月が隠れた。
辺りを闇が支配する中、それでも雲を突き抜けて地に降り注ぐ月明かりは健在だった。
エンジン音が静かな住宅街に響いていた。地上の上をひらひらと、影が舞う。
我がモノ顔で世界を支配する闇よりも、もっと深い黒がそこにあった。
目的地へと向うため、エンジン音を響かせていた男の鋭い瞳が、月明かりの眩しさに細められる。
空を見上げると、雲の隙間からほんの少しだけ覗き見していた月が、慌てたように雲の中に隠れていった。
男はそれに満足そうな微笑みを浮かべ、そうして鮮やかに、舞うようにしてまた目的の場所へと向かうべくバイクを走らせた。

窓辺から




その男が、突然ある一軒家の手前で乗っていたバイクを降りて飛び上った。
華麗ともいえるそれを見ている者はいなかったが、いたとしたら確実に驚きを顔に浮かべてしまうだろうことは確実なそれ。
そんなことなど気にも留めていないのか、男は当然のようによじ登り、窓に手を掛けた。
その窓はまるでその男を拒むかのように、男を受け入れることはなかった。カーテンが通せんぼして、部屋の中を見せないようにと邪魔をする。

コツコツ

男は機嫌を損ねたように、とりあえずという風情で扉を叩いた。
返事は当然の如く、ない。

コンコン

今度は強めに叩いた。もぞりとカーテンが、くすぐったそうにその体を少しだけ動かした。
仕方がない。そんな億劫そうな動作で、ついぞカーテンが少しだけ開かれた。
そこから覗くのは、酷く眠たげな瞳とふわふわの髪の毛。が、その男の姿を認めた途端に瞳が驚愕の色に染まる。
男を通せんぼしていた窓とカーテンを押しのけるように開き、部屋の主は男を受け入れる。

「ヒバリさん!?どうしたんですか、こんな夜更けに。」

何事だと、ふわふわとした髪を揺らして主が問う。その声音は少し掠れていて、彼を深い眠りから引き摺り出したことは明白だった。
そんなことは当然だとばかりに部屋に踏み入った男が、その問いに不敵に笑った。
ヒバリと呼ばれた男は何も答えないまま部屋の主を見つめ、さらりと髪の毛に触れる。

「群れを噛み殺していたら、思いのほか後処理が手間取ってね。」

少し興奮の残っている男の声音は、主と呼ぶには少し幼げな雰囲気を纏う男の体を震わせるには十分な効力だったようだ。
ふるりと震えた体をヒバリは抱きよせ、その髪に顔を埋めた。

「はあ…それで、どうしてここに?」
「僕の家や学校に帰るより、ここのが近いでしょ?」
「……はあ?」

寝起きの所為のせいで頭が回らないとか、そういうことではないのだろう。元より頭の回転があまり早くないらしい幼顔の男は、意味がわからないと首を傾げる。
ヒバリはやれやれとわざとらしく、意味深に息を吐き出した。
むっとしたような茶髪の男は、その大きな瞳を不貞腐れたように細めながら窓を閉めたが、そのことに抗議する気はないようだった。

「ここで寝る。」
「はい!?」
「だから、ここで寝る。君のベッド借りるよ。」
「いや、そこ、俺の場所なんですが。」
「一緒に寝ればいいだろう。」
「ちょ!?何いってるんですか!?」

ヒバリの声は普段通りのそれだが、茶髪の男の声は小さい。
同じ部屋に眠る赤ん坊を気遣っているのだろうと気付いた男は、煩いとばかりに彼を引き摺りこむようにベットまで連行する。
ばさりと乱暴に上着とベルトと靴下を放り、同じように茶髪の男をベッドの上へと放り投げ、覆いかぶさった。

「ひばっ…!?」

しこたま頭をぶつけたらしい茶髪の男は頭を抑え、涙目のままヒバリに抗議しようと口を開く。

「煩い。」

その口を口で塞ぎ、ばさりと茶髪の男を抱えて男が横になった。
なんとも言えない、色気のない声をあげようとした男の声は、ヒバリによって塞がれていたために大きな音になることはなかった。
くぐもった、苦しそうな声。ヒバリは瞳を細め、月明かりが照らすその顔を暫し眺めた。

「ひば…り、さんッ!」
「僕は眠いんだ。草食動物は大人しく黙っていなよ。」

ばさりと布団を掛ける。その中は、その部屋の主の温もりが未だ残っていたようで、心地よい温もりがヒバリの冷えた体を温める。
腕に収めた、ヒバリ曰く草食動物と呼ばれた男は不貞腐れたようにもぞもぞと居心地の良い場所を探して動き、やがて落ち着く場所を見つけて動きを止めた。
これではまるで犬か何かだと、ヒバリは随分前から思っているそれをまた思い出した。

「温かいね、君は。」
「ヒバリさんは冷たいです。」

部屋の主は不機嫌を隠しもせずに言う。彼からすれば、温もりがどんどんと奪われていくのが気にくわないのかもしれなかった。

「綱吉、寒い?」
「……寒くはないですけど。」
「けど?」
「ヒバリさん、また風邪引いたらどうするんですか。」

温かな布団の中、腕に収めた草食動物がヒバリに対してそんなことを言った。
もごもごと胸に顔を寄せてくるその小動物のような男は、自分の発言にはっとして、今更ながらに羞恥を覚えたようだった。

「あぁ、そんなこともあったね。」
「あったねじゃないですよ、よく貴方が言ってるんですよ。学習能力がないって、俺に。」
「しょうがないでしょ。雨の中…濡れ鼠のままずっと噛み殺してたんだから。」
「ずっとって!!!もうちょっと自分の身を大事にしてくださいよ…」
「………ん。」

ヒバリの声は段々と低くなり、返事もなんだか曖昧なものになっていく。
余程眠いのだろうと思いながらも、それでも話を聞いてくれているらしい彼なりの優しさに綱吉は嬉しさを隠しきれない。

「ヒバリさん」
「…うん」

ヒバリの顔を綱吉がそっと覗き見ると、その瞳は既に閉じられていた。
綺麗な顔だなと、綱吉はそれをじっと眺めた。
気だるげで眠たげな声で返事をする彼は、やっぱり同じ言葉しか発してはくれなかった。

「無理しないでくださいね。」
「……うん。」
「……オーイ」
「…うん。」
「聞いてます?」
「………うん。」

なんだか延々と自分だけがバカみたいに彼に話しかけているように思えて、綱吉は悪戯を仕掛けてみようと思いつく。
ヒバリの綱吉の話に対する今の返事といえば「うん」ばかりで、きっと話なんて聞いていないだろうと踏んだからだった。
このまま黙っていれば、確実にヒバリは寝るだろう。
いつもの意趣返しをしてみるのもまた一興だと、綱吉は口端を楽しそうに釣り上げた。

「俺、ヒバリさんが好きですよ。」
「……うん。」
「ヒバード可愛いですよね。」
「…うん。」

頬を染めて、若干の勇気と共に出した言葉は案の定彼の耳には言葉として届かなかったらしい。
てっきりガバリと起き上がってくれるかと期待していた綱吉は、落胆しつつも言葉を続ける。

「もしかして俺より骸が好きですか。」
「……」

その問いに、ついにヒバリからの相槌が途切れた。
綱吉は端正な顔を眺めて、唇を尖らせた。これで「うん」といってくれれば、それこそ面白い会話だったというのに。
けれども、きっと浅ましい嫉妬だってしてしまうだろうなと、綱吉は苦笑を洩らした。
無意識とはいえ、そんな返答を貰えば傷つく。だからこそ、返事がなかったことに若干の安堵を覚えた。

「お休みなさい。」

首を伸ばして、彼の頬にキスを落とした。
睡魔なんてとうにどこかへと飛んでいってしまっていたが、温もりを取り戻した彼の体温は、綱吉にとって酷く心地がよかった。

「うん、可愛いことしてくれるよね。」

髪を掴まれ、ぐっと綱吉の顎が仰け反った。

「いっ?!?!」

痛いと叫ぼうとした口を塞がれて、くぐもった声が室内に響いた。
先ほどの頭をぶつけた際の痛みも手伝って、またじわりじわりと涙が浮かぶ。
きらりと微かな月明かりに光るそれが神聖なものに思えて、綱吉の上に乗り上げたヒバリは舌舐めずりをして見せた。

「あんな南国果実の名前なんか、僕の前で出すんじゃないよ。」
「寝ていたんじゃないんですか!?」
「君があんなに煩く話しかけてきたら、寝るにも寝れないだろ。」
「う…」

ぐっと言葉に詰まり、綱吉は口を閉じる。ヒバリは顔を近づけて、にやりと意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
噛み殺した時の余韻が、未だ抜けていないのだろうその瞳に、綱吉はぶるりと体を震わせた。

「ヒバ、リ…さん」
「君は僕より、あのいけすかない奴が好きなわけ?」

どうしてそうなるんだと、綱吉は眉間に皺を寄せた。
乗り上げたヒバリの長い足が、綱吉の体を挟み込んでいる。
綱吉の顔の横に両手を置いて、ぐっと顔を近づける。月明かりさえも照らすことなど出来ない闇が、綱吉の顔に落ちた。

「答えて」

夜の闇からふわりと沸いたような声だった。静かで、それでいて相変わらずの絶対的な声で。
ヒバリに『君は僕に従うしかないんだ』と言われているような気が綱吉にはしたが、あながちそれも間違いではないなとそっと息を細く吐き出す。
彼の香りが濃くなっていく。酔ってしまいそうな程のその香りは、部屋を包みこむように。

「特別な人じゃなきゃ、同じ布団で一緒に寝たりしません。」

ぽつんと告げて、恥ずかしさのあまりシーツの中へと逃げ込もうとした綱吉をヒバリが捕まえる。
その顔は至極満足そうな笑みを浮かべていたが、自分の顔を隠すのに必至だった綱吉はついぞ見ることはできなかった。

「うん、悪くない答えだね。」

まるで躾を守れた犬を褒めるように、ヒバリは優しくその髪を撫でた。
唸るようにうんうんとヒバリの腕の中に捕らわれた綱吉は、その温かさと心地良さにヒバリよりもはやく意識を手放していった。
その姿を暫く眺めていたヒバリもまた、しっかりと綱吉を抱え直して瞳を閉じる。

翌日
ベッドの上を眺めたリボーンがその手に銃を構えても、綱吉はすよすよと眠ったままだった。
その横にある窓辺から、ヒバリが楽しげな笑みを浮かべていたことも、撃たれて泣き喚いている綱吉の知る所ではなかった。





あとがき

甘ったるい。
相変わらずヒバリさんがツナに甘いです。

2008/10/13 Up