「ねえ、もっと楽しませてよ。」

瞳に危険な色を浮かべた彼はそう言った。
両手には見慣れた武器が鈍く光り、怖気づいてしまいそうな程の鋭い殺気と炎を放っている。
冷たい瞳に、何の色もない冷たい声。

「行くよ、沢田綱吉」

心が震える。知っている声よりも、少し低い声が耳に届いた。
掛声を合図にするかのように、二人の間合いが一気に詰まる。
気を抜けば大怪我をさせられかねない。張りつめた空気が肌をピリピリと刺激する。
彼がトンファーを振り降ろしてきた。それを俺が手の甲で受け止め、弾き返す。
バチリと火花が飛び、金属同士のぶつかる音が室内に響いた。

ここにきてからずっと心にある、もやもやとしたもの。
迫りくる恐怖で、もう立っていられないんじゃないかという程に不安で、怖くて、しょうがなかった。

relief




「疲れたのかい。動きが鈍いよッ!」

雲雀さんが加速した。
ぐらつく足元をなんとか踏ん張らせて、俺は降り降ろされた一撃を受け止める。
息が詰まった。雲雀さんの体のどこにそんな力があるのか。降り降ろされる一撃一撃が重い。

「グッ…!!」

呻いた俺の目に、至近距離で雲雀さんの口元がにやりとしたのが見えた。

「終わりだ」

横から来たトンファーを防御しようとしても、一瞬他のことに気を取られてからの行動は時既に遅く。
見事に横っ腹にヒットしたそれは、俺の意識を奪うには十分な程の威力だった。

「甘ったるいね。」

そんな声が最後に、聞こえたような気がした。













「……ッ!」

がばりと起き上がろうとして、俺は腹に走った激痛に顔を顰めてまた枕に頭を埋めた。
横腹を擦り、詰まった息を吐き出す。ジクジクと痛むそこはきっと、痛々しい程の痣みたいなものが出来ているのかもしれない。

「起きたの。」

少し離れた所から雲雀さんの声が聞こえた。
痛みに顔を顰めながらもゆっくりと体を起こし、雲雀さんはどこにいるのかと室内を見回した。
場所は先程戦っていた場所から、和室へと移動させられていた。

「ここは、僕のプライベートルームみたいな所でね。」

縁側のような場所にいた雲雀さんが、すっくと立ち上がる。
すらりとしたその姿に、和服はよく似合っている。
俺は寝起きと疲れの所為か、ぼんやりした感が拭えない頭のままその声を、言葉を聞いていた。

「本当は君だけは連れてくるつもりはなかったんだけどね。」

生憎他の連中は、使えないみたいだから。
溜息をついて、雲雀さんはヤレヤレとした風に言う。
俺の隣まで歩いてきた彼はすとんと腰を下ろし、俺をじっと見つめてきた。

「君、そんな小さかったっけ。」
「ほ、ほっといて下さい!」

唐突に自分でも気にしていることを指摘され、思わずそう反論する。声を出すだけでも、腹に響く。
痛みに顔を顰めた俺の背に、雲雀さんの手が添えられた。

「手加減しなかったからね。もう少し、眠るといいよ。」

俺の反論なんて構いもせず、雲雀さんがゆっくりと俺の肩を優しく押す。
今までの言動とは裏腹のその優しさに、自分の世界の恋人である彼を思い出してじわりと涙が浮かびそうになった。
瞼に押し当てられた手は、自分の知っている彼の手よりも大きい。
ゆっくりと柔らかい枕にぽすんと音を立てて戻されると、その手が離れて行った。
するりと手が伸びたのは無意識だった。
引っ込んでいく雲雀さんの手を掴んだ俺に、雲雀さんは驚いたようだった。

「……何?」
「ぁっ…と、その…」

俺の横に胡坐を掻いて座る雲雀さんが、じっと俺のことを見降ろしてくる。
その瞳はもう、どこか冷たいいつもの冷静な瞳だった。

「君は」

俺が言葉を探していると、雲雀さんがぽつりと呟く。
雲雀さんの手を掴んでいた手が引き剥がされ、触れることも叶わないのかと悲しくなった。
ちくりと、横っ腹とはまた違う痛みが、胸を苛む。

「君は、僕にとってはもう、過去の者でしかないよ。」

わかってはいたが、突きつけられた現実にチクチクと胸が痛みだす。
ぎゅっと掛け布団を握り締めると、雲雀さんがそれでいいとばかりに瞳を伏せた。

「ねえ、怖いの?」

当たり前ですと、言ってやりたかった。
言ってやりたかったのに、少しでも言葉を発してしまったら、情けないことに涙が浮かんできそうだった。
淡々とした雲雀さんの声は、俺の心をじわじわと侵食していく。
返答をしない俺に、雲雀さんは怒ることはしなかった。ただ、少しだけクスリと笑い声が聞こえた。

「じゃあ、強くなりなよ。この僕を、楽しませるくらいに。」

離れた手が、優しく額を撫でた。
擽るようなそれに、瞼が次第に重くなっていく。

「君はいつもみたいにその足で立って、しっかり前を見ていればいいだけだよ。」

淡々と響くその声音は、いつでも変わらぬ彼の声。
今まで抱えていた、心の中にあったもやもやしたものが少しだけ消えた気がした。

「おやすみ、綱吉。」

穏やかな暗闇に意識が落ちる間際。
額に柔らかい感触が触れ、囁くような貴方の優しい声が聞こえたように思えた。

―だってこの僕がいるんだから、恐れる必要なんてどこにもないでしょう?―





あとがき

10年後雲雀*綱吉を書いてみたくて、御礼だしこれを機に!!と、書いてみました。
が、なんか若干暗い感じに仕上がりました。な、何故!(涙
と、いうことで仕方なしに御礼をやめて普通にあげることに(笑
御礼は甘ったるく仕上げます(何

2008/11/24 Up