「クハッ!トリックオアトリートです、ボンゴレ!」
颯爽と応接室の窓から優雅に飛び降りた、奇抜な髪形をした男が大きな声でそう告げた。
本日の応接室で振る舞われたケーキは、ハロウィンらしいかぼちゃのケーキだ。
その横には、雲雀お手製の紅茶が温かそうな湯気を立てて置かれている。
今、正しくケーキを食べようとフォークを口に運ぼうとしていた綱吉は、その突然の訪問者にそのままの姿勢で固まってしまった。
「クフフ、なんという間抜け面でしょう!しかし、無理もありません。貴方の愛しいダーリンが…ァ!?」
ひゅっと風を切る音がした。
と、思う間もなく不気味な笑い声をあげた男が後ろ向きに倒れ込んだ。
黒いオーラを背に立つ風紀委員長を見て、綱吉はついぞケーキを口にすることもなく、その手からフォークを落としてしまった。
ハロウィンは突然に
「ちょ、何をするんです雲雀恭弥!僕と綱吉君の感動の再会を、ぶち壊す気ですか!?」
「いい度胸じゃない、君。どこら辺が感動の再会なのか、是非聞いてみたいところだけど?」
「いいでしょう、よくお聞きなさ…っ!?ちょっ、何するんです、聞いてみたいといったのは貴方ではないですか!」
「そんなの知らない。」
目の前で突如勃発した、犬猿の仲でもある二人の喧嘩にはたと綱吉は我に返った。
「二人ともやめてください!!何考えてるんですか!?」
あわあわと止めに入る綱吉のことなど気にもせず、二人の間の火花はヒートアップしていく。
綱吉は今にも互いの武器を交えようとする二人の間に果敢にも割り込んだ。
「綱吉、邪魔だよ。こんな南国果実、見ているだけでも不愉快だ。」
「クフフ、軟弱なひよこ頭の君に言われたくありませんねえ。」
「ちょッ?!駄目だって!武器を構えないで下さい!」
泣きだしたくなる気持ちを堪え、綱吉は二人をぐいと引き離した。
出来るものならいっそここから泣き叫びながら逃げ出したいと、綱吉は強く思う。
しかし、そんなことをしようものならこの二人はきっと、破壊の限りを尽くすのが目に見えているものだからいけない。
「ここは学校です、戦場じゃありません!」
「そんなの知らないよ。」
「僕の学校ではないですからねえ。」
この馬鹿野郎!そう綱吉が叫ばなかったのは、懸命といえよう。
「そもそも骸ッ!お前なんか用があってきたんじゃないのかよ!?」
「あぁ、そうでした。ひよこ君のせいで大事な要件を忘れてしまうところでしたよ。」
人を食ったような笑みを浮かべ、骸は肩を竦めて見せる。
今にもトンファーで殴りそうな雲雀を力付くで抑え込みながら、綱吉は冷や汗をだらだらと垂らした。
「ボンゴレ」
「なんだよ!!」
「トリックオアトリート」
雲雀の動きがぴたりと止まり、綱吉が瞳を丸くする。
「は?」
手を差し出し、骸はクフフと笑みを浮かべたままそこにいた。
全てが時を止めたようなこの部屋で、骸だけが動いているかのような錯覚さえ覚える。
「ですから、トリックオアトリート。お菓子がなければ、君を頂くまでですが?」
ちらりと自分の武器を取り出して、その瞳に剣呑な色を浮かべる。
はっと気付いた綱吉は、慌てたようにポケットを探った。
「……はい。」
これで全て丸く収まるのならと、骸の差し出された掌の上にランボ用の飴を5個乗せる。
ランボにあげる飴がなくなってしまったが、それはそれでまた調達すればいいだろうと綱吉は頭を巡らせる。宥めればまだなんとかなるあの子供よりも、この目の前の男の方がタチが悪いのは誰の目にも明らかだった。
「……」
暫くの沈黙が部屋を支配した。
微かに肩が震えている雲雀は、きっと笑いを堪えているのだろう。
「……どうしてこんなものを持っているんです!?ちょっと、ボンゴレ!僕は君に失望しましたよ!!」
「知るか!!菓子はやったぞ、さっさと帰れよ!」
「なんて冷たい人でしょう!僕は冷たい水の中、この日を心待ちにしていたというのに!」
過大な演技ともいえる程に、流れていない涙を拭う仕草をしてみせる骸。
綱吉と仲睦まじい骸の姿を見、一人蚊帳の外である雲雀は先程とは正反対に苛立たしげにトンファーを奮った。
金属音がぶつかる音が、ついに応接室に響く。
「…おやおや、いきなりとは失礼ですね。」
「知らないね。用件が済んだのなら、さっさと消えたら?永遠に。」
ギリギリと互いの武器に力を込めながら、二人は至近距離でにらみ合う。
「クフフ、今日の所は仕方がありませんね。君の体は、また次の機会に頂くとします。」
「やらねえよ!!」
その言葉に、綱吉が思いっきり反論してみせた。
そうでなければつまらないとばかりに、骸がまた上機嫌にクフフと笑う。
「雲雀恭弥、それまでボンゴレは預けておいて差し上げましょう。」
「君になんか死んだってやらないよ。綱吉は僕のだ。」
「…クフ、それはそれで結構。奪い取るのもまた一興だ。」
貴方の絶望する顔を早く見たいものだとにっこりと笑い、骸は窓辺から飛び去った。
窓辺に駆け寄り骸の飛び降りたであろう場所を見ても、既にそこには骸の姿はなかった。
綱吉は眉根を寄せて、疲れたように溜息をついた。
「……なんか、悪いことしたかな。」
「君がそう思う必要はないよ。」
窓をぴしゃりと閉められ、カーテンを引かれた。
綱吉の顔の両横には雲雀の手があり、綱吉の身動きを一切取れないようにそこに閉じ込めた。
その顔は酷く機嫌が悪く、瞳は爛々としていた。
体全体で不機嫌だと表す雲雀の雰囲気に、綱吉はごくりと唾を飲み込んだ。
「……君も大概いい度胸だ。」
「…あのっ、俺、別に…ッ!」
首を掴まれて、綱吉は紡ごうとした言葉を紡ぐことが出来ずにあえいだ。
「そのうちあの南国果実と逃避行でもするんじゃないの?」
「……ちがッ!むく、ろ…は!」
違うと否定したいのに、首を掴まれているせいで上手く言葉に出来なかった。
雲雀の瞳が眇められ、首から手がぱっと離される。急激に与えられた酸素に、綱吉は咽た。
「あいつの名前を出すんじゃないよ。聞きたくもない。」
ふいと体を翻し、雲雀は自分の席へと戻って行った。
落ち着きを取り戻した呼吸を整え、綱吉は掴まれていた首を摩った。
僅かの時間といえど、その首は少し赤くなっているに違いなかった。
「俺にとっての一番は、ヒバリさんですよ。」
「そんなの当然じゃない。」
ぼそりと呟いた声に、返ってきたのは明確な声だった。
「君は僕のだよ。」
その瞳に、明らかに嫉妬の炎が燃えているのを見てとって、綱吉は笑った。
雲雀はその顔に呆れたというような表情を浮かべて、息を長く吐き出した。
「ところでヒバリさん。」
「今度は何。」
「トリックオアトリートです。」
雲雀とは対照的に嬉しそうな顔をして、綱吉が手を差し出した。
「…君は僕を怒らせたいの?」
「違いますよ!今日はハロウィンですよね?お菓子をくれなきゃ悪戯するぞーって。」
はたして綱吉が雲雀に悪戯出来るのかは置いておくとして、綱吉の表情はうきうきとしたものだった。
雲雀はついと人差し指でソファの前の机を指差した。
「うん?」
その指先を辿り、綱吉の顔がさっと青くなる。
「あのケーキ、なんだと思う?」
「……えっと〜…」
冷や汗を垂らしながら、じりじりと後退する綱吉。
「俺、食べてません。」
「でも、君のものだ。」
席を立ちあがり、今度は雲雀が楽しげな笑みをそこに浮かべてじりじりと綱吉に迫る。
綱吉は先程現れた骸を恨んだ。
(あいつさえ来なければ気付かなかったものを!)
「ねえ、綱吉。」
「おおお、俺!急用を思い出しちゃったから…!!」
「逃がさないよ。」
背を向けた綱吉の顔の横を、トンファーが物凄い勢いで通り過ぎた。
目の前の扉横の壁に突き刺さる、恐ろしい威力を発揮したトンファーを見て、綱吉は固まった。
「……綱吉。」
「な、な、なんでしょう?」
「便乗するのは癪だけどね、トリックオアトリート?」
「癪ならやめましょうよ!!」
「振ってきたのは君だろう?」
そう言って、手を差し出してくる雲雀にはたと思いだして綱吉はポケットを探る。
けれども先ほど動揺したあまりに、ポケットの中身の飴を全て骸へと渡したのだと気付き、項垂れる。
今度アレが姿を現した時は、有無を言わさず是非にも殴ってやろうと綱吉が心に誓ったのは言うまでもない。
「…ないの?」
「………はい。」
「ふふ、あの南国果実も極稀に気が利いたことをするじゃない。」
壁にとんと背がついた。迫りくる雲雀の端正な顔に、綱吉はついに観念したようにぎゅっと瞳を閉じた。
その後の応接室で何が行われたのかは、当人達の秘密となってしまった。
更にその日に、黒曜中の制服を着た変な髪形の男がギリギリと歯を食いしばる姿が、並盛中の生徒の間で暫し目撃された。
あとがき
やってみたかったヒバツナムクサンド。
見事に粉砕。でも楽しかったですね、今度はもうちょっと絡めたいです、骸(笑
2008/10/31 Up