応接室での逢瀬にも似たそれは、甘いような、寂しいような。
一通りの情事を終え、だらしない服装のままソファの上でだらけていた。

「何も知らなかったら、俺は今頃どうなってたんでしょうね。」
「何?」

俺は、ヒバリさんがいれてくれたミルクティーを飲みながらぽつりと呟いた。
彼は情事後、仕事があるからと目を向けていた書類から視線だけを俺に向けて、意味がわからないと眉間に皺を寄せる。

「ボンゴレとか、色々。」
「それは君のまわりにうようよ群れている連中とかも含まれてるわけ?」
「だって、リボーンが来なければヒバリさん達は俺を見てはくれなかったでしょう?」

その言葉に、ヒバリさんの眉間の皺が深くなったようだった。

刻印




「どうだろうね。」
「え?」

ぎしりと椅子に深く腰掛けて、ヒバリさんは思案するように顎に手をあてた。
やがて首を振ると立ち上がり、規則正しい靴音を室内に響かせて俺の隣までくると、そこに腰を降ろした。

「考えることに意味がないとは言わないけれど、それは無意味だと思うよ。」

黒い髪がさらりと揺れ、彼の瞳は鋭い光を放っている。
息を呑んだ俺の頬に、彼の手が触れた。思いのほか、彼の手は暖かかった。

「ただでさえ君は馬鹿なのに。」
「…ただでさえ馬鹿なのに。」

彼の言葉を繰り返し呟き、俺は笑う。

「ははっ、確かにそうですね。俺の頭じゃ」

唇に、彼の親指が触れた。どことなく熱を帯びたようなヒバリさんの瞳に、どきりと心臓が高鳴った。
彼から貰ったミルクティーを飲んだ時のように、胸が、腹が、熱くなっていく。
甘いミルクティーは未だに口腔内にその余韻を、微かに残していた。

「ねえ、後悔してるの。僕と、こういう関係になったこと。」

その彼の瞳に浮かぶ色は、俺にはわからなかった。悲しそうでもあったし、怒っているようでもあったし、他の別の色のようにも見えた。
あるいは、それら全てが混ざってしまったかのような色だった。

「後悔。」

俺は呟いて、瞳を閉じる。

「後悔はしてません。ただ、貴方の子供がみれないのが、残念だな、と。」
「子供?」
「…はい。きっと良い奥さんがいて、子供がいて、幸せな」

そこで彼に、唇を摘ままれた。

「いひゃいです」
「馬鹿なことを言う子だね。言ったでしょう、僕は群れる奴が嫌いだ。」
「そんなの…ッ!!」
「まだ言うの?噛み殺すよ。」

彼の瞳に、ギラギラとした怒りが浮かんでいるのがわかった。
昔の俺なら、それだけで竦んでしまいそうなその眼光。

「君は僕を馬鹿にしてる?」
「して、ませんッ!!」
「なら、どうしてそんなことを言えるの。」
「だって!!」
「君は僕が、そこらの馬鹿な女と一緒になればいいと思ってるってことでしょ?」

ぐっと喉に、トンファーが宛がわれてソファに押し付けられた。
容赦のない力でギリギリとトンファーに、体重が掛けられていく。
かはっと、苦しさに開いた唇に、彼の唇が触れた。ぬるりと入ってくる舌。酸素を求めている体にその行為は、少々きつかった。

「はっ、ぁっ…ふっ!」
「許さないよ。」

唇とトンファーが離れ、俺はゲホゲホと咽ながら酸素を取り込もうと必死に呼吸をした。
相変わらず彼は俺の上に居座ったままだし、トンファーだってその手に持ったまま、瞳はギラギラと暗い色を浮かべている。

「ねえ、僕だって性欲処理くらいならそこらの女使うよ。それなのに、わざわざ男の、貧相な体の君を横に置いているんだよ。」
「ひ、どッ!!」
「酷いのはどっちだ。君は僕を侮辱するわけ。群れるのを嫌う僕が、君を隣に置いてるんだよ。」

彼の顔には、表情と呼べるようなものは一切なかった。
無表情に、ただ淡々と告げているようだった。
頭に血が上りきっていた俺は、思わず彼の胸倉を掴んで顔を近づけて、叫ぶように言う。

「だっていっつも、俺ばっかり!」
「どうして自分ばかりだと思うの!!」

ドンッと、俺の顔の横に、トンファーが突き刺さった。俺の叫びに逆上したかのように、彼も叫ぶように吐き捨てる。
俺はぎゅっとソファの上で握りこぶしを掴んで、唇を噛み締めた。

「ヒバリさんは、肝心なことはいつも言ってくれない。」
「何?」
「いっつも終わったらすぐに仕事してるじゃないですか。甘い言葉が欲しいとか、そんなんじゃないんですけど、でも、それって性欲処理と、変らないじゃないですか!」

叫ぶように言っている内に、感情が溢れだして、じわりと目に涙が浮かぶ。
男なのに、なんて女々しいのだろうかと唇を噛み締めた。俯こうにも、彼に押し倒されている格好のため、意味はなさない。
男なのにと思う割には、同じ男に押し倒されているのだからなんだか滑稽だと、俺は自分に嫌悪した。

「……そんなこと、思ってたんだ?」

抑揚のない低い声が、耳に落ちる。びくりと体を震わせて、俺はいよいよ目さえもぎゅっと閉じた。頬を伝う涙が、鬱陶しい。

「馬鹿な子。」

次に聞こえた声は、冷たいとはとても言えない程の声音だったように俺には思えた。
さらりと髪を撫でられ、額にかかる髪を掻きあげられてそこに口付けられる。

「ヒバ…さん?」
「君の体を気遣っていたつもりだったんだよ、これでも。君の傍にいると、抑えが利かないから…」
「へ?」

俺はぱちりと瞳を見開いた。
目の前には、妖艶さを含んだ色っぽい、どこか吹っ切れたような彼の顔。どきりと心臓が、また跳ねる。
彼の顔が、俺の視界から消えて、首元にぬるりとした感触がした。
ぞくりと恐怖とはまた違った震えに、ヒバリさんが首元で笑う気配がする。

「ひばっ、り…さん!」
「さっきのもそうだ、君の考えなんて意味なんかない。今が全てでしょ。僕は君以外に、こういう意味じゃ興味なんかないよ。」

ちくりとした痛みに、俺は瞳を閉じた。
荒くなった息。彼の肩を掴む手と、彼に触れられた箇所がどんどん熱くなっていく。
抑えが利かないのは、俺も同じだったようだ。

「まだわかってないようだから、刻みつけてあげる。その体と、馬鹿な君の頭に。」
「…ぁうッ!!…んっ」
「君は僕の恋人だってこと。」

頭が真っ白になって、正常に働かない。
話しながらも器用に俺の乱れた服を脱がせ、至る所に先程の情事の名残がある体に快楽を与えてくれる。
その指も、唇も、全てが俺を惑わしていけない。

「……ッ!ぁ…」
「わかった?」

チクリチクリとまた増やされる痕に、俺の浅ましい体はぴくぴくと一々反応してしまう。
クツクツと楽しそうに笑う目の前の彼が、ぺろりと舌舐めずりした。

「わかったの?沢田綱吉」
「ぁっ、あ…も、ヒバ…さんっ!」

助けを求めるように、彼に手を伸ばす。
余韻の熱が未だ燻っていた体に、また火が灯ったようだった。熱くて熱くて、解放してほしくてたまらない。

「わかったのか、聞いてる。」

答えないとこのままなのだと、彼の声音が告げていた。
その声は責めているそれではなかったが、絶対的な色を含んだ、支配者の声音。

「……わかっ…ました…!」

ぽろぽろと零れ落ちた涙を満足そうに舐めとったヒバリさんが、俺の中へと入ってきた。
後はもう、そこからなし崩しに彼に貪られ、俺は自分が言った言葉にほんの少しだけ後悔した。

「僕にこんなことを言わせるのは、君くらいだよ。」

落ちゆく意識の中で聞こえた彼の独り言にも近いそれに、俺は笑みを浮かべて心地良い闇の中に身を沈めた。





あとがき

結局は綱吉に甘いヒバリさん…みたいです(笑

2008/10/01 Up