「10代目!お誕生日おめでとうございます!」

朝から元気な声が廊下に響く。廊下を悠々と歩いていた黒髪の男が振り向くとそこでは、よく見知った顔がじゃれあっていた。
苛々とした表情はそのまま、黒髪の男はくるりと向き直る。
やがて向こうからも廊下の影から出てきたその男に気付いたのだろう、じゃれあっていた二人は身を固めた。

「やあ、朝から騒々しいね。」
「ヒバリさん!」
「てめえ、ヒバリ…!10代目に近づくんじゃねえ!!」

雲雀と呼ばれた男がちゃきりと武器を取り出し、ダイナマイトを取り出した銀髪の男を目にも止まらぬ速さで殴り飛ばした。
鈍い音が聞こえ、どさりと男が床に打ちつけられた音が辺りに響く。

「獄寺君!!」

もう一人の少年がそう叫び、一撃で伸びた男に手を伸ばした。

シルバー




「君はこっちだよ。」

獄寺と呼ばれた男に触れようとした手は、しかし男に触れることも叶わないまま雲雀に掴まれた。
ぐいと引っ張られ、細身の少年ともいえる風貌の男がその痛みに眉を顰めた。

「嫌です!」

ばっと手を離し、獄寺に駆け寄るその姿に雲雀の眉間に不機嫌そうな縦皺が刻まれた。
その瞳が残忍な笑みを浮かべて細められたのに、駆け寄った男は気付けなかった。

「その駄犬諸共、入院することになってもいいっていうの?」

脅しなのだろうそれに、駆け寄ろうとした男が立ち止まり、肩越しに振り返った。
まるで状況がわかっていないその男に、雲雀は苛々としたように言い放つ。

「どうするの。」
「……今、いきます。」

心配そうにちらりと獄寺を確認し、渋々といった風に雲雀の前まで歩いてくる。
ふわふわと茶色い髪が、その動きに揺れた。
目の前まできたその男の腕を再度掴み、倒れている獄寺など最初からいなかったかのように雲雀は歩きだす。思いの外強い力で手首を握られて、その男の顔がまた歪む。

「ヒバリさん!痛い、です…!」
「煩い、黙ってついてきな。」

大股で歩く雲雀に、10代目と呼ばれていた男の顔が泣きそうな表情になった。
前を向いて歩く雲雀に、その顔が見れる筈もない。
程なくして応接室につき、雲雀ががらりと扉を開いた。押し込むように連れてきた男を中に放り込み、自分も中へと入ると扉を閉め、鍵を掛けた。
日当たりのいい部屋は朝の光をたっぷりと取り込み、開けられた窓からは気持ちの良い風が室内へと流れてくる。それなのにも関わらず、茶髪の男は息苦しさを覚えた。

「綱吉」

電気をつける必要もないとばかりに、何の感情も読み取れない雲雀の声が綱吉と呼ばれた男の耳に届く。
少しだけ離れた距離、扉に寄り掛かるように雲雀はそこにいた。

「なんですか?」
「僕に言うことはないの。」

苛立っている雲雀に、綱吉は首を傾げた。
その姿に、更に雲雀の眉間に皺が寄る。引っ張られてきた腕が痛いのか、綱吉は手首を摩っている。

「今日、君の誕生日なんでしょ?」
「……え、あ、はい。」
「何で言わないの。」

その言葉に、綱吉の瞳が見開かれた。

「なんでって…言う程のことでもないでしょう?」
「どうして?君は僕の恋人でしょ?あの駄犬が知っているのに、僕が知らないなんて変な話じゃない。」

理不尽だ。綱吉は獄寺が殴られた理由はそれだったのかと、苦笑する。
しかもかなり思いっきりだった筈だ。今頃彼はどうなっているのだろうかと、綱吉は置いてきた獄寺のことを思う。

「だって聞いてくれなかったじゃないですか。」

むっとしたように言い返してみると、ぴくりと雲雀の眉が動いた。
扉から背を離し、ゆっくりと近づいてくる彼に、綱吉は若干の恐怖を覚える。

「へえ、口応えする気?」
「……いえ、うー…そういうつもりじゃあ…」

じりじりと後退し、やがて膝の裏に何かが当たった。それが机だと思う間もなく、綱吉はバランスを崩して後ろへと倒れ込む。
来るべき衝撃を覚悟し、ぎゅっと瞳を閉じる。
まるでスローモーションのように、自分の身が倒れていくのを自覚しながらも止めることはできなかった。

「…ッ、馬鹿!」

小さな舌打ちと、そんな声が聞こえた。そのすぐ後に、ぐいとまた引っ張られる感触。
重力に従って後ろ向きに倒れていた筈が、いつの間にか前へと倒れ込む形になった。
どさりとした音はしたが綱吉にはそれほどの衝撃も、痛みもなかった。

「全く…君といると気が気じゃないね。」

ふわりと包み込むような感触と、温もりに包みこまれたのだと綱吉が知ったのはその時だった。
ぎゅっと力強い腕と雲雀の匂いに包まれ、綱吉の心臓かどくりと跳ねた。

「それは、俺のセリフですよ…」

ぽつりと呟いて、学ランをぎゅっと握りしめる。

「なんか…いった?」
「いえ、何も。」

聞こえているだろうに、雲雀は惚けたようなそんなことを言う。
ちらりと鈍い光を放つそれを見せられては、綱吉も何も言えない。いくら恋人といえども、雲雀は容赦しないことを綱吉は知っていた。

「で、忠犬からはそれを貰ったんだ?」

先程の衝撃で綱吉の手から離れたそれが、二人から離れた所にぽつんと落ちていた。
小さな包みは、ラッピングが施されている。
綱吉は慌てて手を伸ばすが、あと少しの所で雲雀に取られてしまう。

「ッ、返して、下さい!」
「そんなに、大事?」

ペリリと音を立てて袋を破くと、中から現れたのは獄寺らしいシルバーネックレスだった。
綱吉が今にも泣き出しそうな顔で、雲雀の手の中に収められたそれをじっと見つめている。

「気に入らないね。」
「だめ…ッ!!」

ぐっと引き千切ろうと力を込めようした手を、綱吉が掴んだ。

「お願いです、ヒバリさん。それだけは、止めて下さい。」

その瞳に涙さえ浮かべ、綱吉はそう懇願する。ヒバリは手を止め、その姿に目を丸くした。

「誕生日を伝えなかったことは謝ります。でも、それだけは…」

雲雀の手を両手で包み込み、そこに額を押しあてる。
その姿に更に機嫌を悪くして、雲雀は手をぱっと離した。シルバーネックレスが床に音を立てて落ちる。

「あ、ありがとう、ございます…!」
「もう、行きなよ。それと、暫くここに来ないでくれる。」

拾い上げた綱吉に背を向けて、雲雀はするりと綱吉の横を通り過ぎる。

「ヒバリさん?」

その手にネックレスを大事そうに持ち、綱吉が小首を傾げた。
苛々した面持ちを隠しもしないで、雲雀は乱暴に椅子に腰かける。

「ここにいると、僕は君に何をするかわかったものじゃないよ。はやく出てって。」
「…それも、嫌です。」

ポケットにアクセサリーを仕舞い、綱吉は苦笑してみせる。
その余裕そうな表情に、雲雀はさらに苛立ったように唇を引き結ぶ。

「始めて友達から、誕生日プレゼントを貰ったんです。」
「何、僕に噛み殺されたいわけ?」

綱吉は困ったように眉根を寄せて、頬を掻いた。

「あの」
「煩いよ、もう出てって。君がいると苛々する。」

もう用はないとばかりに、雲雀は机の上に置いてあった書類を読み始める。
一方綱吉はおろおろと視線を忙しなく彷徨わせて、出ていくこともなくその場に佇んでいる。

「ヒバリさん。」
「…何、まだいるの。」

冷たい声音に、綱吉の肩がびくりと震える。
ぐっと押し黙り、その手はぎゅっと握りこぶしを作っている。
その姿を書類を見ながらも視界の端に捕らえた雲雀が、観念したように溜息をついた。

「用があるなら、とっとと言ってくれない。」

僕だって気は長くない。と、その後に呟くように付け加える。
視線は紙の上、綱吉は噛み締めていた唇を解き、言葉を発するために口を開いた。

「あの、誕生日プレゼントが欲しいっていったら、怒ります?」

その言葉に、雲雀が紙面から顔をあげて綱吉を凝視した。
表情はなく、綱吉は緊張と気まずさも手伝って饒舌に話す。

「えと、ごめんなさい。一度雲雀さんとデートみたいなのをしてみたいなと、や、日にちすら教えてなかったのに図々しいにも程があるのはわかってるんですけど、えっと…」

頬を真っ赤に染めてそんなことを必死に言い始めた綱吉は、雲雀の口元が和らいだのに気付くことはなかった。

「そのネックレス、僕の前でつけたら許さないからね。」
「すすす、すみません…!!駄目ですよね…って、え?」

雲雀は机に肘をつき、そこに顎を乗せて笑っていた。

「ヒバリ、さん?」
「聞いてたの?」
「は、はい…」

意味がわからないと、綱吉は首を傾げた。

「土日も含めて、毎日チェックしにいくから。」
「えええ!?」

それじゃあつけられないじゃないかと落胆する綱吉に、雲雀は楽しそうに笑う。

「それを守るんだったら、いいよ。君の行きたい所に連れてってあげる。」

極上の声で、綱吉を誘う声。
綱吉はごくりと唾を呑みこみ、その声に惑わされないようにと首を振った。

「何、嫌なの。」
「嫌じゃ、ないです。」

アクセサリーはつけられないなと覚悟をし、綱吉はそっと息をつく。

「アクセサリーくらい、僕が買ってあげる。」
「あの…?」
「今週末、楽しみにしていていいよ、綱吉。」

ふっと笑った顔に、綱吉の心臓がまた跳ねた。
なんだかなあと思いはするが、嫉妬してもらえて嬉しいと喜んでしまう自分がいることに気付いて綱吉は頭を掻いた。

「楽しみに、してます。」

困ったように笑いながらも、綱吉はそれでも確かに幸福だった。

「じゃあ、今日はこれで失礼します。」
「うん、またね。」

お辞儀をすると、朝のホームルームを告げる鐘が鳴った。

「あぁ、綱吉。」

扉を開けた綱吉の背に掛けられた雲雀の声。
振り向いて見ると、雲雀の顔がすぐそこにあって綱吉はぎょっと瞳を見開いた。

「その駄犬から貰ったやつ、つけたいならまず僕に言いなね。考えてあげても、いいよ。」
「ヒバリさん…!!」

雲雀にしては寛大な措置に、綱吉はぱっと顔を綻ばせた。
嬉しかったのか、雲雀の首に手をまわしてその頬にひとつ、キスを落とす。

「ありがとうございます!」
「…あぁ、うん。」

その行動に驚き、雲雀はらしくもなく固まってしまう。
そのまま元気よく駈け出して行く綱吉の背を見送り、雲雀は口元に笑みを浮かべるとそっと扉を閉めた。
頬を抑え、その柔らかな感触を思い出す。

「…ふふ、まあ、覚えておきなよ。」

その週末、雲雀から手渡されたのは対抗するかのようなシルバーリング。
つけることを義務付けられた綱吉の指には、その日から銀色のリングが輝くようになった。
一方、綱吉が獄寺からのネックレスをつけようとする度に、雲雀からの試練が待ち受けているとは、その時の綱吉には知る由もなかった。





あとがき

遅刻ですが、綱吉ハッピーバースデイ小説です。
獄寺氏がなんだか可哀想な役柄…
きっと試練を乗り越えてつけてくれるであろう綱吉に、涙を流して喜びそうです、彼(笑
そして糖度低めで自分でも驚き(笑

2008/10/27 Up