緑たなびく並盛デ 大なく小なくカミコロス〜

綱吉の頭の上から、少しぎこちない校歌が聞こえた。
まわりのものはその歌にびくりと肩を震わせて綱吉を振りかえり、その姿にほっと胸を撫で下ろす。
歌詞が言葉として間違っていない分、恐ろしい。だって彼ならやりかねない。いや、きっと今実行中だ。

「ヒバード、緑たなびく並盛の 大なく小なく並がいい…だよ。」

綱吉はその最後の部分にがっくりと項垂れ、指先へと移動させた黄色い鳥に苦笑を洩らした。
ヒバードと呼ばれた黄色い鳥はといえば呑気なもので、その言葉に似つかわしくない程に愛らしく首を傾げてピーと鳴いた。

幸せの黄色い鳥




「緑たなびく」
「ナミモリノ」

校庭の外れにある、意外と誰も寄り付かない木陰に綱吉はいた。
黄色い鳥を掌に乗せ、正しい校歌を覚えさせるべく一生懸命に鳥に歌って聞かせていた。

「大なく小なく」
「ナミガイイ〜」

この学校、いや、町というべきか。とにかくこの並盛でカミコロスという単語ほど物騒な言葉はないのだと、綱吉は今日ほどひしひしと感じたことはない。
この鳥が歌えばまわりが恐怖で一瞬固まるのが、嫌でもわかるのだ。その単語と、この黄色い鳥にはそれだけの威力があるということなのだろう。
カミコロスという言葉と、黄色い鳥。あまりにも対照的なそれだが、この学校ではそれはどちらも恐怖の対象でしかない。
その黒い、つぶらな瞳に映る世界は不思議なことに、そのままこの学校の頂点に君臨する者に伝わってしまう。その可愛い容姿から、一体誰が飼い主を想像できただろう。恐ろしくも、この町にとって絶対的な存在でもある、その飼い主の姿を。

「ははっ、お前頭いいな〜。」

撫で撫でと撫でてやると、鳥は気持ち良さそうに瞳を閉じた。その姿は、なんとも可愛らしい。
いつの間にやら仲良くなった一人と一匹は、こうして束の間の時を過ごすことが増えた。
それこそ、その飼い主が嫉妬するくらいには一緒にいた。
最も、綱吉はその飼い主の気持ちなんて露ほどにも気付くことなく、今日まで過ごしているのだが。
それこそ、最近よく呼び出されるなと思うくらいのもので、その飼い主が綱吉をどういう目で見ているのかを知るのは、彼の友人らくらいのものだった。

「ヒバード ツナヨシ スキ!」
「ありがと、俺もヒバードが大好きだよ。」

ヒバードが嬉しそうに掌の上で、ひょこひょこと跳ねた。
頬をすり寄せると、ヒバードも擦りよってくる。ほわほわの毛並みが綱吉の頬をくすぐった。
あぁ、なんて和む時間。綱吉は瞳を閉じて、ゆったりとした時間に身を置いていた。
いつも慌ただしく過ぎていく時間が、今に限ってはゆっくりと流れていくようだった。
それも不思議な程に穏やかに。

「ツナヨシ ヒバリ スキ?」
「へ!?」

和やかな時間を過ごすのだろうと思っていたのに、それはどうやら無理な相談だったようだ。
ヒバードの突飛な言葉に、動揺してしまったのは当然綱吉だった。先ほどまでのほのぼのとした気持ちはどこへやら。
どきりと高鳴った心臓が、早鐘の如く動き出した。バクバクと、血が物凄い勢いで全身を駆け巡るのを感じる。
この鳥の、言っている意味がどこまでのものなのか、綱吉にはわかりかねた。
ましてやこの鳥は、意味をわかっていていっているのだろうか。綱吉はじっと、その黒い小さな瞳を見詰めた。

「ヒバリ ツナヨシ スキ」
「……他でそういうこと言うなよ?ヒバリさんが困るよ。」

ヒバードの嘴をちょんと突くと、ヒバードがぱかりと嘴をあけて甘噛みしてみせた。
甘えるような仕草に思わず苦笑する。やはり、意味はわかっていなかったのだろうと綱吉が思った矢先だ。

「ヒバリ ツナヨシ スキ」

ツナヨシ スキ?ヒバードはその後に、そう付け加えた。
何かがおかしい。この鳥は、本当に意味をわかっていないのだろうかと綱吉は不安になった。何せ賢い雲雀の鳥だ。
どうして、俺に問うような喋り方で言うのだろう。それも、ヒバリ ツナヨシ スキは確実に確信を持っているような、そんな印象を受ける。
綱吉は、困惑したような面持ちでその小さな黄色い体を見詰めた。一体どういうことなのか、綱吉にはわからない。
答えを求めようにも、ヒバードは先ほどの言葉以外、何かを喋るつもりはないらしかった。変わりに、答えをくれとばかりにじっと綱吉を見つめ返した。
早くしろと急いているような、そんな瞳で。

「……俺…」
「スキ」

どきり、と。綱吉の心臓が高鳴った。チャイムが鳴る。居残っている生徒は早く帰りましょうと、放送が流れた。
徐々に引いていた筈の熱が、また頬に舞い戻ってきた。きっと今、己の頬は真赤なのだろうと綱吉はヒバードを乗せていない掌で片頬を抑える。
そこで鳥が、何かを見つけたらしい。
ぱたぱたと羽音を立てて、飛び立った。夕方の空に、一点の黄色が滲んで、小さくなっていく。
細めた視線の先、綱吉は瞳を見開いた。

「ぁ…」

その先に見えた、黒い影。決して小さくはない。
校庭の隅からでもわかる、その圧倒的存在。
その黄色い鳥の、飼い主でもある男。その男がシニカルに、口端をあげたのが綱吉には見てとれた。
何事かを黄色い鳥に囁いた彼は、踵を返して颯爽と去っていく。その口の動きでは、綱吉には何を言ったのかさっぱり読み取れなかった。
一瞬、彼が黄色いボールを空へと放り投げたかのようにも見えたが、そのボールは放物線を描いて落ちていくことはなかった。
真っ先にこちらに向かってくるその黄色は、彼の鳥。先ほどまで、校歌を教えていた鳥。

「アシタ ホウカゴ オウセツシツ」

目の前で止まった鳥が、短くそれだけを告げた。
綱吉はその言葉に固まることしかできなかった。シニカルにあがった唇が、微かに動いて何かを鳥に告げていたのはこの事だったのかと妙に納得した。

「ヒバード ツタエタ」
「…え?あのっ、ええ!?」

伸ばした手は、宙を空回り。するりと飛び上った鳥が、今度こそ夕方の空へと滲み、見えなくなった。
校庭の片隅。顔を真っ赤にした綱吉が次の日どうなったかを知るのは、当人達と、黄色い鳥のみぞ知る。





あとがき

ヒバードと仲のいい綱吉を書きたかったのに、アレアレアレ?(笑
ヒバードは別にヒバリさんの指示で動いたわけではない…筈。
これを機に綱吉はヒバリさんへの気持ちに徐々に気付けばいいのです。

2008/09/20 Up