日に限って部下をつれてこなかったのだろう。俺はいよいよいろんな意味で泣きたくなってきた。

「綱吉、どういうこと。」
「えーっと…や、その、ですね。」

はははと笑って許してもらえるなら、トンファーはいらない。
彼の懐にきらりと光るものを見つけて、俺は自分の身に起こることを覚悟した。

「この前ツナの家に泊まった時に、俺が恋の手解きをしてやったらツナが不安になっちまったらしくてな。」
「は?」

するりとトンファーを取りだすヒバリさん。もう準備は万端のようだ。
俺はびくびくと震えながら、ディーノさんに抱き寄せられたまま固まっていた。
ヒバリさんの怒りは相当なもののようだ。トンファーを握る手に力がこもっているのがわかった。

「恋の手解き?馬鹿じゃないの、あなた。」
「ひっでえな、恭弥!相変わらずのじゃじゃ馬ブリだな。」
「どうでもいいけど、綱吉から手を離しなよ。おまけに綱吉、こんなやつを泊めたわけ?」
「ま、まあ、その、成り行きといいますか、なんといいますか。」
「一緒のベッドで寝たもんな?」

ギャーーと、叫びださなかったのを褒めてほしい。
その場の気温が一度下がった気がしたのは、俺だけだったようだ。
もう二人の眼中には俺は入っていないらしく、二人でバチバチと火花を散らしている。

「噛み殺す」
「お前ばっかりツナを独り占めするなってことだ。」
「何言ってるの、僕の綱吉をどうして他の男に渡さないといけないのさ。」

ディーノさんは、そのヒバリさんの言葉と共に繰り出されたトンファー攻撃を華麗によけようとして、派手に転んだ。
忘れてはいけない。今日は部下がいないんですよ、ディーノさん…。

その後、ぼかりと盛大な音と共に殴られたディーノさんは俺の傍らで倒れていた。
ぼろぼろになっている彼を見て、俺は物凄く申し訳ないことをしてしまったような気がして、彼に駆け寄ろうと、した。

「どこいくの。そんなやつ、放っておけばいい。」
「でも…!」

どさりとソファへと押し倒され、腕を一纏めにされて足の上に乗っかられた。もう身動ぎすら儘ならない状況だ。

「ねえ、わかってるの。僕、怒っているんだよ。」

その瞳に、ゆらりと揺れる嫉妬の炎が見てとれて、俺はびくりと肩を竦めた。

「しかも、こんな奴の言うことまで鵜呑みにして。」

もうぐうの音もでない。ディーノさんだったからなんていう理由は、この人には通じない。
ヒバリさんの気持ちに疑問を抱いたわけではなかったが、少しだけ、気になってしまった。
強いやつが好きだからな、あいつは。そんなディーノさんの言葉に、俺はびくりと反応してしまったのだ。
その反応を、ディーノさんがどう勘違いしたのかは知らないが、彼はアドバイスと称して色々な話をしてくれた。
あいつになら、直接聞いてみたりすればいいと言ってくれたのはディーノさんだった。
ダメだったら怒るなりして、部屋を飛び出せといわれたものの、確かめる前にディーノさんがぶち壊してしまったものだから。

「聞いてるの。」
「…はい。」

しゅんと項垂れた俺に、ヒバリさんがふっと息をついた。
手にかかる力はそれほどではなく、痛くはない。それでも彼から放たれるプレッシャーは凄まじいものがあった。
それに押しつぶされそうになりながら、俺はぐっと唇を噛み締める。

「強いやつとか、反抗的なやつは噛み殺すよ。」

それは、脅しなのだろうかと視線を部屋へと這わす。
その態度が気にくわなかったのだろう彼は、俺の顎を空いた手でぐっと掴むと正面からヒバリさんを眺めるように促された。

「見て、聞いて。一回しか、言わないよ。」

その声音が、脅し以外のものを含んでいるような気がして、俺はそっと彼の瞳を覗いた。

「綱吉、僕は君が好き。こんな感情、他のやつに向けるなんて気持ち悪くて出来ないんだ。」
「ヒバ…リ、さん」

声が、掠れた。
情けないけど、涙までじわりと浮かんできた。

「君が僕から離れるなら、噛み殺してあげる。もう僕から離れることなんて、出来ないように。」

口端を皮肉気に持ち上げたヒバリさんの瞳には、残虐でいて、それでいて少し悲しそうな色が浮かぶ。
拘束された手が離され、もう用はないとばかりに退こうとした彼の頬を自由になった手で掴む。

「綱吉?」
「もう、離れられません。」

俺にも、貴方だけです。
なんとかそれだけ紡いで、彼の唇に己のそれを重ね合わせる。
彼の瞳は、驚きに見開かれて、次には嬉しそうに細められた。それがなんだか、可愛いと思えてしまう。
そっと唇を離せば、今度は彼から口づけられる。先ほどよりも、深く、深く。

「ふ…んっ…ヒバ…さッ!」

やっと離された頃には、既に息もあがっていて、ヒバリさんの背後にディーノさんが呆然と立ち尽くしているのが見えた。

「ディ、ディ、ディーノさっ!?」
「何、まだいたの。」
「おいおい、勝手に始めないでくれよ。」

困ったように、寂しそうに笑ったディーノさんの視線に耐えきれずに顔を覆うと、ヒバリさんがゆらりと立ち上がった。

「心が狭い彼氏を持つと大変だな、ツナ。いっそ俺に乗り換えねえ?」
「噛み殺され足りなかったみたいだね、いいよ。噛み殺してあげる。」

ちゃきりとトンファーを構えたヒバリさんと、鞭を構えたディーノさん。
でもね、ディーノさん。また忘れてるみたいですけど…

「あでっ?!」

がきんと音がした。
だから、今日はロマーリオさんとか、どうして連れてこなかったんですか。
俺はそっと息をついて、もうやだとソファに顔を埋めた。





あとがき

え、もっとディーノさん格好よく登場して格好よく去る筈だったんですが…
どこをどう間違えたのでしょう(笑
でも、こんなへなちょこディーノさんが好きです。
そしてディーノファンの皆様、ごめんなさい…

2008/08/23 Up